2017/3/28

本当じゃない限り出来事のすべては簡単なことなんだ  












俺の脳天に風穴がふたつあいている、ひとつは自分でどうにか出来る、もうひとつは自分じゃどうにもならない、その穴はお前にどうにかして欲しい、そいつは俺にはどうすることも出来ない穴なんだ、俺に通ずるお前の在り方でこの穴を塞いで欲しい、俺にとって一番厄介なのはあらゆる意味でそいつなんだ…


年代物のモルタルの亀裂に囚われながら数日が過ぎていた、パソコンのディスプレイには拳銃自殺を全世界へ配信した十代の女の死にざま、そいつがリピート再生されている、もちろん、そんなものにたいした効果なんかありはしない、慢性的なショックをごまかすために即効性のショックがあるといいかもなと思っただけさ…女は何度も潤んだ瞳で笑いかけ、拳銃をこめかみに当て、引金をひき、うなだれて動かなくなる、薄い銅線みたいな色の髪が赤すぎる赤に染まってゆく…朝から何度繰り返されたことだろう?ある意味で彼女は、永遠に生き続けることに成功したのだ…なんて、童貞の坊やが大真面目に言いそうなフレーズすら俺は思い浮かべる、俺はおかしくてしょうがないのにクスリともしないで忙しく生きては死に、死んでは生きる女を眺め続けている、正午を少し過ぎたところで、食卓には何かを食べた皿が残っている…ケチャップをなぞったあとがあるから、たぶんそうなんだ―俺は女の髪が汚れていくのを惜しいと思う、ホントだぜ?朝から何度もそう思ったんだ、俺、そういう色の髪、大好きなんだぜ、だってあまり、人間を感じさせないじゃないか…


夕刻になると動画を止めてパソコンを閉じ、肉切場のようなバスルームでシャワーを浴びる、浴びながら、脳天の風穴に38℃のシャワーが雪崩れ込んで、俺の脳味噌を欠片も残さず排水口へと流してくれればいいのにと考える、俺の頭は抜殻になって、誰かがいつか見つけてくれるまでここでシャワーを浴びてふやけていくのさ―排水口に流れ込んだ俺の脳味噌は、この世で最も薄汚れた世界の中で覚醒する、そうして、下水溝に響き渡る大声でこう叫ぶのさ―

「簡単なことだったぜ!頭なんかさっさと抜け出しちまえば良かったんだ‼」

俺はシャワーの湯を止める、湯気を上げる身体をバスタオルで包み、窓の外を静かに塗り潰そうとしている夜のことを考え始めている―



俺の脳天に風穴がふたつあいている、ひとつは自分でどうにか出来る、もうひとつは自分じゃどうにもならない、その穴はお前にどうにかして欲しい、なあ俺、本気でそう思ってるんだぜ……









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2017/3/26

開かれた牢獄の中でみんな目的だけが未来だと考えながら生きている  















きみはずっとあるドアの鍵穴に鍵を差し込んでドアを開けようとしている、まるで、鍵を持っていることでそのドアに関するすべての権利を所持していると考えているみたいだ。確かにそれはある程度までは正しい認識だろう、でもそれは決して絶対的な権利ではない、確かに、あるドアの鍵を所持しているということは、そのドアに関するほとんどの権利を所持しているということにはなる、でもそれは決して絶対的な権利ではない、そのドアがきみの思っているものとまるで違うものになってしまった場合、きみはそのドアに関するある程度の権利を所持していたというだけのものになる。たとえばドアの鍵が何者かによって取り換えられてしまった場合。たとえば、歪みや劣化によってドアとして機能しなくなってしまったという場合。まさにきみがいまイライラしながら開けようと試みているドアは、そんなふうにもうすっかり駄目になってしまって、この先どんな手を講じたとしてももう二度と内にも外にも開くことはない、そういうドアだ。ぼくはそのドアがどういう状態なのかをきみに教えてやろうと思いながらきみが差し込んだ鍵をガチャガチャ言わせたりノブを乱暴に押したり引いたりするのを眺めている。人は、鍵を持っているというだけでどうして必ずドアが開くことを無条件で信じてしまっているのだろうと考えながら。ときには、鍵だと言って手渡されたものが本当は鍵でもなんでもなかった、なんてことだってきっとあるに違いないのに。そうさ、情報やプロセスを無暗に信じてしまう人間は、そうじゃない場合があるなんてことについて一度も思いを巡らせたことがないんだ。きみ、鍵を捨てろよ。そのドアはもうすっかり壊れてしまっていて、もう二度と開かれることがないドアなんだよ、ぼくはさっきからそう教えてあげられるチャンスをみつけようと愚かしく奮闘するきみのことを眺めている、でもそれにはもう少し待たないといけないだろう。いまのきみはとても躍起になってそれを開けようとしているので、ぼくの言葉などきにも止めやしないだろう。もしかしたらドアのことにばかり神経が行ってしまって、ぼくが話しかけたことにすら気づかないかもしれない。きっとそういう結果になるだろうな、とぼくは思う。そういう人たちをこれまでにも結構たくさん見てきたからだ。それはもう、ウンザリするくらい―だからぼくはおそらくはもうしばらく、そうしてきみのことをずっと眺めていなければいけないだろう。ときには少し、面倒くさいな、なんて考えながら。こんなこと言ったってきっとだれにも伝わらないだろうとは思うけれど、そういうのって本当にウンザリするほど嫌な時間なんだ、だけど、諦めて漫画を読んだり、やれやれと首を横に振りながらそこを立ち去ったりするわけにもいかないんだ、だってきみが、もしかしたらある瞬間に自分がしていることに疑問を持つかもしれないじゃないか。(おれはこんなに長い時間、このドアの前でなにをしているんだろう?もしかしたらこのドアは、もうおれの持っているドアでは開けられないドアなんじゃないだろうか―?)なんて、そんなふうにきみが考える瞬間が、この先のどこかで訪れるかもしれないじゃないか?そうだよ、きみ、このドアはもうドアとして機能することはないんだ、完全に死んでしまってるんだよ。だからきみ、その鍵を捨てて、どんなことをすればそのドアを開けることの代わりになるのかというところを考えてみるんだ―ぼくは凄く心を込めてきみにそう言ってやるつもりだ。でもきみにはいまのところそんなことを考える余裕はなさそうだ。悪霊にとり憑かれたみたいに血走った目でドアを鳴らし続けている。ぼくは欠伸をこらえながらそんなきみを眺めている。そうして時間だけが滞ることなくどんどんと流れていく。










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2017/3/23

哀れなAlley Cat  
















一匹の雄の野良猫が居た、根性も身なりも薄汚い野良猫であった。他人の捨てたものを漁らなければニャアと鳴くことすら出来ず、鳴いたところで短い、汚い声を上げる程度であった。その内容も、他の猫が聞けば失笑をもらすような、稚拙なものだった。そのくせ彼は尊大な態度で、近くを通りがかるお仲間に向かって偉そうに牙を剥いて見せるのだった。だが不思議なことに、「すぐにでも噛みついてやるぞ」といった顔をしている割には、彼の方から近寄ってくることは一度もない。尊大ではあるが勇敢ではないのだった。そんな有様だというのに彼はどういうわけか、「あいつは凄い猫だ」と周りに認めてもらいたかった。ろくに鳴き方も知らないのに口を閉じないのは、そういう理由からだった。おまけに猫にしては肉が付き過ぎていた。万が一本当に喧嘩になれば、鈍重ゆえにあっという間に首根っこを取られ、腸に詰まった糞を存分に垂れ流してしまうことだろう。それでもなにかしら違和感を覚える程度の頭はあるらしく、「俺は鳴き方もろくに知りはしないがそれでも鳴く権利はあるのだ」などと、妙な予防線を張りながら遠くから小石を投げるような真似をやり続けた。それはつまり、己の存在の不足分を後ろめたく思うような、小心なところがあるということを意味していた。彼はよく余所の猫が使った鳴き方を拝借して次の喧嘩の啖呵に使うようなところがあったが、およそ満足に使いきれてはいなかった。それが例えば人の使う言葉だとすれば、ひとつの文章からひとつふたつの言葉を抜き出すくらいの、お粗末な借用だった。おまけに解釈を間違えてしまっているので、それは結果的にまるで間違ったものになっているのだった。そう、語彙がなければたとえ言葉を拝借したとて、上手く使うことは出来ない。彼はそういうことを理解出来ないので、何度も同じ間違いを繰り返して、彼を面白がっている連中にさらに笑われるのだった。おまけになにか強迫観念に囚われてでもいるように、同じ境遇の野良どもを懸命に笑い飛ばすのだが、そこいらの連中をひとつ所に集めて眺めてみれば、当の彼が一番汚いだろうことは疑うべくもなかった。まったくの笑い話である。彼そのものがどこかの令嬢にでも見初められて陽の当たる窓辺で美しい毛並みをなびかせながら他の連中を見下ろしているならともかく(もっとも実際にそんな暮らしをしている連中は、野良がどうしているかなんて目にも留めないかもしれない)、同じところで日々を過ごしているのだから。彼が尊大な態度で、あちらこちらから拝借した鳴き方で汚い声を上げるたびに、「やれやれ」と他の野良どもは苦笑するのだった。少なくとも彼らは、野良なりにきちんと生きるための鳴き方も毛繕いも、自分で覚えてきたのだから。










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