魔人  





なんだろう
死の予感だ
俺には
いつもそれがある
血を吹いて
嵐のように
くず折れて
紙のように


我身にぶちまける
観念的なファシズム
軋む、軋む
軋む脳細胞
進化は
死の次にある


一分一秒
逃げていく血の温もりは
手のひらのなかにある
顔を隠す指の隙間で目を開いた


かたすみに


俺の名がある
死せる細胞の亀裂みたいに
散った灰が床に残す
下手な
砂絵みたいに


粗筋を引き裂け!
目に見えるものに
本当のことなどない
めくらになって研ぎ澄ませばいい
内側にこぼれる光
地下に溜まる美しい水の源泉のようなもの


なんだろう
死の予感だ
俺には
いつもそれがある
指を齧り
血を啜る
俺の血で
生きている俺





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やがてぼくの言葉は誰にも通じなくなるだろう  











やがてぼくの言葉は誰にも通じなくなるだろう
ぼくだけの洞窟の奥へと入りこんで
そこから何処へも出て行かなくなるだろう


ぼくは生まれた時から、なにもかもに納得していなかった、いのちの命じるままにわぁんだのうわーだのえーんだのと喚いては、くちびるにしっくりくる言葉を探していた、暖かい布にくるまれて、ベビーベッドに寝かされ、天井では妙な音のするガラガラが回り続け、両親や親族以外の得体の知れない生き物が時々ぼくのことを覗きこんでにやにや笑っていた、ぼくは定期的に我慢出来なくなって泣き叫んだ、すると母親は自分の乳房や、面倒な手順を踏んでぬるくした粉ミルクの入った哺乳瓶をぼくの口に突っ込んだ、おれはなんでこんなものを食っているんだ、そう思いながらぼくはいつもげっぷが出るまでそれを飲み込み続けた、粉ミルクを飲んだあとはわずかに人工的な感覚が神経を騒がせた、腹が減ったときとおむつが濡れた時以外はほとんど寝ていた、だけど夢を見ることはなく、自分がいる世界の音をずっと聴いていた、それは頭の中で鮮明な映像になって、ぼくはベビーベッドに寝ながらにして様々な世界を見た、そうして不安になった


この世界に、ぼくの生きる場所はあるのだろうか?


小学校低学年の頃、ぼくは喉の奥を絞めて変な鳥の鳴き声のような高い声を出すことを止められなかった、いつからそれが始まったのかまるで思い出せないが、それはいつしかみんなが知ってるぼくの癖になっていた、みんなが止めなさいと言ったけれど止められなかった、その声を出していないと落ち着かなかった、何度注意されても授業中に鼻歌を歌うことが止められなかったり、両手の親指の爪の表面を歯で削り続けたりした、睫毛を抜くのが止められなかったり、虫歯の穴に研いだばかりの鉛筆の先を突っ込んで血が出るまでほじくった、給食の時間には牛乳を飲むためのストローの包み紙を、むしゃむしゃと食べたこともあった、友達が面白がって、ストローの紙がぼくのところにたくさん集まって、ぼくはそれを全部食べて先生に叱られた、ひとつの動作に夢中になると、それをやり続けていなければ落ち着けなかった、そんなとき、図書館にあった本の中にチックという言葉を見つけた、これはまさに自分のことだと思った、授業中に口笛を吹くのを止められなくて悩んでいる男の子の話が書いてあった、ぼくは自分もきっとそうなのだろうと思ったが、そのことは誰にも言わなかった、だけど友達だっていたし、好きな先生だっていた、ぼく自身は訳の判らないことばかりしていたけれど、それでもまあ幸せな子供時代だったと思う、みんなと楽しく遊ぶことが出来てさえいれば、誰にも排除される心配なんかなかった


中学生になってもおかしなことばかりしていた、休み時間になると廊下で両膝をついたまま、はしからはしまでを何度も往復した、ほかのクラスの女の子にハイハイマンってあだ名をつけられた、授業中に突然机に頭を打ち付けたりした、相変わらず友達は何人かいたけれど、中学校はもう異文化だった、ほとんどの人間はぼくのことなんか好きにならなかった、ぼくは彼らに興味なんか持たなかったから、彼らはぼくのことを変わり者だと思って距離を置いた、ぼくも自分でそうだと思っていたから彼らに馴染もうなんて微塵も思わなかった、そのころ初恋があったけれどそれは同じ小学校から知っていた子だった、ふたりの女の子に告白されたけれどまったく興味が持てなかった、ひとりとは数度の手紙のやり取りに終わり、もうひとりは友達とつるんでかなりしつこくしてきたから面倒になって約束をすっぽかしてどういうことかとかかって来た電話でいい加減にしてくれと言った、彼女は傷ついただろうけどぼくはもううんざりだったんだ


高校生になると周辺は整髪料と軽いメイク道具と隠れて吸う煙草とベトベトの分泌液の臭いでいっぱいになった、制服を祭の衣装みたいにして登校してくるやつがいっぱいいた、みんな反逆のヒーローを気取っていたけれど、それが本当の反逆なら私服で来るべきだとぼくは思っていた、ぼくは制服には一切手をつけなかった、店で買ったままの学ランとストレートのズボン以外は着ることはなかった、襟の内側に付けるプラスティックのカラーは割れてしまうと首の皮を挟んでうっとうしいから外すようになり、襟元に付ける校章はすぐに失くしてしまうから付けなくなったけれど、それは反抗でも何でもなくて、ただぼくの必要に応じて変更された事柄に過ぎなかった、反抗なんかに興味はなかった、本当の反抗は学校に属さないことだとわかっていた、そのころになるとぼくには、そんなに多くの人間とは仲良く出来ないことがわかっていた、そしてずっと考えていた、自分がやるべきことはことはここにはなにひとつないって、でもじゃあほかになにをすればいいのかなんてわからなくて、しかたがないから万引きをした、なんでそんなことになったのかわからないけど、たぶん気まぐれみたいなもんだった、結構たくさんやった、意外と簡単なんだなとぼくは思った、だけどもちろんそんなわけはなくて、あるとき初老の警備員に腕を掴まれた、あのとき蹴っ飛ばしておけばよかったんだと今でもちょっと思う、ちょっとだけだけど、まあとにかくぼくは派出所に連れていかれて、殺風景な椅子に座りながら、ああおれはやっぱりちょっとおかしいんだななんて考えていた、父親はぼくを殴ろうとしたけど酒を飲み過ぎて最初のパンチを空振りした、高校生活の思い出なんてそんなことばかりだった、バカみたいな恋をふたつばかりした、社会人劇団に入りたいと言ったら親父に足の爪が割れるくらいあれこれやられて、一週間くらい家出したこともあった、やりかえさなかった、やりかえす気はまるでなかった、それでぼくは劇団に通うことを許されて家に戻った、演劇をしてるのは楽しかった、今にして思えば、ぼくはそのころから、いやもしかしたらもっと若いころからずっと、言葉が作りだすリズムが好きだったのだ、高校は止めた、二年の終わりに留年が決まって、親父にどうするって聞かれて止めるって答えた、止めてどうするのかなんて少しも考えちゃいなかったけれど、それでもそのまま通い続けるよりは多分マシなんだろうと思った、ぼく以外の人間はみんな深刻にしていたけれど、ぼくにとってはそんなに重要なことじゃなかった


誰かになりきって舞台で演じるのはとても気持ちが良かった、お客さんのリアクションが良かったときなんかそれだけで有頂天だった、でもすぐに物足りなくなった、そこには何かが足りない気がした、ぼくはぼくなりに考えた、形式的なお約束は一度無視してみるべきだ、それで僕は劇団を止め、自分で台本を書き、劇団で出来た彼女に手伝ってもらいながら何本か短い芝居をやった、それはとても楽しかった、きちんと褒めてくれた人も何人かいた、だけどお客さんは少しも入らなかった、当時はパソコンなんか持っていなくて、チラシやチケットを印刷屋さんに頼んで二〇〇枚作ってもらったりして、そんなことまでしても客入りは二日間で五三人だった、印刷代には七万円かかった、そのころロックシンガーがひとり謎の死を遂げた、若者の代弁者だなんてテレビでは言われてた、彼は誰かを代弁したことなんて一度もなかったのに


台本をいくつか書いている途中でぼくは文章を書く楽しさに目覚めた、しきりに書いていると次第に身体が熱くなってきてすらすらと言葉が浮かぶのが気持ち良かった、ぼくは詩や小説を書き始めた、小説は何作か賞と呼ばれるものに送ってはみたけれど、それは箸にも棒にもかからなかった、一度だけ箸にかけてくれた出版社があったけれど、そこは何年かして詐欺で潰れた、


携帯電話を持つようになってからぼくは、とあるサービスを使って自分のホームページを持ってそこで詩を書き始めた、書いたその日に反応があることがすごく面白かった、一日に何度も詩を書いた、仕事はしたりしなかったりだったので、すぐに料金を払えなくなった、そのころはパケット定額なんてなかったのだ、請求額が三万円を超えた月なんかもあった、ぼくは出来る限り詩を書いて過ごした、と言っても当時のホームページの掲示板には文字制限があって、五〇〇文字以内でおさめなければならなかった、ぼくには相当なストレスだった、



それからもう十年以上も経っている、携帯はスマートフォンになり、パソコンだってデスクトップのそこそこいいやつを持っている、そしていまだに詩を書いたり小説を書いたり、お客の入らない朗読会をしたりしながら、十年前よりずっと少なくなった仕事になんとか飛びついては日々をしのいでいる、いまでも納得のいかないことや、どうしてだろうと思うようなことはたくさんあるけれど、いまではそれらを突き詰めるよりは泳がせておくことの方が大事だとわかっている、知らなかったいくつかの土地で詩を読み、友達と呼べる詩人も何人か出来た、地元でもふたつくらいの詩のサークルとつるんではみたけれど、そんなにたいしたところじゃなかった、ぼくの詩は変わらないようで結構変わり続けていて、数年前に書いたものの中にはいまじゃ朗読会ではちょっと読みたくないような詩なんかもあったりして、それでもぼくは書き続け読み続けている、ぼくの詩はもうなかば日本語ではなくなっていて、ぼくという民族だけが話す独自の言葉のようになっている、それは必要な変化であり、必要な進化なのだ、だから、日本語しかわからない人たちとはすれ違うことが多くなった、ぼくはすれ違うことがとても得意なのだ、劇団で知り合った彼女とはいまでも付き合っている、たぶん彼女はこの変りものがくたばるまでずっと見ていてくれるだろう、そしてぼくはいまでもすれ違っている、ぼくの心がすっぽりと収まる居心地のいい場所はまだなかなか無くて、それはもしかしたら一生見つからないのかもしれないけれど、そんなことについてあれこれと悩むよりは、やるべきことを自分なりにこなしていくことの方が大切だって今はわかっている


やがてぼくの言葉は誰にも通じなくなるだろう、ぼくだけの洞窟の奥深くまで入り込んで、そこから絶対に出てくることはないだろう、それはぼくの人生の終わりであり、そのギリギリの瞬間まで、いやもしかしたらなにもかも終わったそのあとでも、




ぼくはなにかを書き続けていることだろう













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静寂は長い叫びと似ている  








名前のない草むらで腐肉をわずかに残した崩れた骨格になった
もとは誰かの所有物だったシェットランドシープドッグの
土塊に染み込んでいったバクテリヤと同数の言葉たち
一二月に梅雨みたいな臭いをさせながらもうすっかり…
下手な塗装のように薄雲がかかる空からは
ヘリコプターの羽音だけがダラダラダラダラ落ちてきて
延髄のあたりをガツガツ小突いて疲弊した身体を苛立たせる
海の近くの管理されてる河の中央には場違いな小島があり
濁った声で鳴く鳥たちが集まって騒いでいる
冬はいつもそっちの方からやって来る
ガソリンスタンドのあたりの歩道の混雑とヒット・ソング
どこかで聞いたことのある違う曲と排気ガスの臭いが混じり合う
だれをどこに向かって走らせるのか?
チェッカーフラッグに飛びつく勇気のないやつらが繰り広げるレースが
台所を駆け抜ける鼠の尻尾を連想させる
十日前に右手人差指の右側面の皮がべろんと剥けてしまって
そいつはいまだに水だの血液だのをじわりと滲ませる
居酒屋のカウンターで酔いつぶれた誰かの寝言みたいな調子で
平穏無事な毎日が一番騒がせるのさ
この身が誰のものでもないような気がして
無感覚の穴に立ったまま落ちていきそうなそんな気がして
終始流し込むカフェインに出来ることなんか意外と限られてるんだ
ちょっと目が冴えたところでそんなもの
ただの作用に過ぎないとしたものさ
そんなことを考えながら午後の仕事を懸命に流した
帰りにぼんやり自転車を走らせていると
いつもいつの間にか忘れられたような道に迷い込む
閉ざされたシャッターが赤く錆びた商店や食事処の並ぶ通り
朝も昼も夜もどんなときでも
すれ違うものがぼんやりとした影になるくらい薄暗くて
古いテレビやらガスコンロがうなだれた人間のように積み上げられ
記されない時を飲み込んでいく
鉄の粉のような風が吹き抜ける裏通り
ここで眠ったり起きたりしていた連中はいったい
どこで何をして毎日を過ごしているだろう?
生まれた場所から離れることは出来ないのか
割れた植木鉢の中で身をこごめている誰かの名前が記されたノート
砂がその表紙に短い詩を書いて遊んでいる
自転車を漕ぎながらいつか俺もそんな場所へ迷い込んで
二度と出てくることが出来なくなるかもしれない
死体が出ない死ならそれは幸せかもしれない
諦めという悲しみしか生み出せないそんな死なら
短い通りを抜けて現実の中へ放り込まれる度に
決して言葉に出来ない何かを思い出す
そんなものを誰に話すつもりで抱えているのか
思い出しても思い出してもそのことだけは思い出せない
赤いシグナルの前で足を止めると
世界を切り裂くようなヘッドライトが数分光の帯を作る
家の手前で立ち寄ったコンビニエンスストアで見た
とある雑誌の表紙を飾っていた男の顔が
あらゆるものの終わりについてあれこれと考えるきっかけになった
人生とはある時から
終わりを見つめていくことの連続になる
確かそれが始まったのは
二十歳そこそこのころだっただろうか?
ひとりひとりまたひとりと席を立ってテーブルを離れていく
俺は時々そこに座っている自分のことを
妙に現実的に認識する瞬間がある
いつか必ずその席を離れなければならない瞬間が来る
そのとき
俺はなにをテーブルに残していくのだろうか?
置いていくものが無くてまごついている夢を見る
苦し紛れにテーブルに詩を書き殴るが
それは拒絶のように燃え尽きてしまう
ひとりひとりまたひとりと席を立って残されたテーブルで
残していくものを持ち合わせていない歯痒さをよく夢に見る
家の鍵を開けると
俺の預かり知らない時間の蓄積が部屋から流れ出して来る
俺は彼らの占拠から部屋を取り戻して
汚れた身体をシャワーで長いこと洗い流す
排水溝へ流れ込んでいく俺のいくつもの喪失は
閉ざされたシャッターが並ぶ通りとよく似ている
ガスコンロに火を灯して
インスタントコーヒーを入れる
決して言葉に出来ない何かを思い出す
そんなものを誰に話すつもりで抱えているのか
思い出しても思い出してもそのことだけは思い出せない






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