2009/2/19

フェアウェル  











どんなかけらもここには残らない、あなたの涙が乾いた地面にさらさらと染み込んでも
誰が気にとめる間も無く風に踊り始めてしまう

あなたは自分が無力だと知る、思惑など所詮は身体を伴わないひとり言のようなものなのだと
濡れたことなど気づいてもいない砂が
わずかに地形を変えるのを見ている

その昔、僕らは純粋だったと言う、だけどそれは嘘で
それはただ無知であったというだけのことなのだ、知らなかったが故に
何も
見ないで居られた
僕らは純粋ではない、僕らは少しも純粋ではないけれども
少なくともそこに向かおうとする試みの確かさを知っている、たかが言葉に震え
たかが音楽に震え
塗りたくられた色味なんかを見て涙を流す、はは
それは決して保証されない魂のようなものでしょう、気持ち良くしてくれるなら
それが嘘でも構わないんだからって実際思っているでしょう?

本当のことなんか判らない、僕はあなたを疑う
あなたは本当は僕のことを嘲笑しているんだと思う
あいつはくだらないことばかりに心血を注ぐろくでなしだって
声が届かなくなったところで言ってるに違いないと思う
本当のことなんか判らない、心より外に出すことがない思いの中でなら
僕はどんな裏切りを働いたって良い

はるかな景色の中に高々と煙が上がっている
その煙の根元には何があるのかなんてちょっと想像がつかないけれど
もしかしたらあれは2009年の冬なのだ
2009年の冬が荼毘に付されているのだ
僕は火葬される今年の冬を思う
熱と煙にまかれて天に帰ってゆく今年の寒い冬を
その傍らで涙を流すものなんか何処にも居なくて
ただ天に帰ってゆく今年の冬のあっけなさを
彼らの記憶は新しい雪までもつことはない

落度の数を数えて過ごした
他に誰を責めることも出来ない落度の数を
明かりを消した天井をじろじろ眺めていると
いつかそれに押しつぶされるような気がした
どんなかけらもここには残らない、野に放てない思惑が歴史に近い数の砂にろくな乱れもなく飲み込まれて消える
消失
荼毘に付されることすらない今日の死体
見送ることすら出来ないままの死体の思念がブランケットの上で石柱のように固まる、ふうう、ふうう
肺がうまく空気を吸い込むことが出来ない
潰されたままになってしまってどうにも膨らまない
それは幾億もの死の重みなのだろう
僕は取り返しのつかないものをたくさん殺してきたのだ、きっと
(だけど誰が気にとめるまでもなく風に踊り始めてしまう)

見送られたいのだ、おそらくは
惜しまれて見送られたいのだ
2009年の冬のようにではなく
通いあって愛されたいくつかの関係のもとに
僕の為に歌ってください
僕の為に歌ってください
僕の存在が報われてゆくのを
乳母のように見つめてください
悲しんで、それから
(あのひとはあれでよかったのだ)












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2009/2/12

いつかどこにも行けなかった旅人のはなし  












古く哀しい裏通りを急ぎ足で歩き過ぎたら
今にもお前の呼ぶ声が聞こえてくるような気がして
すり切れた俺は気が気ではなかった、あの、あの曲がり角から
軸をなくした幽霊のような昔が
俺のくるぶしに喰いつこうと
躍り出てくるみたいな気がして

冷たい板を敷き詰めた
夜行列車乗り継いで乗り継いでも
降り立った街に見慣れた景色がある、いつか振り切った
幾人もの瞳がずっと俺を待ちかねている

発車のベルを鳴らすのを少し待ってくれないか、これ以上
どこに向かっていけばいいのか考えられないんだ
発車のベルを鳴らすのを少し待ってくれ
俺の脳髄が麻痺していびきを立て始めるまで

レールを弾く車輪の轟音を越えて、あの日の夜がそこまで来ている
狂った時間、覆われた未来…くちづけをせがむ白骨化した愛のかたち
トンネルをくぐらないで、暗闇からあいつらが肩を掴みに来る
トンネルをくぐらないでくれ、俺はその瞳をもう覗きこみたくはない

可愛い小さな娘を連れた年老いた行商人が
さまざまな小物を持って俺の座席を訪ねて来る、記憶を振り払うような
そんなものはないかと俺が問うたら
そいつはひと包みの粉をくれた
「水と一緒に 腹ペコの時は避けて」
そう言って値段を言った
思わず聞き返してしまうぐらい安い代物だった
俺は金を払ってさっそく試した

レールのうねりは波のような流動体に変わり、窓の外を流れ去る灯りが
ホイップ・クリームのような長い長い軌跡を描いた
列車はひと揺れごとに様々な形に変わり、客席のわずかな連中の顔が
様々な動物や化物に変わった
俺は不思議なほどしんとしていて
それらの光景をぼんやりと眺めていた
少し息が苦しい気がしたけど
完全に記憶は振り払われていた
行商人が連れていた可愛い娘がやってきて
母親のように俺の顔を両手で包んだ
俺はその娘をぼんやりと眺めていた
あああ
街の灯りと車内の灯りが重なり合い…やがて鯉のように跳ねた、俺は一瞬自分の座標が判らなくなり、娘にここはどこだと聞いた
ここはどこだ、どうなってるんだ
娘は何も言わず微笑んで俺の瞳を覗きこんでいた

そのあと少し眠ったような気がした、正気に戻ると娘の姿は無かった
終着駅に辿り着き、ホームに降りると
客車の出口で二人が待っていた
「記憶は誰かを追ったりなんかしない 追われるものがそれを記憶だと取り違えるのだ」
それから、もうひと包みあげようか
と彼は言った、俺は首を横に振った
もしかしたら我知らず笑いを浮かべていたかもしれない
老人は頷くと娘の手を引いて去っていった
娘は途中で振り返りさようならと手を振った

駅の食堂でサンドウィッチとコーヒーを飲み
不思議なほど楽になった心の状態に戸惑った
記憶は誰かを追ったりなんかしない、だけど俺は
ほうほうのていでそいつから逃げようとしていたのだ
新しい列車がついて食堂は賑わっていた
俺はその中の誰とも知り合いではなかったけれど


もう少なくとも暗がりの瞳に
これ以上怯えることはないのだ












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タグ:  旅人 ホロウ

2009/2/8

殺しに到る感情のラインβ  











くちばしのみだらな小鳥を二羽絞殺する黄砂にまみれた二月の昼下がり、人差指にまとわりついた赤インクのような小さなドット、嘘みたいな薄情な赤、だけど寸前の生命の確かな終り…なめて綺麗にして、それきり忘れた
闇雲にばらまくのはよしなよ、もうそれ以上…罪汚れたものどんなにもがいても水面に浮上することなど出来はしない、水底に漂いながら揺らめいて光を放つ遠いそれを眺めるだけさ
運命などいらないって言ったのは自分じゃないか?生命の重みに値しない人生ならいらないって悟ったつもりの馬鹿な坊主みたいに…放棄する手段を取ったのは他ならぬお前ではなかったか?生前葬は終わってしまったよ、お前は少し完璧にやりすぎた、終わってしまったんだ、終わってしまったんだ、終わってしまったんだ、終わってしまったんだ
終わってしまってもはや灰まで海の向こうへ風に乗ってしまった
遺言を残す暇がなかったね、戯言ばらまいている暇に一つ二つでも残しておけばよかったね、だけどまあ、飴のように寸断される人生だってこの世の中にはたくさん溢れているわけだから…切口が血を流してようがそれには何の意味もないのさ…掴んで引き戻すための手首をなくしたやつのことなんて誰も気にかけてくれやしないよ
どこへなりと行くがいい、お前の気が済むように進めばいいんだよ、もはやお前のことを気にかけるやつなど何処にも居ないから、お前はすべての工程を取っ払って先に進んでしまったんだから
誰もお前のことをもう二度と気にかけたりしない
お前が望んだことだったろう、誰の手もかからない場所で傍観を決め込んですべてを終わらせてしまって、何もない砂漠で王者の振舞いをすることは?戦うことも、逃げることも知らないまま、身を守る術を何ひとつ身につけることなしに…選んだものは強い風すら吹かない大地だったんだろう?
足元に転がった、すでに硬直した二羽の小鳥の死体…くちばしの色だけが何も変わらないもののように…お前は虚ろな瞳でそれを見つめ続けてばかりいる、ほらみろ、そこからどうすればいいのか少しも思いつかないんだ
怒りや憎しみを学ぶ前にやらなければいけないことがたくさんあったな、お前自身が先に行くために学ばなければいけないいろんなことがさ…破裂しそうだったんだろう、選んでしまったんだろう、心が動きだすよりも先に…お前の指先はすべてのものを汚してしまった、死に触れたものはそこから次第に腐っていくんだ、誰も気がつかないような鮮やかな速度で…気づいた時には雨に打たれたように身体は濡れそぼっている、例えようのない、言いようのない紫の世界で…
二羽の小鳥の魂がいま、窮屈な身体を抜け出して透過する空へ浮遊していったのが見えなかっただろう、お前にはそうしたことは一切認められないのだ、報われるべきプロセスを辿るもののことなど…お前には一切知ることは出来ない
どんな気分だ、独りぼっちだ、誰もお前を気にかけるものはない、お前の望んだ通りの世界、二羽の小鳥は死してからもなお、お前を目に留めることすらしはしなかった、先に行ってしまった、先に終わってしまったお前よりも先に…見晴らしがいいだろう、突然手に入れた素晴らしい世界、だけどそれは天国よりも気の利かないところだぜ
二羽の小鳥の羽音が聞こえる、連れて行ってくれとお前は口にしてしまう、そんなことはお前は望まないはずなのに…お前はただ一人の楽園の中で砂時計のように生きて死んでいく人生を望んでいたはずなのに…二羽の小鳥の羽音が聞こえる、二羽の小鳥の羽音が聞こえるよ、お前は気づいたのだ、それ以上何も、それ以上誰も…その世界では舞い上がったりしないってことに…アーハー、怯えている、今頃…過ちを犯したのかもしれないという予感に震えている、だけどそんなこと考えてももうどうにもならない、だけどそんなこと考えてももうどうにもならないんだ、二羽の小鳥はもうお前の手には届かない、すべての存在はもうお前の手には届くことはないのだ、愉快だろう、すべてがお前のことをあざ笑おうとしている、そしてお前はもうそいつらの顔すら目にすることは出来ない…お前は錯乱する、狂わせるものは恐怖さ…自分自身の深淵を覗いてそこに何も無かった時、人は心の底から真摯にキチガイになってなりふり構わずやりまくるんだ…もう小鳥の番じゃない、もう小鳥の番じゃないだろう、武器を取れ、無力なお前、今度こそお前の胸がすうっと晴れるときだ、表通りの喧騒が聞こえるだろう、やつらは油断している、いまから数分ぐらいならお前の思うツボだぜ…ほうら、叫び声をあげて…畏怖されたいんだろう、お前がそうしていたみたいに?玄関のロックを外して、恨みつらみ並べながら…お前の罪汚れ、お前の腐敗、そこいら中にばら撒いてしまえ…絞殺、絞殺、横たわる二羽の死体、お前を見捨てたすべての魂…嘲笑が聞こえてくる前に…今ならお前の勝ちだ…




今だけならば。











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タグ:  殺し ライン



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