2017/5/15

夏の亡霊  









紙パックの飲料水が路上で踏み潰されて幾何学的なかたちにねじけ刺さったままのストローから血を流す、きみのモカシンはそれを石かなにかのように避けて歩いて行く、あとに続くおれは植え込みに残る昨日の雨のにおいを嗅ぎながらそいつを、だれも踏みつけることがない場所まで押しやる、スリップオンの外側で…アーケードの周辺で人々が激しくうごめき始めて、昨夜から寝ていないタクシー・ドライバーが何度もクラクションを鳴らす、野良猫が二匹、じゃれながらそのそばを走り抜けていく、アナログ・カメラがフィルムを巻き上げるような音を立てながら制服を着た自転車の学生たちが魚のように自由な軌道を描く、自由か、おれは彼らの背中を追いながら約束された自由の儚さについて考える、信号が青になるまでの間だけ―きみはいつでも特別な用事があるみたいに歩く、空をつんざくビルのなかでスケジュールを調整している秘書のような足取りだ、約束された自由、と限定された思考がリフレインする、人間を縛り付けるのはいつでもそいつ自身に違いない、時々強い風が吹いて、それが止むたびに温度が少し高くなる、おれはイラつき過ぎて穏やかにそいつを抱え込むくせがついた、きみは歩きながらおれがなにか声を発するのを待っている、でも今日のおれはそんな声なき期待に乗るような気分じゃない、昨夜は渇き過ぎた…窓の外では叩きつけるような雨があんなに降り続いていたというのに!はっきりと喪失が意識された動作だった、ただただあてのない放出があっただけの…踊るように歩いていた二人組の女子高生が素っ頓狂な声を上げて、そのあたりを歩いている何人かの連中が振り返る、その誰もが似たような寝ぼけ眼で―きっとどいつもこいつもこのあたりで働いている人間なんだろう、きみのモカシンが不意に進路を変えてその女子高生を捕らえる、すれ違いざまに巧妙に肘を背中に入れていく、いって、と女子高生は苦々しい顔をして振り返るが、誰がそんなことをしていったのか想像もつかない、おれは女子高生の、化粧だかウェザリングだか判らない顔をそれとなく眺めながら、我関せずといった態度で通り過ぎていく、背後で舌打ちが聞こえる、この街の悪意はいつも、顔が見えないところでだけよく聞こえる、それは、この街の幼さをよく現わしている、とおれは考えている、べつに、どこで発表する気もない話だが…おれはきみのモカシンを追いかける、いつだったか、きみの誕生日におれが贈ったものだ、おそらくはそれは、きみの最後の賭けなのだろう、おれはそのことに気づいているがやはりアクションを起こすことはしない、おれはきみのモカシンに追いつく、そうして、喉が渇いたからどこかでなにか飲もうと提案する、きみのモカシンは呆れたように少しの間立ち止まり、やがて諦めたようにおれに先を促す、おれは一番近くにある安っぽいチェーンのコーヒー・ショップを選ぶ、そうすることでメトロノームのようにあとをついて来る足音がなにかを察してくれればいいなと思いながら―おれの注文はすぐに終わる、おれの注文はいつでもすぐに終わる、おれが注文するものはいつでも決まっている―きみはしばらくレジスターの前で思案して、やがて口を開く、それだってほとんどの場合同じなのだ、ただきみは気に入らないのだ、おれがその店をチョイスしたことや、その店のシステムや、不確実なアンドロイドのような店員の声のトーンや、やたらに掃除された薄っぺらい背もたれなんかが…おれたちは飲物を持ってカウンターに隣り合って座る、おれたち以外の客は年寄りしか居ない、おれたちは黙ってそれぞれのオーダーを片付ける、空になったきみのミルクポーションの容器が軽い音を立てて床に転がる、きみは三度に一度は必ずそれを落とす、おれは無意識にそれを拾い上げてそれをカウンターに戻す、きみはこちらを見ることはないがおれがそうしていることは知っている、それからおれたちはどちらからともなく容器を捨てて店を出る、雲が減り始めた空はウンザリするくらい青い、歩き始めた足音はいつかまたシンクロするかもしれない、でもおれはすでに残像を追い始めている。












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