2012/10/27

雨は降り、風は吹き、虫はどこからでも出ていく  








夜は欠けた茶碗に満ちた、俺は糞虫の死骸を拾って食い、その茶碗に茶を注いで飲み干した、雨が小賢しく降り、風が騒々しいこの日はまるで、二匹の蛇がいつ果てるともしれないまぐわいをしているみたいで…汚れた夜を飲み込んだ俺の胃袋は一寸の間きょとんとしてそれから、羽化のようにアタフタし始め、上と下の管が絡まらない上手な宙返りをした、杏仁豆腐が詰まったみたいなぶるんとした閉塞感が上の穴から下の穴までの間を支配し始め、体温は株価のように急激に下がった、唇が震え…目一杯声を張り上げるときのアレサ・フランクリンみたいにさ…それから目眩がして俺は畳の上に仰向けに寝っ転がった、心臓はタンギングの練習をしているみたいなリズムでノックして、欠けた茶碗は倒れた時の俺の腕に弾き飛ばされて壁の隅まで転がっていった、雨が激しくなり、機銃掃射のように激しくなり、テレビからは生埋めのニュースが流れ、そのボリュームは果てしなく大きくなり、迷い込んだ哀れ蚊は力尽きて落ちた、そのまま糸を手繰るようにしばらく肢を動かしていたが、それは花弁の一生を撮ったフィルムの早回しを見るように開いて動かなくなった、俺は鼻で呼吸をすることが出来なくなり、確かに呼吸するんだという意志を持って唇を突き出し、ふううふううと懸命に息を吐いた、呼吸が難しい時は息を吸うより吐けと昔何かで読んだことを覚えていたのだ、そのうち身体が激しくのたうち始め、目は明りを見ることが出来なくなった、眩しすぎると感じて仕方がなくなったのだ、俺は右の肩を畳にすりつける感じで横になり、両手で顔を隠して光を感じないようにした、まるでそういう手段しか持っていない女が泣いているみたいな格好になった、しかし、当然ながら、そんなことに気を配る余裕などあるわけもなく…俺は応急処置的な暗闇の中で、懐かしい亡霊に遭遇した、あれはまだ幼稚園にすら行ってない頃のことだと思う、今はおそらく開放していない地元の城の通路の中で、平安貴族のような格好をした男と女の姿を見たことがあったのだ、二人は城の廊下で酒を酌み交わしていた、懐かしい…その懐かしい二人はあの時とまるで変わらない格好をして、そしてまたあの時と同じように紫色の光にすっぽりと包まれていた、おそらく発光しているのだと思うが…それはなにかセロファンで出来ているみたいに俺には見えたんだ、どうしてこんなところにいるんだ、と俺は彼らに話しかけた、彼らは一瞬こちらに注意を払ったが、まったく何を言っているのか理解出来ない様子で、学者のように首を横に振っただけだった、それから彼らはずっと俺のことを見ていた、黙って…なにをしているんだと俺はもう一度聞いてみた、今度も彼らは黙ったまま首を横に振った、ああ、と俺は思った、この二人はいったい何なんだ、この閉塞感は…欠けた茶碗に満ちた夜はいったい…?路面電車はすがりつく雨を振り解くように容赦無く走り抜け、それが終わるといつも表通りはやれやれという感じで少しだけ静かになった、どこかでタクトに従っているかのように雨と風は交互に主張をし、俺は耐えがたい吐気を感じて起き上がろうとしたがなにも間に合わなかった、俺は畳の上にすべてをぶちまけた、投身自殺者が路面に撒き散らす脳漿みたいに畳の上に広がった吐瀉物の中から複数の泡が生まれ、それは増殖してあっというまに吐瀉物の表面を満たした、あああ、と俺は叫んだ、俺が戯れに飲み込んだ糞虫、あいつは…!その小さな泡共が次々に破裂してプラチナ色の糞虫が次々と生まれ、数度よろめいたあと羽を広げてふうと中空に浮かんで、辺りを見回す様な仕草を見せたかと思うと、出口を探して家のどこかへ飛び去っていった、無駄だよ、と俺は答えた、窓はすべて施錠してある、アリの這い出る隙間ひとつない…あんた本当にそう思うのか?と平安貴族の男が俺に問うた、狂言の役者みたいによく通る声をしていた、覚えておきなさい、虫はどこからでも出ていき、また入ってくることが出来るよ、と、彼は続けた、隣の女はにこりともせずに、ただ二度ほど頷いただけだった…俺はそのまま少しの間眠り、目を覚ました時には苦しんだことなどすっかり忘れてしまっていた。






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2012/10/13

明日もないし帰る場所もない  







暑い国の銀行で爆弾をシャツに隠して自爆した男の生首を抱えて泣いている女の言葉は誰にも訳せないだろう
俺はほんの少し飲んだ生ビールのせいで生まれる微かな頭痛を覚えながらそんな動画を見ていた、リクライニング・ソファーに身体をあずけて
火薬の力で引きちぎられたのだろう、男の首の根元は観賞用の魚の艶やかなヒレのようで、そのヒレはちょうど歩道と車道の間の縁石に寄り添うようにしっとりと赤くて
彼はそのヒレで、爆心地からそこへ泳いできたのだ、呆然なのか恍惚なのか、釈然としない表情を顔面に残して
石で出来た銀行の壁の一部が破壊されてその煙がいつまで経っても消えずに残り続けて…生命にかけられる毛布みたいに、ふわりと…
首だけになった彼の姿は俺に幾つもの詩を語ろうとする、イデオロギーや、宗教とはまるで関係のないひとつの人生の終わりを
俺は画面を拡大させて彼がなんと言おうとしているのか読みとろうとした、リプレイのボタンを何度も押して―ヘッドホンを被り小さな音まで聞こえるくらいボリュームを上げて
周りで騒いでいる車や人の声が五月蠅くて彼が何を言おうとしているのかはまるで分からなかった、もしも仮に音で聞こえたところでそれは俺の知る言葉ではないのだが
だけど男の口は確かに動いたんだ、俺は思いつく限りのいろいろな言葉でそこにどんなフレーズが当てはまるのか試してみた、思いつくものは片っ端から
そこには喜怒哀楽というような感情は当てはまらなかった、そこにあるのはたぶんその後の言葉なのだろうから…だから俺はそんな感情のことを想像してみた、わずかなアルコールはとうに消え、頭痛もいつしかおさまっていた
俺は様々な言葉をそこに当てはめてみた、一番しっくりきたのはこんな言葉で…「なあ、死んじまうんなら首だけになるのが一番いいぜ。なにかとふっ切るのにこれほどいいものはない。」俺は何度かリプレイをクリックしながら映画みたいに上手くアフレコをした、なにかとふっ切るのにこれほどいいものはない、なにかとふっ切るのにこれほどいいものは…
それは何故か多分ほんとなのだろうという気がすごくした、そこから現れるひとつの死の形になにも嘘はないような気がした、俺はもう一度動画を始めから終りまで見た、俯き加減で入ってきて、シャツの裾に手を伸ばしたとたん吹き飛ぶ彼のことを…俺はそれに何か名前をつけようという気になった、だけどなんとつければ一番しっくりくるのかどうしても分からなかった、だって俺は日々の仕事でくたくたに疲れていたし少し酒も飲んでいたから…酔いは醒めていたけれどもうそんなこと考えられるような状態ではなかったのだ
明日の朝は早いのだ、ブラウザを閉じてパソコンをシャットダウンして寝床にもぐりこんだ、明日の朝4時にアラームをセットして…まったく、前の日の夕方に突然早朝入ってくれなんて狂ってるぜ、まともじゃない…
目を閉じるとあの男がヒレでゆっくりとこちらへ歩いてきた、幸せそうににこにこと笑いながら…
「なあ、なあ」
「なんだい…明日早いんだ、眠らせてくれ」
首だけの男はそれを聞くとカサカサと笑った
「なにがおかしいんだよ」
なあ、なあ、と、その男はまた繰り返した、どうやら生前からの口癖らしい
「なあ、首だけになっちまえばいいぜ、首だけになっちまえばなんかしら吹っ切れるぜ、目線が全然違うんだ、あれが大きいんだろうな」
俺は特別そんなことに興味はないと言った、生首の目線なんて特別知りたいと思わないと、俺がそう言うと男は少し悲しそうな顔になった
「だってあんたあんなに何回も俺のこと見てたじゃないか、何度も再生していろんな言葉を俺にアフレコしてたじゃないかよ?興味がないなんてそんなこと言うなよ」
興味はあった、だけどそれはあの時のことだと俺は答えた、男は目に涙すら浮かべて俺になにかを抗議しようとしていた、だけどどんなふうにそれを言えばいいのか分からないのだ、ただ黙って俺の側に突っ立って(?)いた―もう帰ってくれよ、どこに帰るのか知らないけど、と俺は言った
「明日の朝は早く起きなきゃいけないんだ」
男はどぎまぎしてそれから、俺にはもう明日なんてないし、帰る場所も無いんだ、と叫ぶように言うと、ヒレで歩きながらどこかへ消えていった
俺は目を開き、寝返りを打ち、男が消えていったあたりをしばらくの間眺めていた、畜生、どうもぐっすり眠れそうな雰囲気でもなさそうだ…







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2012/10/13

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少し肌寒くなり始めた街角には
人知れず落ちる涙のようなバラッドがある
まだ見たことのないそれを僕らもどこかで分かっている
僕がここから居なくなるとき
君がここから居なくなるとき


休日のまだ早い時間
すれ違う人もあまりなく
昨日を上手く忘れられなかった
悲しい酔っ払いの吐瀉物だけが
いのちを口籠ってばかりいる
口笛吹いてる点滅信号の下を潜るとき
幸せってきっとああいうものなのよって牧師みたいな笑顔で君は言った
時は流れてゆくこと
ちょっとしたつぶやきが更新され続けるタイムラインみたいに


あのとき瞬きするみたいに
僕らが更新されたらきっとなんとかなったんだ
残りの時間を数えることなく
おだやかな返答はきっとずっと隣りにあった
スターバックスの前の呑気な点滅信号は
きっと気まぐれなジョーク以外の
どんなものにも変わることはなかった


少し肌寒くなり始めた街角には
人知れず落ちる涙のようなバラッドがある
今日の街路にはやがて来る雨粒の溜息があり
すれ違う人たちはもう
夜を待っているような顔をして歩いている
僕らのつぶやきはタイムラインのはるか彼方でぷつんと消えて
知らないやつらだけがずっと楽しそうに返信を重ねている


化物みたいに器用な電話を持つことはやめた
結局のところそれは
ただ僕をあらわにするだけだから








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