そこから世界を照らす光は見えるかい?(アイ・シャル・ビー・リリースト)  









指先についた
小さな傷のことをわかって
真夜中に洗面所を汚した
わずかな体液のことを


ミネラルウォーターで飲み下した
アスピリンが胃袋を炙る
ソファーで死んだ貝のように
丸くなって
容赦なく涸れた海の夢を見ている


ままならぬ身体を、心を
素通りしていく時
優しく撫でるような風は
だけど胸の中に酷い火傷を残し…


壁にかけた丸い時計の秒針は歪み
奇妙な残像で視界を塗り潰す
それは流動的で鮮やかな闇だ
流動的で鮮やかな闇の中に居ると
引出しの奥で幾重にも封をされた
自分自身の怒りを見ることになるだろう


夜の夢になど何も期待しないで
どうせ途中で醒めてしまう夢のことなんか
投げ出した言葉は死体になる
投げ出した心は憎しみに満ちた敵になる
それはまるで刃物のようで
尖る刃先が反射する光は
この世界で一番凶暴な涙のように思える


取り残された夜は携帯を開いて
もう繋がらなくなったことが判っている名前をコールする
この前までは呼び出し音が鳴っていたけれど
今夜は冷たい声が使われていないと告げただけ
そいつがまるで知り合いだったようなふりで
しばらく下らない話をしてみた
すぐに馬鹿らしくなって電話を切った


届かぬ者を呼ぶこと
届かぬ声を綴ること
届かぬ言葉を叫ぶこと
届かぬための言葉を呟く人間になったら
夜を迎える前に首を掻き切って見せるさ


秋の始まりを告げる風が安普請の家を揺らし
ニュースタイムは台風の被害の模様でもちきり
はした仕事に疲れ果てて音楽を聴いている
生きる価値か、生きる理由か、それとも
すべて黒く塗り潰されてしまえば黙って寝床に潜り込めるのか


涸れ果てた海の底で貝殻を拾い集める
尖った殻で指先を傷める
一滴もないくせに香りだけは満ちていて
それはなぜかとてつもなく薄ら寒い出来事に思えた
海の化石の胎内には昼も夜もなく
太陽とも月とも思いがたい何かが青白い光を放っていた


どんなにたくさんの友達も
かけがえのない恋人も
たったひとりきりの指先をあたためることは出来はしない
だからこそ出会い、懸命に幸福を貪る
声に出さなくてもいいことを
わざわざ、殊更に叫んだりしながら
やがてかすれる声に
信じたい真実以外の丸まった背中を見る


どうしていた、もうそれが幾つのことだったのかも上手く思い出せない
とても日当たりのいい賃貸住宅の玄関口で
そのころ友達だった誰かとひと言も話さずに差し込む光の中に浮かぶ塵を見ていた
あれはまるでザ・バンドのうたみたいだった
それは水を思い出そうとしている魚の
残留思念みたいな行く当てない漂流だった
あのときの幼い友達、男だったのか女だったのか
そのことさえももう思い出せない
あの日、どうしてあんなにも鮮やかに
早い午後の日差しはあの玄関口を照らしていたのか


様々な糸の端を手にとって
繋がっているだろうなにかを思って必死に手繰り寄せるけれど
たいていの場合途中で途切れていて
そして千切られたみたいにいびつで


もう一度、たとえば
原子みたいなものになって
輝く水の無い海の中を
魚のように漂えたらいい
それは本当にシンプルな理由で
どんな理屈もないだけ迷いようがなくて


たとえばこの血管に麻酔薬を流し込んで
自分自身を適当に解剖する
どれぐらいで痛みは戻るのか、どれぐらいで
元の通りに組み上げることが出来るのか
そもそも元の構成はもう一度
同じように仕立てるほどの値打ちがあるものなのか
仮に同じように組み上げることが出来なかったとしたら
無理矢理に詰め込んだ皮袋はこれまでと同じ
たとえば愛などを受け取り受け入れることが出来るのだろうか


どこかで、そう
なにかがおかしくなることを望んでいた
安易な故障や欠陥を晒してそこいらを歩きたかった
どこかなにか、ひとつ
判りやすく差し出せるものが欲しかった
それだけで話すべき言葉はずいぶん少なくなるはずだから


夜明けには部屋を抜け出して(眠ろうと眠るまいと)
本当の海が見えるところに行く
本当の海のさざめきを見つめながら
その底でとうに化石になっているだろういくつかの貝殻を思う
ぼくはきみになりたかった
ぼくはきみになりたかった
放っておくと際限なく語ろうとしてしまうから
海底で黙って横たわっているだけの
日付すら記されていない死に


太陽が昇り始める、まるで




ザ・バンドのうたみたいじゃないか











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