2015/3/30

いくつもの視線、捨てられた詩篇、真夜中のキッチンの音のないモノローグ  








明かりの落ちた街路を歩くときに
くらがりに身を隠した
名も知らぬだれかの歌声を耳にするときに


目の潰れた犬が引っ掻くような声で鳴いた
脚がひとつだけの男が飛蝗のように跳ねる
去年の蝉の抜殻が風に揺れて誘うような音を立てる


鍵を削りながら気がふれた
末期のバセドウ病で眼球の飛び出た男が
口ずさんでいたアヴェ・マリアは
細い針のように飛んで開かない窓で兆弾していた


潰れた酒場のカウンターで
女が煙草を吹かしている
いちばん小さな明かりだけをつけて
人生を清算している
もう一度なにかが起こるなら
もうそんな風には思えない
口先だけで生きていけるなんて
子供のように信じることなど出来ない
換気扇を止めて
煙の中に消えていけたらいいのに

おれは餌のない糸をヘドロの河に垂らして
そうして生きているからには決して手に入れられないものを釣ろうとする
耳にさしたカナルフォンの中では
インダストリアル・ロックが流れている


虫を食べ過ぎて死んだ幼い娘の亡骸を抱いた母親は
ひどいことを言った姑を殺したばかりで
悲しみの極限でずっと笑っていた
娘が最後に食べたものの
脚がいくつか転がっている
そんな夜に限って
昼のように明るく
すべてのものは照らされるのだ


廃れた繁華街の終わりでは娼婦が客を取り
割れたシャッターの裏側に潜り込んで手っ取り早く済ませる
洗濯物が風に揺れて窓を叩くような音がしばらく続いて
この世で一番悲しい呻き声と共に終わる
コトが終われば二人は目を合わすこともない


天井の蛍光灯が
ほとんど死んでいる二十四時間営業のコインランドリーで
色褪せた服ばかりを洗う老人
雑誌も広げず
席を外すこともなく
回り続けるドラムを
ピンポン球のようなまなざしで見つめ続けている
ずっと見つめ続けている


たとえば特売の肉なんかに
ある夜きみが噛みつくとき
きみのたましいは負けたような気分を味わう
たたかうことなくありついた肉
安全に加工された
退化した顎でもなんなく噛み千切ることの出来る肉
それは連鎖しない


ブラウザでそれらしい言葉を検索にかければ
他人の死体なんていくらでも手に入る
イエロー・ホワイト・ブラックの異様な死様
毎晩だって眺めていられる
それが出来ている間は
生きているってコトだから
出来るかぎりアップにして
目の中を覗き込むのさ
白濁した眼球の自然的な色味は
高尚な詩よりもたくさんのことを教えてくれるぜ
目の中の色味を覗き込むんだ
本当は見たくてたまらないはずのものがその中には映っているのさ


死をくぐり
いくつもの死をくぐり
少しだけ居心地のいい場所に転がり出る
一日は自分自身の死体の山で
明日の腐臭を嗅ぎながら時計の針がひと回りする
薄明かり差し込む部屋でアラームが時を告げるとき
死と生の混濁したたましいは
目覚めを拒否するような重いまぶたを
開く


捨てられた詩篇は
読めなくなってから詩情となる
生きているあいだ
特別何も成しえなかった
人間の葬式の席で初めて気づくそいつの価値のように
出来るかぎりのものを残しておけ
覚悟があるのなら
目に留まるあらゆるものに
自分のやり方を書いておけ
おしゃべりの好きな詩人の筆は
ろくに汚れたこともないとしたものさ


街の外れに立っている薄暗いマンションは
マジでホーンテッドだって新聞配達をしてた友達が言ってた
生きてるやつより死んでるやつの数が多いって
配達を始めてから終わるまで少しも気が抜けないって
あんなところに住んでたら持ってかれるかもしれないって
あれはもう五年くらい前に聞いた話だったっけ
出来た当時は満杯だったあのマンション
いまじゃ巨大な建物の半分くらいは空き物件で
わざわざ違う街からやってきて飛び降りる連中がエントランスで列を作ってるってさ
死んだあとも


レバーを落として
それだけでともるガスコンロの火を
ただつけたり消したり繰り返す
小さな爆発と燃焼が
始まっては終り
始まっては終る
真夜中のキッチン
片隅での爆発
夜のリズムと眠りのリズムが
燃えていく
燃えていく
燃えていく
火が燃える理由を教えてくれ
閉ざされたこの空間で
指の先で生まれるこの火の理由のことを


黒く煤けたバスルームの炭化した人形
古いアニメーションのキャラクターだったもの
夢は炭に
夢は炭に
見る影もなくなって
そいつを愛した子供たちと
そいつを買い与えた親たちの運命と共に
二度と取り返せない幸福のことを
排水溝に癒着した眼球で夢見ている


こころは身体よりはやく先に終ることがあり
きみは過保護なタンパク源だ
おれは針のない釣り糸で
あいつは焼け焦げた人形だ
それはまるで歩く廃墟のようだ
今日は午前中は雨で午後は晴れていた
天気に左右される心情の人間はきっと
こんな天気なんてなければいいのに
いやいっそこころなんてなければいいのにと
そう
考えたことだろう
そういう人間のうちのあるものは
すごく高級なタワーマンションの一室で
毎日なにをするでもなく窓の外を見ていたりする
そこからの眺めは格別だって話だよ
でも
そいつは




なにも見ちゃいないんだ









0

2015/3/21

ヘイヴン  





異能の血液たちが
沸騰をはじめて
正常な皮質がひび割れる
構成する様々な体液たちが
色を変えながら
肌を染めながら―


グラスウール敷き詰めた壁の中
行くあてをなくした歌声の屍骸
羽虫のようにバラバラで
塵のようにあっけなかった
いつかはなにもなかったことになる
人の身体よりもずっと早く


一世紀も生き続けた鏡の
致命的な翳りを責めるのはよして
くすんだ像を精一杯の努力で
あなただと認めればいい


ヘイヴン
来るものたちと去っていくものたちの
足音が交わる場所
ヘイヴン
それでも爪先は誰ひとり迷うことなく
時のからくりのからみ合う中―


隣町の火事で死んだ五歳の少女の亡霊が
市場のほうで噂になっていた
あるものは拝み屋を呼ぶべきだと
あるものは放っておいてやるべきだと
誰にも正しいことは判らなかった
牧師様
手を差し伸べるべきでしょうか
放っておいて上げるべきでしょうか
神は
神が授ける真実はいつだって選択肢でしかないものだ


母親たちだけで
祈りのために行われる踊り
父親の居ない場所で
兄の
弟たちの存在しない場所で…
子宮がもしも神聖なものであるなら
わざわざそんな風に踊ることはないのに
犯されて孕んだ少女が
自らの喉を掻き切る前時代的な風習の終わり


ツー・トン
ツー・トン・ツー・ツー・ツー
ありとあらゆる人殺したちが
耳にしている血の滴りはきっと
モールス信号のように叙情的でしょう
アンティークな受話器の向こう側に潜む世界を
ねえ、聞いてる?
聞こえてる?あなたには…


砂と泥で出来た食卓の
誰も彼も過ぎ去ったあとの溜まり
開け放たれた窓を吹き抜けて遊ぶ風だけが
新しい世界の音を知っている


あのひとは、今日も、どこか遠くを見渡せる高い崖の上にいるのでしょう
かもめの歌に詩人の魂を聞いたような気がして、そのまま日が暮れるまで動けずに居るのでしょう
船を沈める人魚が本当に望んでいるものは、聴衆であるに違いない、なんて
的外れな詩篇を書いては海の藻屑に変えながら―


鍵の掛かった寝床で見る夢など
本当の夢とは言えない
御伽噺に馴れ過ぎた青褪めた子供たちは
駄々をこねれば手に入るものしか次第に求めなくなる


映画は裏側に隠すべきものを捨てて
チケットの枚数のためにわかりやすくなる
音楽は心地よさだけを求められて
誰かに似たものだけが生き残って
空っぽの舞台で録音された演奏が垂れ流されている


廃墟の食卓に着くものだって時には居るでしょう
そのものの理由がどんなものであれ
そのほかのどんな人間にもそのものを止める理由はないでしょう
同じ言葉をありがたがり過ぎて
違う文節を認められなくなるような愚かさを美徳と呼んで
「そこにあるものはとうに終わったものだ」と
テーブルの上のものを叩き落して御覧なさい
食卓に着いたものがすぐさま
喉もとに刃物を突きつけてくるでしょう
それは安易な美徳よりもずっと確かに
確実にあるものを終わらせあるものを凍りつかせるでしょう


道の上には風に乗って
はるか遠くからやって来た詩篇のかけらがありました
目に見えるのはほんの
ひとことふたことの言葉だけで
だからこそその詩篇には
たしかな言葉の連なりとしての意味があるのでした
やがてそれも
落葉や
わたしたちやそのほかの
ぶら下がる餌に踊るものたちのいとなみによって汚れちぎれていくでしょう
それは羽虫のようにばらばらで塵のようにあっけないでしょう
わたしは道の上に立っていて
時刻は死人たちに囁くような午前一時で
腕時計は冷たい春に冷えているでしょう


冬の終わる理由を憎まないで
春の始まる理由を





あなたが
終わらない理由を






0

2015/3/13

まっさらな本当の生まれるところ  











空気の亀裂に、カーペットの隙間に、サウンドの途切れたところに、うずくまり、拗ねた目で、こちらを見ている言葉たちの、首根っこつまみ上げて、ワードの空白にぶちまける、彼らの悲鳴が、ほら、自由な旋律を作り上げていく…言葉は心の、ままならぬところまで入り込み、名前のない感情を引っ張り出してくる、枯れた地面の底にある、唯一の水脈を引っ張り出すみたいに―それはちゃんと眠っている、呆然とした瞳のままで―それはワードの中で、名前をつけられる、確固たるものじゃなくていい、確固たるものなどなにひとつないから、そのときなんとなくそいつを表現しているような、一過性のものでいい、確固たるものなんかなにひとつないんだぜ、名刺なんか死ぬまで作らないのが正解だぜ…瞬間は表現される、瞬間こそが表現されるべきものだ、モチーフに防腐剤と凝固財をぶち込んで、テーマです、なんて仕上げるなんて馬鹿げてるんだ、防腐剤なんて夏が終わるまで持つことなんかないんだぜ、わざわざ腐りたいのか、わざわざ、終わったものになりたいのか、俺は確信になんてなりたくない、それは自分を腐敗させるものだ、いつのまにか、部屋の隅で、おがくずみたいな臭いを吹き上げてる感情の死体になんかなりたくはない、俺は瞬間のものについていきたいんだ―とかく世間は即効性をありがたがり過ぎる、それっぽいやつが人差し指でメガネを押し上げながら、詩人です、なんて言えばそいつが詩人なんだ、妙な本にしか載ってないカタカナ語でのべつ幕なし喋りたててさ…余計な口を開く前にひとつでも多く書くことだね、俺に言えるのはそんなことくらいさ、フィールドの外でやいのやいの言っていいのはマネジャーか監督ぐらいのものさ―瞬間は常に存在している、瞬間の呼吸とシンクロすれば、心の中にあるものをそのまま差し出すことが出来る、そこに思考なんてものは必要がない、俺は瞬間に接近したい、常に変化し続けているものに寄り添って、出来る限りの現象を言葉にしたいんだ、同時通訳みたいにさ…リアルタイムにここに刻んで行きたいんだ、そういうスピードが凄く俺を高揚させるのさ、効果的な配列なんて考えたくもない、そんなことはそこらへんの連中がみんなやってる―おまけに成功例はあまりない―なぜならそれはあまりにも様式としてなりたち過ぎてるからさ―理由のなくなったダンスの振り付けみたいに、ただここでこうするみたいなことだけが馬鹿正直に厳守されているだけさ、本来なら生贄を捧げるべき祭りみたいにさ、意味と目的を失って形骸化してんのさ…生贄っていい言葉だよな、俺は、こうしたことのすべては生贄のようなものだと思ってるんだ、捧げるのさ、えぐり出してさ…誰に?誰に捧げるのかって…?馬鹿なことを訊くね、贄を捧げるのは神様にって相場が決まっているじゃないか…それは俺だけの神さ、俺が投げ出すものには、いつだって俺だけの神がいるのさ、あんたが投げ出すものだってそうだろう、そのはずだろう、だからあんたは馬鹿正直にそいつを続けているんだろう?俺は俺の神を信じる、あんたはあんたの神を信じる、それだけさ、それ以上のことはなにもないんだ―ねえ、いいかい、方法なんてタカが知れてる、方法なんていつだってタカが知れてるんだ…お茶やお花みたいにさ、絶対の作法なんか持つべきじゃない、道具の用意をしている間にすべては遠く過ぎ去っていくんだ、方法なんていつだってタカが知れてる、信じてるもののことはもう適当に、おざなりにするべきだ、それは結果とはたいして関係がないものだ、判るだろう?うすうす感づいているんじゃないのか?信じているものなんて、そんなたいしたもんじゃないってことが…動くとき、吐き出すとき、差し出すとき、えてしてそんなものはなんの意味も持たないものなんだ、真実はそんなものとは無縁の場所にある、一番大事なのは、流れ出すものの邪魔をしないことだ、そのときそのときで、もっとも自然だと思える流れに身を任せることだ、これは、ある特定の事柄に限定される話じゃない、ある特定の事柄に限定される話じゃないんだぜ、見たこともないものだって、当り前みたいに流れるのが本当なんだ、新しい河の生まれかたは、一番古い川となんら違いはないはずだ、そう言えば理解出来るかな…新しいものは超自然的なものさ、あるものとあるものの計算された融合の結果などではない、進化すべきものは、なあ、土や水や骨にまみれて生まれてくるじゃないか?空気の亀裂に、カーペットの隙間に、サウンドの途切れたところに、そいつが生まれる理由がある、あらゆるものに爪を引っ掛けるような気持ちを持たなくちゃ駄目だ、そいつを俺は本能と呼ぶのさ…。









0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ