2011/11/28

こころは瞬くうちに  





知らない森を歩き
知らない木の実を捥ぎ
知らない蜜を舐めて
知らない水を飲む


細胞は情報を更新して
肉体は塗り替えられる
それまでのようでそれまでにないものに
わたしと呼ぶことも
躊躇われるほどに


目を閉じて息を吸い込むことが
奇跡だと思えるほどの空気
悪いものを浄化するような
しんとした…


知らない森を歩き
知らない木の実を捥ぎ
知らない蜜を舐めて
知らない水を飲む
肉体を通過するものには
混じりけのない一生があり
混じり合う過程の中で
わたしは
何度でも
死に
そして
誕生する
木の葉から零れる露みたいに


わたしは
樹木のような肉体でありたい
吸収と放出が
見事な調和で
目に見えない芸術のように生まれ続ける
樹木のような肉体で
そして
その身体をもって
言葉を必要としないものを
あえて
言葉で語る
風の音を譜面にするみたいに
陽の光を画用紙に描くように


知らない森を歩き
知らない木の実を捥ぎ
知らない蜜を舐めて
知らない水を飲む
生きることを
循環だと思ってはならない
それは
常に更新される魂の情報であり
日々の誕生とでも
呼ぶべきことなのだ


わたしには森の言葉がある
知らない森で知った言葉が
それがひとつの温度になり
それがひとつの光に変わったとき
わたしは
その森にはもう居ないだろう
言葉は
風のように流れてゆく
あなたが
それを




ひとしずくのように受け止めてくれますように






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2011/11/23

どれもすべてたったひとつの生  

    


超自然的に増幅されたそれは重く、濡れた毛布の様に背中からのしかかり、脊髄の軋む音を体内中に響かせる。生物であれば当然、誰もが耳にするはずの音さ。安物のエアコンが説得力だけは十分な音を立てて生温い風を吐きだしている、部屋の明かりはもう消してあって、たぶん後は眠るのを待つばかりの今日だ。そこからがいつも長い。循環に損傷のあるエンジンの様に意識のどこかでノッキングが続いている。近所の家の飼い猫は一日中出してくれとゲージの中で鳴き続けている。どんなふうに鳴けばいいか知っているそいつの声はいつでも忌々しい。何度、こんな夜に目を閉じて眠る真似をしただろう、爪を一枚一枚剥ぐみたいに一分一秒が通り過ぎてゆく。油性マジックでぞんざいに塗り潰されるような今日は均一に黒く、重い。カーステレオをフルボリュームに上げた車が信号待ちをする。光と希望に溢れたJ‐POP。それは神の教えと同じ。無責任に光に満ちている。ウンザリするほど闇を見つめ続けた人間でなければ本当の眩しさを語ることは出来ないはずさ。いざとなると逃げるような連中が光だけを語るんだ。時計を見る。まだ五分しか経っていない。その間に随分なものを肉体に詰め込まれたような気がする。不意に人生は、忘れたものの塊で出来ているような気になる。読み方を忘れた文字。開き方を忘れた扉。書き方を忘れた文章。そうしたものの塊が次々と混じりあってまだらでいびつで巨大な塊になる。たったひとつしかそこにはないのに、それに名前をつけるとすれば異物と呼ぶ以外にない、そんな塊。隙間だらけの窓に被せたカーテンが揺れている。秋が突然失速して冬がフライングしてくる。皮剥ぎを連想させる寒さ、それが皮膚の下数ミリまで食い込み始める。冬の夜明けはカタコンベを連想させる。自殺死体ばかりが詰め込まれたカタコンベを。生命の尊さを本気で語るなら、無為に死んで見せるのが一番だ、そう思う。街路に散乱した投身自殺死体がそこに立ち止まるものに思わせるもののことを考えてみればいい。そこには最も自覚的な生というやつがあるだろう。長く息を吐いてみる。身体の中が空になるくらい、執拗に、長く。そうすると、ほんの一瞬だけ生身の肉体は死体の気分になる。デス。デス、デス、デス。秒針が時を刻む音に合わせて何度か呟いてみた。その響きはひとつ残らず薄闇の中に飲み込まれてゆく。ここは何処だ。そればかりを意識は問いかけてくる。所在を問うことは存在を問うことだ。ここは何処だ?激しいブレーキの音が聞こえる。衝突音。間に合わなかったらしい。呻き声だ、若い男のようだ。いくつかのドアが開かれる。クソ寒いのにご苦労なことだ。救急車は呼んだか、しっかりしろ。そんな言葉が飛び交う。野次馬たちが自分たちの立ち位置を正当化するためにそんな台詞を口にするのだ。例え誰かが天に召されたところで、やつらにしてみればただの酒の肴だ。長く目を閉じていたがやはり眠ることは出来なかった。すべてを遮断出来る窓があればそれが一番いい。コミュニケーションの売女になってそこいら中にどうでもいい相槌を撒き散らすなんてごめんだね。倫理や常識、理性や道義だけでは測りきれないものが人間の本質さ。人間らしさというプログラムに踊らされる機械になどなりたくはない。時々思うんだ、生に寄り添ってくる苦しみを、楽しんでいるような気がするってさ。血液をざわめかせるそれを楽しんでいるような気がするって。いつか傷を受けながら馬鹿笑いすることがあるかもしれない、そのときにはさぞかし愉快な詩が出来あがることだろうよ。先へ行こうとするものは誰だって足掻き苦しむものだ、そんな場所から生み出されたものこそに震わされてきた。言い訳をしなければならないのなら、生きるな。すべての項目にそう書いてあったよ。死、と再生。懐かしいフレーズだ。どちらかが良くてどちらかが悪いとか、対極にあるものだとか、寝惚けたことを行ってられる歳じゃないさ、どれもすべてたったひとつの生だ。夜が更けると月明りは明度を増す。夜に蠢くものたちはその仕組みを知っている。軋んだ脊髄の歪みを確かめながら、ようやく眠りの端っこを捕まえる。その眠りは断続的で、付随する夢はショート・フィルムの様にころころと風景を変化させて、まるで眠りの間に幾つもの選択肢をドブに捨ててきたような気分になる。毎日同じことさ。いくつもの夢が生み出され、そのほとんどが忘れ去られる。人生は忘れられたものの塊で出来ているんだ。


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2011/11/20

煤けた夜  




どす黒い流動体の官能的な変化だ、分類されなかったあらゆる感情を生のまま飲み込みながら、軟体動物の様なその姿を次第に巨大に膨らませ、中枢の重要なポイントに禍々しい液体で穴を開けようとする、欠陥を生じさせようとする…濡れた衣を床に滑らせるような足音がずっと響いて、内耳に耳鳴りの様ないやな感触をずっと植え付けてゆく、飲み込みながらうねっている、飲み込みながらうねっている…月の無い夜の黒い海の動きみたいに、暗い海の意志みたいに…冷たい風が頬を撫で、熱を奪ってゆく、ねえ、だけど、それは海じゃないぜ、そこで飲み込もうとしているものは、それは決して…海よりももっと致命的なものさ、そう、気が付いていないわけじゃない、だた、だからどうすればいいのか判らないだけなのさ、だからどちらでもないような顔をして突っ立っている、道標みたいな有様でさ…うねりの中には明らかに意思があるだろう、そのことは判るんだ、ただ、それをどう解釈すればいいのか判らないのさ、飲み込まれるべきなのか、拒むべきなのか…だけど、こんな種類のうねりに巻かれることなどを拒む術などあるのかね?まあ、あったところでどう使えばいいのか判らないならないのと同じことか、風の中に臭いが混じり始めたことに気が付いているだろう、なにかしら黒く、重たい臭い…どんな種類の表現も似合わないような気がする陰鬱な臭い…月の無い夜の黒い海というのはある種の比喩の様なもののはずだった、だけど確かに今視界は奪われていて、何かが近づいてきている…海に似ているけれどまるで違う、なにか…


契約したあばずれは毎晩真夜中の少し前に、少しも時間を狂わせることなく現れて、徹底的に咥えこんで唇を舐めながら帰ってゆく、彼女の細い身体が街灯の明かりに届かない裏路地へとゆっくり消えてゆくのを眺めていると、それはまるで蜥蜴のように見える


ねえ、ねえ!今飲み込んだものを返してくれ!俺の鬱屈の一部始終を…俺が今生で飲み込んできたあらゆるものが閉じ込められたそれを…どこか俺の知らないところで吐き出すために持っていかないでくれ、感情の無い、事務的な動作で洗浄されるために持っていかないでくれ、それは俺という存在を最も辱める行為だ、それともお前はそうと知っていて毎晩ここへやってくるのか、毎晩執拗に咥えこんで…息づかいの中でお前が何を考えているのかなんて俺には判らない、そもそも何かを判りあうというような契約では結ばれてはいない、あれはいつのことだったんだろう?あれにはどんな理由があったんだろう?俺はお前の、そしてお前は俺の、何を必要としてこんな契約が交わされたのだろう?元凶を辿ればそれは、確かにメルヘンの様な奇妙な符号があったのかもしれない、それを運命だと錯覚させるような、巧妙な符号が…そうだ、俺たちは確か薄汚いダイナーでたまたま隣り合わせた、あれはうんざりするような冷たい空の三月のことだった、うんざりするような冷たい空の…まだ夜が明ける少し前のこと、おそらく世界に存在するもののなかで、一番空気が肌を刺す時間帯…俺は何かの集まりから逃げてそこに辿りついた、お前は先にそこへ 来ていた、そして俺はジンを、お前は何か甘ったるいカクテルを飲みながら、ジュークボックスが叩き出したブラウン・シュガーのイントロに合わせて、同じタイミングでステップを踏んだ…ただそれだけのことだった、それはいかにも、あぶれたものたちのために用意されたメルヘンのように思えたのさ、ただそれだけのことだった…放出した後に見る月は死人の記憶のように色を失くしたイエローで、それは夜空の欠乏のように見える、夜空の欠乏のように見えて、俺はいつまでもそれを眺めてしまう、時にはそれが明るくなりすぎて見えなくなるまで…ああ、あの唇…巧妙だけれどとても冷たい、巧妙だけれどとても冷たい、街路と同じ感触のする動脈瘤の様な唇…


俺は時々切り裂きジャックの夢を見る、俺そのものがそこには憑依している、俺は冷たい唇の売春婦を切り刻み、内臓を路面に陳列する、度を越した執着は信仰のように見える、冷たく、湿っていて、獣の息の様な臭いのする様々な種類の内臓…俺は内心恍惚としているけれどそれを表に出すようなことはしない、少しでも表に出してしまえば、それは説明を必要とするだろう、一度説明を必要としたならば、それはもう内にある時のものと同じものとはもう言えないだろう、曇ったガラスの向うを眺めるように、それは不明瞭になるだろう、そう、なにかを説明しようとする行為は、それをただ曇らせようとしているだけのことに過ぎないのさ


ああ!俺はある夜眠りを忘れて街路に転がり出た!空いてる店などなかった、あのあばずれと出会ったダイナーは半年前に閉められてしまった…酔っ払いにマスターが撃ち殺されてな…あのマスターは銃で撃たれたって死なないんじゃないかと思っていた、鉛の弾はやつの身体の中でロックグラスに落とし込むための氷に姿を変えるんじゃないかと…あるいはライムかなんかにね…不思議なくらい実体を感じさせない男だった、年老いた男だった、それは店主と客というそれだけの間柄だったというそういうことかもしれない、だけどとにかく不思議なくらい実体を感じさせない男だった、うっかりするとホログラムの様なものだと思い込んでしまうような、そんなぼんやりとした空気をまとっていた、だけど死んだ、やっぱり死んだ、やっぱり死ぬんだ、生きているのかどうか判らないような人間だって、ちゃんと、死ぬ時が来たら…なんの脈絡もなく街灯にもたれてその日腹に入れたものをすべて吐いた…飲み過ぎたわけじゃない、酒なんか一滴も入れていない…ただ、胃腸が時々おかしくなるんだ、まるでシステムを失効したみたいに…どうして存在しているのか判らなくなったものみたいに、動きを止めて…流れを失くしてしまう、そしてなにもかも逆流してしまう…冷えた外気がピラニアの様に身体に喰らいつく、最後の一滴まで吐く…最後の一滴まで吐いてしまわなければ、禍々しいものを身体に残したままにしていちゃいけない…誰かの足音が背後から聞こえる、「飲んでいるのか?ドラッグじゃねえだろうな?」警官の声の響きは最初の響きでそうだと判るようになっている…違うよ、と俺は答える、「ひ弱なだけだ」警官は笑う…大柄な男だ、夜の様に黒い身体の…「そのようだな」彼はまだ痙攣している俺の肩をぽんぽんと叩いて去ってゆく、パトカーのドアが閉まる音が聞こえた、車が来た音など少しも聞こえなかった、たぶん派手にもどしている時にもう目をつけられていたに違いない…俺は何もかもをそこに残して歩き始めた、閉じられたダイナーのドアにもたれていると、バカみたいな話だが涙が滲んで仕方がなかった、きっと海が近いせいだよ…もうそこを後にしなけりゃ、そこではもう何も飲むことは出来ないぜ、判っているんだけど…


薄汚い野良犬がびっこを引きながら俺の前を通り過ぎた、あいつのあとをついて行ったらどんなものが見えるだろう、と俺は考えていた




夜が明ける




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