2016/5/30

「そしていま、最後の曲が消えた」  












沈殿と沈黙の
まだらの模様が
僅かに振動しながら
消えていくまぶたの裏
かすれた声の行き先
天井のすみの薄暗がりに
待ちぼうけ食らった今夜の夢は
濡れ続ける表通りの街灯の明かりの下に
もう死んだ人間のトランペットが
ドームタイプのヘッドホンで人生を書置きしている
鼓動はいつか止まることを考えながら
いまは順調に肋骨を持ち上げている
月曜日が始まって一時間と三十分余り
俺はまだ昨日の中で
眠らない理由を箇条書きにする
入浴を省略した肌が
清潔な両生類のようだ
でも、そのおかげで
明日目覚めてすぐにやることがある
どんな片隅にいても
目覚めてすぐやることがある
俺の脳味噌のメモは
些細なことを重要視する
そうでなければ
ただ書かれたものを読むだけになってしまう
一行の文章には三行ほどの、あるいはそれ以上の意味合いがある
「俺は読み飛ばすことをしない」
この夜にはそう書いてある
待ち合わせ場所で置き去りにされるかもしれない今夜見るはずの夢の代わりに
死んだ人間が奏でた音楽の記録は生きているだろうか、これは以前にも書いたことがある
きっと俺がこんなものを書き続けることでなにか得るものを求めているとしたらそんな問いかけの落としどころだ
それは本当のことじゃなくていい
それはその時(たとえば今夜このとき)、ああそうか頷けるようなものであればそれでいい、もとよりそれ以上の真理など人間に書くことは出来ない
俺たちは真実の周辺を飛び回る蝶に過ぎない、蜜の一滴のような真実の破片を求めて、ふらふらと、ふらふらと…風に煽られながらね
でもそいつは確実にその地になにかを残すことになるんだ、判るだろ
どんな種でもばら撒けばなにかが発芽する
そしたら今度はそのことをうたえばいい
それを育てるのは、水や空気はもちろんだが、それ以上に
心の動きに敏感になることが重要だ
紋切り型の解釈はそれ以上どこへも行けない、といって奇をてらったようなものがいいのかというとそうじゃない、要はすぐに答えを出さずに少し考えてみることなんだ
(たとえばこんな、眠る気がしない真夜中なんかにね)
考えてみれば俺はいつでも真夜中に詩を書いているような気がする、多分俺はこんな時間にこそなにかを頻繁に考えているのだろう
思考するにはいろいろとやり辛い世界だ、考えずに済ませようと思えば
それで済んじまうものがたくさんあるせいだ
だからみんなつい早押しクイズみたいに我先に自分の答えだけを喋ろうとするのさ
俺には昔からそれはすごく不思議なことだった、でも今はそういうものなんだろうと認識している、そんなことについてあくせくやってみたところで誰の意識を変えることもおそらく出来ないからね
だって俺は自分のことでいつでも手一杯なんだから
音楽越しに聞こえていた雨の音がやんだ、それは非常に興味深い現象だぜ、なんたって本当にやんでいるのかどうか判らないんだ―このヘッドホンを外してみるまではね
でも俺は外さないんだ、そんなこといまはどうでもいいことだから
いまの俺にとって雨が降っているかどうかなんてことはどうだっていいことなんだ、必要のないことなのさ、屋根に穴でも開いているならまた別の話だけどね
ウダウダと話す癖のないやつは、いつまで経っても同じ言葉だけを繰り返す、まるでテープレコーダーに録音されたものをオートリバースで再生し続けるようにね
俺は些細な旋律を繰り返し読みながら、沈殿と沈黙を繰り返し、本当に押し黙るときの準備をする、それはどんなものにも必ずやって来る瞬間だ、そのあとで俺の記録したものたちはどこかで息づいてくれるだろうか?まあ、死んだ後のことなんてどうだってかまわないって言っちまえばそれまでだけどね
俺は音楽を流しながら詩を書く、そうしておけばうんざりするほど長いお喋りになりそうでもこう書くだけで終わることが出来るんだ、魔法の言葉さ…



「そしていま、最後の曲が消えた」










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2016/5/26

雨がまといつく  










一日中降りつづく雨が
重い布のような空気となり
肌にまといつく夜中
車が通るたびに悲鳴を上げる水たまり
風が吹くたびに雨粒で鳴るガラス
シャワーを浴びたばかりの身体はすでに汗ばみはじめている


そんな時間のメールの着信音は微かに心を強張らせるのに
開いてみればどこかのショップの下らない販促メール
件名だけ読んでごみ箱におさらば
そして二度と思い出すこともない
これまでにいくつそんな
読むことのない手紙を受け取って来たのか
もしかしたらその中に読むべきものもあったのではないだろうか
だけど
読むべきものは運命のようにやって来る
バーゲンのお知らせみたいな調子ではない


雨がまといつく
ほんの少し時が動き
ほんの少し眠気がやって来る
でも眠ろうという気持ちにはさせてくれない
ついさっきコーヒーを飲んだせいかもしれない
もしかしたら眠る理由がないのかもしれない


この場所には
あとどれだけの雨が降り続くのか
夜行性の猫が騒いでいる
天気予報では
明日も降ると言っていたような気がする


主人公が雨の降る日に街の水没を願う漫画を読んだことがある
そんなことを突然思い出す、それがなんというタイトルで
誰が描いたのか、雑誌で読んだのか、昔持っていた単行本か
いつ頃読んだのか、小学生の頃か、もう少し大きくなってからか
そんなことはまるで思い出せない
ただそんな雨の場面があったこと、それだけを
写真がねじ込まれるように思い出す


人に言わせればこの俺は
不要な記憶をたくさん持って生きているらしい
覚えておくほどのことじゃないこと
思い出す意味もないようなことをどうして思い出すのかとよく聞かれる
だけどそんなことを言ってくる連中の思い出話といえばどこそこの女とどこそこの公園でやったとかそんな話ばかりで
もちろんそいつにとっちゃ意味のあることなのかもしれないけれど


窓に近い外壁のどこかで雨だれがなにかを叩いている
ここに住みはじめてしばらくのあいだ
その音の出どころを確かめようときょろきょろしたが
古い壁のどこにも雨を受けるような突起は見当たらなかった
壁は馬鹿みたいにまっすぐに立っていた
だから俺は探すのをやめた
それはきっと「どこか」という以上の定義を必要とはしていないのだ


近頃この界隈にゃ吹かしてる小僧が居るが
後出しじゃんけん以上の大胆な真似は出来ない
そんなやつはもう飽きるくらい見たな
臆病だけど我慢の利かない
ガキ大将の子分みたいなヤツさ


雨がまといつく
夜が深くなる
欠伸をしながら



次の本のベージでもめくるとするか








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2016/5/21

Side by side  













消防車のサイレンが街にこだまする真夜中
自発的な夢遊病のゲバラのシャツを着たガキどもが溢れ出て
革命とは程遠い犯行を繰り返す、おお
体制にとって彼らの存在は引っ掻き傷にもならない
世論がまるで一大事のように騒ぎ立てるだけさ


60年代のアジテーションをそのまま現代に持ち込んで
時代を描いたりなんか出来るわけがない
いま一番アバンギャルドなのは
グダグダ言わずに黙々と示してみせることさ
喋るのが好きなやつは結局喋るだけになっちまう


コーヒーの店のカウンターの一番奥の暗がりで
目立たないようにペッティングを繰り返すニキビ面のカップル
カフェ・オレを入れながら店員が苦笑いしてる
きょうびの常識じゃ非常識をたしなめるのはご法度らしいからな
始めちまった瞬間にぶっ放したら少しはすっきりするかもな


どこぞのファイティング・マンはてめえの所業に酔い過ぎて
いつ見ても同じ踊りばかりやってる
退屈過ぎるからヤジすら飛ばさない
下手なのにアクセルを踏みまくるドライバーと同じさ
俺はひしゃげたフロントを横目で見て通り過ぎるだけさ


朝と昼と夜の温度差で年寄りが死に
辛気臭い看板が街中の壁に貼り付けられる
いつかは俺もあの列に並んだ
次の次辺りは俺がみんなを並ばせる番かもしれない
「派手なスーツを着てポップコーンでも食べながら」って遺言には書いておこうか?


他人のことに執着して自分のことを見忘れるやつらばかりさ
見なよ、「王様は裸だ」と喚いてるやつら
あいつらは裸なだけじゃ飽き足らず
いろいろなオプションを突っ込んでいるってのに
汚え血が滲んでたってまるで気がついちゃいないんだ


めったに見ないテレビをつけりゃバラエティ・ショーは骨抜きになるまで検閲されて
ワイド・ショーではただのゴシップをトップ・シークレットみたいな顔して喋り続けてる
眠れなくなるわけさ、どこに回しても同じようなものしかやってない
そして街へ出て裸の王様の行列を眺めているわけさ
王様、喧嘩を売るならもう少しでかい声を出さなくちゃ駄目でございますよ


すげえ黒人とすげえ白人がバタバタと死んで
黄色い肌の俺は酸素欠乏症みたいな面で歩いてる
昼間は汗が吹き出すほどだった街路はいまじゃ
五分おきに小便器を探すほどに冷えている、便器に水を流すたびに思うんだ
便器洗浄水って名前の水もこの世には確かに存在してるってな


アーハー、政治家になんか期待したことはない
政治を叩いてるアーティストなんてみんな阿呆さ
俺は政治になんて期待したことはない
だから政治に失望したこともない
社会を作るのは個人さ、いまだってそうには違いない―俺の言ってる意味とは違うけど


誰もが一人で放り出されたことを忘れて
つるんで騒いで何とかしようと目論んでる
目的のよく判らない集団が溢れてる
オリジナルの共通言語に寄り添って
なにかをしでかした気になってるようなやつら


自動販売機のそばで缶コーヒーを飲みながら
クスリを買うために売りをやってる少女と少し話し込んだ
だらしない服の着方をして髪もぼさぼさだったけど
そんな自分をきっちり理解しているという点で
そこいらの連中よりはよっぽどまともだった


「死んでるみたいに生きるくらいなら楽しく死んでったほうがいい」
彼女はそう言ってくねくねと腰を振った
俺が感じ入って拍手をすると
初めはからかわれてるのかと訝ったようだったが
俺が短く称賛するとにっこりと笑った


捨ててすっきりすることが豊かな人生のコツなら
彼女のような人生は表彰されたって良い
飛ばし過ぎて死んじまう連中もまた同じさ、どこが違うと言うのかね
生まれてこのかたその手にしてきたものを後生大事に抱えて続けてこそじゃないか
遊びと無駄に囲まれながら少しずつ拾い上げるのさ、それが本当は人生ってもんなんだ


誰にともなく能書きを垂れながら歩いていると
東の空が貧血のような白さに染まり始める
忘れていたはずの朝がまた始まる
まともな連中がまともな人生のために蠢きだす
そいつらがまともな狂気を生み出し続けている


街外れまで行って使われなくなった古い道を歩こう
草にまみれたアスファルトの亀裂を
物語をなぞるように読みながら
歩けるところまで歩いてみるのも一興じゃないかね
俺みたいな人間にはそんなのがお似合いなのさ














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