そして誰かがお終いの合図を出すのを待つ  






壊れた夜の片隅に身を置いて
時間の概念を分解してゆく
捨てられたまま白骨化した子猫の死骸と
使われなくなった給水ポンプの中の
身元不明の腐乱死体
道端で見た光景と
ニュースペイパーの小さな記事の
ごくごく個人的なリンク
飲料水の鉄分が余計な想像を起こさせた
フィードバック・エコーのキツ過ぎる
思考が目眩する午後と午前の中間
カナル型のイヤフォンで防げるものは
数えるほどしかないんだぜ、ベイビー
春にはたくさんの人を見送る
そんな思い出しかない
鎮魂曲がひっきりなしに流れるプレイヤーの
インジケーターの曇りは誰かの心を肩代わりしているみたいに見える
つまらない映画を早送りするみたいに
雲が流れ続けている、ここ数日
零下の風を浴び続けて
口下手に拍車がかかってるやつの
胸元にはたいてい詩人と書いてある
台所の水滴
硬く硬く栓を閉じたはずなのに
気まぐれに振動に押し出されるいくつかの水滴
俺はいったいどちらを呪うべきだろうか?
秒針の音がしない時計では
時間が進んでいることが判らない
そんなレベルに俺も支配されているのか?
ゆっくりなくらい息を吐いた、不自然なくらい細く長く
ある種の恍惚とともに死んでしまうかと思った
俺には死んでしまうだけの理由があるだろうか?
秒針の音がまるでしない時計は
油を注し過ぎたからくりのように
慣れ過ぎた仕事のようにゆっくりと回っていく
この部屋では多分刻むのは俺の役目なのだ
カーテンを開け放して街の明かりを眺めている
陽気な声がこだましている
誰だって少しぐらい薄暗くならなけりゃ
本当に叫ぶことなんて出来ないのかもしれない
今日最後の路面電車が通り過ぎてからもうどのくらい経ったのだろう?
数えられないものほど数えてしまうんだ、いつも
数日前の雨の匂いはとっくに消えてしまって
渇いた街の上に立つやつらはみんなどこか
ひとつの出来事が終わってしまったみたいな顔をしている
それは有名なギタリストの死のニュースのあとの表情に似ている
もう鳴らない音が少しずつ増える
もう聴こえないリズムが少しずつ増える
とてもたくさんのものを失ってきたのに
どうしてこの手の中にまだ新しい命は宿らないのだろう
出来ることは限られている、否定的な意味でも、肯定的な意味でも
一番ベーシックなリズムを掴んで継続する
それ以上の決意なんかたぶん必要ない






0

道標はなるべく愉快に  









そう、俺の首筋に鉛の様に染みついた痛み、叫び声を半分殺すような鈍重な…俺は真夜中の暗闇に隠匿された性質を探し出そうとしている、いまひととき心を納得させるような理由が多分その中にある…水溜りの中で溺れるようなぬめりを残す時間、俺の首筋に染みついて…探せなくなったものたちについてうたう歌を何度も聞いてしまう、きっとそんなことと同じような理由…水滴が落ちる間になにかを知ろうとするような時間なのだ、そうした時間が確かに実感として残っていることを俺は感じて納得しようとしている…それはある種の行為の確認のようなものだ、もしかしたらそんなものを理由とは呼べないのかもしれない、だけど俺はどうしてもそれに理由と名付けてしまう、無作為な生からはみ出していくものたち…無作為な日常で膿んでいくものたち…そんなものたちを疑問符で研磨しなければこの先に行ける気がしない、いつからかずっと、この先もずっと


歪んだガラスに映る楽譜を、その反転のままで奏でようとしているソリスト、鏡の前で…そこにどんな意味があるのか、考えようともしないで…意味なんか求めると動けなくなる、意味を求め過ぎて一度気がふれた後なら、そんなことにも気付くことが出来る、知らないものを知るには手探りで飛び込んでいくしかない、どこか手のひらに触れたものから確かにそうと知っていくしかないのだ、ソリストは楽器を選ぶことから始めた、理由は判らないがまずは楽器から試してみるべきだと思った…一番シンプルな、自分ひとりさえいれば何とかなるようなもの、歌やなんかはあとに置いておくことにして…そうしなければ模索することが恐ろしいということがあるのだ、それは誰にも判ることではないのかもしれない、どんなふうに言えば理解してもらえるだろう?知るための手順には、手間がかかった方が確かにそうと知ることが出来る、そんな種類の真実が一番大事なもののような気がするのだ、と、一握りの人間たちはいつも口にしているのだ…ソリストはいくつかの楽器を手に取り、投げ捨て、時には叩き壊し、忘れて、罵った…およそもう楽譜とは呼べそうにないものを知ろうとしているのだ、そんな鏡の前にいることの気分なんて、そこにいるそいつにしか絶対に判ることはない…しかも厄介なことに、それが避けて通れないものだと、そしておそらくはここだと定められた期限がそこにはあるのだと…ソリストには確かにそのことが判っていた


巨大な河の上では雨に流された一匹のムカデが窒息の恐怖に耐えながら身体を揺らしていた、彼は(それをそう呼んでいいのかどうか判ることはないが)小枝とともにその流れに乗った、小枝は高みから落ちたときに足元から離れ、彼は自分の身体ひとつでなんとか凌ぐしかもう道はなかった、身体をくねらせて…彼の脚はどう見たって泳ぐのに適したものには見えなかったから…ああ、と彼は思った、死ぬ…だけれどそんなことにどれほどの悲しみがあるのだろうか?自分の親だって子供だってみんな死んでいった、あの猛毒の霧で呼吸を塞がれたり、自在な炎で身体を焼かれたりして…自分が死ぬ時だけが特別に悲しいことだなんて彼には思えなかった、自分はただ死ぬだけなのだ、この巨大な水溜りの中で…ほどなく彼は力尽きた、彼の身体はあっという間に波に巻かれ、沈み…瞬きと同じほどの時間で、瞬きと同じほどの価値で、彼の命は尽きるかに思えた、が、次の瞬間、小魚が水面を跳ねながら彼の身体を捕えて飲み込んだ、彼は酷い衝撃にしばらくの間目眩を覚えたがやがて意識がはっきりするに従って、自分は何か大きなものの腹の中にいるのだと感覚的に理解した、生き物にはきっとそれは確実に理解出来る事柄なのだろう…彼は胃袋がどのような役割をするのかまでは知らなかったが、喰われたものはもう生きていないのと同じだということについては理解出来た、ああ、と彼はまた思った、死に方がほんの少し形を変えただけだ…彼はぬるぬるとした熱い液体の溜まる床を避け、同じように粘つきはするが少しはマシな壁へ貼りついた、その時天地がひっくり返り…なにか強い衝撃の後視界が明るくなり、彼の身体は巨大な指でつまんで捨てられた、「なんだ?」「魚の腹にムカデが居た」「珍しいな」その指はそんなことを話していた、むろん彼にそんなことは判るべくもなかったが…彼は死んだようにその地面にじっとしていたが、やがて自分がまだ死んでいないことが判って、草の臭いのする方へ這いずって行こうとした、その時地鳴りが聞こえ…彼の目には巨大な影がすごい速さで自分の方へ向かってくるのが見えた、ああ、と思う間もなく彼の身体は踏みつぶされ、飛散した…彼は魂となって泡のように空に浮かびながら、世界は広すぎるんだ…とひと言だけ呟いた…


ソリストが取り組んでいる反転された楽譜にはだいたいそういった内容のことが書いてある、だけどそれは彼にはまるで判らない言葉で書いてあり、判らない手法で作曲されている…だから彼は反転したものに取り組んでいるのだ、彼は感覚で持って理解を越えようとしている、それが実を結ぶかどうかは誰にも判らないが、少なくとも彼は彼なりに、その楽譜を自分のものにしようとしている、夜は更けて行く、夜が明けて朝になるころ、きっと彼は夜明けというのは死の側面を持っているのだと…思うに、違いない


俺の首筋にはそんなようなことが内包された染みがこびりついてあった、だけど俺はそれをどうしようとも思わないしもう眠りに就くことしか考えていない…鏡に映したところで何が判るだろう?俺に言わせりゃソリストはアホなのだ…なんだか判りそうな気がしてくるまで放っておくのがベストなのさ…身体に馴染んだ頃には探さずとも理解出来るようにだいたい仕上がっている…もしも途中で忘れてしまうならそれはそれだけのもの







どのみち、しがみついてもどうにもなりゃしないのさ


さて、寝るとするか






0
タグ:  ホロウ ムカデ




AutoPage最新お知らせ