2013/10/10

「なにしにきたの」  







ただただ夜が
石畳のうえで時を数えていた
ささやき声のような星が
いくつか浮かんでいた薄曇りの零時
駆け抜けて行ったモーターバイクが
どんな行先を目指しているか賭けてみる?
数分間に一回
点滅をしている街灯の近くのフードショップ

軒先で
ひとりの売春婦が暇を潰している
今夜は
もう
客を取る気はないようだ
おれがそばを通り過ぎても
ハーイとは言わなかった
こちらに
だれを抱く気もないことを見て取っただけかもしれない
なんだかんだ言ってもあちらはプロだから
勃起の気配にはとても敏感なのだ
そう
いつのまにか雨は上がっていた
おれは
そのことになかなか気付かなかった
なんども星が出ていることを確認していたのに
どういうわけか
ほかに
なにか
気になっていることがあるわけでもなかった
商店が並ぶみじかい通りの終わりで
知らない街に迷い込んだみたいな気分になる
見飽きた街なのに
どうして?
子猫が一匹
車にハネられて死んでいた
コミックの
驚愕の表現みたいに
ふたつの目玉が飛び出していた
たしかにきみは驚いたのだ
そんな風に自分のみじかい一生が終わりを告げたことに
そっと触ってみると
固くて軽かった
そこにもう脈動がなかったせいだ
街路
街路は
ところどころ
おぼつかない灯りに照らされ
濡れた身体をきらめかせている
もうだれも見当たらなくって
おれは
ただただ歩いている
目的もなく
生き延びた野良猫のように
うろうろと
辺りをうかがいながら
薄暗い路地の
潰れたバーの前で
ひとりの浮浪者が眠っていた
息のある眠りか
息の無い眠りかまでは判らなかった
ただ店の入口に身体をあずけて
静かに目を閉じていた
まるで
その店がいつか開くことを待っているみたいだった
かれは
すべてのクローズに取り巻かれたのだ
きっと
おれは
それを愚かだとは思わない
少なくとも彼には
その人生を生きるだけの意地があった
握らない撃鉄が
いちばん高潔なのだ
街をすっかり出てしまうと鉄道があり
客車の並んでいる倉庫があった
ずっとむかし
あの客車の隙間で
同級生の女の子とセックスした
遠い遠い
遠い昔のことだ
光景ははっきりと思いだせるのに
感触についてはまるで思い出せない
それははねられた子猫のように
固くて軽くなっているだけだった
きっともう
死んでしまっているのだ
破れた柵の隙間から線路に入り
ずっとずっと横切って歩いた
遮るものの無い風が吹きつけるので
街に居る時よりも肌寒かった
もう十月なのだ
失くしていた記憶を取り戻したみたいにそう思った
そんな瞬間には
未来も過去も存在しないものだ
おれは線路を
線路を横切っている
四年目の靴が
敷き詰められた石を踏む音だけが
アフリカの楽器のように
ちいさく聞こえている
そして
街の中よりも風は強く冷たい
あの
同級生の女の子とはどうして別れたんだっけ
そもそもつきあっていたんだっけ
突然そんなことが気になった
そしてまるで思い出せなかった
どうして客車の隙間で
そんなことになるまで高揚したのかなんてことも
線路を横切って柵を越えた
とりあえず
そんな草原が広がっていた
どうして
どうしてここなんだ
生活と
あるがままの世界の境目は
濡れた草を踏みながら歩いた
線路が遠くなると
もう何も見えなくなった
月が出ていたら
もっと見えたかもしれないが
あいにく
今日は出てくる気はないみたいだった
くらやみだった
くらやみの中を歩いた
濡れた草を踏みながら
あのとき
女の子が穿いてた妙な柄のパンティーを突然思い出したりしながら
くらやみのなかだった
たくさんの虫の声がした
なにしにきたの
なにしにきたの
そう鳴いているように聞こえた
なにしにきたんだ
なにしにきたと言えばいい
歩みを止めずしばらくそのことについて考えたが
どんな言葉も思いつかなかった
歩きにきたんだ

ためしに言ってみたが
虫たちは納得しなかった
なにしにきたの
なにしにきたのと
鳴き続けていた
おれは
もう
かれらに答えようとはしなかった
草原を抜けると
でこぼこのフリーウェイに出た
先月
ここでひどい事故があった
ビッグ・トラックが横転して
何台もの車を下敷きにした
四、五人が死んだ
かれらはまだそのへんに居るのだろうか
虚ろな目でぽかんと佇んでいて
そしてきっとおれにこう問いかけているのだ
「なにしにきた」
「なにしにきた」




「なにしにきたの」




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2013/10/10

まるで他人事のように自分の冥福を祈る  









崩落した記憶は
心の底に蓄積するままにしておけ
無理に掘り出そうとしても
指先を傷つけるだけ
荒れた舌のような色の夕焼けを見た日に
幾つかの欠片が取り戻せないところまで砕ける音を聞いた
夕飯のときにほんの少しだけ呆ける時間があったのは
無意識にそいつらを弔っていたからだよ


九月の夜がカーテンにべっとりと貼りついている
重病人が喀血した取り返しのつかないほど深いところの血みたいにべっとりと
それはある種の感情を黒目に植え付けるが
場所が場所だけに放っといてもくり抜いても確認なんか出来ないのだ


遠い街の火事のニュース
若い夫婦と生まれたばかりの子供が亡くなりましたとアナウンサー
彼女の今月の給料明細には
少なくともその三人の名前も刻印されていることだろう
彼女には彼らを追悼することさえ出来ない
電車の運転手が運行時刻を守るように簡潔に読み上げるだけだ


最終便が行ってしまったあとの
バス停に座っているのが好きな女が居た
名前も何も知らなかったが
仕事から帰る道の途中にほぼ必ず居た
そのうち互いに親近感を抱くようになったので
時々バイクを止めて隣に腰かけて話をした
雨ばっかりでうんざりだとかそういうくだらない話ばかりだったけど
すでに終わったものを待つのは永遠に破られない約束を持つことに近いと彼女は言った
その通りのようにもまるで違うようにも思えた
何度も話をしたのに
自己紹介を一度もしなかった
彼女の名前を知ったのは
彼女が潰れたデパートの屋上から飛び降りて死んだあとだった
俺は最終便が行ってしまったバス停に座って
彼女がやって来るのをじっと待っていた
彼女がやってきて天気とか睡眠時間の話をするのを


いつ誰に貰ったものなのかまるで思い出せないのだが
気に入って飾っている絵がひとつだけある
絵には疎いのでどういう種類のものなのか判らないのだが
そこにはうら寂しい岩山のふもとの小さな集落が描かれている
空は曇りで(まるでそれ以外の天気が無いかのような堅実さで)
人々は皆うなだれるように仕事をしている
余り暖かいところではないのだろう
山の上には万年雪のようなものが積もっている
皆うなだれていて
そしてこれまでのこともこれからのことも
すべて知っているというような目をしている
そして知っていながら
何をどうすることも出来ないのだ


崩落した記憶は
心の底に蓄積するままにしておけ
無理に掘り出そうとしても
指先を傷つけるだけ
荒れた舌のような色の夕焼けを見た日に
幾つかの欠片が取り戻せないところまで砕ける音を聞いた
夕飯のときにほんの少しだけ呆ける時間があったのは
その中に俺の死体が混じっているのを見つけてしまったからだよ










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