天使たちの罠  







お前の髪をほどいて、外に放り出したら
見たこともない世界が開かれる
小さな世界の中から抜け出せ
小さな世界の中から抜け出せ

メイン・ストリートの真ん中にあるジェラートの店で
見たことのない色味をすべて買い占める
溶けちまう前に何もかも口に放り込んだら
痛む頭を堪えながら叫べばいいさ
小さな世界の中から抜け出せ
小さな世界の中から抜け出せ

一流どころの素振りを見せて
周囲の奴らを煙に巻くのはさぞかし気分がいいだろう
だけどみんないつまでも騙されないぜ
お前がどんな勲章も持ち合わせていないこと
お前がそこらの連中と同じ
フカシてるだけの野郎だってことなんかすぐに判るさ
他人を欺くのは容易いことじゃない

真夜中のキッチン、惰性で欲しがるインスタント・コーヒーを入れながら
誰にも聞かせたことのないメロディーをお前はハミングする
そいつはとてもいい気分にさせてくれるけど
カップの中の湯気と一緒にどっかへ行っちまう程度のもの

よう、表通りへくり出してみちゃどうだい
真夜中の間にだって天使たちは彷徨いてるんだぜ
ちょっと安物の化粧品の匂いがする天使たちかもしれないけれど
いまお前が欲しがってるものくらいなら彼女らはいくらだって持ってるぜ
あとはお前が素直になれるかどうかさ
あとはお前が素直になれるかどうか

よう、誰かの望むお前でいるのは大変だろう
つけたくもない格好つけて眉間にしわを寄せているのは?
もしもどこかで我慢がならないと感じ始めているのなら
今夜あたりケリをつけるべき時かもしれないぜ
今夜あたりケリをつけておかなけりゃ
お前は死ぬまでその仮面をかぶっていなくちゃいけないかもしれないぜ

窓を開いてみなよ、街の喧騒がどこかから聞こえてくるだろう
天使たちの罠に誰かがまた足を絡め取られた
彼女らに骨まで抜かれちまわないためには正直でいることさ
正直でなければ真夜中を突っ切ることなんて出来ないさ
勇気があるなら服を着替えるんだ、草臥れたバイクのエンジンに火を入れて
天使たちとの勝負に繰り出してみようじゃないか







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温い感触の鎮魂歌  







氷りついた床の上に投げ捨てられたセンテンス、凍えて縮まりながら自分の存在が亡きものになるのを待っていた、どうしてそんなことを思うのかって?決まっているじゃないか、そいつは投げ捨てられたんだ、投げ捨てたやつがそのときなにを書いていたのかなんておれには判るべくもないけれど、センテンスが必要なものなんて限られてくるよな、想像してごらん、センテンスが必要な…必要なものなんてないのかもしれないけどさ、本当は…詩か小説か、あるいは歌か―もしかしたら温度に迷ったままのラヴ・レターかもな、とにかく、そいつは投げ捨てられてしまったんだ、氷りついた冷たい床の上に、投げ捨てられたってことはもう必要がなくなったってことさ、あとは潔く死を臨むのみだ―息があったって冷たいだけだしさ


なんらかの理由で途中で忘れられたいくつかの言葉の切れっぱしをまとめてごみ箱に放り込んだ日の夜、夢の中でおれが聞いていた年代物の真空管ラジオから聞こえていたのはそんな言葉だった、夢の中のおれは現実よりもずっといい部屋に住んでいたぜ、地中海のリゾート・ホテルみたいなヌケのいい部屋だった、窓から海が見えてさ…!考えてみりゃそんな部屋じゃないと年代物のラジオなんて似合いはしないよな、ともかく、甲高い声のディスク・ジョッキーは巻き舌でそんなことをくっちゃべっていた、ようD・J、あんたもまるで出来上がっちゃいないじゃないか!あんたが垂れ流しているそれは詩なのか小説なのか?はたまた歌か、それとも温度に迷ったままのラヴ・レターなのか?突然にそんなものを聞かされる方の身にもなって喋って欲しいな、不意をつかれておれは困惑してしまった―もっとも、夢の中で起こることにいちいち困惑してたら、脳細胞がいくつあっても足りゃあしないけどさ…少なくともそんなトークは、ちょっと気の利いたポップ・ソングや、まるで気の利かないハード・ロックや、気を利かそうなんてまるで考えもしていない古臭いロックンロールなんかの煽り文句に使うには、ちょっといろいろなものを含み過ぎてるぜ…そんなことくっちゃべってたら、チャック・ベリーが例のステップを踏み損ねてしまうぜ…!おれは途中から自分が夢を見ているんだってことに気がついていた、だから、目を覚ました後もこのことを覚えているように努めて眠り直したんだ、目が覚めてもバッチリとこの夢のことは覚えていた、だけどもうD・Jの言葉について考えてみようという気持ちは微塵もなかった、あの真空管ラジオは二度と震えだすことはないだろう


いくつかの言葉は、あるいはいくつかのフレーズは、誰の目にも止まることなく葬られるべきなんだ、それがどんなに気持ちのこもった、出来のいいものであったとしてもさ…ひとつの詩篇として完結することが出来なければさ―手ごたえなんか気にしちゃいけない、書き連ねているものに愛情なんか持ったりしちゃいけない、すべてをどこかに捨てていくつもりで書いていかなければならない、捨てるべきものを残してしまうと、そのあとになにを継ぎ足したところで永遠に恰好なんかつきはしない、永遠にだ、永遠にだよ…思い入れてしまった、愛してしまったそのセンテンスを捨てない限りはさ―なんのために書いているんだ?言葉のままで済むようなことならそいつは言葉のままで置いておけばいい、わざわざ詩なんて名前のコートを着せる必要なんてないんだ


おれは鉛筆を手にとって破れたレポート用紙に昨夜捨てたセンテンスの墓場をこしらえた、これは本当は詩にしなくちゃいけないことだ―そう、思いながら。






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地を這う男  





地を舐め、四肢を擦り、蛞蝓の足跡の様に長く、滲んだ血が道をなぞり、呻き声はふしだらな鍵盤の様に、汚れた口腔から漏れ続けた、頸椎が、背骨が、あばら骨が軋み、歪な尺骨と脛が、そうしてきた時間の長さをありありと語っていた…語り続けていた、頭髪は長かったが、所々奇妙に抜け落ち、赤ワインのような地肌を晒していた、毛先が、地を這う四肢に巻き込まれて引き千切られるのかもしれない、そうして見れば、あの頭皮の色味にも合点がいく―額には果物の皮のように血管が浮き上がり、冬の最中だというのに汗が滲んでいた、脂汗や、冷汗などではなく、筋肉に力が入り続けているということを語る汗だった、それは時折痩せこけた頬の骨を伝って、道に落ちた、汗が落ちたところだけ流れた血の色が薄れ、趣味の悪い風景画の様な風情を思わせた、目はそもそもは大きいのだろうが、長い苦痛に細く縮み、より一層力が必要とされる瞬間には完全に閉じられた、再び目を開いた時には、滲んだ汗が目の端から入り込み、その為に激しく瞬きをしなければならなかった、それから再び流れ出す汗は涙の様に、その表情も相まっておよそ涙そのものと言ってもいいような風に見えたが、当の本人にはきっと、涙を流すつもりなど微塵もなかった、その理由は、彼の背後に見える、彼が這いずって来た時の長さと、半ば失われてはいるがまだありありと盛り上がる全身の筋肉から容易に窺えた、食べることを良しとしていないのか、あるいは食べようという気が起こらないのか、死んでしまうのではないかと思えるほどに消耗して痩せ衰えているのに、時折外野のものが親切にも投げ与える食物には一切手をつけようとしなかった、金を投げ与えるものもいたがそれにも同様に興味を持たなかった、冷やかしにも、励ましにも、問いかけにも答えようとはせず、耳を向けている様子もなかった、もしかすると、耳も聞こえなければ口もきけない、そういう人間かもしれなかった、だが道端で彼を見つめているものたちには、前述したような理由からまるでそれを確かめる術は無かった、目は見えていた、それは誰が見ても明らかだった、細められた目は時折かっと見開かれ、自分が道を誤っていはしないかと確かめていた、その時の目は野生の獣のように厳しく爛々としていて、それが間違いなく彼の意志によって行われているのだということを雄弁に語っていた、彼は呻きながら、己の肘から、膝から溢れる血液を地表に塗りつけながら前進し続けていた、時折り諦めかけるように首が垂れたが、身体を大きく膨らませたりすぼめたりして何度か息を継ぐと、再び前を向いて這い始めるのだった、時折り気を失いかけているのではないかというように黒目が非常に上を向いて、目蓋の中に隠れてはまた戻ってきた

この男はどうしてこんなことをしているのだろう、と、道を行く誰もが好奇と驚きと嫌悪を持って彼のことを見つめていた、中には、距離を置いて後ろを着いてきているものも何人かいた、後から彼を見つけた人が、先にそこに居たものにこれは何なのか、と尋ねている光景がそこらで見えた、そうした光景の中に居るものたちは年齢も性別もまちまちだったが、彼らに共通しているのはこの男が道を這っている理由は判らないということだった、彼らはしばらく立ち止まって男を見つめ、やがて首を横に降って離れて行ったり、男の身体から流れる血を見てぶるぶると小さく震え、顔をしかめて立ち去って行ったりした、たいていのものは知らなかったが、それは朝の早い時間から始まり、昼を過ぎても続いていた、そして誰もがそこで繰り広げられていることの圧力に屈したように這う男を見つめていた

もう間もなく夕焼けが始まるというころだった、人混みの中から一人の大男が飛び出して、地を這う男を蹴り飛ばした、この大男は、地を這う男のせいで生まれた混雑にいらいらしながら歩いていたのだ、大男の激しい蹴りに、地を這う男は横倒しになった、蹴りは一撃では終わらなかった、痩せた男の身体の方々を折ってしまうほどの勢いで、大男は蹴り続けた、地を這う男の顔や身体は見る見るうちに膨れ上がり、これはまずいと思った何人かが警官を呼びに行った、警官はすぐに現れて、彼を呼びに行った数人の男とともに、大男を取り押さえた、警官は道の上に横たわっている痩せた男を見た、警官は朝のうちに、彼を止めようとしていたのだった、しかし、なにをどうしても彼を止めることが出来ず、そのうち諦めて業務に戻っていたのだ、何人かの町民がその後も、地を這う男のことを知らせにやって来たけれど、なにか面倒なことになるようなら呼びなさいと言って相手にしなかった、まさかこんなことになるとは思わなかった、痩せた男は血を吐いていた、内臓に傷が付いているような鮮やかな血だった、俺が殺したようなものだ、心の苦痛に警官が顔を歪めたその時だった、もう死んでいたかに見えた男が再び青褪めた身を起こし、四肢を道につけてまた這いずり始めたのだ、誰ももう何も言うことが出来なかったし、動くことも出来なかった、さっきまで激しい剣幕で彼を蹴りつけていた大男までが、呆気に取られた様にぽかんと口を開けて地を這う男の意志を見つめていた、男の姿が道の先で小さくなるまで、誰もそこを動くことが出来なかった、やがて夜が訪れて、民衆はどこか諦めたみたいにそれぞれの住処へ戻った、地を這う男がどこへ行ったのか、誰にも判らなかった、翌日になっても道の上に刻まれていた彼の血を辿れば、もしか死体でも見つけることは出来たかもしれないが、町の誰一人としてその血を辿って行こうとはしなかったのだ。




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