2017/7/3

そしてそれはどちらであればよかったのだろう(オリジナル・スープ)  















古いマンションの空き部屋のような一室におれの生首がびっしりと並べられていた、そいつらはみんな生きていて床の上で首の付け根で座り、血走った目を見開いてなにごとかを叫んでいた、おれははじめそいつらがなにを言っているのか聞き取ろうとしたが、それが騒々しい喃語のようなものだと気づいてからは注意することを止めた、やつらの見開かれた目は確かにおれをとらえてはいたが認識出来ているかどうかは疑問だった、その目のなかには驚くほどにどんな感情も見つけることは出来ずなぜ見開かれているのかまるで判らなかった、下手な蝉みたいな声が壁や窓を振動させるほどに反響していた、はじめ、その光景に狼狽えていたおれは次第にいらだちを覚えた、黙れよ、クソヤロウ、おれは口の中でそう呟いたがなんの意味もなかった、やつらは息継ぎさえしなかった、それはただ叫び声を垂れ流していた、きっと、首から下がないせいだ、とおれは思った、息を継ぐ必要などないのだ、これは叫びのように聞こえるが、叫んでいるみたいに見えるが、本当はきっともっと別のものなのだ、なにかしらおれの見当もつかない理由でこいつらは存在していて、血走っていて、叫んでいる、そして、おそらくその感情は空っぽなのだ、叫びが記録された五分程度のオートリバース・テープが再生されているのだ、それは不思議なほどアナログなイメージだった、それはきっと目の前のこいつらが表面上、人間の名残のような形をしているせいなのだろう、おれはなんとかしてこいつらの叫びを止めたかった、この部屋にどんな音も存在していない状態にしたかった、おれは自分の小煩い生首たちを転がしながらクローゼットに近付いて扉をスライドさせた、そこにも生首たちが群がっていた、隅の方にひときわそれが盛り上がっているところがあった、組体操のように重なり合い、積み上げられていた、それはテトラポッドのようでもあったし、昔どこかで見たホラー映画に出てくる怪物にもよく似ていた、その(文字通りの)首塚を突き崩すと、あらわになったクローゼットの床に転がっていたのは硬質ゴム製のハンマーだった、杭が打てそうなほどにでかいやつだった、生首共はそれを手にしたおれに抗議の声を上げるようにさらに激しく喚き始めた、それはおれをよりいらだたせたし、一層増した騒々しさは「殺さないでくれ」という懇願のように思えた、おれはやつらよりもでかい声で喚きながら(もちろん息継ぎは必要だったが)ひとつひとつ潰していった、ハンマーの威力は絶大だった、やつらは動けなかったし、床にびっしりと座っていたので、目を閉じて振り下ろしたって確実に潰すことが出来た、程なく床は肉片と血液と体液と転がった眼球や歯でまみれ、それはまるでぶちまけた鍋料理のように見えた、素足だとひどく滑るので一度玄関に出てスリッパを見つけて履いた、それからまた生首を叩き潰した、カーテンすらない明るかった窓の外が完全に暗くなるころ、すべての生首を潰し終えた、ひどく息が切れていた、ハンマーをホウキのように扱って出来る限り床に散らばったものを部屋の端に追いやった、ひどく疲れていた、一刻もはやく眠りたかった、トウガラシのスープが一面に広がったような床のことも気にならなかった、ハンマーを投げ捨てて床に横になった、あっという間に眠りの中に落ちて行った、生温かい血液の湖の中で背泳をし続ける夢を見た、心地良い夢だった、いつまでもそこで泳いでいたいとさえ思えた、でもその夢はすぐに覚めた、激しく鳴らされるドアのチャイムの音で…おれは身体を起こし玄関のロックを外しドアを開けた、怯えた顔のマンションの大家といかつい顔の警官がぬっと首を突っ込んできた、「ひどく暴れているという通報がありまして」おれは警官がなにを言っているのかよく理解出来なかった、だから「寝てた」とだけ答えた、「ずっと寝ていましたか?どのくらい前からですか?」「よくわからない、生首をたくさん叩き潰して…」「はい?すみません、もう一度言っていただけます?」おれはどう説明したものかと玄関から部屋を振り返った、殺風景な部屋の床にはなにも見えなかった、ついさっきまで、真っ赤な湖の上で眠っていたというのに―おれは自分の衣服を確かめた、夕方にシャワーを浴びて着替えたままの状態だった、あれだけの血を吸い込んだ形跡などどこにもなかった、「ああ」とおれは思わずそう嘆いた、大家と警官は辛抱強く黙って待っていた、「夢を見ていたんだ」とおれは弁解した、「お騒がせして申し訳ない」そう言って頭を軽く下げた、ふたりはまるで納得していないようだったが、おれが口走った様々な言葉は、寝ぼけていたせいなのだろうというような結論を見出して去って行った、おれは玄関をロックし、部屋に戻り、床に腰を下ろした、夢だったのだろうか―脱力して、床に寝転がった、はやくから眠っていたのか?まるで思い出せなかった、やつらの叫び声がまた、耳の奥で反響した気がした。












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