2017/9/30

メモリアル・ムーン  














ジョディ、おまえが産まれたのは
数十年に一度の月が太陽のように夜空で燃える
八月の終わりの夜だったね
いま、開け放たれた窓から見える月は
あのときのものほどではないがそれでも
やさしくこころを溶かすようなうつくしい満月だよ


あの夜、アニーはやつれた顔で
タオルにくるまれたおまえを抱いて微笑んでいた
産婆は疲れ果てて床に座り込んでいた
わたしは手持無沙汰で、だけど
おまえに出会えたよろこびにこころを躍らせていた
あれほどのひかりに満ちた夜は
後にも先にもただ一度きりだったよ


おまえが五歳のときにアニーは家を出て行った
まだ若かったわたしは自分の悲しみに手一杯で
おまえの無邪気さをすこし疎ましく感じていたかもしれない
ママがいないことの悲しみはおまえにももちろんあっただろうが
それはわたしが知っている悲しみとは違う種類のものだった
わたしは捨て犬のような気分で
おまえの食事をつくり
おまえとわたしの着ているものを洗った
妻だった女のクローゼットはどんなことがあっても開けなかった


おまえは信じられないほど元気な子で
頑なに髪を伸ばすことを拒んだから
ズボンを穿いて駆けまわっているとまるで男の子のようだった
学校でケンカをして男女構わずやっつけて呼び出されるたびに
「男手ひとつで育てているもので甘やかしすぎたかもしれません」
そんなことを言いながら教師や相手方の両親に頭を下げていたんだよ
でもわたしがそんなふうに言うと決まってかれらはわたしを気遣い始めて
しまいには「わたしらの子にも悪いところがあったかもしれませんから」なんて水に流してくれた
あのときはそれが正直さだと思ってそんなふうに詫びていたけれど
それはもしかしたらわたしの生来的なずるさだったのかもしれないね


おまえが髪を伸ばし始めたのは
ハイスクールに行きだしてからだったね
身体つきも少し女らしくなってきて
男の子みたいに怒鳴ることもなくなった
すこし頑固だったけれど素直ないい子だったよ
家事を手伝ってくれるようになって
おかげでわたしはずいぶんと楽をすることが出来るようになった


おまえが変わり始めたのは二年目の春からだった
綺麗なプラチナブロンドをおぞましい色に染めて
はしたない服を着て夜遅くまで出歩くようになった
「悪い連中と付き合っているようだ」と近所の奥さんに教えてもらった
何度も口論をしたね
おまえは一度も謝ろうとはしなかったし
わたしは一度もそれを許そうとはしなかった
わたしの心臓が悪くなってからは
おまえが帰って来るまで起きていることも出来なくなった
足枷のなくなったおまえは
さぞかし楽しい毎日を過ごしていたのだろうね
たまに家の中で顔を合わせても
おたがいに目すら合わしはしなかった
わたしは自分の部屋にこもって
ままならぬ身体を呪いながら
おまえが産まれた夜のアルバムをずっとめくっていた


同じ家の中でおたがいのことを知らぬまま
何年もの時が流れた
わたしは心臓の手術をすることになり
半年ほど家を空けた
おまえは一度も見舞いに来なかった
そもそもわたしも
どこの病院に行くのかすら教えてはいなかった


ある日、車椅子に乗って
検査を終えて病室へと戻るとき
産婦人科の待合に若い男と腰を下ろしているおまえを見かけた
おまえはずっとうなだれていて
時代遅れのテディ・ボーイみたいな恰好をした男は
脚を組んで退屈そうにずっとガムを噛んでいた
わたしはおまえに失望しながら車椅子を回した
病室までの廊下がとても長く感じた
わたしの一生がそこで終わるかと思えるほどに


家に戻って最初にしたのは
からの酒瓶まみれのキッチンを片付けることだった
すぐに息が切れて何度も休まなければならなかった
久しぶりにいえに戻ってすぐ
なぜこんなことをしなければならないのだ
わたしは怒りに打ち震えていた


それから数ヶ月は何も起こらなかった
わたしはつとめておまえのことを考えないようにしていたし
機械的におまえの散らかしたものを片付けるだけだった
だがある時酒瓶の下に
アルミ箔に包まれたドラッグを見つけたとき
わたしは悲しみの果てにあるもののことを知った


それは凶暴な感情だった


それからというものわたしは病院に通うついでに
いろいろなひとにおまえのことを聞いて回ったよ
おまえのことを尋ねるたびにみんなが
苦虫を噛み潰したような顔をして話し始めたんだ
わたしは絶望の中でかれらの話を聞いたよ
なかでもおまえが金を作るために
身体を売っているという話を聞いたときの気分といったらなかった
幼馴染のコニーがおまえに教えたんだってね
あのくだらない遊びについて
彼女はすでに償いを済ませたよ
材木置き場で頭を失くして
マネキンのように転がっている


おまえが産まれたのは
数十年に一度の月が太陽のように夜空で燃える
八月の終わりの夜だったね
いま、開け放たれた窓から見える月は
あのときのものほどではないがそれでも
やさしくこころを溶かすようなうつくしい満月だよ
青ざめたおまえの顔はわたしの膝にあり
おおきく開かれた目は叶わなかったいくつもの夢を見ている
おまえの顔を撃つことだけは出来なかった
心臓はすっかり失くなってしまったかもしれないが
こうしておまえを抱くのは何年ぶりのことだろう
なにが間違いだったのかもう判らない、判ったところでどうしようもない
わたしの血は決壊した堤防から溢れる水のように
血管の中で激しく暴れている
なのに額から流れるのは氷のような冷たい血だ
ずっと流れることがなくて胸の奥底で凝固した涙が
呼吸を奪おうとしているかのようだ
わたしはおまえのからだを苦労して起こし
寄り添うように壁にもたれたあと
まだ硝煙のにおいがする銃口を顎に押し当てる、アニー




アニー、もしかしたら
きみがいちばん正しい選択をしたのかもしれないね

















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2017/9/25

ソコラヘン  










そこらへんでいい連中が
そこらへんで手をうって
そこらへんで吹かし続ける
そこらへんの武勇伝
(ブユーデン、ブユーデン、レッツゴー)

誰かに言われた言葉を
誰かに教えられた道を
鵜呑みにしてまんま行って
始発駅が終着駅

口先でなんとかなる
慣れ合いでなんとかなる
みんなしてなんとかなる
御座なりで結局なっちまう

オリジナルなんて名前だけです
描かれた線をなぞるだけ
配られた紙をめくるだけ
指揮された歌をうたうだけ
青春を謳歌するだけ
適当に誰かと寝るだけ
まるで包装紙みたいな人生で
綺麗な折り目で満足です
肌がくたびれ始めるころにゃ
前途のあるやつ引っつかまえて
「人生ってそういうもの」なんて
猿でも出来るしたり顔
かがやく瞳をむしり取って
自分と同じ面の皮渡し
安心保証の人生
安心保証の人生
安心保証の人生
安心保証の人生

誰かがどこかで言ったことが常識になって、もしもそいつが目立つだけの救いようのない馬鹿なら、救いようのない馬鹿のポリシーがインフルエンザみたいに猛威を、猛威を奮って、中身のない連中がこぞって救いようのない馬鹿になる、グラビアの服をまんま着て、流行の映画を並んでみて、インタビューには「元気をもらいました」、カラオケに並んで、ポッキーみたいな量産型のラブソングを歌い、クソみたいな恋愛に溺れて、遊びまくっても純愛みたいな涙を流す、キャンユーセレブレイ?安心保証の人生、はみ出さない自分が誇らしいです、ハッハ!

誰かが掃除を止めたから
街が汚くなっただろ
誰かがポイ捨てやったから
みんなが捨て始めただろ
誰かが盗みをやったから
みんなが盗み始めた
誰かが覗きをしてるから
みんなで覗きだしただろ
誰もなんにもしていないのに
やったと言い張るやつも居るだろ
専用車両が欲しいなら
外に出るのなんかやめちまえ
人を殺してみたいなら
安易なやつで手を打つなよ、オイ

下手したら百年、百年背負わされる人生を、ブーム、ブームでムーブして、カナル型耳に突っ込んで過ごす、SNSでイイネが欲しくて崖から転落大爆笑、中洲で家族でバーベキューをしてダムの放流大爆笑、アルミ箔みたいなバンド野郎が浮気でタレント2、3人殺して「繊細なんです」大爆笑、余所のお国の凶事に日本でつるんでデモって大爆笑、誰かの御作に逆説唱えた批評家気取って大爆笑、猿でも出来るしたり顔、そこらへん祭大爆笑、社畜が宗教馬鹿にして、鼻息荒くて大爆笑

ヘイ!レディース、エンドジェントルマン、誇らしいかい
長いこと歩んできた道
自分じゃなくてもいいところで
自分じゃなくてもいい役割で
それなりに築いてきた歴史
その立ち位置が誇らしいかい
決め打ちの人生の結晶がそのバミリ
ただなぞってきた自分が本当に
そんな態度に相応しい人間だと思うかい
ヘーイ!レディース、エンドジェントルマン
休みの日にゃあ前の晩から飲みに出かけて午前様までだらしなく騒ぐのかい
昼頃起きたら玉打ちに行って
夕方遅くに家に帰って
代り映えのしない晩飯食って
同じテレビを観てうたた寝して
夜中にちょっと寝酒が過ぎて
短い眠りを貪るんだろ、凄いいびきをかきながらさ

あんたの誇りにゃあんたが居ない
世間の誇りにゃ世間しかない

そこらへんでいい連中が
そこらへんで手をうって
そこらへんで吹かし続ける
そこらへんの武勇伝
そこらへんで誰か抱いて
そこらへんでちょっともめて
そこらへんで感動して
そこらへんで慰め合って
そこらへんで舐め合って
そこらへんで落ち着いていく
そこらへんの店で買った服着て
そこらへんでウケてる本を読む
去年の世間のアイデンティティは
ブックオフに全部並んでるぜ

そこらへんでいい連中
そこらへんでいい連中
そこらへんでいい連中
そこらへんでいい連中

そこらへん
どこらへん?
わからへん
知りまへん

お前の顔なんて絶対にインスタ映えなんかしねえよ!








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2017/9/21

目論んでいたんだろう―陽の当たらない公園の一角で、ずっと。  

















ある曇りの日の朝、公園の隅に穿たれたモグラ穴のようなものの中でおびただしい数の蜂が転がっている、それはみんな死んでいて艶を失くしている、いくつかのものはすでに炭化を始めている、木々の側で―木陰で、おそらくはこの俺のようなもの好きしか気づかないような場所で、おびただしい数の蜂が―それにはなにか理由があるのかもしれないし、悪趣味な戯れに過ぎないのかもしれない、だけど、これほどの数を戯れで搔き集め、こんな場所にこんな風に埋葬するだろうか?そんな疑問を解けないことは初めから判っていた、それでも俺はそれを考えずにはいられなかった、穴の中に積み上げられた無数の蜂は、すべてが俺を見つめているみたいで―俺は手にしていたペットボトルの水をそいつらに振りかけた、半分以上残っていた、そいつを、全部―もちろんそんな行為に効果を期待してはいなかったし、たいして意味もなかったのだけれど、しいて言うなら、俺にはそいつらが水を求めているような気がした、ほんのわずかだけれどそんな気がしたんだ、そして、いま俺が彼らにしてやれることといえばたぶんそんなことぐらいだった、だから俺はそうした、空のボトルはすぐそばにあったごみ箱に捨てた―そんなとき突然雨が降り始める、始めはゆっくりと、それから強く―プログレッシブ・ロックのような緩急で―コンクリートの山腹に四つばかり穴が開いた遊具の中で雨宿りをすることにした、円弧の半分に沿うように座り、自分の膝を眺めながら雨の音を聞いていた、そんな風に雨宿りをするのは初めてだった、携帯のバッテリーはカラになっていた、だからただ、じっと―十分ほどそうしていただろうか、激しさを増した雨の中で違う音がしているのに気づいた、俺はじっくりと雨音に耳を傾けた、それが無数の蜂の羽音だと判るのにたいして時間はかからなかった、それが、本物の蜂ではないことはすぐに見当がついた、激しく雨が降り続けている中で蜂が群れて飛ぶことなどないだろうし―それがどういうものなのか、さっきまで公園の隅に居た俺に判らないはずはなかった、蜂の羽音は真っ直ぐに俺を目指して遊具の中に飛び込んできた、すぐそばで音はしているのに姿は見えなかった、羽音は俺の周りをしばらく飛び、それから耳の中に飛び込んできた、たくさんの羽音が俺の脳味噌の中で反響した、それを聞いていると俺はなんだか自分が自分ではないような、そんな気がしてくるのだった―そうして頭蓋骨の中で反響し続ける羽音を聞いていると、その音の向こうに、誰かが叫んでいるような声がしていた、俺は半ば操られているような感覚を覚えながらその声が聞こえる方に目をやった、そのとき、羽音は猛烈なモーターのように回転数を上げ、俺は脳味噌にたくさんの裂傷を受けたような気分になって頭を抱えた、そしてそれからなにも判らなくなった―身体が濡れて疲れている感覚に我に返ると、さっきまで雨宿りをしていた遊具の側に立っていた、足元にはスウェットの上下を身にまとった太った男が居た、それは一目で死んでいると判った、俺は迷わずに公園入口の公衆電話で警察に連絡した、待つ間遊具に戻って雨を凌いでいたが、すでに身体はびしょびしょに濡れていた―ほどなく警察と救急車がサイレンを鳴らしながらやって来た、俺はパトカーの中に誘導され、いくつかの質問に答えた、散歩でここに来てひと休みしてたら雨に遭って、遊具の中で雨宿りをしていた、そのうちにウトウトしてしまって、気づいたらここでこの男が死んでいた―本当のことを話すときっと信じてもらえないだろうと思った―警察官は時折うんうんと頷きながらボードに置いた紙になにかを書いていた、俺は、きっと疑われているんだろうなと思ったが、根気強く付き合うことにした―そのとき俺にはもうあらゆることが判っていた、おそらくここで死んでいた男が、あの蜂どもを搔き集めてあそこに捨てたんだろう、そして、蜂どもの霊はたまたま今日この場所にいたこの俺を利用して、この理不尽な死の制裁をあの太った男にくわえたに違いないだろうと…でもそれを目の前の警官にどんなふうに話せばいい?頭のおかしな人間だと思われるのがオチだ―とりあえずいいでしょう、と、警官は俺に微笑んで見せた、後日、改めてお話をうかがうかもしれません、と警官は言って、俺を自宅まで送ってくれた、シャワー浴び、ソファーにもたれていると、たくさんの羽音が俺の耳から飛び出してどこかへ消えて行った―窓から見える空は雨降りに飽きて新しい太陽をどこかから連れてこようとしている―。













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