2015/7/23

朦朧のJuly  








赤い火を見つめながら、暗い夜のことを思うだろう、濁流のような呑気な日常に飲み込まれ息も絶えだえ、そして訪れた僅かな休息の前の静かな真夜中には、騒がしい自分の心が聞こえるだろう…夜よ、俺を喰らうがいい、窓を開けて幾日かぶりに顔を見せた月を見上げる、そこから長い舌がさらいに来ないかと…俺は嘘を貼り付けた顔すら装えはしない、下卑た連中たちが俺を標的にして、控えめに仕掛けてくる…俺はそいつらをただただ哀れんでやるだけさ、そんなことでカタがつく人生なんてこれっぽっちも俺は送っては来なかった


生きようと思えばもっと生きられるはず、生きようと思えばもっと生きられるはずなんだ、それは懸命さとか執拗さとか、そういうことではなく…ノイズと静寂の共存した世界をきっちりと受け止めるような…両極からその間にある全てを受け止めて認識して受け入れるような…窓を開けると夏が雪崩込んで来る、このところ雨ばかりでまだ太陽はロクにそのギラつきを印象には残していないというのに…俺はそのことが無性に腹立たしい、俺はそのことが無性に腹立たしいんだ…目覚めるたびに雨の音が聞こえる、ねえ、目覚めるたびに雨の音が聞こえてくるんだ、ああ、今日も雨が降っているんだって、この世界に帰ってくるたびに判るのさ、そんな朝には窓を開けて、今日どれだけ濡れればいいのかということ
を確かめてみるんだ、雨は降り止まぬ…オーディオプレーヤーで流しっ放している音楽がそんなフレーズを囁いて俺は苦笑いする、現実は時に安っぽいドラマなのだ


日付と、時刻と、曜日が定まらなくなっている、現実に麻痺している、流れていくものは止められない、流れに乗ることを止めて違うものを見ようとすると、あるいは違う流れを探そうとすると、その流れには二度と戻ることが出来ない、その流れは多くの無自覚な連中が過負荷なく生きるためにこしらえたものだからだ…ほんの半歩踏み出しただけでそのことは理解出来る、それはあまりにも無表情で、そのくせに妬みや嫉みに満ちていて、愚にもつかない小競り合いの得意な連中が大勢居る…飽きれるくらいにさ


問題なのは、自分が明らかにその流れを離れたと感じたあとでもそこには関わり続けなきゃいけないということさ、それは無自覚であるが故に堅牢に作られたしきたりなんだ…大勢のぽかんとした正しいやつらが自分なりのやりかたでその中で無駄を生産し続けるんだ、まるえそれが大義であるみたいな顔をしてね…まったく、可笑し過ぎて笑える代物じゃない、そいつは全く可笑し過ぎて笑える代物じゃないのさ、そこには有機物たる意味なんかありゃしないんだ…いまはいつだ?いまはいったい何曜日の何時だ?夏だということしか俺には理解出来ない、時間はあまりにも身勝手に通り過ぎてゆく


時々、まだほんの時々だが、俺は寝床で、静かに確実に死につつある自分を感じる、全てが終わりに近付いているのを強く感じるんだ、そこには明確な理由など何も無い、ただ強く確かにそう感じるだけだ、それがどんな種類の死なのかそれは判らない、あるいはまるで新しいことの始まりなのかもしれない、だかその予感の先には虚ろな意識の空洞だけがあり…時々、まだほんの時々だが、俺はそれが本当は願望なのではないのかと考えることがある、俺自身がそんなカット・アウトをどこかで期待し始めているのではないかと…そんな考えにいっときは血が冷えるような感覚を味わう、だがそれは間違った感覚なのだ、死を思うことは、生を思うことと大差無いのだ、ノイズと静寂と、その間にあるすべてだ


時は無情だろうか?運命は容赦無いだろうか?ーそんなことはないのだ、時も、運命もただそこにあって、雨の降る朝には俺と同じようにただ濡れた路面を見つめているだけなのだ……










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2015/7/20

New Kid In Town  





ここは
死体の街
ここは
終焉の先
固く縛った荷を解いて
その椅子にかけなさい
誰に遠慮することもない
ここには永く客など来ていない


何か食べるかね
なに、気にすることはない
始末したい食材があってね
食べてもらえるとありがたい
金なんか要らないよ
もう商売としちゃ成り立ってはいないんだ


どっちから来たんだい
ああ、南の方か
あっちの方も大変だっただろう
いくつかの街は即死だって聞いたよ
まあ、早かろうが遅かろうが
死んじまうことに変わりはないんだがね
北へ行くのかい?
あっちの方には風が向かないからね
おれも出来れば店をたたんで少しでも長く生きられそうなところへ行ってみたいけれど
思い出のやつが夢を見ることを許してくれなくてね
まだ当分は踏ん切りをつけられそうにない


ほら、出来たよ
不味くはないが油が新しくないからそれだけは勘弁してくれ


あんたいくつだい、ずいぶん若く見えるけど
ああそうかい、まだ当分楽しめる歳だね、いままでならね
おれはずいぶん歳を食っちまったが
でもそれで良かったと思ってるよ
それなりに楽しい人生だったからね
この先なにもなくてもよかろうってなもんさ
あんたみたいなこれからのやつらはこの先大変だな
これから以前に見つけなきゃいけない、整えなきゃいけないものが山ほどあるんだから
ところで
上着持ってないのかい?北へ行けば行くほど寒くなってくるぜ
そんなペラッペラの上着じゃ北へ行く前にのたれ死んじまうよ、おれので良けりゃ何枚かやるから食ったらちょっと部屋を覗きなよ
おれは昔北の方で働いてたんだ、あそこで着てた服を沢山持ってる
ここじゃそんなもの、着ることはないからな…気にすることはない、全部持ってってくれてもいい


全部持ってかれたんだろ?
少しは取り戻すべきだよ


どうだい、美味かったかい
そいつは良かった
客が来たのは久しぶりだったからさ、上手く出来たかどうか不安だったんだ…実は
最近は目も悪くなってきちまったしな
この辺りは電力も限られてるし…


もう行くのかい
気をつけて行くんだよ
北に望みがあるかなんて判らないけどもさ
少なくとも行かないよりはずっといいはずだよ
いいかい、動くのなら諦めるなよ
向こうも駄目ならこの辺りまで戻って来ればいい
この辺はまだ丈夫な建物がたくさん残ってるから住むとこくらいは簡単に手に入れられる
悪いやつなんか居ないよ、ほとんどのやつは死んでしまって
生きているやつらは疲れ果てている
ああ、それじゃあな


あんたの人生に幸あれ
あんたの家族が




どうか安らかに眠れますように










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2015/7/7

イノセントのありかた  








名も無い瓦礫の路は
昔話をしたがっているように見えた
激しい雨のあとの
過呼吸のような陽射し
喉元を滑り落ちる汗を
呪いながら歩を進める
息すらかすれている
午後は容赦が無い


誰かに殺されたらしい野良犬の死骸が骨になって
小さなバケツのように肋骨を晒している
鮮やかな白のまま凍てついた身体の上を
数匹の蝿が学術調査のようにうろついている
おれの足音に彼らは動きを止め
窺うような間を取って飛び立っていく


その道の奥は行き止まりで
解体途中で放置されたのか、あるいは
放置されて崩壊したのかというような
小さな家屋跡があり
見開かれた目のような丸い下水溝の蓋の上で
一匹の汚れた黒猫がオブジェのように座っておれと向かい合っていた
その猫は怯えず
昂ぶらず
拒まなかったが
許しもしないように見えた
そんな態度で、そこにずっと座っていた
ここにわたしの暮らしがあった、そんなことを
そこにそうしていることで語ろうとしているように見えた―生暖かい瓦礫のようだった


おれは足を踏み入れた、足もとで崩れ落ちた屋根や壁の材料がガラガラと鈍く鳴った
そして猫の邪魔をしない程度の隣に腰を下ろして
猫と同じように生きた通りへ続く方を眺めてみた
猫はちらりとこちらを見て、「もの好きだな」というように首を軽く回し
それから元の方に向き直った


そこから眺める生きている通りは
井戸の底で太陽を待ち続ける物語を思い起こさせた
そこには必ず太陽があり
黒猫と二人だったというのに
それは井戸のようなお終いだった
「井戸のような」と言うほか無い場所だった
「井戸のようだ」と、おれは口に出してみた
ム、と黒猫は低く、短く唸った


ポケットの携帯が鳴り始めたが、猫は身動ぎもしなかった
そうしたことをすべて知っているように見えた、おれは電話に出た
「部屋の準備が出来ました」と、今夜世話になるホテルのフロントの男が告げた
帰らなくちゃ、とおれはまた猫に話しかけた
猫はすこし目を細めただけでこちらを見もしなかったが、おれが立ち上がったときに一度おれの爪先に鼻をつけた
お前はいつまでここに居るんだ、とおれは訊いてみた
さあ、というように猫は首をかしげた
「たぶん死ぬまでさ」
本当はそう言うつもりだったみたいに見えた


ホテルの部屋は快適だった
関係性の要らない気楽さがあった
おれはベッドに腰を下ろし
鏡の中の自分を見つめた
老け込んでいて、疲れ過ぎていた
それでも
おれは井戸の外に居て
どこかに移動し続けている
カーテンの隙間から見える空は
もうすぐ
暮れようとしている







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