2013/11/25

高速回転は余計なものを弾き飛ばしていく  








叫ぶことには理由はつけられない、それが真理に近ければ近い分だけ構造は複雑化していく、考えちゃいけない、頭で何とかしようなんて思っちゃいけない、そんな思案をしている間に果てしない遠くまで離れていってしまう、詩を忘れることはおそらくこの世で一番簡単な行為のひとつだ、目を開き、耳を澄ませ、ピンと張った一本の細い糸をちぎらないように、意識を集中させて、行き着けるところまで手繰っていかなくてはならない、手繰らずに済むものなんてなにひとつない、手繰らずに済むものなんてなにひとつないんだぜ、しくじっている間にいくつものフレーズを見失ってしまうさ、それがどんなものであるかなんて考えないことだ、そして、結論はなるべく先送りにすることだ、すべてが出来上がった後でなければ、辻褄の合う説明なんて決してつけられやしない、だって俺は、現在進行形の詩を生きているのだから、現在進行形の詩をぶつ切りにして、たとえば数日分の長い詩のひとかけらに、タイトルをつけて差し出しているだけなのだから、そんなものたとえばテーマでもなんでもない、伝えたいことなんてそこに特別存在しているわけじゃない、そう、これといって口に出せるようなものは特に、そうさ、俺が詩として差し出したいものは現象のようなものなのさ、言葉を使って現象の流れを描くんだ、わかるかい?そこには矛盾だって当たり前に存在する、真理といいながらそんなものどうだっていい、なんてね、だけどそれをどちらかにまとめることが果たして必要だと思うかい?俺たちが生きているこの世界は、俺たちが生きているこの人生は、どこかの線上のあっちの極とこっちの極、なんてものじゃないんだぜ、極があると仮定すれば、左の極から右の極に至るまでのすべての状態がそこには存在しているんだ、そしてそれは一点が移動するわけではなく、そこにもあればここにもある、あらゆる場所に同時に存在しているのさ、さまざまな処理が一斉に行われているんだ、大体人間の身体ってそういうものだろう?それと同じことが行われているのさ、だから俺たちは汚れながら浄化されているし、希望に満ちながら絶望に沈んでいるし、生きたいと願いながら死にたいと願っている、そのどれもが正解でも間違いでもない、そのすべてを一言で表す言葉なんてどんなに頭をひねっても造り出せるものじゃない、だからこうして、たくさんの言葉を使って記録していくのさ、今の状態を、今の言葉を、今の悟りや混濁を、それはたとえば地震を検地する機械のようなものさ、二本のアームを使って流れるままに状態を記録していくんだ、それはすべての人間にわかるようなものではないかもしれない、いや、おそらくはわからないやつのほうが多いだろうと思う、だけど、そうしたものの読み方をわかっているやつにはこちらが驚くくらいきちんと伝わるものさ、俺がやってきたことはそういうことなんだ、何度も試して、何度も確かめてきた、記録は確かに伝わるのだ、だから、記録し続けなければならない、ここになにがあるのか、俺はいったいどういう流れの中に居るのか、俺にもそれはわからない、おそらく一生それを確信することはないだろう、だけど、こうして出来る限りの生体を植えつけることに夢中になっていると、確かにここにはなにか無視出来ないことがあるのだという気分になってくる、確かに無視出来ないようなものがあって、それが俺を時々とんでもなく記録させる衝動に駆り立てるのだと、時刻はもうすぐ二十五時なろうとしている、まともな人間は眠っている時間かもしれない、馬鹿みたいに働いているやつか、まるで働いていないやつぐらいしかこんな時間には起きていないだろう、なあ、俺は時々こんなことを考えるぜ、こんな風に己の一時を記録しているやつっていまどれだけ居るんだろうってな、考えるんだ、こんな楽しみ方を知っているやつはどれくらい居るんだろうってな、しょっちゅう考えるんだよ、もしも俺と同じような書き方をしているやつが居るとしたら、そいつとはきっと尽きない話が出来そうだ、なんてな、そうして奇妙な夜が更けてゆくんだ、奇妙な夜にはうまく眠ることが出来ない、仮に運良く寝付くことが出来たとしても、なにか落ち着かない夢ばかり見てひどい目覚めを迎えるのさ、だからそんな奇妙な夜が来た時はこうしてぶっ飛ばさないといけない、まるでエアーで脳味噌の汚れを吹き飛ばすみたいにね、良くないものが溜まっていくのを排除しないといけないんだ、それは、スピードを上げることで成立するのさ、思考のタービンを限界まで回して、思考じゃなくなる速さまで回転させて、指先で記録していくんだ、高速回転は余計なものを弾き飛ばしていく、必要なものだけを残してすべてを吹っ飛ばしていく、ここにあるのはいまの俺の当たり前の状態さ、こんな風にいまこのとき俺は存在しているんだ、俺の言っていることがもしも理解出来るなら声を上げて答えてくれ、俺がここに刻み付けているもののことがもしもわかるなら、もしもそんなことが起こったら俺はたぶんすごくいい気分になるだろうな、だけど面倒くさいなら無視してくれたってかまわないぜ、もとより他人が必要な世界じゃない、だから俺はこれを選んで、続けているんだ。






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2013/11/15

棺の蓋にはラッカースプレーでこう書いてくれ、「出来る限りの速度と力がそこにはあった」と  









深遠は時を弾丸に変えて、一秒ごとに撃ち込んでくる、そのたびに俺の肉体には風穴が開いて、末端からちぎれそうになってだらしなくぶら下がる、経路を断たれた血はぼたぼたと連弾のように床に落ちてまるでイカレた塗装業者だ、ベイビー、俺はそのうち完全に分断されて細かい塵になっちまう、一生なんてそんなもんだ、一生なんてきっとそんなもんなんだよ、別にこれはペシミスティックな自慢じゃないぜ、これは決してそういうものじゃない…顕微鏡の倍率を上げればより細かい世界が見えるだろう?たとえるならこれはそういうものなんだよ、心臓が終わりを迎えるまでは、こぼれる血の音にはリズムがある、そのリズムに乗って俺は、ディスプレイの中に叫びを閉じ込める、精神の咽喉ぶえが駄目になっちまうくらいの強烈なやつを―そんなものを選ばなければ納得出来やしないのさ、だって、分かるだろう、俺の血はすでに好き勝手にこぼれ続けているんだぜ、それがどれぐらい持つのかなんて俺には分かりはしない、それがあとどれだけこの肉体と精神を生かしておいてくれるのか…もはやあらゆるイデーは毛細血管の様相だ、真っ直ぐに貫こうとすれば必ずそうなる、真っ直ぐに貫こうとすれば必ず、果てしなく複雑なプロセスを通過しなければならないのさ、なぜだか分かるか?そうしなければ到達出来なくなるからだ、生きている間すべてのことは増え続ける、デッドスペースにこっそり溜まっていくごみみたいにさ、積み上げられて、膨張しては圧縮されていく、それが繰り返される、分かるだろう、速度と力が必要になる、最初は指で突っつくだけで貫けたものが、腕になり、身体になり、やがて道具を必要とするようになる、なんでもいい、貫けるものなら、なんでも…そうしていま自分に可能なありったけの力を持って、貫くんだ、もちろん次第に一度だけじゃ済まなくなる、何度でも試みなければならない、貫くんだ、少しでも手を抜いたら、そこから先へ進めなくなるかもしれない、だって、すべては絶えることなく積み上げられているのだから、絶えず積み上げられて、こちらが圧力に負けるのを待っているのだから…同じ箇所へ、同じように、少しでも早く貫けるように、気を緩めずに―生きている限り、一人の人間がうたう歌はひとつだ、俺はそう考えている、道具とは思考だからだ、それが堆積していく日常を貫くことが出来るんだ、思考するんだ、思考するんだ、思考するんだよ、思考することが速度に繋がる、思考することがエンジンに火をつけるのさ、一度でもタービンが回る音を聞いたら、そこで生まれる熱に身体を焼かれたら、もう逃げることは出来なくなるぜ、尻尾を巻いて居なくなったら、背中から炙られて燃やし尽くされるだけのことさ、俺は消し炭みたいになって終わりたくはない、消し炭みたいになって棺の中に入りたくなんかない、俺には分かってるんだ、貫けようが貫けなかろうが、一生ここでこうして試みるんだってことが…弱い皮膚は破れ、間接は軋み出すだろう、だけどそこから逃げ出すわけにはいかないのさ、それはどっちみち死ぬことを意味するから―どうしてそれが終わらないのか分かるか?どうしてそれが終わらないのか―だからこそ限界まで生きていようとすることが出来るのだ、細かい塵になるまで生きていようとすることが…ええ、あちこちの肉をだらりとぶら下げて、ぼとぼとと好き放題に血を流していてもさ、もう駄目だと思わなければ続けることは出来るのさ、生きていなければ傷を受けることさえ出来ない、死は人生で最大の傷だからな…記録されなければならないんだ、どんな風に貫こうとしてきたのか、いくつの穴を開けることが出来たのか、そういうことは全部…誰のためにって、何のためにって…?俺が思うにそれは誰のためでもないね、それは限定された誰かのためじゃない、もしかしたらそこに何かを感じる誰かがいるのかもしれない、そうしたらそれはそいつのためのものになるのさ、ほら、化石だって、人によってはただの石だろう、それと同じことさ、あるいはただの石でも、それを美しいと感じるようなやつだって居るだろう…分かるだろう、価値なんてものは限定されることはないんだ、気に入って拾ったやつが新しい名前をつけるだけのことさ、それは貫かれなければならない、これ以上やる意味があるのかというほどに徹底的に、そうでなければそこに、なにかを試みたという形跡を残すことが出来ないじゃないか?速度と力が必要になる、だけどそれは懸命さとは違うことだぜ、言っただろう、すべては毛細血管のように複雑化しているんだ、広く、深く、張り巡らされているんだ、どんな速度で、どんな力で、それが重要なんだ、それが最も重要なことだぜ、そんな速度や力を生かすにはどうしたらいいと思う?俺は答えることが出来るぜ、つまりそれは、それをもってこうしてやろうなんて意思を持たないことさ、生まれたものは生まれたまま連ねてやることさ、それが生命を導いてきたんだ、そうじゃないか?赤子の素直さを思考の果てに体現しなければならない、俺の言ってること分かるか?それは赤子には達成することが出来ない事柄だ、赤子には何も達成することは出来ない、なぜなら赤子はそこにどんな意識も持っていないからだ、この肉体は、この思考は、すでに赤子ではない、だけど、そこにたどり着くことは出来るのさ、そのために模索を繰り返すのさ、なあ、高く飛ぶためには助走が必要だ、そうじゃないか?俺は肉片と血液を撒き散らしながら、赤子の素直さで持ってこの血を語るのさ、そこに何があるのかって?そこにどんなものが生まれるのかって?―答えはもう出てるさ、それは解答ではないけれど答えはもう出てるさ、ここまで読んだ物好きなあんたなら、薄々感づいているんじゃないのかい?ここにどんな石も落ちていなかったら、どうぞ他の土地に行くんだな、俺は別に止めやしないよ、俺は別に引き止めたりなんかしない、なんせ他に気にかけることがたくさんあるんだからな…









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2013/11/2

思い出の痛みは嘘になる  小説

    


 それはたしかあたしがまだ一五だか六のころで、だけどそれが記憶としてほんとにただしいのかなんてまるで自信なんかないんだけど、とにかくそのころ。街の外れの、ファンタズムっていう名前のバーだったわ。半地下で、空気の流れがなくて、照明が薄暗くて…狭くて、ボックス席が四つと、カウンター席が四つしかないものだから、いつもだれかしらでいっぱいだったんだけど、おかしなことにその店にいる間はだれもがぼそぼそとしか喋らないの。まるで大きな声を出したらおかしなものがやってくるんじゃないかっていうふうに。そんで変な音楽が小さな音で流れてるの。そんな店。みんな袖の短いシャツを着ていたから、夏の終わりか、秋の初めのころだったと思うわ。そんなに汗をかいていた記憶はないから。カウンターの一番奥で、見なれない若い男がひとりで飲んでいたのよ―まあ、あたしより若いのなんてきっとあの店にはいなかっただろうけどね。それであたし、なんだかめずらしいなと思って、そいつに話しかけたのね。あなた見かけない顔ねって。そしたら、なんだかぼんやりと自分の飲物(ジンのロックだった気がする)を見つめながら、最近このあたりに越して来たんだ、って言うのね。それであたし、どこに住んでるのって聞いたら、その店からほど近い安ホテルの名前を言ったの。だからあたし、もしここにしばらく住むつもりならお部屋紹介してあげられるかもって、ちょうどその若い男の隣に座っていた、常連の、不動産屋のヒゲにウィンクして見せたのね。そしたらヒゲが、金を持ってないなら部屋の世話は出来ないぜって言うから、どうなの?ってその若い男に聞いたのね。そしたら持ってるって言うから、ヒゲは、よし、ちょっと二人で話しようぜって言ってかれを連れて店を出たのね。それでしばらくしたら若い男だけ帰って来た。ヒゲは?って聞いたら、もう帰ったって。そうね、だいたいいつも早めに切り上げて帰る男だったからね。で、あたしはヒゲが居た席に座って、バーボンを頼んだ。お礼にごちそうしてくれるって言うからさ。で、かれがあたしの名前を聞くから、エリよって教えてやって。で、あたしはかれの名前を聞いたの。そしたら、ないって言うのよね。
 「ないってどういうこと?」
 ぼくは捨て子なんだって、とかれは言った。あれは、なんていうのかしら…すごく、しんとした変な声だったわ。高くもないし低くもない。人間じゃないものが話してるみたいな声だった。
 「いろんなところでいろんな名前をつけてもらって、その名前で暮らしていた。だから、ここでも誰かに適当な名前をつけてもらわなくちゃいけないんだ。」
 そうなんだ、とあたしは答えた。そんな人に会ったのは初めてだった。少なくともその時は。それはそうと、あたし、じゃああたしがつけてあげるって言ったの、そしたら、かれはにっこり笑ってじゃあお願いするよって言ったの。だからあたし、つけてあげたのよ、ジンって。人を飲んでいたからね。彼は気に入ったみたいだった。
 「ジンか。いいね。この街ではこの名でいくよ。」
 あたしたちは乾杯した。それが、あたしとかれとのみじかい物語の始まりだったのよ。


 それからあたしとジンは、ときどきファンタズムで隣り合わせてお酒を飲みながら(あたしはだれかに奢ってもらいながら)少しずつお互いのことを知っていった。と言っても、ここに来る前はどこにいたとか、どんなことをして暮らしてたとか、そんなことぐらい。だって、あんな若いうちからひとりであちこち転々としてる人生なんて、どう考えたって人に話したいような生い立ちのある人生に思えないものね。だから、あまり込み入ったことは聞かなかった。聞き返されたらあたしだって話さなくちゃいけないし。子供みたいな年で毎晩大人に奢ってもらいながら飲んでるわけなんてね、絶対まともな理由じゃないでしょ?だからジンも聞いてこなかったんだと思う。

 だけどあたしはいつもいつもファンタズムで飲んでるわけじゃなかった。ほかの店にも奢ってくれるひとはたくさんいたし、みんなあたしに会えないと寂しいと言ってくれた、それにね、そもそもファンタズムって、よっぽど奇妙な気分の時か、ほかの店がふさがってるときだけしか行かない店だったのよ。だからジンとは定期的に会ってはいなかった。二日続けて会ったかと思えば、ひと月近く会わない時もあった。ジンは、ファンタズム以外で飲む気は無いらしかった。あんまりあちこち出歩かないんだ、って言ってた。いちどファンタズムでも飲んでるひとに他の店で会ったとき、ジンがウェイターをやってるのを見た、って教えてもらった。あんまり楽しそうじゃなかったけど、女の子には人気あるみたいだったよって―ええと、ジンはね、ハンサムっていう感じでもなかった。背もそんなに高くないし。だけどね、全体の感じも、鼻も、顎も、針みたいに尖ってて、目はギョロっとしていて…ちょっとエキセントリックな顔だったのよね。だから、すごく人目は引いたわよね。あんなひとがウェイターなんかしてたら、そりゃあ気に入っちゃうコだっていただろうと思うわ。それでね、あたし行ってみようと思ったのね、ジンが働いてるお店に。その話を聞いてから二日か三日くらい後だったかな、ちょうど近くに行く用があったから、外から覗いてみたの。あたし、すぐに後悔したわ。だってね、明るいお店の照明の下で働いてるジンの顔は、薄暗いファンタズムでお酒を飲んでのんびりしてるジンとはまるで違ってた。シャキッとしてるけど、その分だけ虚ろで、なんて言うのか…心が完全に死んでしまってるひとっていう感じだった。あたしお店に入るのは止めて、ジンがこっちに気付く前に、店の前を離れた。だけど、ジンは気付いてたのね、次にファンタズムで会ったとき、こないだ来てたでしょどうして入らなかったの?って聞かれてしどろもどろになっちゃったわ。急いでたからとか何とか、いいわけしたと思う。そしてそれがいいわけだって、ジンもきっと気付いてたと思う。でもそれ以上追及しないでいてくれたわ。そういうとこ、なんかすごく察しのいいひとだったのよ。でもそのお店はジンはすぐに辞めちゃった。すぐに辞めちゃって、それからはなにをしていたのかしばらくは判らなかった。だけどある日ひどく酔っていた日があって…その日は珍しいくらい速いペースでお酒を飲んでいて、いつもののんびりした感じとはまるで違っていた。いつもは心の底に隠しているのだろう暗い目をして、誰とも目を合わせようとしなかった。あたしはなんだか心配になって、店が閉まるまで一緒にいたの。なんにも聞かないで、ただ彼の隣に座っていてあげた。少しは違うんじゃないかと思って。マスターが閉店の準備を始めに奥に引っ込んだ時だった。ジンが、いつもこうなるんだ、って、ぼそっと言ったの。いつもこうなるんだって。
 「何回も今度こそって思った。でも同じだ。いつも同じところに引き戻される。ぼくは、どこかおかしいんだ。ちゃんと人生を生きることが出来ない。人間として何かが壊れているんだよ。」
 なにがおかしいの、って、あたしは、お母さんみたいに聞いた。お母さんのことを思うだけで、少し心がざわついたけれど。ジンは答えなかった。泣いてるみたいな笑い方をして、首を何度か横に振っただけだった。
 「言えない…上手く言えない。でも、これだけは言える。ぼくはいつかどこかの街で殺されるんだ。だれにとかじゃない。街っていう大きないきものに、殺されるんだ。完璧に、跡形もなく。」
 ジンの言っていることはあたしにはよく判らなかった。おとこのひとはそういう悩みかたをするのかなって、そんな風に感じただけだった。でもそれはほんとのことだった。そして、あたしはしばらくそのことを知らなかった。

 ウェイターを止めてからジンは、ホモ野郎の薄汚いペニスを舐めて暮らしていたらしかった。ヌキ専門の坊や、ってやつ。それであるとき、ヤバいやつに捕まったのね。どうしてもさせてくれって懇願されて、それでも首を縦に振らなかった。それで絞め殺されて、裸にされて犯されてごみ捨て場に転がされた。よくある話よ。本当にうんざりするくらい、よくある話。ウリなんかしてるコは、どこかでいつもそんな風に死んでいくのよ。

 久しぶりに顔を出したファンタズムで、あたしにそのことを教えてくれたのは、ジンに部屋を世話してあげた不動産屋のヒゲだった。かれは知っていたのよ。若くて不思議な顔をした、ヌキ専門の坊やの噂。仕事で行ったどこかの街で聞いたらしいわ。その時はジンは違う名前だったけどね…あたし知らなかったんだけど、ヒゲはどっちでもイケるらしくて、ジンを見た瞬間にピンと来たんだって。だから部屋を紹介したときも、条件付きでかなり安くしてあげたらしいわ。

 ヒゲの話を聞きながら、あたしはあの夜のジンのことを思い出していた。ジンは、やり直そうとしていたのかしら。挫けるたびに街を離れて、名前を変えて。だけどそんなの逃げだしているだけだわ、やり直せるって幻想を追いかけているだけだわって、そんな気がした。楽しそうに話しているヒゲには少し腹も立ったけれど、だけどジンが死んだことだって、ヒゲのせいじゃないものね。


 ジンのことが好きだったのかって?あたし、そういうのよく判らないのよ。ちいさなころから父親にいたずらされて育ったからね…それであるとき母親がキレちゃって、父親のことを必要以上に殺しちゃって、この街じゃ珍しい大きなニュースになったわ…それがあたしが一〇才のとき。あたしは忌わしい子になって、他に身内はいなかったから一度よその街の施設に入れられたんだけど、そこでいじめられて逃げ出して、この街にひとりで戻って来た。あたし判ってたのよ、この街はあたしを追い出すことはしないって。悪いことさえしなければきっと好きに生きさせてくれるって。ヒゲがあたしに空いてる部屋をあてがってくれた。もちろん無償よ。いつか返してくれればいいからって感じで。あたしは学校にも行かなかった。毎日好きな時間に起きて、好きな時間に寝た。ヒゲが一度あたしをお酒を飲むところに連れて行ってくれて、それからあたしはお酒を飲むところが好きになった。みんな楽しそうにしていて、賑やかで。音楽があって、それからちょっとあたしには判らないような大人の話があったりして。あたしはいろんなお店に入り浸るようになった。あたしにはもう過去も未来も無かった。こうしていろいろなお店でにこにこして暮らすんだって判ってた。みんなもそれを許してくれていた。だれもあたしにひどいことをしようなんて思わなかった。胸が膨らんできたってあたしはこの街の大きな子供だった。だからね、ジンのこと好きだったのかなんて、あたしには判らないの。かれが居なくなって寂しいのは確かだけどね。

 あたしは前よりずっと頻繁にファンタズムで飲むようになった。ジンが座っていた椅子に座って、ジンのお気に入りだったグラスを出してもらって、ジンがしてたみたいにのんびりと飲んだ。だけどね、ジンのロックだけは飲まないの。それをするときっと、彼は落ち着かないだろうなって、なんとなくそう思うから。




                               【了】
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