2013/5/31

あらゆるものが性急なスピードでこぼれ落ちていく  







狂ったのは俺のせいじゃない、ただほんの少し、運が悪かっただけ…シンクの中に今日食ったものをあらいざらいぶちまけてから、頭の中に蜃気楼のように浮かんだのはそんな言葉だった、それが、真実なのかどうかなんてどうでもよかった、それには、コンビニで流れるヒット・ソング以上の価値はなかったのだ、蛇口をひねって、いっぱいにひねって、水流がすべてを洗い流すのを待った、詰まるだろうか?固形物はほとんどないと思う、詰まっちまったら…そのときはそのときだ、それは今考えることじゃない、それは今考えるべきことじゃないぜ…床にへたり込みそうな身体を無理矢理起こすと目眩がした、だけど立てないほどじゃなかった、出すものを出してしまった今、寒気の他にひどいものはもうなかった、蛇口からほとばしる水を両手ですくって、口の中をゆすぎ、それから水を飲んだ、信じられないくらい美味いと感じた、蛇口から直接水を飲むなんて何年振りだろう?それは信じられないくらい美味かった、少し呼吸を落ちつけてからシンクに顔を突っ込んで蛇口から落ちる水をそのまま受け止めて飲んだ、それはピンボールのようにすぐに俺の胃の中に落ちてきた、俺は床に腰を下ろし…両手で顔を拭った、なにもかもがぐっしょりと濡れていた、顔も、手も、服も…あるところまでは雨で、あるところまでは水道の水だった、今は、そのことが気持ち良かった―水が―激しく流れていた水が一瞬、結核持ちの咳のようにもどかしく絡まり、それから、獣の咆哮のような低音を響かせて落ちていった、ほんの少し、なにかが引っかかったのだろう…だけど、もう心配はないようだ、俺は水を止めた、真夜中の静寂がキッチンに訪れた、シンク台にもたれて座りこみ、天井を見上げた、蛍光灯が真っ直ぐなオシログラフのような音を立てながら輝いていた、その瞬きの中に様々な幻を見た、それは例えばこれまでに関することだった、日頃忘れている癖にある瞬間に突然昨日のことのようにありありと思い出す、そんな出来事の群れが次々に現れては消えていった、それは限定された走馬灯のようだった、つまり、俺の限定されたいくつかが死を迎えようとしているのだと俺は解釈した、俺は蛍光灯を見つめて…死体になるのだろうか、と考えた、今ではない、それはもちろん今ではないが…まるで死を学んでいるみたいな瞬間だった、そう思ったのだ、まるで、死を体験しているようだと…身体が落ち着いてくると、湿気がまとわりついてくるのが判った、ゆっくりと身体を起こし、リビングに向かった、エアコンのスイッチを入れて…最近エアコンってタイトルの詩を書いたっけ…?ああ、書いた、確かに書いたな、だけどそんなこと、思い出す必要なんてないじゃないか…ただ、エアコンのスイッチを入れただけのことで…!ソファーに横になると、そのまま眠れそうな気がした、様々なことが手つかずで残っているが、もう、動く気力がなかった、合成レザーの感触に身を委ねて…乾き始めた汗に安堵しながら短い夢を見た、中身は覚えていない、ただ木蓮の枝のような蜘蛛が出てきた、それがゆっくりと俺に近寄って…蜘蛛の出てくる夢をよく見る、そういう夢では決まって、俺は満足に身体を動かすことが出来ず、にじり寄ってくるそれをただ見つめている…何かを暗示しているのだろうか?だけどそんなことが判ったからって何だというのだ?それは俺の見た夢に違いないが、俺の人生について夢にとやかく言われる筋合いはない…夢と現実とは交わらないものだ、そう決めておいた方がややこしくなくていい―もう一度眠ろうとしたがまるで眠れなかった、ウンザリした、そういうことが当たり前のように訪れる、満足に眠ることなんかろくに出来ない、俺はソファーを抜け出した、どうせ起きてしまったのだから、きちんと寝自宅を整えてベッドに行こう、そう思った、洗面所に行くと夢の中から抜けだしてきたらしい例の蜘蛛が居て…俺を見ると手招きをするように前脚をいくつか動かした、歯を磨いてもかまわないか、と俺は問いかけた、蜘蛛は俺の邪魔をしないように脇へどいた、俺は蜘蛛を見ながら歯を磨いた、俺が口をゆすいだ水を吐くたびに、蜘蛛は少し洗面台から距離を開けた、きっと水があまり好きではないのだろう…タオルで顔を拭いて眠るよ、と話しかけようとしたが、もうそこに蜘蛛は居なかった、何をしに来たんだ、と俺は思った、夢と現実の境界線の解釈について、俺に講釈でも垂れるつもりだったのか?俺はベッドに横になった、蜘蛛は天井に居た、そして俺の顔めがけて降下してきた、そんなのあまり気分のいいものじゃない…俺は逃げようとしたが遅過ぎた、顔に…張り付くかという瞬間にそれは消えた、畜生、と俺は毒づいた、頭の片隅で何かがカチリと音を立てた、それが鳴り終わる前に俺は眠りに落ちていた…。








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2013/5/23

夏の星座の下で  





夏の星座の下で
コカ・コーラとポテトチップス
行き場を
排除した僕らは
廃棄された遊園地で
誰も居ない遊園地で
こんな歌あったなと思いながら
夏の星座の下で
夏の星座の下で


現実はクロスカウンターみたいに
僕たちのアゴをカチ上げて
ふらふらと目を回させる
放課後のフォークダンスのように
校庭でいつも僕たちはよろめいていた
合図を決めて
抜けだすんだ
誰も傷つけることのない
反逆があったって構わない


観覧車は回らないから
よじ登っていった
地上から三つめ
街を見下ろすゴンドラ
肩を寄せ合って
息を整えた
割れた窓から入り込む風は
街のそれよりもずっと綺麗で
眼下に灯る
僕たちの暮らしを見ながら
世界が小さすぎるんだって君は舌打ちをした


パティ・スミスのロックンロールと色褪せたコンバース
それが君の聖域だった
白けたふりを装いつつも
僕は
君のことをとてもうらやましく感じていたんだぜ
強い風が吹いてゴンドラが揺れたけれど
少しも怖くなんかなかった
星空を航海していたんだ
ハートのコンパスが示す行き先に向かって


僕たちは夜明けを待った
埃にまみれて
僕たちは夜明けを待った
べっとりと汗に濡れて
僕たちは夜明けを待った
ハミングをしながら
僕たちは夜明けを待った
明日のない二人のように
やがてサイレンのように朝日が
僕たちの脳を貫いた時
僕たちは両の拳を
突きあげて叫びまくった
何故だか判らないけど
僕たちは叫びまくった
そこには始まりがあり
そこには許しがあり
そこには警告があり
そこには秘密があった
僕たちはそれを見たんだ
観覧車が激しく揺れて
僕たちはよろめいて
肩をぶつけて笑った
愚かといえば愚かであり
イカしてると思えばイカしてた
どちらにも取れるなら
どちらかで悩むことなんかない


僕らは観覧車を下りた
戦場から帰還する兵士のように
魂の熱を感じながら
またすぐに始まる
戦いのことを考えながら
夏の星座の下で
僕たちは戦士だった
夏の星座の下で
夏の星座の下で






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2013/5/19

エアコン  






あれはそう、蒸し暑い初夏の深夜だった、ちょうど、今夜みたいな…俺は安ワインの小さなボトルをラッパ呑みしながら人気のない路地を歩いていた、ベロベロで…月は無く、といってひどく曇るでもない、なにもかもが中途半端な、ブラウスの裾から少し下着がはみ出している、中肉中背の冴えない女のような空だった、湿気がひどくて…俺は呑んだ分をそのまま汗に出してしまって、悪態をつきながら歩いていたんだ、酔っていて…その話はもうしたっけ?ともかく、呑む以外に気を紛らわせることもなく、汗だくになりながら家への道を歩いていたんだ、家に帰ったらまずシャワーを浴びよう、どうせすぐにまた汗をかくだろうけど知ったことか!エアコンは7年前に壊れたまま、直そうという気にもならない…電気屋に一度見に来てもらったが、そいつが言うには、もう換えの部品が存在しない型で、直せなくはないがべらぼうな金がかかる、最新型を買う倍ぐらいはかかる、とそんなこと言い、どうせなら最新型を買ってはいかがですなんて言うから、ウルセエヤと言って叩きだしてやった、あいつには判らないのだ、どうして俺がこの前時代的なエアコンを煙が上がるまで使い続けたのか、俺の前にこの部屋に住んでたやつのモクの煙で小便を漏らしたブリーフみたいな色になっちまったあのエアコンを、埃か風か判らないものを吐きだしはじめるまでなぜ使い続けたのか…あいつには想像もつかないのだ、俺は、最新型というやつが嫌いだ、最新型にはなにかしら余計なものがくっついているものだ、絶対に使う必要のない何かが…だから俺はあのエアコンを使い続けた、そしてそいつがくたばってしまった今、もう新しいエアコンを壁に取り付けるつもりなんかない、こんな話を聞くとたいていのやつは俺のことを変なやつだと思うだろう…そんなことにこだわってそんな汗をかいて何になるんだって…だけど俺は確信している、もしも俺がこの禁忌を破って最新型のエアコンを壁に取り付けたとしたら、俺の書く詩からはなにかが失われてしまうだろう…その確信が正しいことなのか、あるいは間違っているのかなんて、そんなことはどうでもいい、要は、そういう意識を持つことが大事なんだってことさ…そう、なんだったっけ…?そして俺は家への道をふらふらと歩いていた、壁に前時代のエアコンが壊れたまま張りついているポエティックな我が家へ、帰る途中だった…道端で女がぶっ倒れていた、初めは酔っ払いだと思った、吐いていたからだ、俺は軽い気持ちで近寄って介抱した、抱き起こすついでにおっぱいを撫でてやろうかなんて気持ちも少なからずあった、だけど近寄って抱き起こしてみると、そんな悠長なことを言っている場合ではないことが判った、女は孕んでいて…しかもすでに破水していた、おおイッ、しっかりしろヨッって俺は女の耳元で怒鳴った、女はぼんやりと目を開けて痛みに顔をしかめ、助けて、生まれそうなの、助けて、と衣擦れのような声で言った、助けてってもヨ…ここから子供を取り上げてくれそうな病院まではずいぶんな距離があるし、だからってこのままにしておくわけには…俺は意を決して彼女を抱きあげた、べらぼうに重たかったけど我慢した、もう安ワインの酔いなんかどっかに行っちまってた、悩んでいる暇はない、俺の家で生ませるしかない、どんなことをすればいいのか判らないが…俺はずいぶん前に、ニュースで見た自宅出産のシーンを思い出した、あれは、確か風呂場に水を張って…ええいッ、悩んでる暇なんかねえ!俺は女を抱えて揺らさないように急いだ、それがどんなに難しかったか、そしてどんなに体力を消耗したのか、どんなに唾を飛ばして語ったところで判りっこねえ…ともかく俺は滝のような汗をかきながら女を自宅に入れ、色気のない下着をはぎ取って風呂場に連れて行った、間に合わないかもしれない、と思いながら浴室に温い湯を張っていると、女がうーッという声を上げて、仰向けになって足を開いた…俺はそこから始まる誕生のすべてを見た、よく判らない怖れに捕われて動けなかった、これはなんという世界だ…女の股間というよりは何処か別の次元から転送されてきたみたいに、それは現れた、オ、オ、オ、オ、と女が声を漏らすたびにそれは揺らめきながらゆっくりと姿を現して…そして完全にこの世に、しかも縁もゆかりもないこの俺の家の浴室で生を始めた、それはぐったりとしていた、いかん、と俺は我に返り、昔見たテレビの見よう見まねで赤ん坊を逆さに持ち、背中を叩いた…すると、赤ん坊は少量の水を吐きだし、そしてけたたましく泣きだした、俺はホッとして服を着たまま浴槽の中へ座りこんだ、産湯にはちょうどいいぐらいの量が溜まっていた、なあ、産湯の入れ方なんか知らないぜと俺はぼやいたが、女は返事をしなかった、まさか死んじまったんじゃあるまいなと覗いてみたら目を閉じて荒い息を吐いていた、どれぐらいあそこでもがいていたんだろう、そう思うと急にこの名前も知らない女のことを愛おしく思った、ともかく俺は赤ん坊を洗って身体を吹き、俺のバスローブでぐるぐる巻きにしてベッドに寝かせた、それから浴室に行き女の頬をぺちぺちと叩いて、おい、起きてベッドに行けヨッて言った、ややこしい話はあとでするからって…女は目を開けて生まれたの?って聞いた、ああ、生まれたと俺は医者のように言った、まさか自分がこんなセリフを吐くなんて思いもしなかった…しんどいだろうが早くベッドに行って横に寝てやりなよ、と俺は促した、女は立ち上がって着替えあるかしら、とすまなそうに言った、俺は慌ててクローゼットを漁った、だいぶん前のガール・フレンドが置きっぱなしにしていた部屋着を見つけた、俺はそれを着せてやった…とりあえず休みなよって言って俺はソファーで寝た、こんなところで寝かせといて大丈夫なんだろうか、無菌カプセルみたいなのに入れとかなくていいんだろうか、とちょっと思ったけれど、そういや俺も家で生まれたんだっけなんて話を思い出してそこそこ安心して眠った、疲れていたのか、昼ごろまでぐっすり眠った、女の方は何度か乳をやったりしてたらしいが…


朝になって、女は病院に電話をして、それからタクシーを呼んだ、ほんとうにありがとう、と何度も言いながら…いいってことヨ、と俺はイイヤツみたいに言って、ニカッと笑った、そして、なあ、その子、時々見せに来てくれないかい、と言った、女は微笑んで、いいわよ、と答えた、そしてタクシーに乗り込み、手を振りながら遠ざかって…女を見送ってしまうと、俺の身体は異様なまでの疲れに襲われた、そう言えばシャワーも浴びてなかったんだ、俺は浴室に飛び込み、昨夜の片付けをしながらシャワーを浴びた、へとへとになってベッドに横になると、昨日の騒動の匂いが染みついてた、女の乳房から毀れたミルクが、形容しがたい匂いを放っていた、でもそんなことも気にならないくらい俺は眠りたかった、目を閉じると昨夜のとんでもない光景がまぶたの裏に浮かんだ、俺たちも動物なんだ、と俺は思った




今日も暑くなりそうだ、と寝返りを打ちながら思った、エアコンを買い換えるのもそんなに悪いことじゃないのかもしれない、そんなことを考えながら俺は深い眠りに落ちていった……。



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