世界にはどうしてこんなにたくさんの音が溢れているのだろう  






曖昧な空間に出来た亀裂の中に身体を溶かして連続する呼吸はまるで推敲の足りない台本の様に不規則だ、何を言っているのかまるで聞き取れないスピーカーの音量に辟易しながら広告をやり過ごす様な時間ばかりが過ぎた、朝遅くに降り始めた雨が生みだす薄暗さは正当な日常の感覚を麻痺させる、打ち込まれた釘の様に存在し続ける肉体の痛みはまるで断末魔だ、連続する流れが一度途切れる、連続する流れが一度途切れる、その静寂の中に潜むものに耳を澄ませてはいけない、そこからは禍々しい真実ばかりが溢れ出してくる、荘厳な醜悪がその中には潜んでいる、白昼の電灯の明かりではきっと確実な認識は望めない、綿の様に仕方のない実体としてしかきっと認めることは出来ない、賭けを下りるか、それとも続けるか、まだ夜が明ける前に何度も無意識下で自問してきたのだろう、覚醒の瞬間から何もかもが擦り切れていた、まるでうち捨てられた布切れのようだった、布切れの死体には誰も罪悪感など抱きはしない、ただ時と共に擦り切れてゆくだけだ、溜まり過ぎた小便が思考を圧迫するので便所で全て放出した、数時間存在を共有した水分、今この時からただの下水だ、俺の知らない通りを旅して処理されるがいい、俺はスピーカーのボリュームを上げる、ハードなアコースティック・ギターのカッティング、降り続ける雨のリズムよりもほんの少し速い、プログラミング・ミュージックは本当の狂気について語ることは出来ない、それが出来るのはどんな時代だってアコースティック・ギターと懸命なブルース・ハープさ、空虚について語ろうとするとどうしてあらゆる言葉を使おうとするのだろう、空虚について語ろうとすると何もかもをぶちまけようとしてしまう、空になった膀胱から鈍い痛みが走る、収縮しようとするときになにかを噛んでしまったみたいな痛み、だけどそんなことを気にしていても仕方がないのだ、路面電車は指定時間に巡回をする警備員の様にやってくる、規則的な鉄の軋みで小さな世界が揺れる、部屋の振動にはなんらかのくだらない旋律を貼りつけることが出来るが俺はまだしたことがない、そんなことをしなければならないほどまだ手持無沙汰になったことはないのだ、ただ、きっとそうすることが出来るだろうとぼんやりと考えてみるだけだ、鉄を軋ませる警備員が表通りを通り過ぎる度にさ、薄い窓の下から聞こえてくる年寄りたちの世間話が今日は聞こえてこない、その代わりに行き過ぎる救急車のサイレンばかりが聞こえてくる、あの音を耳にする度に誰もがきっと同じことを考えるだろう、「あの中でいったい何人が棺桶の中に入るのだろう」無関係なやつの死は退屈しのぎのカウントの対象でしかない、歪み流れ消えてゆくサイレンの残響、現代のレクイエムは街路で打ち鳴らされる、どんなところで生まれたものも偽善的な大理石の中で見送られる、冥福なんか祈りはしないよ、こんなところは嫌だといつも思うだけで、こんな風に送られるのは嫌だなといつも考えるばかりで…雨は何度も調子を変えながら世界を濡らし続ける、まるで身体の調子を確かめながら時々ピッチを上げるスイマーの様に、ブレイクの後で出番を待っているドラマーの様にイキりたってさ、隣の空家の屋根に出来た水溜りで雨粒がステップしている、その音は陰茎でなにかをはたいている音によく似ている、ねえ、世界にはどうしてこんなにたくさんの音があるんだい、何もしないでいるとこの世は音だけで出来ているような気さえしてくるんだ、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、打ち込まれた釘の様に存在する時の肉体の痛みだけがその全てを聞くことが出来る、不意に被せられるドームタイプのヘッドホンから聞こえてくる音だ、ある種の強制には意味が存在するはずだ、なんて、考えるのは止めた方がいい、そんなことを考えていたらきっと頭がおかしくなってしまうぜ、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、世界は鳴り続けている、そんなことに意味なんかありはしない、頭の中から閉め出してしまえば別にどうというものでもない、呆然とした肉体の方が問題なのさ、感じられない時間が流れ続けている、感じられない時間が流れ続けて行くと騙された様に夜になるんだぜ、まだ明けたばかりだというのに、今までそんなものはなかったみたいに突然時計に目をやって、そこに記された経過に目を丸くするのさ、どうしてこんなに時間が経っているんだって、行き過ぎたもののことを考えてみてもそこに何があったのかどうしても思い出せない、それは書かれなかった遺書の様なものだ、書かれなかったとしてもそれは遺書には違いないのだ、そうだろ?カーテンを開いて窓の外を見る、世界の明度は何も変化していない、雨が降り続いていて何かが麻痺している、世界にはどうしてこんなに音が溢れているんだ、そのどこまでが聞かれるための音で、そのどこまでが聞かなくていい音なんだ、そしてそれは何度決めればいいんだ、俺はいつの間にか目を見開いていた、いつの間にかそれを見極めようとしていたのだ、馬鹿なことだ、くだらないことだ…どこかの暢気な住宅が昼の食事の用意をしている、その匂いが漂ってくる、本当に必要なのか判らない食事、決められた時間の決められた接種、それは欲望として妥当なのだろうか?俺はすでに腹ペコで腹は鳴り続けている、世界にはどうしてこんなに音がある、食事を採るべきなのだろうか、空腹を満たすためにはそこに食物を流しこむことしかないのだろうか?ある種のことには新しい回答なんか必要はないだろう、これだってまさしくそういうものだろう、だけどそれは、それでOK出来るかどうかということとはまるで別の問題なのだ、腹が減るといつも、どこかのマンションの一室で餓死した子供のことを思い出す、食うことが出来ず死んでいったやつらのことを…それは俺の空腹とリンクしているわけじゃない、ただもしかしたら、俺の痛みとリンクしているのかもしれない、感情的に餓死したことがあるような感じ、そういうの、判るかい、無意味な生身で生きていた感じ、そうした記憶が線を繋げるのかもしれない、世界はどうしてこんなに音で溢れているのだろう、昔のことを思い出すとき、明日のことを考えるとき、呆然とした現在、何もかもが音に埋もれてゆく、時間を具現化しようとしたら音が生まれるのかもしれない、あまりに多過ぎて旋律にならない、だから様々なものが忘れ去られてゆく、そして街路は幾つもの水溜りで溢れている、それはそのまま、アスファルトで成らされた道の歪みをあからさまにして見せる、その歪みの中に何がある、その舗装の下に、そこにはきっと俺たちの手に負えないようなものが埋もれているんだぜ、そいつらが涎を啜る音が聞こえるだろう、世界はいつでも鳴り続けている、美味い珈琲が飲みたいな、存在はまだ打ち込まれた釘の様で、俺はまた知らぬ間に目を見開いて何かを聞こうとしている、雨は相変わらず降り続いていて、スピーカーから聞こえるアコースティック・ギターはいつの間にかベーシックなアルペジオに変わっている、そして時は鳴りながら堆積していく、それは隙間なく積もっているのに、思いだそうとすると何もなかったみたいに思えるんだ…雨がまた強くなり始める、ループサウンドの中に日常は放り込まれている。







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