2012/1/29

アンダートーン  








たった独りの部屋でさよならと言い続けた
たった独りの部屋でそれを言い続けるには
たった独りであることを忘れなければならなかった
冷たい世界は骨を
機械のように冷やして
きいんという耳鳴りを絶えず響かせる
どこにも出て行くことのない
エコー


失った指先
失った指先が描こうとする希望は
やはりどこか失われていて
飲みほした珈琲の
最後の苦みが
その時喉で鈍い痛みを放つ
たった独りの部屋でさよならと言い続けた
答える声のないことは空虚であり至福だ


腰までの金網を乗り越えて
許されない草原を果てしなく駆けたあの日
幼い心が飲み込んだ夕暮れの大きさ
いまだ胸の中で時折脈を打つあの色
あの時羽のようだった靴底は
どんな摩耗の果てに消え失せてしまった
今はない草原に風が吹きわたる
口笛の吹き方を忘れたころに


過去は壊れて飛散する天窓の硝子だ
片端から降り注いで裂傷と流血を呼び覚ます
たった独りの部屋でさよならと言い続けた
痛みと血液にどっぷりと濡れて
アンソロジー、この肉体を
喰らい尽くす病魔のようだ
割れた天窓の名残から雨粒が降りこんで
纏いつく温もりをくだらない希望みたいに流す


詰まった排水管から逆流してくる
様々な汚物のようなエトセトラ
呼吸を堪えたりするには
至らぬほど好きに生きてしまった
汚れた世界の中で歌を口ずさんだ
そうすれば少なくとも
なにがしかは殺せるだろうと思って
なにがしかは殺せるんじゃないかと思って


そして月の明かりが
いつしか天井の穴から射し込む
雨は上がったのだ、雨は
もうとうに上がってしまったのだ
そして月の明かりが
天井の穴から差し込む
傷口はかさぶたになり
紛れ込んだ蛍の安息の地になる
たった独りの部屋でさよならと言い続けた


俯いて痛みに耐え
やがて眠りこむ
夢の在り方はいまこの時よりも途方もなく
命は曖昧な蜃気楼のようなものになった
あれは消えるかもしれない
あれは消えるかもしれない
尻を光らせていた蛍が不意に
ちからを失くしてかさぶたから床へと落ちる
水溜りの中でそいつは
握り潰されたようになって死体だった


たった独りの部屋でさよならと言い続けた
それは徹底的であって
尚且つどこにも着地することが無かった
蛍の死体と傷の痛みと
また滲みだした血液
天井からの水滴をなにかと勘違いする
凍えているのに震えることはなかった
本当の喪失は
ことさらになにかを奪ったりしない
目を見開いているだけの誰かが
なにを見つめているのかなんて想像すらつきやしないだろう


心臓がパンピングしている、たったひとつの言葉で踊り続ける舞踏みたいに、失われる度に送り込まれる血液の温度、生身であるということの喪失と恍惚、割れた天窓の頂上にある月、硝子が中空に跳ねるその光のレスポンス、壁は…宇宙だ、生命はうろたえて喀血する、今夜存在をここに塗り込めよう、一枚の絵になれば永遠に生きられる、たった独りの部屋でさよならと言い続けた、すべては約束されていたんだ、生まれたときから肉体はスクラップだ、すべては約束されていた……ああ、天窓、天窓の穴、そこから覗く月は黒目のようだ、黄色い黒目がこの終焉を眺めている、たった独りの部屋でさよならと言い続けた、光は降り注ぎ、跳躍し、彩り、空気は冷え、纏いつき、かさぶたは痒く、なお血は流れ続け、凝固し、枯葉を踏むような音を立てて崩れ、視界は霞み、今夜、命は蜃気楼だ、本当とは違うところにあるなにかだ、ああ、血よ吹け、吹き上がれ、一枚の絵になれ、永遠になれ…本当の喪失はことさらになにかを奪ったりはしない、それはただ無くなってゆくだけさ、氷が溶けて水になって蒸発するように、ひととき流れた歌の残響がほどなくメロディのあとを追ってゆくみたいに…!





肉体から逃れられればそここそが天国だ
生きながら求めるものなどなにもなかった






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2012/1/25

夢の中の硝煙の臭いが、ときどき鼻をつくことがある  






世界がきみを見放したと感じるときは
甘いカフェオレを飲んで横になっているといいよ
だれもそんな気分に風穴など開けられやしない
きみは自分が紙かなにかで出来た人形みたいに感じている
寒波が来て、あたたかい地方にも少し雪が降って
かじかんだ指先では長い詩を書くことなんてとても出来ない
なんの意味もない落書きになったような気がする
世界がきみを見放したと感じるときには
あのさ、難しいことじゃないんだ
とくになにも難しく考えることなんかない
通り雨の中にいるみたいだとか思っていればいいんだ
乱れるときはそんなに長くは続かないものなのさ
記してきたことはすべて忘れて
紙かなにかで出来た人形の真似をしていればいいのさ
明日も温度は下がったままらしいから
少なくとも雨が降ることだけはないよ
世界がきみを見放したと感じるときには
見放された気分を泳がせとけばいいのさ
そいつが、魚みたいに天井を泳ぐのを、ずっと
空が明るくなるまで見つめていればいい
世界がきみを見放したと感じるときは
世界がきみを見放したと感じるときには




きみは夢の中で
ずっしりと重いリボルバーに弾丸を込める
こめかみに当てて
バーンと、引鉄をひく
飛び散るきみの脳漿、洒落たフランス料理の皿の余白に垂らすソースのように
安っぽい白いクロスの壁に
群生した花の模様を描く
時々そうやって死んで見せてくれるきみに似ただれかに
きみはいつも四割ばかり不思議な安堵を覚える
肉体は感情よりもずっと速くずっしりと死んでいく
肉体が長引いては
留まれるかもしれないとたましいに思わせてしまうことになるからだ
肉体は感情よりもずっと速く確かにずっしりと死んでいく
色を失うのは分かりやすくするためさ
ああ、きみの夢
きみの夢のこめかみが発射の熱で焦げてる、そのススが
隠し続けた涙でしっとりと濡れている
分かるかい、かなしみは長く閉じ込めていても
古くなったりすることはたぶんないんだ
きみは目覚めたときにこう思うはずさ
(なんだ、あれは夢に過ぎなかったのか)なんて
きみの中枢を
絶対的なものが破壊してくれることなんかないんだ、なんて




日付変更線が近づいてくると、むかし綴った大して意味のない言葉のことを思い出す
車に跳ね飛ばされて死んだ猫がネオンに当たるみたいにそれは光っているんだ
そしてきみはそれを何と呼べばいいのか分からない、その光景には
生きていることにも死んでいることにも
同等の力を持って働きかけてくるからだ
せめて生温い血が路面にでも流れていれば…だけどそれは出来事としてもう随分と前のことなんだ
ねえ、きみのポケットの中でジャラジャラいってたあの膨大な量の弾丸は
なにかの拍子に全弾撃ちつくしてしまったのか?
それともどこかの安ホテルの、ベッドのわきにでも落としてきてしまったのか?
あの、赤い表紙の聖書のわきにさ




だから夢を見る
だから夢を見る
だから夢を見る
だから夢を見るんだ
ずっしりと重い、リボルバーに、弾丸を込め
こめかみに当て、引鉄をひき、ずっしりと死に、クロスを汚し…
その夢にはきっと続きがあるはずだろう
その夢にはきっと続きがあるはずなのさ
きみは顔を洗って、余計な髭を全部落として
清潔な服に着替えてからそのあとのことを目にするのさ
そのあとで起こるすべてのことをその目でしっかりと目撃するんだ
きみは大人だから
そういう傷つき方がお手の物なのさ
そしていつのまにかべっとりと汚れていた自分の両手に気付いて
喉に手を突っ込みながら無言の絶叫をするんだ
ねえ、きみの運命というやつが
汚物のように渦を巻きながら下水管へと流れていく
それを見下ろしながらきみは何を思うだろう
どんなふうにつくろえばそのことを恥ずかしいと思わなくて済むのか
そんな風なことを考えるかもしれない
そして
小さな窓から空を眺めながら
世界が君を見放したと感じていることについていくつかのフレーズを頭の中に覚書きするんだ
ねえ
今夜も寒いみたいだから
きっと








月は綺麗だよ








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2012/1/2

シカエルボク  








猛毒、を
飲みほして
喀血の
真赤な床は
まだらで
まだ誰の
足跡もなく
そのとき


フリー・ウェイで疾走するスーパー・カーが
一頭の雌鹿を跳ね飛ばしたんだ
20キロ程度のダイナマイトなハニー
ぼくの部屋の窓を突き破って断末魔の声も無く
角の先端はぼくの
太股の10センチ中あたり


そして温暖化問題で発狂した蛙が
一面の血の海に卵を産みつけて
赤い卵がきらきら
えぐり出した目玉のように
きらきら
きらきら


そこから生まれたのは
蛙と鹿と
ぼくとの
ハイブリッド
かたちが鹿で
性能が蛙で
思考が
ぼくだった
大変だ、と
ぼくは思った
だけど
動けなかった


シカエルボク(仮名)は
ぼくの毒を吸い出したあと
深く腰を沈めて
ぴょーん、と
跳ねあがり
窓から外へ飛び出して行った
窓がこのまんまだと風邪を引いちまうな、と
ぼくは思った
だけど
動けなかった


シカエルボクは
それから四日間かけて
自分の前身であった
鹿を
跳ねた車を探し出し
エンジンを潰し
運転手を引きずり出して
肛門に爆竹を詰めて
処分した


それから
帰ってきて部屋を掃除し
ぼくを医者に連れて行って
カーペットを張り替えて(ぼくは内装の仕事をしていたのだ)
業者を呼んでガラスを変えさせ
ぼくの家は以前と同じ状態になった
退院の時には迎えに来てくれた
背中に
ハーマンミラーの椅子を乗っけて
「この椅子が一番ぼくの跳躍の振動を感じさせないのですよおとうたま」と
解説をしてくれた
確かに振動は感じなかったけど
ただ
酔った
しこたま酔った


シカエルボクは珍しい生き物なので
メディアがほっとかなかった
シカエルボクはベニーニなみの
気の聞いたトークも出来たので
そのうち司会の仕事を多くこなすようになった
「鹿だろ?蛙だろ?人だろ?もし病気になったら何医にかかればいいのかわからないんだ!」が
テッパンのフレーズだった
でもシカエルボクは病気なんかしなかった
ぼくの血に毒が混じっていたせいかもしれない


ただ、性能が蛙なので
長生きは出来なかった
「点滴なんか打っても仕方ないんだけど」
総合病院のVIPルームで
シカエルボクはぼくにこう言った
「でも、みんなが自分の為にしてくれてることだから」
それから
悲しそうにこう言った
「ごめんね、もうおとうたまを守れない」
そうして
シカエルボクは死んだ
シカエルボクは死んでしまうと
ほとんどがぬるっとした水になった
シカエルボクは自分の死後は身体を研究材料に提供する意向だったが
この有様ではどうしようもなかった


いま
ぼくは
シカエルボクが残した
ウェスト・コーストにありそうな豪邸のバルコニーで
一頭の鹿と
一匹の蛙と
ともに
暮らしている
シカエルボクよ
きみは
死んでない







そうだよね?




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