2016/7/24

あの日の夏の蒸発  










崩落した道を見下ろす
堤防に身体を預けて
夏からの束の間の避難訓練


午後の約束は先延ばしになって
それ以外の予定もなくって
戻ることも出来たけれど
久しぶりにコーラが飲みたくなって


潰れたコンビニの駐車場で
二〇一六年の缶コーラ
あの頃みたいに喉を鳴らして
ひと息に飲みほすことは出来なかった
あの頃よりもずっと
カラカラに渇いていたのに


自販機の横では
「ハッピーで満たそう」と書かれた
フラッグが揺れている
潰れて一〇年は経つコンビニの入口で
強烈な太陽がいびつな影を作る


ふと、そう
堤防を降りると
幼いころによく遊んだ
海の家の廃墟があることを思い出す
この海が賑わっていたころ
ほんの少しだけやっていた海の家


堤防の危なっかしい狭く急な階段を
ゆっくりとゆっくりと降りると
時を閉じ込めた砂浜の景色
無性に叫びたくなる砂浜の照り返し


わたしは海の家を探して走った
靴に砂が注がれるのにも構わずに
記憶に残る岩のかたちを
懸命に思い出しながら
もしかしたら壊されているかもしれないと一瞬思ったけれど
なぜかいまもあるような気がした


ほんの少し砂浜に迫り出した岩を回り込むと
海の家はそこにあった
壁はほとんど落ちてしまっていて
屋根ももう危なっかしい状態だったけど


わたしは息を整えて
懐かしい入り口をくぐる
土間のところに放置された安っぽい丸椅子に座って
目を閉じると
どこかのアニメみたいに
幼い自分に会えるのかも、なんて
そんな気がしたけれど


捨てられた漫画雑誌や
男性週刊誌
あの頃判らなかったことが
忘れられた本棚にたくさん並んでいた
うす笑いを返せる程度には、わたしは大人になりました


よくある歌みたいに
思い出は
シーンで浮かんでは来ない
ときどき聞こえるラジオみたいに
ふと脳裏をよぎるだけ


ゆがんだ入り口のかたちに
切り取られた波打ち際が




わたしを
帰れなくさせるかもしれない








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2016/7/18

夜を千切り、張り付ける、呆然とした画用紙の上に。  











首を幾度か右に左に旋回させて通電を試みるも、精神はどこか奥深くへ潜り込んでいた、日付変更線を少し過ぎたあたり、床に突き立った一本の小枝だった、これはなにかの目印だろうか、それともどこかから投げ出されて、ただここにあるだけのものか?答えなどどちらでもよかった、思考が可能かどうか確かめただけ、ただそれだけ


首筋に溜まった汗を拭うと今日が鱗のように剥がれ落ちて行方不明になる、きっと果てしなく時間が過ぎた後に干からびて見つかるだろう、真実なんてたいていそういう形でしか認識出来ないとしたものだ、隣の空地におかしな鳴き方をする子猫が数日前からずっと居て、窓辺に居る限りそいつのことを気にする羽目になる、おおかた酔っ払いにちょっかいを出して、蹴飛ばされて喉でも痛めたのだろう、傷は癒えるかもしれないがあの鳴き声はもとには戻らないのかもしれないというくらいの予感を秘めている


幾度も水を飲み、いくつかの飴を舐めた、飽きてしまった頃にすべては始まる、渇きは、穏やかな時間にこそ始まる、渇きは、終始なにかを囁き続けている、確かに言葉を話しているのに、それはなにひとつまともな意味を持って聞こえることはない、耳を澄ますこともいつしかやめてしまった、知る必要のないことなどこの世界にはごまんとある、取捨選択が出来なければ認識にもボロが出る―海岸で貝殻をひとつだけ掘り出して、「この海には○○貝が居る」と言ったところでそれは取るに足らない真実に過ぎない、一円玉や、十円玉の価値と同じようなものだ


時間の流れ方はほかのどんなものとも違う、水とも、風とも、雨とも、それには抑揚がないし、刻みがない、だから二十四時間というものには不自然さしか感じない、今日が三十時間あって、明日が十八時間でも別に構わない…判りやすく例えるとすれば、だ―約束を別にすれば、文字盤になどなんの意味もない、あらかじめ定められたしきたりを受け入れたうえで、それの逆を取って見せるだけなんて陳腐に過ぎる、時間などないと言っているのではない、それはただの時間であればいいと言っているんだ


ひび割れてしまった小皿を窓辺に飾る癖がついた、それらは太陽と埃だけを乗せてじっとしている、でもなにか、ほっとしているように見えることもある、考えようによっては、皿というのは汚れ仕事だ、毎日毎日食いものや調味料を乗せられて、時には全部を食われることもなく、中途半端な重さを抱えて台所で処理され、いろいろな匂いのする洗剤で洗われ、時には落下して命を失うこともある―しいて言うなら窓辺に居るこいつらは退役軍人のようなものだ、彼らはいつでも戦いの中にいた、厳しく、頻繁に起こる逃げられない戦いの中に


いつだったか、使われなくなった親族の墓に、車に頸を引きつぶされた飼犬を埋葬しに行ったことがある、母親に連れられて、鬱蒼と木々の生い茂る山道を登って行った、しばらくの間…薄暗がりの中に、それほど広くない区切られた箇所があって、そこがお別れの場所だった、ごみ用のビニール袋に包まれて、あいつは土の中に消えて行った、賢いヤツだったのに、きっと車が速過ぎたのだろう、こんな風に思い出すのは初めてのことかもしれない、あれは小学校五年生くらいのことだっただろうか


木々の生い茂った、使われていない墓地、そこに眠る骨…それはまるで違うなにかを連想させた、それは例によって言語化されなかった、だけどおぼろげにその意味は…


眠ることが上手くない、子供のころからずっとだ、眠りはいつもなにかに妨げられる、陰鬱な夢だったり、天井裏を鼠が駆ける音だったり…だから眠りというのはそういうものだと思うようになった、そうするとそれはそれでいいというところに落ち着いた、それからはずっと、夜はこうしてとりとめのないことに思いを馳せる時間になった、そんなに悪くはないものだ


分断される眠りの中で見る夢はいくつもある、目覚めたときどれが現実なのかを即座に判断出来ないくらいに―でもそれは大したことじゃない、現実だってたまたま放り込まれた世界に過ぎないのだ、いくつもの独り言を残す、そこでなら少なくとも通り過ぎた真実に出会うことは出来るから。











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2016/7/6

island  













床に転がったおまえをどこに捨てよう
細かく切り刻んでビニル袋に詰めて
生ゴミの日にまとめて捨てよう
どこかから車を盗んできて
山の中まで連れてって埋めて捨てよう
それとも誰も来ない辺鄙な海岸に連れて行き
ガソリンをかけて燃やして捨てよう

アルコールは次の日まで一日中
喉の奥から嫌な臭いをたて続けた
視界は煙草の煙につつまれたみたいに
霞んでほとんどのものが見えなくなった
ディスプレイに映るものは見苦しい自尊心ばかりで
電源を落とすとファンが妙な音をたてた

どこへ捨てよう

夜の夜中、童歌がずっと
窓の外でこだましていて
大人とも子供とも判別のつかないその声は
奇妙な抑揚を延々と震わせていた
うたの始まりは何だったのか
それは祈りのようなものではなかったか

油虫が壁を這う、新聞を丸めて叩き落して
仰向けになったところを踏み潰す
内臓が痛むような音がして
足の裏に潰れた黒いトマト
カサカサとした忌々しい生の終わりを
ティッシュペーパーで拭いて丸めて

捨てる

売春婦たちはいつでも
トロトロになっているような声を出しているが
寝床に入るとあらぬ方を見て
忘れたもののことばかりを考えている
往生際の悪い谷底で
どこかの馬の骨の悪臭が出口を探している
さよなら、前奏だけがおまえのすべてだった

雪平鍋の中でおまえの置手紙が
コトコトと煮込まれている
鰹節の匂いは穏やかな気分にさせるが
なにかしらの解決をも生むことは出来なかった
焜炉で鍋底を淫猥に撫でる火を見ながら思う
あれをいつか食むときが来るだろうか
街なかの獣のように腹は呻いているが…

零時

脳味噌はあの鍋のように炙られているようで
グツグツと煮えたぎり吹きこぼれている
汗が滲んでシャツをへばりつかせ
愚かな暮らしに磔の七月
祈るものは誰も居ない、願うものは腐るほども居るのに
こんな夜の希望は光を求めないのだ、ごらん
月さえも茹だるような空の中で
灰色に色を変えている

爆竹が破裂する!そこら中で!
火薬の臭いが充満していて
目から涙がとめどなく流れる
あーあ、あーあ、赤子が泣いてる気がする
母親なんぞとうの昔に居なくなってしまった
おまえはそれでも乳を欲しがるというのかね

どこへ捨てよう

ダストシュートに五才、ボイラー室に八才
天井裏に十二才の少女
冷たくなって青白くなって
甘酸っぱいにおいを放ち続けている
時々ほんのり涼しい雨の夜にはひとりずつ降りてきて
売春婦よりはずっとマシな手口を曝け出す
お駄賃も欲しがらない

夢はいつでもぬるぬると動く虫に彩られていて
ノクターンのリズムで躯が飲み込まれていく
あああ、あああ、あああ、悲鳴のような、赤子の泣声のような
あの声はおまえらの体が擦れ合う音なのか
盆が近いのに大人しく出来ないのか
おまえたちがいつまでも道を覆い隠していると
戻って来た亡者たちが行く先を忘れてしまう



上手く切り離せず、ぬるぬるとした
妙な色の液ばかりがそこらに流れ出して
力を込めた手は滑り手のひらをすっぱりと
いつのまにこんなに血まみれになることを忘れたのか
健忘症のように刃を見つめたままぼうっとしている
カチコチと鳴るのは柱時計ではない
上手く合わせられぬこのおれの歯の根の音だろう

どこにも捨てられない

床に転がったおまえは夏よりは冷たく
寒くもないのにおれは震えている
血はとめどなく溢れ来る、おお
床は精巧な絵地図のようだ
二人で粘りつく旅に出よう
旅券を手に入れさえすればそれでいい
漁師に握らせれば船を出してくれるだろう

おれとおまえは無人島に流れ着いて
聖書のような暮らしを始めるだろう
おれたちのことを忘れられないように
ともだち連中に手紙を書こうよ
ああ、そうだね、丁寧に詳しく
美しい景色のように綴ろう
指の震えさえとまればね
指の震えさえとまれば…














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