2015/11/26

すべての夜は悲しみの膝元にあり  








アパートメント二〇二の壁の裂傷
フラグメントの終焉と彼女の吐瀉物
ポリスの出動はいつでも間に合わない
彼は絶望の寝床にうずくまったまま
ダイヤルの記録は悲鳴のような声ばかり
テーブルの上のタロットは幸せを予言していたのに


雨とも霧ともつかぬ朝だった
ジョギングをする連中はパーカーをすっぽりとかぶり
車は憎まれ口の変わりにハイビームにしていた
どこかでラジオが大音量で流れていた
いかさまジャズをやっていたころのスティングのヒット曲
路肩の植込みのベッドで夜のうちに撥ねられた猫が
砂糖菓子のような瞳を見開いたままにしていた


そんな景色を見ながらよろよろと
安アパートが立ち並ぶ通りへと帰っていく売春婦は俺の知り合いだった
あの日も声をかけたかったけれど持ち合わせがなかったのさ
アニーと名乗っていた
本名だって言ってたけど誰も信じなかった
そういう女は嘘をつくもんだってみんな思ってたから


車の下に潜って作業をしてると何故だか
食いもののことばかり考えるって整備士の友達は言ってた
部品とオイルとボルトに囲まれていると
たぶん生きものであることを忘れないようにそうなるんだって
車が大好きでその仕事に就いたのに
どうしてこんなことになっちまったんだろうなって


大橋の下を潜る堤防を歩いていると
ある橋げたのスペルを間違えてる落書きに出会う
足を濡らしてまであんなところに歩いていって
あんなことを書いたやつの人生について俺は考える
気持ちは溢れているのにそれを補うものがなにもない
きっとそんな感じなんだろうと思う
違うところを歩いたやつが
飛びぬけたやつだとは限らないものだ


歯を磨くときに決まって思い出す歌がある
もう十年もその歌を耳にしてはいないのに
歯ブラシが歯を滑り始めると不意に浮かんでくる
特別思い入れもない
取るに足らない歌なのに
ここ数年ずっとその歌を思いながら洗面の鏡を覗いている


寝床の天井には音符があり
それがどんな音で鳴るのかは知らない
前の住人がこの部屋に残していったもので
かなり古い作曲家の残したものらしい
前の住人はここから程近い公園のブランコの支柱で
この楽譜に関する遺書を残して首を括ったと聞いた
これがここにあるのならいつか
そいつが現れて詳しく教えてくれるんじゃないかと思ったが
あいにく数年経っても顔を出しはしない
彼は死ぬことによって報われたのかもしれない


時々どうしようもない夜中に出かけて
堤防を降りて幾つも並んでいるボートに忍び込む
寝転んで穏やかな波に揺られながら夜空を見上げていると
人生とは無駄がボールのようにプールに詰まっているようなものだという気がしてくる
抜け出しても抜け出しても
無駄が絡み付いてまた沈んでいく
清潔なごみ捨て場みたいな光景に囲まれて
様々な神に悪態をつく
すべての夜は悲しみの膝元にあり
漠然とし過ぎるから晴れない霧のように佇んでいる


土曜は安い花を数本持ってアニーの墓に久しぶりに顔を出し
あてのない時間をそこで潰した
特別どんな話をしたわけでもないけれど
まるで近しいもののように寄り添っていた
ことが終わって時間があるときは
よくそんなふうに並んでまどろんでいた
いま彼女はどこでなにをしているのだろうか
身体を失くした売春婦には
それに代わりになるようなものがなにかあるだろうか?


日曜には整備士の友達の墓に行った
彼の墓石はタイヤを模して造られていた
身寄りのなかった彼のために
同僚たちが金を出し合ってそこに納めたものだ
その形を見るたびに俺はぞっとする
友達は決してそれを喜んでいないだろうなと思って
「気にするなよ」と声をかけた
彼がいつかポニーテールのすらっとした娘に
にべもなく振られたときにそうしたみたいに


俺はどういうわけかいまだに生きていて無駄ボールの詰まったプールで浮いたり沈んだり
寝床で天井を見上げては聞いたこともない曲のことを思い
墓参りに持参した花のことを思い
そしてのっぺりとした日常のことを思う
なにもないことに嘘をつくみたいに
楽しさを装って生きたくなんかない
週末の安酒場にたむろしてる連中みたいに
自分が幸せなんだとペテンにかけ続けるような真似は


すべての夜は悲しみの膝元にあり
スティングはもうブルーノートを忘れている
白紙だらけの俺のアドレスノートは
書かれているページにさえ電話をかける相手は見つからない
テレビをつけると名前も知らないロックバンドのライブが流れている
それは俺をどんなところにも連れて行きはしない








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2015/11/23

リフレクション(鏡像に風穴)  









化石を敷き詰めた絨毯のうえで胡坐をかいているような心境でおれは真夜中にこの部屋に打ち込まれた用途不明の一本の杭だった、外ではここ数週間の決まりごとのように雨が降り始めていて、濡れながら冷えていく時間はまるで二度と浮上出来ない潜水艦が深海へと消える映像を連想させた、そんな静寂はもしかしたらすべての欲望を叶えてくれるかもしれない、きれいさっぱりと手放せる、そんな意味合いで…密閉型のヘッドフォンの中ではインプロヴィゼイション・ノイズが流れている、思考を遮断するためのチョイス、表層のおれを千切りにしていく切迫したスピード、時々はそんなものがないといちばん陰鬱な刃物がキーボードに向かう袖口から覗いてしまう…安定を求めないために先へ進む、完成を求めないために先へ進む、いつのまにかそんな傾向が産まれていた、おそらくは、始めてまだ間もないころから―習性のようなものだと言えば話は早いだろうか?荒野にひとつずつ小さな石を投げ込んでいくような出来事の羅列、おれのビートを息づかせてくれる連続的な現象…きわめて衝動的な連なりには一見関係性は希薄に思えるけれど、どこかをひとつ取り替えてしまえばもう成り立たない、そんな流れを持った羅列、おれ自身を語るための、ある種のリズムに裏打ちされた流れ…叩きつけられるようなペインティングにも似た…ボーダーラインのハッキリしてる色など塗りつける必要は無い、小奇麗に仕上げようとすればするほどそいつは現実味を無くしていく…子供のように描ける大人の画家がそんな世界じゃ正しいもののひとつだ、衝動は瞬間的な思考の連続によって研磨され、糸のようにもつれながら最もいい形を求めていく、それはお定まりな文法によって成り立つようなものじゃない、瞬間的に変化し続けるものに食らいついていけないのなら、そいつは少なくともいまおれが必要としているものじゃない、ひとことで終わるものなんておれは信用しない、それはたとえば楽譜を持ってない奏者や、言葉を持ってない詩人がやるようなことさ…見なよ、やつらは指先が痺れるほどなにかを描こうとしたことなどないのさ、だからいつも簡単に片付けようとするんだ―そうして瞬間瞬間の流れを見出して、糸を流し込んでいく、それが変化するさまを見ている、それがどこへ行くのかなんておれ自身にも判らない、そしてそれはたぶん、どこへ行き着いたのかということも理解出来ていない、少なくともしばらくの間は―消えてからはっきりと思い出すことの出来る水溜りのようなものかもしれない、でもそんなことにこだわるような時間なんてそんなになくていい、ひとつが終われば新しいもうひとつが始まるからだ、すべては捨てていくように進めるのがいい、重要な意味はあらゆるタイミングを利用して残っていこうとするものだ、そのときにしか記録出来ないものの数々さ…意図して語るべきものを持たない瞬間のレコードだ、そんなものがおれを生かし続けてきた、笑っちまうほど懸命になってそれは記録され続けるのさ、時々、こうして思い出したようにね…インプロヴィゼイションとは偏屈な正直者がもっとも真っ当に語ろうとする行為さ、いや、迷宮をショートカットする配管のようなものかもしれない、だとしたらそんなものはただの人間には気づくことは出来ない、だから躍起になるのかもしれないな、スピードを求めるのはもしかしたら、そこをすり抜けようとする意志なのかもしれない―さあ、もっと撃ち込んでみなよ、溜め込んだ弾をあらいざらい、装填されたものがなにもかも無くなるまで撃ちこまなくちゃ…自分のままで居ようとすればそれだけのことしか語れないさ、表層をぶっ飛ばすことだ、表層を吹っ飛ばして、いちばん底にあるやつが出てこざるを得なくなるまで引鉄を引き続けるのさ、殴り続けた壁に拳のあとが少しずつ広がっていくように、叫び続けた喉から漏れた血が地面に溜まりを作るように…本当にやって見せなくちゃ納得出来やしない、吐き出されたことのない言葉はその奥にあるもののことを知らない―ここでいいという地点もまた存在しない、そしてそれが最も重要なことだ―さあ!風穴は開いた!そこから見えた景色を語ることからつぎのことは始めればいい…









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2015/11/17

無に芽吹く意・伸縮  











「暴力的な愛を掲げて愚劣な民が行進をしている」彼等の真実はあまりにもステレオタイプだから、俺のスピリットは勃起しない、蟻が巣に食物を運ぶような勤勉さがステージを上げるわけじゃない、そこには必ず目的というものが必要になる、たとえばキャリアやそんなものを崇めたりするような連中には、とても…朝食はコーンフレーク?健康的で何よりだ、そうしたシンプルさを語るには沢山の複雑を通過する必要がある、傍目には同じでも質感が変わる―「言葉を生かすのは言葉ではない」単純な意味は配列次第で幾つもの解釈を持つことが出来る、肥大を怖れるな、濁流に飲まれても力を抜けば浮かび上がることが出来る、そこから生還すれば誰よりも上手く流れについて語れるだろうさ…語る、そう、語るということを勘違いしてはならない、無数の人生、無数の感情、無数の感触…だが、一人の人間がそのすべてを語ることは出来はしない、「他人の真実は真実じゃない」それを理解している人間が本当に利巧というものさ―雨が多い、ほんの少しのインターバルを除いて、絶えず雨が降り続いている、この時期の雨は降るごとに冷えてくる…窮屈な真実の狂犬が繁華街で闇雲に噛みついているってさ…なんともみっともない話だね、でも、こんな陰気な雨の夜にはそんなエピソードがよく似合うよ、苦笑するぐらいに


世間はいつだって嘘みたいなものを信仰するものだし、その原因はいつだって同調を重視して個人をないがしろにするせいだ、だけど世間とはそういう連中のためにある巨大なコミューンだし、いまさらそれを笑い話に使用なんて思うほど子供じゃない―そう、本当に滑稽なのは―そういう場所からはみ出した枝毛みたいな新たな世間の中で同調を主張する連中さ…といってそれもあんまり上等な見世物にはならないけどね、ページを捲ったら忘れる数行のジョークみたいなものだ…まったく誰かを引き込まないとときの声も上げられないなんて!賑やかな路傍の石もあったもんだぜ―それは闘う気のないデモのようなものだ、いま流行ってるだろ―「ライダー変身!」って叫んでる、そう―子供みたいなものだ…おまけにそいつらは、「もう子供じゃない」ときてる、いたたまれないぜ


さて、俺はいつもよりややこしい話し方をしようとしてる、それにたいした理由は無い、目にしたものや、ここ二週間程のいつもとは少し異なる生活、そんなものが、こうした形となって具現しようとしているに過ぎない、そう、そして、いつも言ってるように、「それは必ずしも具体的である必要はない」―胸像を模写するように語るようなリアルだってある、俺はそんな話し方が気に入ってる―窮屈じゃないからさ…それが俺なりの素直さの形だということだ、スタイルだのなんだのなんて、そんな浅い次元での話じゃないのさ―おや、雨が止んでいるようだ…今度の沈黙はどれぐらい続くだろう?明日も降るって話だしな…そう、雨だってそうだな、「もしかしたらこれは雨のリズムで書かれているものかもしれない」雨のリズムを記録したただそれだけのものかもしれない、「もちろんそうじゃなくたっていっこうに構わない」…焦点の存在しない真実、どこにも落ち着かないリアル…心や、状況や、光の中や闇の中で、どんなふうにも感触を変える、「存在」―なんともゴキゲンな話じゃないか?俺はそいつの周辺をフラフラと移動しているのさ、その時々で一番歩きやすい場所を選んでね…


「魂」魂の方向は無限にある、前進ではない、後退でもない、上昇でも、下降でもない…移動すればなにかに出会う、出会ったときに気付くことが出来れば、さらに「無限は広がる」―おかしな言葉だと思うだろう、だが無限は伸縮する、つまりそれがひとつの生での限界というものになる…肉体の限界はもちろんのこと、精神の限界…収まりのいい枠を作って、落ち着きたがる姿勢がその限界を呼ぶ…肉体に比べて精神はもっと自由なものであるはずだ、それは物質ではないのだから―とらわれないで生きることを知覚出来るのは肉体よりも精神だ、肉体がそれと無縁かといえばそんなことはなく、精神が強くそれを感じれば肉体にだってある種の変化が訪れる、高揚感や、静寂や、あるいは―「虚無によって」…虚無は怖れるべき場所ではない、それはある意味で最も具体的な存在の可能性だ、最初に感じるものに騙されてはいけない、「言葉がすべてを語っているなんて思わないことだ」―俺は虚無を愛する、そこには宇宙のような無限がある…魂は常にあらゆる方向に振れている、気にしなくていい、いまどこにいるかなんて…けれど、そう


こうして語れないのならそれにはあまり意味はない、語ったところで、誰のためでもない―ここでそれと繋がっておくための、ささやかな動作に過ぎない








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