無意識化のノート、1ページ目  





いま香草の暴力的な繁殖を裏庭で見つけたフレンチのシェフみたいに俺は混乱していて思考の着地点といったものが脳内のどこにも見当たらない。年中子供を生んでいる好きものの家族の子供部屋みたいに際限なく散乱して、ところどころ割れたり曲がったり、よだれでべとべとになったりしている。思考を構築することと、頭を空っぽにすることは、まるで違うようでとてもよく似ている。頭の使い方をよく理解していないとどちらにも転ぶことは出来ないという点で。ところが、それは意識的に行われても仕方のないことで、それはなぜかというと意識下にあるものから何かを拾い上げることなんて浅瀬で貝を拾うのとたいして違いはないからだ。それはくまで無意識的に行われなければならないが、しかし無作為に行われてもどこにも辿りつかない。そこには確実に答えにたどりつくためのある種の法則があるが、なにぶん無意識化で行われることだけにそのことについてはっきりと説明することは出来ない。それは後学的な本能に近い感覚だ。後学的な本能?デジタル家電に潜む幽霊みたいなシチュエーションだが、そんなものあるのかないのかということについて話すことが真意ではない。そうしたものの在り方によく似ていると言えば判ってもらえるだろうか?後学的な本能、俺が話しているものはまさしくそういった感覚についてのことなのだ。まあ人間の細胞は周期的にすべて入れ替わっているというし、そういった意味では後学的に身につく本能というものが存在したってちっとも構いはしないじゃないか?後学的な本能、そう、そういうもの。本能そのものの動きについて理解は出来ないけれど、そこに本能があるということについては何となく理解出来るだろう?理解出来る、というか、感じることが出来るだろう?まあ、実際の話、生態的に不能な連中がこのところ次第に増えてはいるけれど…だけど面白いな、不通にせよ直通にせよ、そこには必ず無自覚か否かという部分が大きく関係しているわけだ…無自覚の無意識、そんなものはいったいどこへ流れていくんだろうね、ええ?そんなものはきっとこの世で最も暗くさびしい墓場のようなところへ流れついてしまうんじゃないか、どこにも出ていくことも出来ない墓場さ、それは果てしない底をもった沼のようなものだ、流れ着いて、そしてどこへも流れ出ていかない、輪廻なんかない、無自覚なままそこにきてしまったものはもう、廃棄物程度の価値しかない。俺はこうして無意識的に生まれてくるものに感覚を集中させながら、そんな墓場に流れていくことの怖さについて考える。もしも、もしもだ、そんな底なしの沼に足を踏み入れてから自覚してしまったりしたら…どうなるんだろう?それはとんでもない恐怖だ、完璧に改心してしまった終身刑の衆人みたいなものだ。今ならこんなことが出来る、こんな風に物事を進めていくことが出来る、そうか、あの時こんなことで間違えていたんだ、あの時こんなふうにすればすべては上手く行ったんだ…!けれどもそいつの周りには頑丈な鉄格子があり、足かせから伸びた鎖の先には鉄球がごろりと転がっている。それはそいつが死ぬまで決して取り外されることはない…死とは自由か?なあ、死とは自由なのか?そこには二通りの考え方がある。何が漠然とした救い…来世、輪廻といったようなもの。そして、漠然とした絶望、無、すなわち無ということだ。なにもない、死ねば何もないという感覚だ。と書く人はこの二つに決めたがる、だけど…そんなことをどちらかに設定することがそんなに大事なことなのか?―俺に言わせりゃそんなことは死んでから考えりゃいい―死んでから何事かを考える必要があればの話だけれど…死んでから何にも考える必要がないのなら、生きてるときに考える必要だってない、そういうもんだろう。そんなことについて考えている間にも、時間はどんどん流れていくんだぜ。では、次はそこらへんのことについて考えてみようか、有意義な考え、無意味な考え、考えとはそもそも何だ?それは有意義でなければ、また、無意味でなければいけないものなのか?そして、有意義であればそれには考える価値があるのか?無意味であるならそこには考える価値はないのか?俺は深呼吸をひとつする。そんなことについて考えること自体なんの意味もないようなことに思える。むしろその意義云々は先送りにして、いま頭をとらえていることについてとことん考え抜いてみるべきなんじゃないかって。それが整理されていようと、未整理のとっちらかった状態であろうと。納得がいくまで考えてみるべきなんじゃないかと思うんだ、意識的にだろうと無意識的にであろうと…まあ、無意識的なものなんて意識下でどんなことを考えてようが手前勝手に流れていくとしたもんだけどさ。ボーン・マシーン、カーペットの上は俺の思考でいっぱいだ、さあこいつをどう片付ける…そこそこやる気になってきたところで、そんな気分に水をさすように空は突然曇り始めた、せっかく綺麗に灯りを入れるためにカーテンを少し広めに開けたところだったのに!太陽が雲に隠れると途端に底冷えがし始める、そんな風にシンプルに物事が運ぶことは俺の思考の中ではあまりない…この文章の冒頭に登場したフレンチのシェフは、香草の香りを嗅ぎ過ぎて精神に異常きたしたようだ…俺は出来ればそんなルートをたどりたくはない、だけどそのためにはどんな手を講じればいいんだろうな?無自覚的に生きることだけは避けなければならない。この世で最も陰鬱な沼はそんな奴らを見つけると、流れなんてまるで存在しない湖面で、どぷんと波を立てたりするんだぜ…。





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だからといってそれが冷めてしまうまでここでこうしているわけにはいかないのだ  









君はうんざりするような春の幻の中で
僕が捨てた声を拾い上げながらずっと微笑んでいる
揺らぐことのない穏やかさに
敵わない何かを感じて僕はうなだれてしまう

秋に降り積もったまま捨て置かれた枯葉が
誰かの足の下で砕けていたいけな芸術に変わる
ふっと空気が変わるごとにどこかへ飛ばされてしまうそれは
何度でも僕を途方もない哀しみの中へ放り投げてしまう

網膜の中へ飛び込んでくる冬の陽射しは取り返せない時間のようだ
何が落度だったのかそうと知るたびに
なぜあの時そう出来なかったのかといたずらな逡巡を繰り返す
メイン・ストリートの見えないほど遥か彼方からやってきたバスが
乗る気もないのに立ちつくしている僕に警笛を鳴らしながら通り過ぎてゆく

僕らはまるで際限なく砕けて
世界の端と端へ飛ばされてしまった枯葉のようだ
どんな神がそれをかき集めてみたところで
正しいかたちに戻るためには足りないものがいくつもあるのだ

市場の隅でひっそりと客を待っている
ブレッド・コーナーの伏目がちの男に話しかけて
チリ・ドッグとブラック・コーヒーを買った
男は数秒後には気のせいだったのかもしれないと思えるほどの小声で
マニュアル通りの言葉を吐いて読んでいた本に戻った
「ヘミングウェイ短編集」とその扉には記してあった
彼の背中が見えるベンチに腰をおろして
彼をここに座らせているもののことを思うとほんの少し寒気がした

網膜の中へ飛び込んでくる冬の陽射しは取り返せない時間のようだ
紙カップの中のコーヒーから立ち上る湯気のせいで世界はすべての実像を失い
休日の行き交う人々は声だけで存在を維持しているみたいに見える
瞬きをすると自分自身が
誰かと入れ替わってしまうようなそんな気がして
ずっと目を開けたまま遠い世界を眺めていた

ほんの少しこれから何をすればいいのか見えた気がしたのは
君の瞳がかすかに脳裏をよぎる瞬間だけだった
コーヒーを飲みほしてしまうときっとそれは夢のようなものに変わってしまう

だからといってそれが冷めてしまうまでここでこうしているわけにはいかないのだ










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どんな理由をつけたってやってることはたいていお見送りなのだ  









アンダーグラウンドで格付けされてちょっといい気分の俺は
阿呆の休日に溶けながら冷めたインスタントの珈琲を飲んでる
晴れのち雨の天気予報はいささか疑わしい感じだったが
カーテンの向こうでは少し早めに薄暗くなってるみたい
手持無沙汰な感覚が少し足りないと思って古いゲーム機を売っぱらった
カートリッジロムにうつつを抜かすほどの時間はもうたぶん欲しくはないのだ
いまでも生きているフォークシンガーの歌を聴いている
その人とはずいぶん昔に少し話をしたことがある
歌っていないシンガーを見たのはその時が初めてだった
そして多分歌っているところだけでこれからは満足するだろう
窓の向こうで行き過ぎる車が水を跳ねるような音をさせている
やっぱり本当に雨は降り始めているのだろうか
濡れることのない日に空の具合なんて気にすることも別にないのだけれど
夕暮れを欠いたせいで今日という一日が尻切れで終わってしまうのではないかと
そんな気分にひっかけられてしまうことが少し忌々しいのだ
昼間に買い物をしてからもう一言も喋っていないから
枯れた喉が少しはマシになったのかどうか確かめることが出来ない
もちろんそのことも是が非でも知りたい項目というわけではない
あとまわしにしていることのいくつかがちょっと気になるけど
どのことについても期限を区切られているわけではないので
道端で死んだ猫のように振り切った
名前も知らない猫なので後ろ髪すら引かれることはなかったなんて感じで
つまらないことに夢中になり過ぎてはいけない
二度と帰ってこないものを悔やんでしまうばかりだから
ストイックになって褒めてもらおうなんて考えてるわけじゃない
ほんの少しバランスを変えてしまおうと考えてみただけ
時間の流れは出来る限り見送ることが出来るくらいがちょうどいい
例えば音楽に乗せて過ぎてゆく一分みたいに
このところ日々から言うと比較的暖かかった今日だけれど
もう太陽は居なくなってしまった
憂鬱な時間のように寒くなってくるのだ
執拗に静かに降り注ぐ雨が連れてくるいくつかの要素が
この世界が欲しがっているものを少しずつ奪い取ってゆくのだ
「雨の音はまんざら嫌いじゃない」なんて夢見がちな野郎がうそぶくせいで
レインドロップはますます調子づいて断末魔の12月を濡らし続けるのだ
台所には昼飯を食べるのに使った茶碗やなんかが水に浸かっているけど
今日はもう立ち上がる気になどなりはしないので放っておくことにする
俺が洗わなければ誰も洗わないというわけでもないのだ
何週間ぶりかで浴槽に湯を張って身体を沈めたけれど
身体はもうそんなことは忘れようとしている
終わらない入浴みたいなものがあればいいのになと時々俺は考える
それがどういうシステムで展開されていくものなのかまでは見当がつかないけれど
終わらない入浴みたいなものがあればとてもいいなと思うのだ
何千円かのガス料金にあくせくしているご身分のこちとらとしては
そんなことを書いていると突然今日の朝目覚めたときのことを思い出す
やはり俺は幾つもの時間の流れを見落としながら生きているのだなと思う
そう遠くない過去でさえもはや夢のような領域で舌を出している
そんなものが自分の後ろに40年分近くも連なっているのかと思うと
人生というものが無性に怖くなって身震いをした
どんなオトシマエをつければこの途方もない尻尾は満足するのか
安いハートブレイクみたいに切り捨てることなどもう出来ないのだ
触れようとしても空振りするだけなのに確かにそこにある
あやふやな今よりはよっぽど確かな密度で
流れている音楽の曲と曲との切れ目で不意に一瞬夢から覚めたみたいな
そんな奇妙な感覚が俺の中に訪れる
次の曲の一分五十二秒ぐらいまで
それは長く尾を引きながらやがて消えてゆく
下がり始めた気温のせいなのか両の手のひらにはきめ細かな砂がまとわりつくような感覚
こいつを書きあげてしまったらストーブを入れて嘘のぬくもりを手に入れよう
今日の日ももうすぐお終いだ
通り過ぎているだけなのにひとつひとつが間違いなく終わってゆく
細胞が僅かに量を減らしながら再生していき
意味がなくなるころにその量は完全なゼロになるのだ
俺は自分自身の意味がなくなることについて考えた
どんなことをしてもその時はやってくるのだ
まったく
たまんねえな人生
そろそろ
晩飯の時間だな










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