2017/7/17

思考は瓦礫の中で  















古いセメントの欠片からはみ出した鉄筋がねじ切られた肉体からぶら下がる大小さまざまな血管を連想させる白昼夢、うだる暑さの中で皮膚をなぞる汗の温度がそんなイマジネイションに奇妙な実感を加味する、街路樹のほんのわずか歩道より隆起した土の表面に小銭のようにばら撒かれた蝉の幼虫の殻、さなかの夏がいつの間にか終わりを迎えていることを耳打ちのように告げている、道の向こうに見える公園のベンチに横たわる死体のような老人、ままならない肉体組織のバグが彼をさらに逃げられないところまで追い込んでいる、古い住宅地に紛れ込むと閉じた商店の群れ、そのうちの二つのシャッターの内側で人死にが出ている、道端で呆けている退屈そうな連中に尋ねるとすぐに教えてくれる、たとえこちらに関心がまるでなかったとしてもだ、愛想笑いを何度かすることでそこからは離れることが出来る、ただ生体を維持してきただけの連中と長く関わるのは良いこととは言えない、感情は簡単に死に絶えてオリジナリティーはテンプレートに依存する、シールドのない宗教のようにそれは愚かで無害な連中を簡単に支配する、錆びついたグレーチングの上を歩くとスニーカーの底が摩擦で鳴く、それはまるで熱に悲鳴を上げているみたいに聞こえる、バケモノを芸術の域に仕立て上げた男が死んだってニュースで言ってた、歩いているとそいつが自分の友達だったみたいな気分になる、サーモスタット、世界に君臨している、公衆トイレで理由の判らない嘔吐をする、近頃改装されたその様相は美しいが煤けている、だってそうなんだ、そこは汚物が扱われるところだから、どんな洗剤を使っても、どんなに水を流してもそういったものは拭えることはない、パーソナリティが人間を支配するみたいにそれは煤けている、手洗いの蛇口から流れる水は数秒間は熱湯のように酷い、てめえの陰茎を撫でた指を洗うのも一苦労だ、濡れた石の匂い、なぜかそれは戦争を連想させる、近頃の連中は殊更に殺される可能性についてばかり話をする、殺す可能性については微塵も考えることはない、そんなやつらに戦争のことなんて一生分からない、誤解を恐れずに言えば、それは人生を理解しないのとほとんど同じことだ、銃火器を手にしなければ、刃物を手にしなければ、鈍器を手にしなければ、誰かのイデオロギーに乗っかって踊りさえしなければ罪を犯していないと考えるのは戦争を賛美するよりもずっと危険なことだ、それは一つの理性としてすでに死んでいる、個人であろうと団体であろうと、神を崇めていようと無宗派であろうと、その他のどんなイズムが人生に書き足されていようと、戦争は争いでありそれは例えば取るに足らない小競り合いであろうと例外ではない、連なって歩いてるやつらのどのくらいがそのことを理解しているのかは疑問だ、そしてそんなものよりも、少し汗を流さずに済むような場所が欲しい、イデオロギーが欲望に勝ることはない、イデオロギーを振り翳している連中を一目見ればそんなことはすぐに判る、テーマが設定されればその他のものはすべて見過ごしてしまうものだ、住宅街を通り抜け、繁華街へ出る、通りすがりに顔をじろじろ見ていくやつが居る、なにかしら突っつく材料を探しているのだ、すれちがいざまに下らないことを呟いて、それで何事かを成しとげた気になりたいのだ、それで、そんなことでそいつは満足するのだ、それは戦いですらない、闘志を装うだけの臆病者の手口だ、薄暗い本屋に潜り込んで目を細めながら背表紙を読んでいる、そうしているとようやく身体がまともな温度になる、先週まで狂ったように降っていた雨は水分の扱い方を忘れてしまったようだ、渇いた世界の中に居るとアメリカの音楽が聞こえてくる、財布から一枚札を抜き取って雑誌を二冊買う、それをいつ読むのかは分からない、読まないかもしれない、でもそのときそれは絶対に必要なものなのだ、重くなった鞄を肩にかけ直して外に出る、連休の街は申し訳程度に賑わっている、この街がもう一度力を取り戻すことなんてない、それは外から来る連中に委ねられている、懐かしいが様変わりした通りを歩きながらふと、身体にぴったりなシャツを着た子供のころの自分自身が、怯えたように辺りを見回しながら向こうから歩いて来るみたいな気がして少しの間立ち止まった、潰れた洋服屋のシャッターの前で目線の定まらない男が立ち小便をしている、そいつを的確に評価するのはいつだって数人の女子高生の塊だ、ほどなく物凄い怒号がこだまする、若い男だ、立ち小便を終えた男に怒鳴り散らしている、それは正義漢ではない、外気温は35度を超えているのだ。











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2017/7/3

そしてそれはどちらであればよかったのだろう(オリジナル・スープ)  















古いマンションの空き部屋のような一室におれの生首がびっしりと並べられていた、そいつらはみんな生きていて床の上で首の付け根で座り、血走った目を見開いてなにごとかを叫んでいた、おれははじめそいつらがなにを言っているのか聞き取ろうとしたが、それが騒々しい喃語のようなものだと気づいてからは注意することを止めた、やつらの見開かれた目は確かにおれをとらえてはいたが認識出来ているかどうかは疑問だった、その目のなかには驚くほどにどんな感情も見つけることは出来ずなぜ見開かれているのかまるで判らなかった、下手な蝉みたいな声が壁や窓を振動させるほどに反響していた、はじめ、その光景に狼狽えていたおれは次第にいらだちを覚えた、黙れよ、クソヤロウ、おれは口の中でそう呟いたがなんの意味もなかった、やつらは息継ぎさえしなかった、それはただ叫び声を垂れ流していた、きっと、首から下がないせいだ、とおれは思った、息を継ぐ必要などないのだ、これは叫びのように聞こえるが、叫んでいるみたいに見えるが、本当はきっともっと別のものなのだ、なにかしらおれの見当もつかない理由でこいつらは存在していて、血走っていて、叫んでいる、そして、おそらくその感情は空っぽなのだ、叫びが記録された五分程度のオートリバース・テープが再生されているのだ、それは不思議なほどアナログなイメージだった、それはきっと目の前のこいつらが表面上、人間の名残のような形をしているせいなのだろう、おれはなんとかしてこいつらの叫びを止めたかった、この部屋にどんな音も存在していない状態にしたかった、おれは自分の小煩い生首たちを転がしながらクローゼットに近付いて扉をスライドさせた、そこにも生首たちが群がっていた、隅の方にひときわそれが盛り上がっているところがあった、組体操のように重なり合い、積み上げられていた、それはテトラポッドのようでもあったし、昔どこかで見たホラー映画に出てくる怪物にもよく似ていた、その(文字通りの)首塚を突き崩すと、あらわになったクローゼットの床に転がっていたのは硬質ゴム製のハンマーだった、杭が打てそうなほどにでかいやつだった、生首共はそれを手にしたおれに抗議の声を上げるようにさらに激しく喚き始めた、それはおれをよりいらだたせたし、一層増した騒々しさは「殺さないでくれ」という懇願のように思えた、おれはやつらよりもでかい声で喚きながら(もちろん息継ぎは必要だったが)ひとつひとつ潰していった、ハンマーの威力は絶大だった、やつらは動けなかったし、床にびっしりと座っていたので、目を閉じて振り下ろしたって確実に潰すことが出来た、程なく床は肉片と血液と体液と転がった眼球や歯でまみれ、それはまるでぶちまけた鍋料理のように見えた、素足だとひどく滑るので一度玄関に出てスリッパを見つけて履いた、それからまた生首を叩き潰した、カーテンすらない明るかった窓の外が完全に暗くなるころ、すべての生首を潰し終えた、ひどく息が切れていた、ハンマーをホウキのように扱って出来る限り床に散らばったものを部屋の端に追いやった、ひどく疲れていた、一刻もはやく眠りたかった、トウガラシのスープが一面に広がったような床のことも気にならなかった、ハンマーを投げ捨てて床に横になった、あっという間に眠りの中に落ちて行った、生温かい血液の湖の中で背泳をし続ける夢を見た、心地良い夢だった、いつまでもそこで泳いでいたいとさえ思えた、でもその夢はすぐに覚めた、激しく鳴らされるドアのチャイムの音で…おれは身体を起こし玄関のロックを外しドアを開けた、怯えた顔のマンションの大家といかつい顔の警官がぬっと首を突っ込んできた、「ひどく暴れているという通報がありまして」おれは警官がなにを言っているのかよく理解出来なかった、だから「寝てた」とだけ答えた、「ずっと寝ていましたか?どのくらい前からですか?」「よくわからない、生首をたくさん叩き潰して…」「はい?すみません、もう一度言っていただけます?」おれはどう説明したものかと玄関から部屋を振り返った、殺風景な部屋の床にはなにも見えなかった、ついさっきまで、真っ赤な湖の上で眠っていたというのに―おれは自分の衣服を確かめた、夕方にシャワーを浴びて着替えたままの状態だった、あれだけの血を吸い込んだ形跡などどこにもなかった、「ああ」とおれは思わずそう嘆いた、大家と警官は辛抱強く黙って待っていた、「夢を見ていたんだ」とおれは弁解した、「お騒がせして申し訳ない」そう言って頭を軽く下げた、ふたりはまるで納得していないようだったが、おれが口走った様々な言葉は、寝ぼけていたせいなのだろうというような結論を見出して去って行った、おれは玄関をロックし、部屋に戻り、床に腰を下ろした、夢だったのだろうか―脱力して、床に寝転がった、はやくから眠っていたのか?まるで思い出せなかった、やつらの叫び声がまた、耳の奥で反響した気がした。












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