2016/6/24

嗜好は変化しない  













化石の埋もれる地下の回廊のひと隅の寝台の上で太鼓の記憶を移植されたような目覚め、血流はゆっくりと流れ、そのうねりが内耳の奥でうっすらと轟いている、そんな目覚めだった、時は気化しない雨粒のように降り積もり、巨大な集合に変化していく、一面にモザイクタイルがちりばめられた断崖の壁面のように、三次元の限界に挑むみたいに、その澱みない蓄積の感触の中で朝はプレスされて、意識は厚さ数ミリの布切れになって漂う、それは回転体となって行きつくあてのない独り言のような風切り音を立てている、習慣的に流し込まれたトーストが疎ましげな目つきをして胃袋へと緩慢な落下を続けながら、小麦のころの記憶を弄っている、トーチカの裏側で散乱している兵士の死体のような埃が咽喉の内側を突き何度も乾いた咳をする、そんな咳を続けているといつか、なにもかもを取り違えて生まれてきたオオトカゲであるかのような錯覚にとらわれて舌を伸ばしてみる、なにかを捕らえられるほど長く伸びたりはしない、また、粘度の高い唾液もそこに付着してはいない、いいかい、気の迷いだ、もうそれ以上そのことを気にすることはない、取るに足らない錯覚だ、なによりこの検証そのものが人間じみて理屈っぽい、そんな風に結論を求めるオオトカゲなど存在しない、もっともオオトカゲのようなものの考え方をする人間は腐るほど居るけれども、どちらにしてもお前に関係のあることじゃない、思考の隅へ追いやって差し支えない、雨の日には体内で何かが穏やかに咆哮し続けているような気がする、太陽を焦がれて駄々をこねるみたいなそんな声を上げている気がする、頭の中で梅雨前線を捻り潰す、もちろん現実的な効果などあるわけがない、でも現実的な効果だけが精神や肉体にとって効果的だというわけでもない、インストルメンタルが流れている、言葉を必要としない、それは仮眠のような瞬間でもある、いつまでも留まることは出来ないという意味でも、放っておくと眼球はいつでもワーズ・オブ・ワンダーをスコープに捕らえようとし続けてしまう、頭を殴りつけて気絶させておくしかない時もある、アタッチメントを必要としない欲望は際限なく昂り続けてしまう、起きている間閉じたままになることはないまぶた、力を抜くにはちょっとしたコツがいる、昨夜のメイン道路に散らばっていた車の破片、十代の男と女が徹底的に死んだと聞いた、あれは何かの用事で電話をしてきた友達のネタだったな、携帯電話のアドレスはここ十年更新されていない、注意深く漁れば削除すべき何件かは見つかるかもしれないが、そんなことが気にかかる瞬間など人生にはほとんどない、例えば眠れない夜などに気まぐれに行われたりするものだ、どうだってかまわない、そういえば昨日何故あいつは電話をかけてきたんだっけ?数年ぶりの電話だった、そんな電話をしてくるくらいだから余程の用事があったに違いないのだけど(少なくともそいつにとってはそれなりの要件だったはずだ)、まるでそれについては思い出せない、きっと、徹底的な死について考え過ぎたせいだ、徹底的に死んだ魂は、肉体を離れたあとどんなことを考えるのだろう?(ああ、これは無理だ、もう絶対に生き返れないのだ)と納得しそうな気がする、それは幸せなことなのかもしれない、なまじ穏やかな顔で逝ってしまうよりはずっといいのかもしれない、だけどそんなものは自分で選択したり出来るものじゃない、死ぬほどの怪我をしても生き返って来るヤツも居る、かすり傷も残らないような暢気なことで、あっけなく死んでしまうヤツも居る、「人間は頑丈なのか脆いのか判らなくなりました」世界一間抜けな詩人の言葉だ、あいつが本当に言葉を発した時俺は笑っちまった、それで電話の要件は何だった?そのことはやっぱり思い出せない、結局俺にとってそれは必要なものではなかったのだろう、正直ヤツの声さえいまでは曖昧なものだ、雨の音はいつの間にか聞こえなくなっていた、肉体の中で吠えていたなにかも声を潜めた、インストルメンタルの時間はおしまいだ、俺が求めていることのほとんどはビートなのだ。













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2016/6/20

誰かが降り続ける  














都市を横に連ねたような貨物列車が駆け抜けたあとに
鳥のエサほどに分けられた轢死体ひとつ
十六の少女、と夕方のニュースが声をひそめて告げた
そんな歳で絶望なんか本当は出来るはずもないのに


とある田舎の集落では九十を過ぎた爺が
数日行方知れずになった挙句用水路の中で見つかった
迂闊に死んだのか殺されたのか誰にも判らなかった
ボケ始めていた本人にすらおそらく判らなかっただろう
面倒のかからないほうの結論に落ち着いて送られた


またある郊外の高級住宅の中ではマリッジ・ブルーをこじらせた若い母親が
「悪魔が憑いてる」と叫んで新鮮な我が子を調理して食した
「母親としての直観だった、いまでも間違ったことをしたとは思っていない」と彼女は語った
自分に憑いた悪魔のことには気づけなかったらしい


またとある国…いまでは義務を果たす以外になんの価値もなくなったとある国では
十七の女がこれまでに読んだ詩集のすべてを踏み台にして
首を吊って人生をキャンセルしたか
キャンセルの負債はすべて残された家族が背負った
彼女は満面の笑みを浮かべたまま窒息していて
「世界一チャーミングな自殺死体」と呼ばれてインターネットのトピックになった
数週間ほどして彼女に憧れた男子高校生が
同じような演出を施して自死を敢行したが
到底彼女のレベルには至らなかった
こちら側には関係のないことだが死に方にもしもランクがあるとしたなら
彼女は今頃天国でくつろいでいるかもしれない


これはまったく公にはなっていない話だが
俺の知ってるとある工場じゃ人ひとり巻き込んだ機械がいまでも稼働してる
そいつは子煩悩な若い父親だったらしいが
帰りのタイムカードを押して駐車場に愛車を残したまま行方不明ってことになってるってさ
なんでも工場のボスと警察の上の方が仲良しで
十何年も前から「そういうこと」で落ち着く手はずになってるってさ


倒れて、倒れて、倒れまくった、物語にすらならなかったやつら、世界のどこかで、街のどこかで、通りの向こう側で、生き残った誰かが逝っちまった誰かの死体に自分勝手な名札をつけてる、目に見える死を惜しみ、見えない死のことは考えないまま、誰だって同じさ、どれだって同じさ、よくあることさ、珍しくなんかないさ…生きてる限り誰にでも訪れること、自慢げに吹聴なんかするのはやめておけ、べつに珍しいことなんかじゃない、ただそれぞれがそれぞれを生きて死んでいくだけのことさ


昼下がりの公園で、安いパンと缶コーヒーを飲んでいる、ベンチに腰を掛けて…どんよりと曇った雨の隙間、耳の中ではサード・ワールドのプリミティブなリズム、木々のにおい、そいつらが蓄えた雨粒が土の上に静かに着地する音たち、心の中にあるものをよくある言葉に置き換えることなんてとっくにやめた、嘘の単純明快よりリアルな無理難題がいい、子供の時からいつか死に至ることを考えていた、それは凄く近く感じることもあったし、とても先のことに感じることもあった、一度は、そう、かなり近くで寄り添うように歩いていたこともあったかもしれない、だけどそんなことはどうでもいいことだ、誰がある日どうなるかなんて誰にも判ることじゃない、そして、誰かが居なくなったからって流行歌みたいに生きていけなくなるわけじゃない、なにもかもなくなるまでは終わりようがない、生がある限りは貪欲で構わない、それが欲望でも煩悩でも…なんだっていい、エネルギーになるものが正しい、エネルギーを信じろ、美しい言葉に耳を貸すな、純粋なんて生きていく役には立たない、純粋に限ったことじゃない、すべてを生きなければ、すべてを知ることは出来ない…


簡素な昼食はボディ・ブローのあとのような痛みを残しながら胃袋へと落ちていく、腕時計は自由時間の終わりが近くなったことを告げている、珍しいことじゃない、そんな中で、とても無視出来ないいくつかのもののために、汚れた食いものを今日も消化している、ほんの一瞬だけ太陽が覗く、アスファルトの上でまだ転がってる雨粒が、割れたガラスのようにキラキラとその光を打ち返している、なにも始まりはしない、だが、それでなにかが終わってしまうわけでもない、手をかざして太陽を避けながら歩く、午後にはまた雨が降り始めると小さな電化店の店頭のラジオが面倒臭そうに呟いている、ほこりまみれの水が気化するときの臭いがする。


















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2016/6/7

yield  

















結晶を模写したような細工の窓ガラスの粒を数えていたら一日が終わる
口述筆記のような違和感が生じる近しい過去には
巨大な生物のあばら骨が空から落ちてくるなにかを受けとめようとしているみたいな
半永久的な空虚がぎちぎちに詰め込まれていた
だから
喉の渇きを潤すはずのミネラルウォーターは
胃袋ではない得体の知れないどこかへと染み込んでいく
喉を鳴らしながら飲み込むときに欲していたものは
染み込んだ水の行先だったのかもしれない


眠れない夜には昼のように過ごすのが一番いい
次の日のことなど考えてはいけない
無理に横になったりしても矛盾といらだちが生じるだけだ
好きにしていい時間になにかにとらわれてはいけない
こうすべきと決められていることがなにもない時間などに
肉体の中心にあるものが求めているのは
テンプレートに従って進行していくような事柄ではない
夢を見ることにこだわっていてもなにも見ることは出来ない


雨音に隠れている、表通りを走り去る車のエンジンの音に隠れている、強い風が建物を揺らす音に隠れている、すべての振動に隠れている、すべての現象に隠れている、すべての呼吸に、すべての気まぐれに…我々が本当に求めているものの姿が、隠れてほくそ笑んでいる、我々の不自由さを


天国は美しいと誰かが言った
地獄は恐ろしいと誰かが言った
現実はそこへ続く旅であり
いずれ魂になってそこへ還るのだと
まどろっこしい話だ
生きてるうちに天国に行かせろ


時々、真夜中にすべての音を排除して、背もたれに身体を預けて暗闇に紛れ込む
そうすると世界のすべてが知らん顔をしている
目を閉じるととち狂った死の中に溺れているような気分になる
俺はどんなもののことも知らない
知ることがないように努めてきた
俺はいつだって利口な阿呆であり
それだから足枷の存在を感じない
観念的な血飛沫が四方八方から自分を濡らすのをほっぽり出された
ミストシャワーのように感じながら生きている
あの血渋木の向こうの誰かじゃなくてよかった
いつだってそんなことを思いながら


魂は肉体の死後、宙に浮かんで
自分の死後の一部始終を見ているらしい
俺はそれが本当であるといいのにと思う
俺は自分の死骸を見たい
だらしなく口を開けて死んでいる自分を目の当たりにしたそのとき
本当に笑うことが出来るだろう


レストランの廃墟の中に潜り込んで
狂ったように青い海を眺めていた
廃墟の中に居る人間は生きているだろうか
それが知りたくてがらんどうの入口をくぐるのだろう
感覚のすべてが失われたとき
俺は本当の詩を知ることが出来るだろう
朽ちかけたコンクリートの亀裂に
世界への手紙を差し入れる
それは誰も居なくなった未来へと届くだろう
ほっぽり出された記憶がからっ風に吹かれて転がって
煤けた地面の上でポエトリーリーディングのような摩擦音を立てるとき
俺は本当の話し相手を見つけるだろう


そうして目を開くと
カーテンの隙間から潜り込む
どこかの街灯の明かりすら目を焼くほどに痛い
すべての感覚を取り戻して顔を洗い
その時俺はどんなことを考えるのかと思う
それは始まりだろうか
それとも終わりだろうか
眼下に横たわった
間抜けな服を着た自分の死骸を見つめて
絶対的なさよならの清々しさを
どんなふうにして伝えようとするだろうか


死体は
誰の目にも止まらない野っ原へ放り出してくれ
腐り、溶け、食われ、洗われ
あばら骨が天空になにかをねだり始めるその時が来るまで
俺は眺めている、身じろぎもせずに


白骨は欲望の枯れ木だ
寝床とラップトップをどこかへ押しやって
綴ったことのないうたが隠れている物置を覗いてみよう



















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