2014/2/26

鴉は生産工程を嗤う  








脳髄の軋むリズムが鼓動とリンクするので、心中に欠陥があるのだと気づいた朝早く、曇りがちな空に君臨する鴉は、街のずっと向こう、やってくる朝日を誰よりも早く眺めていた…ベルトコンベアーに乗っかっているみたいな勤め人どものラッシュ、射精された精子みたいな自転車の連中たち、赤信号はことごとく無視されてそれでも規則的な点灯をやめない、それがやつの宿命だからだ、そのために作られた物体だからだ、たとえどんなに意味を失くしかけていても…タフなゴムで出来たタイヤが夜のうちに堆積した静寂を巻き上げて空気が少しだけ霞む、人工物を吹き抜ける風は一層冷たく騒ぎ、街路はまるで社会を製造する工場のようだ、生産ラインに乗って様々な部品があっちへこっちへ、それ以上の意味なんてないのさ、誰も気づいたりしないさ、誰も傷ついたりしないさ、乱雑に築かれたものがそこにはあるだけさ、稼働をやめないものがいたるところにあり、振動し続けるものがいたるところにある、掃いて捨てるほどの連中が最も安易な戒律と幸福にかしずき、あぶれたものに簡潔なラベルを貼る、諸君、この世は簡潔なものだけで生きていける、姿の見えない指導者が空の上でそう囁いている、それは絶えず蠢いている彼ら自身の、簡潔なイズムの総意のようなものだ、掃いて捨てるほどの連中の…機能するんだ、プログラムにはそれだけが打ち込まれている、余計なことを考えなくていい、合理的かつスピーディーに、「誇りを持って」―脆いネジがひとつところに集められてバラバラと捨てられる、見ろよ、なんという青褪めたネジだ、でも祝福されている、祝福されて見送られている、おめでとう、おめでとう、最後まで幸せで頑張っておめでとう、加熱消毒滅菌されて彼らは土中に埋められる、判らなくならないように丁寧なラベルを乗っけられて…簡潔なネジの集団、大小長短様々あるが、溝の向きや数は企画によって定められ、それぞれの寸法にきっちり収まるようになっている、収まらないものははねられ捨てられる、でも中にはどういうわけか、何の問題もないはずなのにうまく収まらないという種類のネジがある、どういうわけだという話になるが原因が判らない、どこにもおかしなところはないはずなのに、絶対にそれは所定のネジ穴にすっぽりと収まることはない…周囲のネジたちは軽い混乱に陥る、こいつは一体なんなんだ?何が原因でここに収まらないんだ…?鴉は一番高い窓から、そんなネジどもの様子を楽しげに眺めている…何度かの季節が激しく入れ替わり、そんなネジたちもいくらか青褪めて、錆びてくる、そうした変化の中で、中にはきれいに収まるようになるネジも出てくる、居心地のいい場所にすっぽりと収まりながら、だけどそのネジたちはどこか、これで良かったのだろうかとか、少し遅すぎたのだろうかとか、ネジ山がそんなことを考えているような感じに見えるのだ―中には、そこで方向転換した自分の判断に満足しているように見えるものもいる、ネジとして生まれて、ネジとして終わるというのはそういうことだ、と考えているように見える…脳髄の軋むリズムが鼓動とリンクするので、心中に欠陥があるのだと気づいた、スピードを上げるコンベアーは、滑落に向かって一直線に突き進んでいる、思考の入り込む余地のないシステムが行き着く先なんてハナから見えてる、誰だい、俺の脳天にドライバーを差し込んで無理やりネジ穴にはめ込もうとしてるのは?よしてくれよ、ネジ穴が潰れちまう…強引な真似をしたら芯だって曲がりかねないぜ―収まるべき穴なんて探してない、落ち着く先なんて必要ないんだ、あてがわれたものに満足なんかしない、老い先が短くなろうが同じことだぜ、必要なことを必要なだけやるのさ、幸せにも満足にも興味はない、俺が欲しいのはただの実感なのさ…。










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2014/2/23

とりとめもないものは  








とりとめもないものは
落葉に埋れたもう書けなくなった詩人の詩
ズタズタになった絵描きの指
潰れた歌うたいの肺
断裂した走者の腱


バルコニーに
数日前に行方知れずの
十五の少女の死体
叫んだように緩んだ顎は
強張って
凍てついて


鎮魂歌の予約は
もう少し先に
この場所を
訪れるものは
もう
ほとんどない


欠けた硝子、ひと思いに割って、気に留めなくていいように、今すぐ、ひと思いに、砕けて散らばったものを、粉微塵に踏み潰して、足を傷めることなんか気にしないで、したいこととするべきことを、そう、間違えないようにして、一度間違ってしまったものは、取り繕ってもそれまでとは同じにはならないものだから


青い空を飛ぶ一羽の鳩が
バルコニーの少女を見つける
飛びついて啄ばみ出すと
どこからか仲間が集まる
柔らかな機銃掃射は
長い時間をかけて
少女の身体を蜂の巣にする
その光景はまるで
具現化された呪いにも似て
羽の音がとても長く
変拍子を生み出し続けていた
彼女はそこそこ骨になるまでそこに居て
死んでいると囁き続ける
どこかの関節が外れて
存在としての形式を保持できなくなるまで


踏みつけて粉になった硝子は集められるだけ集めて、遺灰のようにどこかへ撒いてください、祈りや弔いは微塵も必要はないから、ただただ集められるだけ集めて、遺灰のようにどこかへ撒いてください、美しい景色なんかじゃなくても構いません、果てしなく広がる海なんかじゃなくて…ただもうどこの誰にも踏まれないようなところならどこだって構わないのです


日付変更線前の人気のないとある堤防沿いの道を一人の女が歩いていた
それはバルコニーで力なく叫び続けている少女の母親
もともと少し精神を病んでいた彼女は可哀想に少女が居なくなってからすっかり壊れてしまって
夜毎少女の姿を探してあてもなくさまよい歩いていた
あの子はいったいどこに居るのだろう、どうして私のもとに帰ってきてくれないのだろうと思いながら夜通し歩き続けては
明方まるで見たこともない街角で
私はどうしてこんなところに居るのだろうと
乗物に乗って家に帰るのだった


硝子、硝子、硝子、硝子、硝子を踏み潰して、集めて、砂のように撒いて


少女の霊魂は自分の死体に重なるようにバルコニーに座っていた、膝を立てて
自分の居る場所はまるで見覚えのない場所だったし、どうしてそこに来て死んだのかもまったく思い出せなかった、誰かと一緒に来たのかもしれないし、たった一人で来たのかもしれなかった、死んだ自分の顔を見ながらずっと考え続けたけれどどうしても思い出せなかった、もう考えても仕方がないんだ、少女はそう思ってもう考えることをやめていた、あれはおそらく身体から抜け出して二度目の夜明けを見たころだった―自分の死体を眺めていることにももう飽き始めていた


オカリナの記憶だけが鮮やか
きちんとした陶器の
鮮やかな音がする水色のオカリナの記憶だけが


少女はバルコニーを離れた、閉じられた窓をすり抜けて建物の中に入った、ずいぶんと使われていないらしいソファーやテーブル、電球の入っていない傘だけのスタンド、年代もののおそらくつきはしないだろうテレビ、家具調仕立ての馬鹿でかいステレオなどがあり、そのすべてが致命的に埃をかぶっていた、おじいちゃんがこんなステレオ持ってたな、と少女は泳ぐようにそれに近付いた、レコードプレーヤーのターンテーブルの上にはレコードが乗ったままだった、じっと目凝らして見てみるとラベルにはベートーベンの英雄と書かれていた、えいゆう、と彼女は口を動かし、そこを離れて部屋を出た


埋もれた詩はそれでも綴られようとするだろうか
捨てられたカンヴァスは新しい色を求めるだろうか
なぞられない旋律は新しい声帯に擦り寄り
ままならぬ足はそれでも先へと踏み出すのだろうか


建物は美術館のように尊大な建築だった、ひとつひとつの柱は大きく、壁は厚く、天井は高く、そのすべてが墨のような黒で塗られていた、少女は廊下をうろつき、ドアを見つけると中に入ってみた、どの部屋にもほとんど同じものが置かれていた、最初に入った部屋で見たステレオ以外はほとんどが同じだった、二階には四つ、一階には二つの部屋があった、一階の部屋は二階の部屋よりも広く、誰かが使っているみたいに清潔で整頓されていた、他には浴室があり、台所があり、トイレがあり、玄関があり、裏口があった、書斎のような小さな部屋もあった、そこには使われている形跡がなかった


ねえ、詩を読んで
絵を描いて
歌をうたって
走って
ままならなくていいから
少しも
ままならなくていいから
たどたどしくって構わないから


私はおかしくなって死んでしまったのかもしれない、と、少女は考えた、きっと母親のように突然何もかも判らなくなって、そのせいでこんなところで死んでしまったんだ、と思った、そしてそれは、きっと真実だろうという気がした、建物の中をすべてうろついてしまうと、また、退屈になった、外に出ることも考えたけれど、まだそれは少し躊躇われた、自分の身体から余り離れてしまうのは、良くないような気がしたのだ、少女はバルコニーに戻ることにした、なんにしても死んでしまったことはありがたいことだ、と彼女は思っていた、もう母親のようになることを恐れることもないし、なにより少しも寒くないし、寂しくない―ふと、あることを思いついて、少女は浴室に行った、脱衣所の洗面台の前に立ち、鏡に自分が映っていないことを確かめると、楽しそうに笑った、ほんとうにそうなんだ、少女はそう思った


回転する円だけが
生きているわけじゃない


浴室からバルコニーに戻ろうと一階のロビーに出たとき、激鉄が上がるような音がして物々しい玄関の扉が開いた、少女は動きを止めてロビーに立っていた、すでに明けた朝の光に存分に包まれながら中に入ってきたのは、だらしないみすぼらしい服を着た自分の母親だった、少女は目を見開いた、一瞬ですべてを理解したのだ、母親には少女の姿は見えていないようだった、母親は何事かぶつぶつと呟いていた、まったくあの子は…もう寝なくては…いったいどうして……


娘は怒りにわなわなと震え始めた、力なく寝室へ引き篭もる母親の背中を見ながら、我を忘れて叫んだ

「あんた、なにしてるのよ!」
母親はまるで聞こえたみたいに一度動きを止めたが、それは少女の声とは関係がない、何か他の理由によるものだった、母親はため息をつきながら後ろ手で寝室のドアを閉めた




なにしてるのよ!









とりとめがない
とりとめもないものは……






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2014/2/20

真夜中、殺意のレコード  





おまえの憤りを愛せよ
おまえの憤りを愛せよ
路地裏に放置された
何十年も前の三輪車みたいな
おまえの憤りを
観念的な錆には痒みを覚えるだろう
みんなそうして憎しみを忘れまいとするんだ
眠れぬ夜は窓の外で苔生していく
テレビゲームのバグのようにチラチラと繁殖するそれは
サンプリング・コラージュを施された日にちのバラバラな悲鳴のように思える
寝床にはいつも置き去りにしてきた昨日が先に寝そべっている
オー、ふてぶてしい野郎だ、俺はそいつの髪の毛を掴み、寝床から引き摺り出して剥き出しの床に叩きつける、砕ける音がしてくにゃりとなるまで
痙攣しているそいつの隣でようやく寝床に潜り込むものの、血の臭いが、血の臭いが酷くて眠れないので、そいつを窓からたたき出して、洗剤を使って丁寧に拭いた、時計の針が淡々と移動を続けている中で
そうしてようやく眠りについたが夢の中ではバグが繁殖していた、狂ったように死んでは生まれ、死んでは生まれて、果てしのない繁殖を続けていた、おかげで言葉すらままならなかった、そんな夢の中を生きた、目覚めるまでにたいした時間はかからなかった
仰向けのまま目を見開き、薄暗い天井を凝視した、そこにはバグは見当たらなかった、かわりになにか執拗な視線があり、根源を探したがまるで見当がつかなかった、気づかないふりをして眠るべきだろうか?だがもし視線の主がそれを待っていたとしたら?
明かりをつけて音楽でも流せよと身体は警告を発していた、しかしなぜかそれを聞く気にはなれず、暗闇の中で感覚を尖らせた
それは現実的な空間にはないものなのだ、現実的な空間にはない、しいて言うなら絶対的な幽霊のような存在だった、でもなぜ?どんな理由があって?
俺はそいつの髪の毛を掴んで、床に叩きつけるさまを想像してみた、そいつの血が床を満たし、忌々しい臭いをさせるさまを、そいつの感覚に訴えるようにひたすら頭の中で繰り返した
しばらくそうしていたら気配は無くなっていた、疎通の出来ないやつだと思われたのかもしれない、まあいい、ただ眠りたいだけなのだから
目を閉じると悲鳴が聞こえた、窓の外で繁殖し続けている連中の悲鳴だった、それは繁殖と同じタイミングで、内耳を引っ掻くようなトーンで繰り返された、目を開いてため息をついた、またしても妨げられるのだ
気づくと隣にはぐちゃぐちゃな野郎が寝転んでいて、上体を起こしてあるのがないのか判らない目で俺のことを見ていた、産業廃棄物にこびりついたヘドロみたいな臭いがした、俺は殺意を覚えた、殺意を覚えるのには充分すぎた、俺はそいつの顔に噛みつき、歯で顔をむしってやった、耐え難い臭いにもどしそうになったがつけこまれそうで堪えた
そいつは悲鳴を上げられないらしく、両手で顔を押さえてしばらくもがいていたが、やがてもやのように消えた
気配が消え、臭いも失せたが、眠る気もしなくなっていた、気分を変えようと便所で小便をして、寝床に帰ってくると置き去られた昨日が横になっていた
確実に殺さなければならない、俺はハンマーを手に取り、重さを充分に確かめてからそいつの頭に振り下ろした、剥き出しの後頭部を一撃だ、電気ショックを食らったようにそいつは一度激しく跳ねた、そして震えながら息絶えた、俺は再びそいつを窓から放り出し、次のやつを待った、おそらくはあの視線の正体なのだろう、ぐちゃぐちゃなやつを
現れたそいつを何度も殴打した、生身にハンマーが食い込む感触は官能的ですらあった、ただでさえぐちゃぐちゃなそいつの顔は輪をかけて崩れ…いや、いつの間にかそこには、標準的な後頭部があった、そしてその後頭部にはどこか見覚えがあり、半ば確信しながら裏返すと、それはやはり俺自身であり、脳天を砕かれて死んでいた
ああ、死んでしまった、俺は絶望しながら眠った、もう夢も悲鳴もなかった、目覚めたときにあらゆるものを確かめた、すべてのものがすべての日常を生きていた、俺が殺したものたちは俺に寄り添うようにそこに居たが、臭いも感触もないただの投映された映像のようなものだった、俺は起き出し、支度をして外に出たが、そいつらはどこにもついてくることはなかった。






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