2017/10/30

天国を待ちながら、だけどこの身体の居心地もまんざら捨てたもんじゃない  

















おれの周辺には
死刑囚の心情みたいな沈黙が堆積していた
それはぱっと見には
湧水のように床から滲み出たもののように見えたが
出処はそこではなく間違いなく余所にあった
マーク・ボランの
まるで酔っぱらっているような発声
こいつはまるで氷の下から叫んでいるようなボーカリストだ

大学ノートにのたうつ蛇みたいな詩の羅列
どうしてそれが書かれたのかは声に出してみなければわからない
おれは真夜中に
自分が生まれたわけを模索していく
アナログ・スタイルを模した往生際の悪いデジタル時計が
「誰もそんな時間に起きていようとはしていない」と
言葉を縫い付けるおれを小馬鹿にしている
窓の外は不自然に明るい
この窓には街灯が近過ぎるのだ

椅子に身体を預けて
目を開けたままとめどない夢を見る
おれはピッケルを手にして
途方もない氷山の頂上を目指している
大真面目に
温度が上がれば溶けてしまうようなものに
到達するような価値はあるだろうか
疑問符が拭えるわけではないが
だからといって足が止まるようなこともない
砕けた氷が風に乗って顔に降りかかる
それは脳まで入り込んでまだ生まれていない言葉に奇妙なアクセントを残す

ロックンロールが表現するものは本当に激しさだろうか
おれには哀しみのように思える
囁くようなジャズに殺意が隠れているように感じるのと同様に
意識的にゆっくりと瞬きをする
効果も知らないまじないを唱えるように何度も
いまだ首筋に絡みついたままのアドレセンスが
ほんの少しだけ呼吸を不完全にしているみたいな気がする
一日のいちばんなにもない時間が永遠に続くみたいに思えるとき
腐敗した思春期が左胸から剥がれ落ちる
萎れた花弁が茎からこぼれるように
それはどこかの洞穴のなかで聞こえるはるか先で起こった崩落のように
重くくぐもった響きを伴って足元に落ちる

アァ、イエー、イエー
シャウトするボーカリストとまぐわう二匹の蛇のようなギターソロ
音符を越えた音の連なりにこの限られた空間は切り刻まれていく
空間の裂傷は見えない血を吹き上げて
おれは騙されているような血塗れに仕立て上げられる
それはいったいどんなものの生命なのか
わからぬまま衣服は浸食されていく、そして、おそらくは
催眠によって起こる同調のようにその切り口の疼きを知っているおれの心情までもが

臨終の床で
「美しい人生だった」と目を潤ませながら成仏なんかしたくない
「タブレットを寄こせ、紙と鉛筆でもいい」と喚きながら
新しい一行を書きながらくたばりたい
いつからか汚すことがおれの業となったから
みじめに齧りつきながら息絶えたい
いつかには書くものすべてが遺書になればいいと思っていた
いまでは明日に続くセンテンスであればいいと思いながら書いている

長い時間をかけてたどり着いた氷山の頂上で疲れ果てたおれは居眠りをしてしまう
おれの体温で溶けた氷は垂直におれを飲み込んでいく
目覚めたときにはおれは氷山の腹のあたりにいて
果てしない頭上に穴が開いている
ピッケルは頂上に取り残されている、酷い話だ
氷山のなかにいるとあたりは白夜のように明るい
けっして届かぬ出口を見上げながら
こんな物語をむかし読んだことがあったなと思う
でもそれがなんというタイトルなのかまるで思い出せない
そんなにマイナーな作家の本じゃなかったはずだけど(やれやれ、とぼくは思う)
それからのときは早回しのように過ぎる
きっとどんな動きもそこには存在しないせいだ
明るすぎる朝と暗すぎる夜を何度見送っただろう
ある太陽が暑すぎた午後に
おれを孕んだ氷はゆっくりと溶け始める、このまますべてが溶けてしまったら、とおれは考える
膨大な水によって二度と帰れないところまで流されてしまうかもしれない、そんな恐怖が
じわじわと緩んでいく拘束によって押し寄せてくる
結論から言えばそれは取り越し苦労というやつで
少しずつ溶けていった氷にはそんな勢いはなく
おれはその場にぼつんと置きざられただけだった、あの瞬間の気持ちを
どんなふうに語ればいいだろう、あの瞬間の気持ちを
包まれたものが取り払われたときの
自由と絶望が高密度で絡み合った抽象画のような心を

窓の外の街灯がその夜の役目を終える
明けきらぬ朝が照らす窓はあの夢の景色によく似ている














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2017/10/15

ブリック・バイ・ブリック  













俺の細胞のひとつひとつには毒素があり、それが血に混じり体内組織を循環することで意味となる、通過した後の内壁は微量の劇薬に炙られたように荒れて、真白い泡を吹き上げる、それは流れに巻き込まれて同じように体内を巡り、到達した心臓の奥底で言葉へと変化する、脈動によって再び押し出され、感情のタイミングで発声器官から、あるいは指先から押し出される、録音機器によって記録され、あるいは、コンピューターのフォルダに押し込まれ、あるいは、ペンによって紙に書きつけられたそれは、たったひとつの言外の意味と変わり、導火線の先端のようなものになって浄化される…この一連の動作が綴られるのは往々にして真夜中に近い時間であり、日常的なすべての事柄が消化された時間であるということを証明している、ああほら、いつまでも眼下の界隈を楽し気に徘徊する連中のように、そんなけじめをつけられない人間にはなりたくない―もちろんこれは一方的なもの言いであり、彼らには彼らなりのけじめのつけかたというものがあるんだろう、あるいはああしてだらしなく話しながら歩いていることそれこそがそういうものなのかもしれない、ただ、もしそうだとしてもこの目に映るそれは、控え目に言って醜悪なものだと言わざるを得ない、その違いがどこにあるのかなどとくどくどと喋り倒すつもりはない、そういうのは二十代の同じような時間にウンザリするほどやり尽くした、そういう時が過ぎるとまともな人間は自分のことばかりを見るようになる、他人を介して己を騙ることに何の意味もないということに気づくからだ…俺は今朝妙に青味がかった夢を見た、だから始めは青い夢について書こうと思った、視覚的にそれはとても話しやすい出来事に思えたからだ、けれどそれは実際に書こうとするとひどく味気ないものに思えた、きっとあまりに視覚的に過ぎたせいなのかもしれない、イメージを通り過ぎるとただの映像になってしまう、たとえそれが非常に難解なアングラ映画のようなものであったとしてもだ、イメージをイメージのままに留めることだ、鮮明な映像になってしまってはいけない、画面に映し出された瞬間にすべてを語ってしまうようなものになってしまっては…それはもう現象ではなくなる、俺の言ってることがわかるか?現象のままに記録しなければならない、現象のままに羅列されなければならない、現象の先に行ってしまったらそれは嘘になる、綺麗に仕上げられた彫刻のようなものになる、それは、見えたものだけがベラベラと喋り続けるようなものになってしまう、俺がたくさんの言葉を使うのは、現象を現象のままにここに刻もうとするせいだ、それを思想化するつもりはない、それを系統づける気はない、そこに何らかの結論を用意するつもりはない、フィルムの一部分を切り取るみたいにそのまま差し出すだけだ、それはぱっと見ただけではどういうものなのかまるで理解出来ないかもしれない、何の意味もない、くだらない羅列に過ぎないかもしれない、だけど、いいかい、本当に何かを知ろうとするなら、見てるだけじゃ駄目だ、肘まで浸かるくらいに腕を突っ込んでみなくちゃいけないんだぜ、俺が言いたいのはいつだってそういうことなのさ、言葉それ自体が語るものはたった一つの意味だ、だけど、それが連なって文章となった時、たったひとつの言葉がいくつもの意味を持つことが出来るようになる―言葉なんてただの入口に過ぎない、言葉にすべてを託してしまうと、言葉以上の意味を持つことは出来ない、言葉の先へ行くために、言葉そのものの意味にこだわってはならない、それは思想をがんじがらめにする、縛り付けて、身動きを取れなくする、そうなってしまったら他のどんな意味も持つことは出来ない…思想じゃない、イメージだ、その時々のイメージの羅列なんだ、そこには現象としての血が通っている、言葉を磨き尽くした生花のような詩は、美しいけれど熱を持たない―野生の花を土ごと引っこ抜いて、それが生きている間だけのことを、それが語りかけてくるイメージを書きとっていくんだ、それは矛盾したっていい、意味が繋がらなくたって構わない、生命とは必ず矛盾するものだ、壊れることを恐れるな、それはすべての崩壊じゃない、たかだかひとつの法則の崩壊に過ぎない―ビルの解体現場を見たことがあるか?できれば爆破がいい、破壊されたビルの跡地に積もる瓦礫は新しい風景を描き出すだろう?そしてそいつはほとんどの場合数日で撤去される、つまり現象として一瞬のものに過ぎない…新しくそこに建造されるものは瓦礫と同じイメージを語ることが出来ない―俺が言っているのはそういうことさ、ねえ、この頃はずいぶんと建造物ばかりを有難がる連中が増えたよ、きっと、形がなければ不安になるんだろうな…トタンで出来たみたいな安普請の家でもさ、更地の上に居るよりは誇らしいみたいなんだ―俺の細胞のひとつひとつに混じりこんでいる毒素は、俺の正確な配列を壊し、俺は戸惑いながらそこに潜り込む、汚れた血を飲みながら泳ぎ、辿り着いた心臓の中で見たのは、細かな肉片に切り分けられた俺そのものの姿だったよ…。

















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