2011/8/31

俺の一日にはずっと同じ形の染みが記されてゆく  









皮膜だけで感知するヴァイブレィション、崩落する外壁の中に
差出人すらすでに忘れた封をされた手紙、ごらんよ
それはもう俺たちの知っている言葉とは変わってしまった
ただ真っ当な憧れや、言外のものを語るための
様々な道程を経てそこに辿りついたはずのものたち
明るい空を見て明るい空と歌うことや
悲しみを悲しみと歌うことをするまいと決めたものたちの遺産
素直と愚直を
平穏と凡庸を
同じ棚に並べてはならない、境界は明らかにしておかなければならない
一〇〇あるものを知らずに一を歌うことを
シンプルと呼んでは決してならない
真っ直ぐな道を脇目もふらずに歩くことは
たいていの場合はくだらない結果にしかならない
そのことを判っているか、例えば一〇〇の脇道が
結果としてひとつの主要道路の形を取るプロセスを
お前はその肌で感じたことがあるか?
信じているものはすべて頭から外す
同じフレーズを違う文脈で並べ直してみる
そうして生まれる脈絡が俺をこの世界に繋ぎとめてきた
例えるなら俺は連続して生き続ける蝉だ
長く生きるための震え方は、早く死ぬためのそれとはまるで違うものさ
歌わない音の、記さない思いの、ために
ひとつの詩がいくつも出来あがってゆく
たったひとつの鳴声を俺は鳴き続けている
目的は遥か昔から明白なものとしてそこにある
それは他の誰の良心ともリンクする必要はまったく無い
例えば無心にカンバスに向かう画家に
色の塗り方をレクチャーするのはまったく恥ずかしいことだって覚えておくべきだ
完全に崩落した外壁の中には
完成とされなかったもののほうがたくさんあった、得てしてそうしたものだ
最後まで崩れなかった
死ななかったやつだけが、出来上がり
あくまで個人的に語るならそれはもう誇らしいことなのさ
手を取り合って向かいたい道じゃないから
少なくともいま立っているこの場所は
ダンス、と銘打たれたロックミュージックを聴いている
なにしてるんだってクエスチョンでその曲は始まる
踊り続けてるやつらの言葉はステップするシューズの
ステップするシューズの音の中にしかないものだ、そうだろ?
主要道路の歩き方ばかりを考えて生きてきた
そしてそれはこれからもずっと変わることはないさ
夏の太陽の眩みがどこかへ行ってしまわないうちに
何か新しいものをもうふたつみっつ刻みつけておこう
多ければ多いほどいい、例えそれがすぐに消えてしまう砂丘の上でも
足跡は動いたことの証明になるものさ
脈動しているものの証明なんだ、瞬間的な…瞬間的な脈動が凍結したがっているのさ
瞬間のすべては記録されたがっている
時間と関係のない国に亡命したがっている
すべての思いに追いつくことは出来ないけれど
出来る限りの拾いものを千文字や二千文字の中で
葬儀に参列した人たちに配る略歴のような感じで
終始形を変え続ける濁流を連続シャッターで写真に撮るみたいに
そしてそれを様々な定着でプリントするみたいに
遮光カーテンを見上げながら
天井に貼られたクロスの
僅かに色の違うところをずっと見上げたままでいながら
ごらん、これだけの流れがあったんだ、今日、俺の中に
ただ明かりを消すことだけはしなかった、それはちょっとした自慢のようにとられるかもしれないけれど
連続する日常の中ではそんなに簡単なことでもないんだぜ
誰かに判って欲しいなんて思ってるわけでもないけどさ
生きてきた時間が文字を重ねてゆく
生きてきた時間が行をかさばらせてゆく
隣の誰かと同じ言葉で
今日の一日を終わらせたくなんかない
自己紹介は
一生かけて終わらせるつもりさ
概要なんかじゃなくて
すべて並べるまで終わらせたりしないつもりさ
俺は連続して鳴き続ける蝉さ
そこには生きても生きても
判らない悔しさと可笑しさが見え隠れするのさ
早く死ぬやつらの潔さなんかそこには微塵もありはしないのさ
俺はそんな運命でよかったと今夜も胸を撫で下ろし
三〇まで生きられないだろうと思っていた自分の一〇代を嘲笑する
確実に俺にはまだ明日が残されているだろう
キーボードを叩く音やペンシルを走らせる音
前頭葉が小さな回転音を立てながらいまこのときであろうとする音
それはもっとも単純明快な俺自身の証明だ、だけど
そのシンプルには死ぬまで積み上げたフレーズがきっと必要になる






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2011/8/28

そしてあらゆるものが過ぎ去ったあとを  






オーブンレンジが
動くときに聞こえる音に似たうねり
楕円的な渦巻きの軌道
高いところから落ちて破損した
もう聴くことのないCDとそのケースみたいな一日


テレビの中では
世界中の筋肉質が集まって
飛んだり走ったりしてるらしい
強靱なメンタルと肉体さえあれば出来ることに
おれは
特別興味を持てない
他人の栄光を
一喜一憂して眺められるほど
人生に退屈してはいないのだ


詩を
とんでもなく堅苦しい
出し物のように語るやつがいる
崇高な精神で
ストイックに
追い求めなければならないものだと
そんで、結局
首の回らない名作ばかりを
生み出す結果になってしまう
こんなもん、ただの
気の利いた
遊びに過ぎないぜ
文学なんて代物で
誰かのケツが拭けるのか?


ちょっとした生まれ方とか
ちょっとした死に方のプログラムを
自分の肌で感じてみたくて
おれは半分を欠落して生きている
生まれてこのかた、ずっと
右側にいろいろな歪みが溜まる仕組みの身体


今日最後の路面電車が
天井をジャイブしながら通過して
途端に歩道を歩くやつらの
話し声が聞こえるようになる
それは深夜になるほど大きくなる
かれらの言葉に意味あるなにかを見つけたことはこれまでにないし
これからも、たぶんないだろう


冷房をつけると寒さがこたえるが
温度を上げるとカビの臭いがひどいんだ
だからこの部屋には寒いか暑いかしかない
まるでまだ世界が小さな社会だった時代の出来事みたいに


がぶ飲みした水が全部小便になって出て行くまでは
膀胱の性能テストをするかのように寝床と便所を行ったり来たりする
小便が近いということは
なにか重要な役割を担っているはずの砂時計が
逆さにしたのに砂を落とさないというような無力感に似ている


どこのどんな場所にも雨なんか降っていないのに
俺だけが雨の音を聞いているということがよくある
なにかタチの悪いクセかもしれない
いつの間にか塗れて冷えているような
そんな気分で午後の太陽を窓越しに見ていることがよくある


アイリーンがみんなを困らせてるってニュースが言ってる
アイリーンだって
いままでさんざん我慢してきたのかもしれないじゃないか
じゃじゃ馬には手綱なんかつけられない
どうか自分を蹴っ飛ばさないでくれよと
神にでも
祈っていればいいさ






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2011/8/24

はちがつ  







真昼の太陽が照りつける小さな公園で炭酸がすっかり抜けてあまいだけになったぬるいコーラを地雷処理班の様な真剣な表情で飲みほしたきみはぼくの伸びすぎた不精髭に眉をしかめて公衆トイレに走って行った、きみが何をするのかわかっていたからぼくはあとを追わなかった、炭酸のすっかり抜けたぬるいコーラは、きみのある種の性癖の起爆剤としてもっとも適切、耳をすませば小さな嗚咽すら聞こえてくるようだ、20分ほど存分に青春を謳歌してきみが戻ってくる、「お待たせ」と言いながら。

ぼくは黙って頷く、きみにしてみればそれは本当にそれは公衆トイレの個室を使用したというだけのことに過ぎない、もちろんぼくはそのことについてあれこれと文句や注意をする気などない、あるときどうかそんなことしないでくれと頼み込んでやめてもらった数週間の、なんと地獄だったことか!

ここ数日まるで足早に秋がやってきたみたいな過ごしやすい午後が続いていたが今日はなんだか死にかけていた夏が突然息を吹き返したみたいに暑い、きみは襟元を気にして小さなタオルでしょっちゅう拭いていたけれど、致命的な欠陥のある住宅のように汗は次々ときみの組織を通過してくる、深いところの血管を切るとこんな風に血が滲み出てくる、とぼくは思う、赤と青のふたつだけのシグナルが点滅すらせずにひっそりと変わるみたいに。

出来ればこの公園をあとにしてどこか涼しいところで夏の悪あがきを堪能したいのだけれどこんなに暑い中なのにきみの顔はまだ色を失ったままで触れようとすれば透き通るんじゃないかというくらいに青白くてぼくは少し目を閉じる、その一連の動作に一片の個人的感情すら混入させないように注意しながら、そうして蝉の声を聞いている、そうだ、今日は道に転がっている蝉の死骸を拾い上げようとしたら激しく鳴いて飛んで行ったみたいな、そんな夏だ。

その蝉の声が一段落したところでもう大丈夫だときみは言う、「汗臭くなっちゃう前に避難しようよ」と言う、そんなのぼくのほうはとっくに手遅れな状態なのだ、ここで流した汗のほとんどが冷汗のきみと違って。

どんな気分だ、日常的な逆流の中で冷汗を吹き出しているのは、とときどききみに尋ねたい気がして、そのたびにぼくは自分がひどい馬鹿になったような気分になる、そんなこときみがきみ自身に問いかけていないわけがないのだ、「そうだね」と言ってぼくは立ち上がる、髪の先に乗っかっていた汗が飲み込んだ言葉とともに落ちる、そんな夏の風景って妙にあとあと記憶に居座るんだよな、とか思いながらぼくはきみの手を取る、近くの自動車工場で流れてるAMラジオから井上陽水のあの歌が流れる、それは陽水とはまるで関係のないところで、無個性的なくだらないものになり下がってしまっている。





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