もしかしたらそれはさっきの鳥かもしれない  








まだ淡い色の枯れ葉が積もる遊歩道を抜けて
偽善的な11月の太陽の陽射しを浴びに行くんだ
口元から漏れるのは20年前に覚えたメロディーと
歩きなれない道が植え付けた荒い息
新しいショートブーツは何度も君の足元を不確かにさせて
俺は立ち止まって何度も振り返って
そのたびに君は照れたように笑った
思えばそれがどんなつながりよりも確かな瞬間だったかもしれない
木漏れ日の中では全てが永遠に思えるものだ
遠くから聞こえてくるのはどこかの野外フェスのエッジのきいたギター
歓声が流れの速い雲の様に中空を泳いでいる
湖のほとりにはきっと誰も居ない
ロックン・ロールが聞こえなくなるまでは
そこは俺たちだけのために用意された楽園さ
世界が営みの真似事をしてるみたいに思える
長い長い時をただ空へ向けて伸び続けた
こんな森の中で息をしていると
もう少し我慢して歩けばいい
もう少し我慢してこの先へ行けば
苦労したことなんてきっと簡単に忘れられるさ
俺はなだらかな傾斜を君が上手く越えられるよう
ゆっくりと手を差し出して待っている
君の手を取るときいつでも
子供のころの初恋の記憶が左胸をかすめる
ペダルを踏み込むことがこの世で最速の出来事だったころの
世間知らずって片付けちまえばそれまでだったころの記憶
今日はもうきっとこれ以上は暑くはならないよ
ウンザリするような夏はもう終わっているんだ
サンドウィッチと保温ポットのホットコーヒー
胃袋に投げ込むまでもうそんなに時間はかからないさ
クラプトンのチョーキングみたいな鳴声の鳥が
遥か遠くの枝でライブしている
「ジャーニー・マン」やってくれよと俺がリクエストすると
お愛想的な角度で君は微笑むんだ
やがて水の匂いがし始める
混ざりもののない本当の水の匂いだ
湖面が反射する光を木立が受け止めて
俺たちはまるでカレイドスコープの中で生きてるみたいだ
君は湖に手を浸して冷たいと言う
「心臓が止まっちゃうかもしれないくらい」冷たいって
俺は笑いながら手を入れて
熱いものに触れたみたいに慌てて手を引っ込める
君は笑う
「だから言ったのに」そう言われるのがもう何度目かなんて
とっくの昔に数えるのは止めた
それからは口を聞くことをやめて
黙ってサンドウィッチとホットコーヒーを飲んだ
時々自分たちが肉体を失くした気がして
そのたびに目線を合わせて存在を確かめ合った
そよ風が吹くたびに
世界が湖の中にあるような気がした
誰かがメランコリックなチョーキングを響かせているけど
もしかしたらそれはさっきの鳥かもしれない









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そうしてこの部屋は留守になる、すべてが―すべてが。  







本当の欲望の姿は尖った鉛筆の芯で軽く打った点の様なもので
ともすればまぶたが落ちそうなこんな夜こそ
俺はそいつの姿を見なければならない
死んでいけばいくほど
生きようとするものだ
進路は身体の求めるものとは反対のベクトルへ


スペース・ボーイは宇宙へ飛び出したまま帰ってこない
通信手段はすべて試してみた
ただ不通という答えが返ってきただけさ
その時天体の姿は
ボーダーレスな共同墓地の様に俺には見えたんだ


欲望を興奮にしか結び付けられないような
ケチな茶番は金輪際ごめんだぜ
本当の快楽はスッと冷えたような感じがするものさ
身体中を地下水が循環し始めたみたいにさ


真夜中と呼ぶには曖昧な快活さの中を
ファミリーマートの明かりを目指して歩いていた
骨盤の回転によって右脚と左脚が
交互に動くことをきちんと知っておきたかっただけなんだ
雑誌のコーナーで立ち読みをしているやつらの後ろにぼんやりと立って
もしも一人殺してかまわないならどいつにしようかなんて考えていた
骨盤の回転で右脚と左脚が
交互に動くことを知っておきたかっただけさ


新しいマジックが始まるような気持ちで
そいつを許容出来る方がいいだろ
新しいマジックが始まるような気持ちで
新しい情報を差別しない無邪気な好奇心で
右手を使う?
左手を使う?
立ってるぶんにはいくらやりなおしたってかまやしないぜ


キューブリックの映画のポスターにペニスとヴァギナを描いたら
どうしようもない感じになったので諦めて寝ることにした
夢の中で俺は電子的なウィリアム・テル序曲に合わせて
一番最後のブライアン・ジョーンズのモノマネをしていた


真夜中のプールに忍び込んでアイス・クリームを食べたことがあるんだ
プールサイドじゃなくてプールの中で
底に張り付くほどしっかりと潜って
どんな味もしなかった
ただ崩れて行った
そしていなくなった
ブライアン・ジョーンズみたいに
これはどんな記憶なんだろう
俺は夢の中に唾を吐いた
そんなもん黒く塗りつぶしちまえばいいだろ
えらく舌ったらずな誰かがそんなことを叫んだので
俺はペンキを取り出して自分の目玉を塗った
そしたら前よりもずっと鮮やかな夢を見るんだ
眠ると昼で目覚めたら夜だ
だけどたったひとつラッキーだったのは
あのキューブリックのポスターを二度と目にしなくていいということだ
諦める覚悟が出来れば
視界などあるだけ無駄だということが判るだろう


本気にすんなよ


雨天のままで終わった週末にティーンエイジ・ラストはいらつき
19キロ離れた仕事場に向かうためにセルを押すんだ
目玉を塗りつぶしたらどこへ行ける
そいつを明日試してみようじゃないか


そんなことを考えている時路面電車が通ると
ある踏切のことを思い出す
何人もの命を食った小さな踏切さ
ローカルな商店街のひとつ西側の
車一台通れるぐらいの小さな幅の踏切さ
酔っ払いが寝てて騒ぎになったり
小学生が自転車ごと何十メートルも引きずられて死んだりした
いまはそのあたりの線路はすべて高架になって
もう誰もそこで命を落とすことはない
だけどどうなっちまったんだろうな
あの踏切に巣食っていたなにかは
いまはどこで涎を垂らしているんだろう


俺は眠りなおすことにしたんだ
起きていると夜みたいだからさ
寝床に身体を横たえて目を閉じると
すぐになにか高尚な禍々しさとでも呼ぶべき存在がやってきた
お前が俺のことを気にしたりするものだから顔を出してみたんだと言う
あの場所はいまでも血に染まっているのかと俺は尋ねる
目を閉じたままそんな事を話していると禅問答でもしている気分になる
染み込んだ血は色褪せることはないからなとそいつは言う
「お前はそんなことを聞いてどうしようって言うんだ?」
判らないと俺は答える
それから興味かなと付け足す
そいつはやれやれと首を横に振って
お前といるとこっちがおかしくなりそうだと言って出て行く
「あのキューブリックのポスター剥がしといた方がいいぜ」
「見えないんだから構わないだろう」
そういう問題じゃない
とそいつは言う
「馬鹿みたいだからやめとけ、馬鹿みたいだから」
そいつの気配はあっという間になくなった
俺は手探りでキューブリックのポスターを剥がした


本気にすんなよ、なあ
本気にすんなよ


さあ
コンビニでも覗いてくるかな








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世界にはどうしてこんなにたくさんの音が溢れているのだろう  






曖昧な空間に出来た亀裂の中に身体を溶かして連続する呼吸はまるで推敲の足りない台本の様に不規則だ、何を言っているのかまるで聞き取れないスピーカーの音量に辟易しながら広告をやり過ごす様な時間ばかりが過ぎた、朝遅くに降り始めた雨が生みだす薄暗さは正当な日常の感覚を麻痺させる、打ち込まれた釘の様に存在し続ける肉体の痛みはまるで断末魔だ、連続する流れが一度途切れる、連続する流れが一度途切れる、その静寂の中に潜むものに耳を澄ませてはいけない、そこからは禍々しい真実ばかりが溢れ出してくる、荘厳な醜悪がその中には潜んでいる、白昼の電灯の明かりではきっと確実な認識は望めない、綿の様に仕方のない実体としてしかきっと認めることは出来ない、賭けを下りるか、それとも続けるか、まだ夜が明ける前に何度も無意識下で自問してきたのだろう、覚醒の瞬間から何もかもが擦り切れていた、まるでうち捨てられた布切れのようだった、布切れの死体には誰も罪悪感など抱きはしない、ただ時と共に擦り切れてゆくだけだ、溜まり過ぎた小便が思考を圧迫するので便所で全て放出した、数時間存在を共有した水分、今この時からただの下水だ、俺の知らない通りを旅して処理されるがいい、俺はスピーカーのボリュームを上げる、ハードなアコースティック・ギターのカッティング、降り続ける雨のリズムよりもほんの少し速い、プログラミング・ミュージックは本当の狂気について語ることは出来ない、それが出来るのはどんな時代だってアコースティック・ギターと懸命なブルース・ハープさ、空虚について語ろうとするとどうしてあらゆる言葉を使おうとするのだろう、空虚について語ろうとすると何もかもをぶちまけようとしてしまう、空になった膀胱から鈍い痛みが走る、収縮しようとするときになにかを噛んでしまったみたいな痛み、だけどそんなことを気にしていても仕方がないのだ、路面電車は指定時間に巡回をする警備員の様にやってくる、規則的な鉄の軋みで小さな世界が揺れる、部屋の振動にはなんらかのくだらない旋律を貼りつけることが出来るが俺はまだしたことがない、そんなことをしなければならないほどまだ手持無沙汰になったことはないのだ、ただ、きっとそうすることが出来るだろうとぼんやりと考えてみるだけだ、鉄を軋ませる警備員が表通りを通り過ぎる度にさ、薄い窓の下から聞こえてくる年寄りたちの世間話が今日は聞こえてこない、その代わりに行き過ぎる救急車のサイレンばかりが聞こえてくる、あの音を耳にする度に誰もがきっと同じことを考えるだろう、「あの中でいったい何人が棺桶の中に入るのだろう」無関係なやつの死は退屈しのぎのカウントの対象でしかない、歪み流れ消えてゆくサイレンの残響、現代のレクイエムは街路で打ち鳴らされる、どんなところで生まれたものも偽善的な大理石の中で見送られる、冥福なんか祈りはしないよ、こんなところは嫌だといつも思うだけで、こんな風に送られるのは嫌だなといつも考えるばかりで…雨は何度も調子を変えながら世界を濡らし続ける、まるで身体の調子を確かめながら時々ピッチを上げるスイマーの様に、ブレイクの後で出番を待っているドラマーの様にイキりたってさ、隣の空家の屋根に出来た水溜りで雨粒がステップしている、その音は陰茎でなにかをはたいている音によく似ている、ねえ、世界にはどうしてこんなにたくさんの音があるんだい、何もしないでいるとこの世は音だけで出来ているような気さえしてくるんだ、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、打ち込まれた釘の様に存在する時の肉体の痛みだけがその全てを聞くことが出来る、不意に被せられるドームタイプのヘッドホンから聞こえてくる音だ、ある種の強制には意味が存在するはずだ、なんて、考えるのは止めた方がいい、そんなことを考えていたらきっと頭がおかしくなってしまうぜ、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、そんなことに意味なんかありはしない、頭の中から閉め出してしまえば別にどうというものでもない、呆然とした肉体の方が問題なのさ、感じられない時間が流れ続けている、感じられない時間が流れ続けて行くと騙された様に夜になるんだぜ、まだ明けたばかりだというのに、今までそんなものはなかったみたいに突然時計に目をやって、そこに記された経過に目を丸くするのさ、どうしてこんなに時間が経っているんだって、行き過ぎたもののことを考えてみてもそこに何があったのかどうしても思い出せない、それは書かれなかった遺書の様なものだ、書かれなかったとしてもそれは遺書には違いないのだ、そうだろ?カーテンを開いて窓の外を見る、世界の明度は何も変化していない、雨が降り続いていて何かが麻痺している、世界にはどうしてこんなに音が溢れているんだ、そのどこまでが聞かれるための音で、そのどこまでが聞かなくていい音なんだ、そしてそれは何度決めればいいんだ、俺はいつの間にか目を見開いていた、いつの間にかそれを見極めようとしていたのだ、馬鹿なことだ、くだらないことだ…どこかの暢気な住宅が昼の食事の用意をしている、その匂いが漂ってくる、本当に必要なのか判らない食事、決められた時間の決められた接種、それは欲望として妥当なのだろうか?俺はすでに腹ペコで腹は鳴り続けている、世界にはどうしてこんなに音がある、食事を採るべきなのだろうか、空腹を満たすためにはそこに食物を流しこむことしかないのだろうか?ある種のことには新しい回答なんか必要はないだろう、これだってまさしくそういうものだろう、だけどそれは、それでOK出来るかどうかということとはまるで別の問題なのだ、腹が減るといつも、どこかのマンションの一室で餓死した子供のことを思い出す、食うことが出来ず死んでいったやつらのことを…それは俺の空腹とリンクしているわけじゃない、ただもしかしたら、俺の痛みとリンクしているのかもしれない、感情的に餓死したことがあるような感じ、そういうの、判るかい、無意味な生身で生きていた感じ、そうした記憶が線を繋げるのかもしれない、世界はどうしてこんなに音で溢れているのだろう、昔のことを思い出すとき、明日のことを考えるとき、呆然とした現在、何もかもが音に埋もれてゆく、時間を具現化しようとしたら音が生まれるのかもしれない、あまりに多過ぎて旋律にならない、だから様々なものが忘れ去られてゆく、そして街路は幾つもの水溜りで溢れている、それはそのまま、アスファルトで成らされた道の歪みをあからさまにして見せる、その歪みの中に何がある、その舗装の下に、そこにはきっと俺たちの手に負えないようなものが埋もれているんだぜ、そいつらが涎を啜る音が聞こえるだろう、世界はいつでも鳴り続けている、美味い珈琲が飲みたいな、存在はまだ打ち込まれた釘の様で、俺はまた知らぬ間に目を見開いて何かを聞こうとしている、雨は相変わらず降り続いていて、スピーカーから聞こえるアコースティック・ギターはいつの間にかベーシックなアルペジオに変わっている、そして時は鳴りながら堆積していく、それは隙間なく積もっているのに、思いだそうとすると何もなかったみたいに思えるんだ…雨がまた強くなり始める、ループサウンドの中に日常は放り込まれている。







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