2010/1/31

サイレン  









正確に流れる音楽がたまらない不快感を残すので
折った鉛筆の先で中指を突いた
瞬間に骨に達するもの
瞬間に骨に達するもの
馬鹿馬鹿しいことだけれど一番重要なもの
簡潔すぎて流血すら遅れる
壁の向こうで朝が騒いでいる
昨夜剥いだ蜜柑の皮が死別のあとの色になってる
正確に流れる音楽がたまらない不快感を残すので
果物ナイフで頭の皮を少し剥いだ
痺れに似た痛みと汗のような血液
ねぶってみると汗よりは確かに甘かった
痛みを抱えたまま風呂に入った
あまりにも湯が沁みてひとしきり笑った
消毒をして包帯を巻いて
表通りへ散歩に出かけた
はしゃぐ子供を見るたびに沸き立つ
即効性の殺意に辟易しながら
あらゆる店のショーウィンドウを覗きこんでいると
あるときガラスに映る自分の角度がおかしいことに気づいた
(そこにあまり執着してはいけない)予感のようなものを覚えて
それきりどこかを覗き込むことは止めた
額をぽんと叩いたら皮を剥がれたところに響いて
それでどうにか騒ぐ心は静まった
弱点は多い方が防衛には適しているというものだ
喫茶店に入った
少し懐古主義が過ぎる喫茶店に
モンブラン・ケーキとアメリカン・コーヒーを注文した
味には特別語るようなものはなかった
まあ腹に入ればみな同じとしたもんだし
ガソリンスタンドに居たんだよ
前足のひとつをかばいながら歩いている猫が
だけど俺はそいつが歩くたびに
可哀そうだと思って欲しがっているみたいに見えたんだ
運命を認められないやつみたいでイライラした
きっといつもそうして餌を欲しがって生きてきたんだろう
まあその猫にしてみれば
俺の考えなんて知ったこっちゃないんだろうし
だいいち俺がそいつについて思うことは
そいつにとっての真実かというとそういうことではないのだ
数年前に閉店したパブの店先に貼ってあるストリップのポスター
色褪せた欲望の釣針が飛べない羽のように風にはためいている
生まれては死んでいく種族の国旗だ
国旗はためく下に集まれ
根拠のない望みのもとへ泳いで行け億の単位
居酒屋の立ち並ぶ路地の物陰で突然嘔吐する
半分溶けたモンブランの哀れな雪崩
ごめんよかなり長いことポンコツなんだ
お前にしたことはずっと忘れない
別れ話のような約束を交わして
足早に路地をあとにした
時刻はもうすぐ正午になるところ
サイレンが鳴る前に家に帰ろう
サイレンが
サイレンが
サイレンが





鳴る








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2010/1/31

夜が来る(名前を付けられない喪失なんてまるで人生に付けられた名前みたいだ)  










自滅の感覚は本当は至極静かにやってくる
個性ってもんは柔軟だが時には堅牢な檻のようで
首吊り縄がゆっくりと頸動脈を絞めてくるような息苦しさは
俺である限り永遠不変の出来事なのさ
25半の足の裏じゃあ大したものは踏めやしないが
そういったことを認めるのには相当な時間がかかる
情熱が勝手に燃えさかる間にはその種のことに躍起になって
情熱では済まない時間に驚き戸惑う羽目になる
そのことについては俺だって特に例外というわけではなかった
ただ俺はそこに留まり続けただけさ
新しいフィールドは彼方から勝手にやってきた
今にして思えば俺はまるでそのことを知ってるみたいにじっとしてた
「動かない」というアクションだってこの世にはあるわけさ
そのことについてはもう少し考えてみる必要があるかもな



失意の感触は終始前後に揺らめいていて
だけどそこからは生き物の匂いなどわずかも感じられず
まるでそれは打ち捨てられた古い言語によって関係性を記録された誰も知らない法則によって動き続けているかのよう
我知らず記憶するそれのリズムは
心中に確かな不快感を残す
キッチンで読みかけている差出人不明の
長い手紙の最後の一枚は多分落書きで終わっている
そのとき初めて真実が脳裏で翻るのだ
ハナからそんなもんに手をつけるべきじゃなかったってことに
確信なんてだいたいにおいて
手遅れか見当違いとしたものだ
革命が往々にして
指導者以外を絶頂までには導けないのと同じ調子で



おまえの革命はおまえをどこか遠い世界まで連れて行ってくれるかい
そこにはえもいわれぬ優越感と達成感があったかい?
おまえが自分だけの弾丸を政府軍に向かって撃ち込みまくっていたとき
流れ弾に当たって命を落としたやつが何人いたか知ってるかい ?
新しい世界よりもいま守るべき幸せのために命を焦がしていたやつが居たんだ
おまえの栄光はそいつらを押さえつけてなお価値あるものだったのか
本当にそうだったか?
ほうらイデオロギーで火だるま踊りのその後は空っぽの地平であまたの亡霊とかくれんぼ
おまえの目の前でぺろりと舌を出してる男の顔が見えるかい
俺には全く間抜けなことに思えるが
恍惚と疲労で呆然としているおまえにゃ全然見えないらしいな?



さて俺は街角の小さな憩いの場に置かれた噴水みたいに失意が部屋の真ん中で吹き上がり床に溜まり
ネズミが車を回すみたいにくるくると循環しているのを見ている時刻は薄暮あたりでその光景はなんだか名前を付けられない喪失を連想させる
名前を付けられない喪失なんてまるで人生に付けられた名前みたいだ
誰かの選んだ赤い首輪をニュー・モードの襟巻きみたいにファッショナブルに巻いた黒猫が壁の上で夜を呼んでいるように見えた
ずっと眺めているとそいつが不意に俺の方を見た
俺は気まぐれをおこしてそいつに話しかけた
おまえは夜のコンダクターで俺はおまえの背中にいる聴衆
出来れば心地よいセレナーデで明日の朝まで眠らせておくれよ





やつは確かに俺を眺めてひとときにやりと笑ったが
それが約束の証なのかは俺にはてんでつかめなかった










夜が来る








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2010/1/31

錆びた時間の牙  









錆びた時間が牙を剥いて喰らいついてくる、かわせよ…それが肉に食いこんだら外すのは相当に厄介だ、すべてのことを後回しにしてそいつの軌道を読むことに意識を集中させた方がいい
牙から錆が入るとそれは身体の中で様々な毒性を撒き散らして、数分もすると息絶えてしまうかもしれない、気をつけるんだ、その牙にだけは侵略を許してはならない
例えば休日の長い眠りのあとで半ば分離した意識の隙を狙うようにそいつは襲いかかってくる、喰らいつくことだけを考えているから、そいつはとてもカンがいい…時間に余裕がある時ほどそいつに隙は見せないほうがいい
なんなら腕に深い切傷をこしらえてそこらに血を撒き散らし、そいつの意識を逸らしてしまえばいい、多少の痛みは腕に残るけれど、それが一番手っ取り早い話だぜ
俺がなんについて話しているのか判らないだろう…俺がいつも見ている景色のことを出来る限り判りやすく話しているつもりなんだが
俺が何について話しているのか全くよく判らないだろう?きっとこんなものを見ているのは俺だけなんだろう、判ってもらいたくて話してるわけじゃないよ、ちょっとした時間つぶしのネタみたいなもんさ
今朝夢を見たんだ、本当の夢の話だ、目を閉じて…眠っているときに見る夢の話だよ
夢の中の時刻はおそらく真夜中で―そう、夜空が蒼っぽい黒に満ちている時間帯さ
小さな道の壁の上に昇って、俺は何かから逃げていた、すれ違ったときにはただの人間だったんだ、(こんな時間に何をやっているんだろう)怪しく感じるとしてもせいぜいそんなぐらいのさ
すれ違った瞬間に俺はそれに気づいた、やつの関心を引いてはまずいことになる、やつの視界に長いこと居てはまずいことになるってな、だから壁に上って逃げようとしたんだ、ところがやつは向きを変えてこちらにまた歩いてきた…凄まじい速さだった、だけどまるで急いでいないんだ、不思議なくらい無表情な歩いているだけの足音が誰も居ない道にこだましていた、俺はどんどん道の奥に逃げて…ある路地の奥の一軒の家で行き止まりになった
真夜中だったせいかもしれない、真夜中だったからと言ってしまえばそれだけのことだったのかもしれない、だけど壁の上から見るその家の中はあまりにも陰鬱で…どうしてカーテンすら引いていないのだ?まったく理解が出来なかった
足音はまだ近づいてきていた、俺は壁の上を歩いて家の裏側に回った、敷地の一番奥の部屋には大きな窓があったけれど、その窓はテレビやらなんやらで完全に潰されていた、「その窓は完全に塞いでおかないといかんのですよ」その家の住人らしきくたびれた中年の男が壁の下で俺を見上げて呟いた
俺は壁を降りて彼と対峙した「なぜ潰しておかなければならないのだ?」「あいつがやってくるからです」「あいつとは?」「あなた、見たんでしょう、追われたんでしょう、さっき?」
俺はひとつの窓を開けてその部屋の中に入った、部屋の中には男と同じようにくたびれた中年の女がいた、おそらく奥方だろう…俺は潰されている窓の前に置いてある様々なものをじっくり検分してから、すべてをそこからどけ始めた、奥方と男は無表情な顔で俺のすることをただ黙って見ていた、止めることも、怒ることも、悲しむこともしなかった、そこからすべての家具を取り除くのに一時間ばかりかかった、だがまだ夜は明けず、部屋の中は陰鬱だった
閉ざされていた窓のカーテンを開け、窓の鍵を開け、窓を開けた、冷たく湿った空気が部屋の中になだれ込んだ、凍てつくような気温だったがその部屋にこもっていた空気よりはましなものに思えた
振り返ると中年の夫婦は死んでいた、死んでいるのかどうかもはっきりとしないような死にかただった、窓を開けようとする俺のことを黙って見つめたままの顔でただ倒れていた、折り重なるように倒れて―死んでいた
部屋の奥から足音が聞こえた、だけどそれはほんの少し移動しただけだった、どうやら俺はもうそいつのお目当てではないらしかった、俺はその家を離れて路地を逆に戻った、もう戻れないかもしれないと考えていた道の上にはもう誰も居なかった
(俺はどうしてあの窓を開けようと考えたのだろう)と俺は思った、(そもそもどうしてあの中年の男は自分たちがやつに狙われていることを俺に話したのだろう)(そしてなぜ彼らは俺がしていることを止めようともしなかったのだろう)
彼らはそのときそこで自分たちがそんな分にして死ぬのだろうことをあらかじめ理解しているとしか思えなかった、その引金を引くのが俺だということも―(彼らは疲れていたのかもしれない)と俺は思った、狙われるばかりの暮らしは、人をただただ疲れさせていくばかりなのだ
俺はそれが自分の夢であることを理解していた、だが彼らが俺の夢の中で死ぬことについてどんな理由があるのかなんて少しも考えつかなかった、どんな理由があるにせよ、彼らは俺の夢の中に陰鬱な空気と化け物を運んできた侵入者であるかのようなそんな気分がぬぐえなかった、あの目―彼らはきっと俺の前であんな目をして死んで見せるために乗りこんできたのだ
俺は道を離れた、しばらく歩くと小さな川のほとりに出た、そのときに夜が明け始めた…目覚めはいつやってくるのだろう、と俺は思った、なんとなくその世界の中で朝を迎えたくはなかった、その世界の中で朝を迎えてしまったら、余計なものをたくさん抱えて現実世界の中に戻らなければならないような、そんな気がしたのだ―それはどんな理由であれ二人の人間の死がその世界にあったせいかもしれない
俺は雄叫びを上げてひとつの店の窓ガラスを叩き割った、肌の上でジーっという音がして深い切り傷が生まれた、真紅の血液がだらだらと流れて…そうして俺は目覚めた、錆びた時間が眼前で俺を喰らおうとしている瞬間だった








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