2015/8/22

間近な彼方  










昨日の嵐で砂浜に投げ出された流木
それと
古釘を踏み抜いて駄目になった俺の靴
クラブハウスサンドイッチの奇妙な後味と
昨夜の残骸が浄化される海岸線


約束は
初めからしなかった
カモメがバターナイフみたいに中空を撫でる
風は
朝の方角から吹いてきていた


もう人気の無くなったビーチハウスで
ささやかに流れている少し前の流行歌
タブレットの画面より
正面の誰かの瞳を見つめていた時代の


最後の海は
朝からずっと夕暮れのよう
さよならの言い方を忘れて
空家の札のかかった扉の前で佇んでいるときのよう
気持ちをおざなりにしたから
もう
手紙も
届かない


海岸線を走る車が増え始めて
エンジンの回転のせいで外気温が上昇する
滲み始めた汗は、だけど
季節を速送る風にたちまちさらわれていく
様々な感情がゼロに戻されて
自動販売機で買った飲物を
これまでよりもほんの少し冷たいと感じる


どんな名前も付けられない
そんな景色が
なぜか立ち去り難く
つま先は頻繁にあちこちに向き直り
なぜ
いつも
二度と見られないような気がするのだろう
いつだってこんなふうに
ここに立っていたのに


靴を脱ぎ
波打際に立つと
波がすくっていく足元を
子供のころよりも怖いと思った



夏が終わる








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2015/8/18

認識しないまま知り続ける  













甘い夢は廃れるか、苦いリアルは身を蝕むか、長い日向に焼け落ちるか、本当の夜に気がふれるか、運命は蛇の牙のように鋭利で正確だ、心魂の根元まで食い込んで毒を撒き散らす、存在が痺れて、まなこはありもしない風景を見る、ひととき呆然として、それを眠りだなんておれにはうたえやしない
誰も呼び出せない回線を呼び出し続けているような音が耳の奥で鳴り続けている、どこに繋がろうとしている、誰を呼び出そうとしている?思いつく限りの名前を上げ連ねてみてもまるでそれは的外れに思える、きっとそれは、はじめからどこにも繋がらない回線であり、おれはそれを知っていて鳴らし続けているのだ、こだますら返りはしない場所で
別れを告げる音は一瞬だけれど永遠のように尾を引く、ときにはそれがすべての終わりにまで導いてしまう時だってある、足元は確かか、踏み鳴らして、足に痛みが走るまで踏み鳴らしてみてもそれは確信には変わりはしない、足元の確かさは、物質としてはきっと絶対感じることなど出来ないものなのだ、それがどんなものなのか可能な限りに表現してみるとするなら、それは絶対に終わることのない詩を書き続けることに似ているのだろう
激しい雨が降る、雷を伴う激しい雨が降るって、天気予報は朝から話していた、雨は降ったけれど雷なんて一度も鳴らなかった、おれはそれを楽しみにして一日を過ごしていたのに、大地を揺るがすような轟音なんて一度も鳴らなかったのだ、雷、おれは雷が好きだ、それは世界を切り裂いてくれる気がする、雷、おれはそれが好きだ、それは脳味噌の不具合をいっぺんで吹き飛ばしてくれるような気がする、雷はこの世界で一番ハードな音を出すバスドラムだ、観念的なマグナムの弾丸だ、おれはそれを待っていた、小銭のために道化を演じながら
雷は鳴らなかった、おざなりな雨だけが降った、磨耗したおれはレインコートにくるまってただ雨に濡れながらうちに帰った、玄関は間抜けなおれの姿を見てすこし楽しそうに笑った、おれは何も言わず一度開けた鍵をまた下ろした、世界とおれとの接点がそこで閉じられた、玄関のドアをはさんで、世界はおれの外界となった、おれは世界という概念から完璧な迷子になってほくそ笑んだ、ほくそ笑んだまま汗で汚れた作業着を脱いで浴室に飛び込み、うんざりするほどの湯を浴びながらうんざりするほどの汚れを落した、そんなになるまで働いてもそこらへんの連中に鼻で笑われる程度の金しか稼ぐことは出来はしない、まあ、それはいい、そんなことは
世界なんてどうでも構わない、必要最小限に関わって、あとは知らん顔をしておけばそれでいい、世界と繋がることになんてなんの興味もないし、それを強要してくるやつらは馬鹿だと思うだけだ、おれはおれの生活を面白くしてくれるものが欲しい、さも教養があるかのように政治について話してみたりなんかしたくはない、だいたいにおいておれは必ず政治家よりも政治に関しては無神経だ、たいがいの連中がそうであるように、無知で無神経で蚊帳の外だ、そうじゃないか?政治なんてものはおれたちのためには存在していない、おれはその点をきちんと理解している
テレビを見ながらすこし転寝しようか、目が覚めたらすこし机に向かおうか、それが済んだらすこし本を読もうか、おれはずっとそうやって生きてきた、そうして積み上げられたすこしはおれがおれたる所以となった、そんなことでいい、それ以上の説明は要らない、おれのことなどいくら話したってだれに理解出来るものでもない、理解を求めたことはない、おれはただ自分にこう問いかけているだけさ、おまえは人生を確かに生きているか、おまえの足元は確かか、おまえはくだらない場所に溶け込もうとしていないか、くだらない人間にまともに取り合おうとしていないか、足元の確かさを愛せよ、それを求める心を愛せよ、求め続ける心を、穏やかな夜のために騒ぎ続けるこころを、愛せよ
夜が更け、道を歩く連中の声や足音がまばらになってくるころに雨は止んだ、おれは壊れ始めた椅子に疲れた身体を預けて、やろうと思っていたことはすべてやった、問いかけは繰り返され続ける、おれがおれたる所以、この場所にいる所以、いろいろな場所に立って、たったひとつの場所を見ている、生まれたときからずっと、見張塔からずっと、まだずっと鳴り続ける鼓動に一番近い地点を








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2015/8/9

花火の日、幸福燃え落ちる、温かな爆弾のように  
















泥土の中を泳ぐような日々が脳味噌を紙粘土にしていく、椅子に座り、頭を垂れて、水に溶けた絵具のように朦朧としていく数時間のことを…墓標に埋めるように忘れて、それからはまるで、一直線になったオシログラフを眺めるように空白だった、時折、自意識のフラッシュの中に浮かび上がる像はあまり楽しくない予感を孕んでいて…それは中で彼果てて死ぬためだけに作られる繭の中で息をしているような感情を抱かせる、凝固―生態的な凝固、なにかひと言で表そうとするなら、そんな言葉になる、自分の爪先を見つめながら、いつか近い将来、死神のオフィスのドアをノックする自分のことを思う、やつは俺の風体を見てどんな印象を抱くのだろうとか―つまらない与太話だ―いつも、気がつけば遅い夕方にそうして磨耗している気がする、取り立ててなにがあったわけでもない、ただただ日常はそうして重要な機関を麻痺させにかかるのだ、どんな理由でそんなことをしているのかは知らないが―喉の奥にいつまでも残っている飲料水の感触は正直に言ってあまり気持ちのいいものではなく、キッチンに立って水を飲む、何度も蛇口を捻り、何度も飲み干す、一度では足りない気がした、呪文と同じで、何度でも繰り返されなければ効果が無いような…そうして小便をする、洋便器に腰を下ろして―知らず知らずのうちに溜まっていたものをのろのろと垂れ流す、朦朧とした一日がそれに巻き込まれて、レバーのひとひねりで下水管へと流れていく、コンスタントな死、コンスタントな埋葬はそんな風にカタがつく、誰も悲しまないし、誰も悔やんだりしない、それは感情が必要なほどに蓄積されてはいない…死のことばかりがそうして浮き彫りになるのは何故だろう?それと同じだけ生まれるものも多いというのに―それはもしかしたら、生まれる前のことを誰も知らないせいなのかもしれない―水洗便所のタンクが水で満たされ、浮き上がったセンサーで水の流れが止まる、ただそれだけで、空気の鳴る音が聞こえるかのような、静寂―なにが俺を空っぽにするのだろう?俺はいつでも満たされることを願っているというのに…窓の外では祭りの準備が整えられ、もうじき始まろうとしている、そんなことのためだけに一年を生き抜くことが出来るやつらが、いまかいまかとそのときが来るのを待っている、まるで、そう、夜になるたびに生き返って墓場から這い出してくる死者たちのような活気…そんなものが、死後硬直の経過を見るようなこの街の空気をひととき陽気にする、騙されないことは不幸なことだ、俺はときどき、自分のことをそんな風に自嘲し、そして安堵する―それは結局、騙されているに過ぎないからだ、目を開け、本当に見るべきものを見逃してはならない、ご褒美に目が眩むような無自覚ではいけない…出来上がっているものを疑え、こういうものだからと説いてくる連中の神経をすべて疑え、先に決まっているものに正解など無い、すでに定義づけられているものに、ひとりの人間に沿うものなどありはしない、当たり前のことじゃないか?どうしてそんなものがないがしろにされてしまうのだ…?花火が空で破裂する、祭りが始まったのだ、打ち上げ会場から程近いこの家は、破裂音と共に壁が振動する、幸福を装う戦争が始まったのだ、窓を開けてはならない、あの花火を眺めてはならないよ、偽の幸せを植えつけられてしまうよ―どうしても見たいというのなら、ほんの少しだけ窓を開けて、カーテンに隠れながら見るのだよ、彼らに見つからないように…俺は老婆の声を真似て、たったひとりでそんなコメディを演じてみる、クスリとも笑えやしない…やれやれ、と俺はため息をつく、そんなやつらを見過ぎたのだ、騙されて、鵜呑みにして、信じすぎたやつら…信じて、信じ込んできた自分を、誇らしく感じている、そんなやつらを……









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