夜明けまでの闇は果てしなく  







荒れ果てた夜を
隠された夜を
打ちのめされた夜を
くずおれた夜を


バラードがレクイエムのように
人気のない街角に流れて
霧に濡れた路上で
二度と開くことのない目を閉じる浮浪者


どぶ鼠はジャングルの兵士のように
夜の隙を駆け抜け
薄汚れたダイナーの
閉じた入口の脇に身を潜める
彼は確かに楽しんでいるように見える
自分の身の丈はそこだと確信しているのだ


もよおして公衆便所に入ったら
絵に描いたようなホモが激しく抱き合っていた
なので女子トイレの方を使ったら
年端もいかない金髪のショートボブの娘が
右目と左目でまるで違う方角を見ながら座り込んでいた
木のうろのように空いた口のはしから
カフェ・オレみたいな色の液体を垂らしていた
俺が小便を済ませて個室から出てくると
俺のことをぼんやりと見ながら
「あたし間違えちゃったかしら?」と言うので
何も間違ってない、と俺は言ってやった
「隣がちょっと使い辛い状況なもんでね。やむなくこっちを借りたんだ。」
あー、と娘は訳知り顔で頷いた
「あいつら毎日ここに来てするのよ。本当に気持ちが悪いわ。」
てことは、君も毎日ここに来てるわけか
「あたし?あたしは、住んでるの。暮らしてるのよ、ここで。」
「トイレで?」
「トイレでよ。一番ゴーリテキなのよ、それが。ねぇところであなた持ってない?そろそろ戻っちゃいそうなのよ…」
持ってない、と俺は答えた
「そう…またね。」
「ああ。」


そして俺は公衆便所を出た
ホモたちはもうコトを済ませていて
肩を寄せ合って麻薬煙草を吸っていた
二人は俺の存在に気付いたが
綺麗な空虚を映した目でぼんやりとこちらを見ているだけだった
俺は顔をしかめてそこを離れた
二人から漂ってくる臭いに我慢が出来なかった


河を
東西に街を横切る河の側を
東へと向かって歩いた
名前を思い出せない星座を見上げながら
なんだか判らない吐気に襲われて
堤防を下りて河原で吐いた
長いこと吐いた
河に引きずり込まれて流れていく吐瀉物と
河原にうずくまる慣れた身体の
どちらが俺なのかよく判らなかった
「ねえ、あなた、大丈夫?」と
女の声がした
俺は仰向けに寝っ転がった
80年ごろのフォーク・シンガーみたいなロングのストレートの
トレーニング・ウェア姿の細身の女が俺を見下ろしていた
「飲み過ぎたの?」と女は言った
飲んでない、と俺は答えた
「持病でもあるの?」
「ないよ」
「救急車呼んだ方がいい?」
「いや…たいしたことない、たぶん。ほっといてくれていいよ。」
そう言って俺はうつ伏せになって丸まった
そうしているのが一番楽だったからだ
女はしばらく側に佇んでいたが
やがて西の方へ走り去っていった
ききわけのいいヤツで助かったな


次に目を開けると朝になっていて
俺は清潔な病院のベッドの上だった
フォーク・シンガーが俺を覗きこんだ
「胃潰瘍だって。もう少しで血管を破くところだったそうよ。」
「君は…帰ったんじゃなかったのか?」
違うわ、と女は微笑んだ
「走るべき距離を先に走っただけよ。戻ってきてもあなたまるで動いていなかったから、これは車を呼ぶべきだと思って。」
「俺、胃カメラ飲んだの?」
「覚えてないの?すっごい苦しそうだったわよ。」
覚えてなくて幸いだ、と俺は言った
「大嫌いなんだ、あれ。」
よかったね、と女は笑った


医者は
ベッドの空きが無いから家で静養してくれ、と言って薬をくれた
女は家まで寄り添ってくれた
「それじゃあね、ちゃんと安静にしてなくちゃ駄目よ。」
ありがとう、と俺は言った
名前も聞いてなかったことに気がついたのは
それから自分のベッドでひと眠りしてからだった
そして名前を聞く機会は二度と訪れなかった


三日後、ローカル新聞の片隅に彼女の写真を見つけた
ジョギング中の女性が乱暴されて殺された
そう書いてあった
現場は俺の住んでいるところからそう離れていなかった
よかったね、と笑う女の顔を思い出した
あんたは俺のことなんか助けてる場合じゃなかったな


ラジオをつけるとニルヴァーナが流れていた
もう本当に気分が悪くなって消した
あの日、街角で流れていたバラードのタイトルを
思い出そうとしてしばらく躍起になったけど
はじめの文字さえ思い出すことは出来なかった
そして俺はまた夜に目覚めて
穏やかに呪われた街の中を彷徨うのだ








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