夜を落ち続ける(終わりが明記されないまま)  
















砂地に沈み込んでいく靴底が見る夢はいつだって暗い地底の景色、目のない生きものたちが泳ぐ鏡のような水の世界だろう、底なしに飲み込まれるような怖れ、亡霊が足首を筋張った手で掴む、振りほどこうとするたびにそこには非情な力がかかる、俺は悲鳴を上げて闇雲に蹴り飛ばすが相手はびくともせず、ただいたずらに疲弊していくだけのことだった、ああ―落下の感覚、それはどこにも激突しない代わりに、永遠に続くような気がする、寝床には際限のない落とし穴が開いている、ぽっかりと…眠るために流れている音楽はいつしかレクイエムのような顔をしている、やめろ、そんなものは望んでいない、俺はボリュームを上げる、そこに流れているものが鎮魂でないことを確かめようとして―だけどそれは無駄なことだ、シチュエーションではない、なにを歌われているかなんてことは関係がないのだ、いまこのとき、それはレクエイムとしてでしか存在しえない、たとえ、果てしない草原の歌が歌われていたとしても…明かりをつけても幻想は終わらない、むしろ、覚醒せんと目論む意識を嗤うみたいに滑り込んでくる、俺は寝床で落下していく、実体のないフリー・フォールはいつだって世界記録を更新するさ、速度も、深度も…目を見開いて、身体を撫でていく風を眺めている、そんなこと以外になにが出来ると―?思えばそれははじめからそこにあった、俺がそこにあると気づく前から、ずっと…おそらくはそうさ、産まれてすぐに死にかけた頃からそうだったんだ、いつでも落下のなかにいるような気がしてた、俺を育てたものは、俺を教えたものはそういう感覚だったんだ、俺は落下に育まれたポエットだ、夜明け?夜明けは救いではない、たとえるなら絞首台に上がる日付が少し先延ばしになったみたいなものさ、横になったまま首を振る、枕の感触はたしかに俺の後頭部を受け止めているのに、どうしてこんなにも際限なく落ちていくのだろう、あるいは肉体を残して、霊魂だけが落ちているのだろうか?地下の冷めた空気すら俺には感じられる…落下のたびに俺は年齢を失くす、より年老いた気がするし、より幼くなった気もする、再び産まれることが出来るように思い、また、もう二度と死ぬことが出来なくなったような気もする、どちらが正解なのかわからない、もちろんそれは、正解を求める気持ちが俺のなかにあると仮定した上でのことだけど―俺はいつもなにか、生きながら死んでいるようななにかを目の端に留めて生きてきた、斜視をこじらせたのもきっとそのせいさ、その輪郭はいつもそばにあった、そのにおいはいつもそばに…そんなものが俺にこんな夢を見させるのだろう、義務のように俺は同じ感覚をなぞっていく、それは決して望んだものではないというのに…ただ慣れ過ぎて日常になってしまっているそれを、受け止めて見つめ続けている、二時間前のコーヒーが妙な吐気を連れてくる、だけどそれを吐きに行く気分にもなりはしない、落下の感覚から足を踏み外したらどうなってしまうのか―その答えを出すことがいつだって出来ないからだ―喉に力を込めて、出たがってる連中を押し戻す、それは宿命的な儀式だ、喘ぎながら、俺は落下し続けている…人間が死んで、落ちていく先は地球の直径よりもずっと下にあるのだと昔どこかで読んだことがある、不意に俺はそんなことを思い出す、もしかしたら―もしかしたら俺は毎夜、同じ落下を続けているのかもしれないな、そのとき初めてそんな考えが頭をよぎる、同じ軸の上を落下し続けているのだ、朝が来るごとに印がつけられ、今夜はここからだと―いわばセーブした地点からまた始まっている、そんなものなのかもしれない、スカイ・ダイビングのようなものではない、そこには景色が存在しないからだ…すでにそんな領域は通り過ぎたのかもしれない、見つめるものといえば、なぜこんなことが続いているのかというような疑問符ばかりだ、それを求めたところでどんな変化もありえないだろうと見当がつくぐらいには生きてきたけれど…その速度はときおり、こんなふうに文章になり、あるときにはいらだちになり、あるときには眩暈のようなものになる、あらゆるいびつなものにそいつは変換される、そう考えるのが妥当だろう―たとえばこんな雨の夜には感覚は余計に麻痺していく、明度の変わらない一日の終わりに訪れる夜のことを、いったいどれだけのものが真剣に考えたことがあるだろう?おそらくこの世でもっともそれを受け止めているのは、夜を落ち続けるこれ俺以外に居ないのではないだろうか?そんな考えは俺をいい気分にさせる、たとえそれが自惚れだとしてもだ…感覚について語るのは大事なことだ、感覚は人間を分岐させる、感覚のないものたちを見てみろ、鸚鵡のように同じ言葉を繰り返すばかりだ、俺は夜を落下している、それは一見俺を殺しにかかっているように見えるが、同時に俺を俺のまま生かし続けているものでもあるのだ。














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