2018/4/27

静寂がまた暗い口を開ける  














植林公園のいちばん奥の、目立たない遊歩道の終わりで大っぴらにまぐわっていた若いカップルが、綺麗に解体された状態で発見されたのは三月の終わりの日曜の朝のことだった、四肢は根元からすっぱりと切り落とされ、ストーンサークルの外周を描くかのようにひとつの大木の根元に並べられた、そしてその放射線の真ん中にふたつの胴体が幹を挟んで背中合わせに据えられ、そこから二メートル上空に迫り出した太い枝に、ふたつの頭部のこめかみが貫通されたかたちでディスプレイされていた、ふたりの目はだらしなく、酩酊しているかのように半分閉じられ、黒目は上瞼の内側に潜り込もうとしている途中で停止していた、白目は澱み、人工関節の継目のようだった、衣服は細かく切り刻まれ、紙吹雪のように周辺に散らばっていた、ブラのワイヤーまでもが丁寧に切り刻まれていた、剥き出しになったふたつの性器の先端はスポイトかなにかで少しずつ劇薬を落としたように、取り返しのつかない病の予兆のような黒点のように焼かれていた、第一発見者はチワワを散歩させていた八〇過ぎの老婆で、あまりのことに息も絶え絶えになり、やっとのことで警察に連絡をしたのち、息を整えようともたれた木のそばでそのままこと切れてしまっていた、それも詮無いことで、のちに駆け付けた事件慣れした警官の数人でさえ、そこらの木の根元に吐いてしまったほどのものだったのだ、まだ寒い時期で、腐敗していなかったのが幸いと言えば幸いだったのか―とにかく捜査が始められ、公園の周辺でたくさんの刑事、警官が証拠や証言を求めてさまよったが、大した効果は得られなかった、そもそもその公園自体街の外れにあり、周辺に商業施設もなければ飲食をするような場所もないので、そういったものにすでに関心のなくなった老人たち以外にはろくに訪れることもないようなものだった、それだから真夜中に人目を忍んで濃密なデートを重ねる若者が居たところで、また、そんな連中を八つ裂きにするような異常者が現れたところで誰かがそれを目撃した可能性はゼロに等しかった、懸命な捜査にも関わらず月日だけがいたずらに流れていった、冬が二週目に入る頃にはあれほどセンセーショナルな事件であったものがすでに、酷い過去のような語られかたをするようになっていた…そんな中、二月のある深夜に、ひとりの男が人知れずその公園を訪れた、どんな感情も存在しないといった様子で、おそらくは自ら命を絶ちにきたものだった、その街の出身ではなく、在住でもなかった、どこか遠くの街からわざわざそこを選んでやって来たのだ、理由はひとつだった、あの事件があった場所だからだ―同じ場所で、同じ枝からぶら下がってみよう―男にしてみれば最期に残すブラック・ジョークみたいなものだった、ロープもわざわざ派手なものを選んでいた、それは小さなバックバッグのなかでカサカサと揺れていた、男にとってその人生でなすべきことはもうそれだけだった、コンバースのスニーカーを履いて、石畳の遊歩道を奥へ奥へと歩いて行った、それは結構な距離だった、なにしろ、木を植えているだけなのに、やたらとだだっ広いところなのだ、男はまるで自動操縦されているかのように遊歩道の終わりを目指して歩いていた、その動作は男自身がすでに、運命や人生といったものにケリをつけているのだということを如実に語っていた、微かな足音とどこかで鳴いている夜の鳥の声だけが小編成の室内音楽みたいに細やかに聞こえ続けた、やがて目的の場所に辿り着いたとき、男はまぼろしを見た、素っ裸の若い男と女がある木の前で互いの手足を切り落とす光景だった、それが真実なのかどうかは男には判断出来なかった、信じがたい光景だったのだ、一番始めに切り落とされたそれぞれの利き腕が、残りの部位を捌き、首をねじ切り、それぞれの部位を飾り付けていた、すべてが終わるとまた最初から始まった、ウェブ動画のループ再生のように…次第に男は笑顔になっていき、やがて声を上げて笑い始めた、始めは含み笑い、それから大笑い、そして次第に声は高くなっていき、しまいにはなにか巨大な鳥を連想させるようなけたたましい声になった、それは街の中心部まで届いたという…夜明けを待たずに駆け付けた警官隊が森の奥で見つけたのは、例の木にもたれ、白髪に変わり、見開いた目からは涙を、だらしなく開いた口からは涎を、性器からは小便を垂れ流し死んでいる男の姿だった、警官たちはウンザリとした顔になった、どうしてこんなことが起こるんだろう、警官のうちのひとりは、こんなことを考えていた―こんなもの全部燃やしてしまえばいいのに―でもそんなこと口に出して言えるわけもなかった、そこで死んでいる男の、原因や理由なんてなにも知りたくはなかった、けれど彼らはこれからそれを、血眼になって探さなければならないのだ…木々の隙間から朝陽が、破壊されたフェンスのような光の模様をあたりの地面に描き出している、少し風が吹くたびに、肺を締め上げるような悍ましい臭いが漂った、またある警官はとても真剣な祈りを込めて十字を切った―だけどそんなものなんの役にも立たなかった。













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2018/4/25

ほんとうに言いたかったのはたぶんそんなことじゃなくて  








レディオヘッドのあとでぼくたちは
おもちゃの拳銃でたがいの心臓を撃ち抜いた
それで賞味期限はおわり
ぼくらのあいだにあったものは神さまへと返品処理された
不思議よね、と彼女が
「こんなに簡単なことがどうしていままで出来なかったのかしら?」
ぼくは当然
返事をしたいような気分じゃなかったのだけれど
返事をしないことで彼女が調子に乗るのが嫌だったので
簡単なことさ、と世間話のように言った
シンスケ・ナカムラは今度こそベルトを獲るだろう、そんな話をするみたいに
ぼくがわざとそんなふうに話していることを
彼女はきっと気づいていただろうけど
「簡単なことが出来るようになるまでにこれだけの時間が必要だった、それだけさ」
それはわりに上手い言い方だと思った、まだ思春期がなみなみと注がれていたころの
レオス・カラックスの映画みたいだった
上手過ぎて気に入らないくらいだった
ふん、と彼女は中立的な調子で鼻を鳴らした
「あなたははじめてわたしを納得させるようなことを言ったわ」
ふん、とぼくは自嘲的に鼻を鳴らした
「それを言えるまでにいままでの時間が必要だったのさ」
彼女はそのとき確かにノーと言いたそうな顔をしたけれど
そこには寸前でとどめなければならないなにかがあったようだった
それからぼくたちはさほど親しくない知人みたいに天気の話を少しして
彼女は長距離バスに乗るためのトランクを抱えて出て行った
霧が叩きつけられているようなじめついた夜だった
ぼくは窓の側に椅子を持って行って
もう二度とこちらを振り向かない背中を眺めた
それからラジオでどうでもいい音楽を聴いて
まるでどんな出来事も起こらなかったみたいに大きな欠伸をしてから眠った
そう、確かに
エンドロールがすべて終わったのだ
客電がついて
空っぽの椅子だけが残った
ぼくのスクリーンには
厚みのある幕が引かれた
まるで
器用なめくらになったみたいだった













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2018/4/22

おだやかな水の流れがすべてを飲み込んでいくように  






















劇薬みたいな陽射しの下で、きみは舗装道にむきだしの膝をついて、街の喧騒の中から知り合いの声だけを探し出そうとするみたいにじっとしている、視線は少し先の街路樹の根元を見つめていたけれど、本当に意識に落とし込もうとしているものがそれではないことは明らかだった、いつもそうなのだ、スコールのようになんの予兆もなく訪れて、ほんの少し辺りを掻き乱したと思ったらどこかへ消え去っていく、まるでそんなものははじめからなかったんだというほどにあっけらかんと…ぼくは興味やら焦りとは無縁のところで、どんな欠落も欠陥もないらしい人たちの交通の妨げになっているきみのことを少し離れて眺めている、待っているしかない、きみとは違う個体であるぼくがあるとき辿り着いた結論はそこだった、最近は自動販売機で飲み物をふたつ買って、きみがこの世界に帰ってくるまでに飲み干しておくことだって出来るようになった、意味なんか求めてはいけない、日常にしてしまえばどうということはなくなる、ぼくにとってきみは日常であり、きみの突飛な行動だってやはりそうなのだ―そういうときぼくが気をつけておかなければならないことはひとつだけだ、きみの行動にイラついてきみになんらかの危害を加えようと試みるものが現れたら、そいつをきっちりと排除する、きみに指一本触れることがないように…だけどそんな人間が現れたことはなかった、誰かをいらだたせるにはきみの行いは静か過ぎるのだ、静かで、当たり前すぎて、それはそういうものなのだというようにカンのいい人間を納得させてしまうだけの説得力というものを持っている、それは、存在感、なんて名前で置き換えてみてもいいものだ…確かなものをひとは敬遠する、不確かなものを享受して生きていくことが美徳だと思っているからだ、きみの持っている確かさはそういう人間たちを遠ざける、強固なシールドを築いて、入ってこれなくする、きみは、きみの確かさを言葉にしようとしない、言葉にすることの嘘をきみは知っている、だからいつも便宜的な姿勢というものをもたない、劇薬みたいな陽射しの下で、舗装道にむきだしの膝をついて、ただどこかに心を預けている―まるで呼吸する写真みたいだ、とぼくは思う、そんなものを写真と呼んでいいのかどうか判らないけれど、そんな現象にもしも名前を付けるとするなら、間違いなくそれしかない、人工的なコーヒーの苦みを飲み干しながら、ぼくは新しい呼吸する写真を脳裏のアルバムに刻み付ける、それはこの先あまりたくさん保存されることはないだろう、そんな予感に苛まれながら…十分あまりそうしていただろうか?やがてきみは立ち上がる、人類の進化の絵みたいに、鉄パイプが差し込まれたみたいに真っ直ぐな背中をこちらに向けて―ぼくはハンカチと絆創膏を準備してきみの前方に回る、案の定膝を擦り剝いている、きみはまだあまり戻ってきてはいない、夢の途中で予定外に目覚めてしまったみたいな目をしている、ぼくはきみの傷の治療をする、太陽がぼくの延髄を炙る、煙が上がり始めるんじゃないだろうか、とぼくはくだらないことを考える、沸騰した血液のように表皮に沸き上がった汗が幾筋かの線を描きながらシャツの中へ落ちていく…傷が痛まないように静かに絆創膏を押さえると、それが合図であったかのようにきみは戻ってくる、「ショートパンツを穿くのはやめたほうがいい」とぼくは忠告する、「でも」ときみは抗弁する、「それを穿かないと暑くてやりきれないもの」きみの当然はときどきぼくをひどく落ち込ませる、「ひざがぼろぼろになってしまうよ」心配しているんだ、という気持ちを込めてぼくは念を押してみる、きみはにっこりと微笑んで「行きましょう」とはぐらかす、手を差し出して立ち上がるぼくを引き上げる、そんなことをしなくてもぼくは立ち上がることが出来る、そのまま手を繋いで僕らは立ちあがる、劇薬のような陽射しの下、その場所に生じた少しの歪のことを世界はすぐに忘れてしまうだろう、きみの傷が夜にずきずきと痛むとき、きっとそれが歪の最後の記憶になる。














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