貯蔵庫が騒々しい―たとえそれを完璧に閉じ込めていたとしても。  















記憶の紙片は幾度破り捨ててもそのまま失われたりしない、すぐに復元されて頭蓋骨の内側の隙があるところに貼り付けられる―おそらくは小さなピンのようなもので―そのわずか0コンマ何ミリの異物が、感情に奇妙な痛みを落とし続けている…おそらくは慢性的に。脳味噌の周辺は回廊になっているに違いない、そうした傷から迷い込んだ風が猛烈な速度で駆け抜けるせいで、俺の日常には頭痛が絶えないのだ。万力で締め上げるような、なんて、そんな比喩が頻繁に使われるけれど、俺の場合はどちらかといえば、脳天から突き立てられた鋭利な針が、頭蓋骨のなかで放射状に広がるような感じだ、そう―根本的に破壊されるような―そんなたとえが適当だろうか?俺はそれを身体的な要因だとはとらえていない、といって、心のなかにある異常のせいだとも考えてはいない、それはたとえば口が歪んでいるとか、耳の穴が片方潰れているとか、そういった特徴みたいなものだ。原因が分かったためしはなかった、つまりそれは知る必要のないことだというわけだ―べつに、達観的な境地に居るわけではないし、ヒネた気分で自分の欠陥を受け入れているわけでもない、ただ先に書いた通りの―ただそういうものだと考えているだけのことだ、冒頭のフレーズと話が違ってきているって?そうじゃないんだ、それはこれから説明するから―つまりさ、そんなことにもしも原因があるとするなら、それは俺が取るに足らない些細なことをよく覚えていたりするせいなんだと思うんだ、たまにいるだろう、そういうやつ―覚えていてもなんにもならないような出来事が、ひとつのキーワードで明確に記憶の抽斗から飛び出してくる、そんなやつさ。つまり俺も、そういうタイプなんだよ。誰かが言ったセリフなんかも、ほぼ同じ調子で再現したり出来るんだぜ…でもね、そういうディティールって、いくら細かく再現出来ても、それが特別印象的な出来事でもない限りは誰も思い出したりなんかしない。だいたい、それは、そもそも取るに足らない出来事に過ぎないんだ。何度も頭から丁寧に話したところで、「そう言われてみればそんなこともあったかな」なんて言われておしまいになるのさ…だから誰も俺の記憶が確かなのか、保証してくれることはない。俺はただ一人、(どうして誰も覚えていないんだろう)なんて首をひねって、ときにはそれが現実に起こった出来事ではなくて、昔夢で見た光景を現実と勘違いしているんじゃないだろうか、なんて考えてみることもある、俺の、リアルに対するスタンスが少しおかしいんじゃないかって―だけど、そんなことにも、やっぱり意味なんかないんだよな。俺がたまたまそういうタイプの人間だったってことだ。若いころにはどうしたってそういうことにこだわってしまうけれど、でも、そんなことを納得いくまで突き詰めてみたところで、どんな正解にも辿り着きはしないし、こじつけたところで価値はないんだよ。それはたとえば風の色に名前を付けようとするようなものだ。決めてみたところでそれはきっとどこかしっくりこない感じがするだろう―貰い物の洋服を初めて着用してみたときの感じと同じさ。だから俺はそうしたことにこだわるのはとっくの昔にやめにした。疑問としては当然だけれど追及するのは正解じゃない。それは疑問のままで置いておけばいいことだ。そのうち疑問ですらなくなるものだってなかにはある。だけどね、俺、昔読んだことがあるんだ。あるミュージシャンのインタビューだったんだけど…「忘れるっていうのは才能のひとつなんですって。人間っていうのは忘れていかないと気が狂うらしいんですよ。」それを読んだときには少しゾッとしたね。具体的にどうこうなんて話はまるでないけれど、直観的にそれは嘘じゃないと感じたんだろうね。変な選民思想にとらえて欲しくないんだけど、自分がそのへんの連中とは同じではないんだってことは、結構幼いころから知っていたからね。いや、どっちがいいとかっていう話じゃない、それはただ違うってだけの話なんだけど―コンピューターにたとえるなら、見た目は同じだけど配線とか、配列とか、そういうのが微妙に違うモデルなんだ―性能じゃなくてクセがあるとでもいうのかな。だからさ、いろいろ話は脱線したけれど―なにが言いたいのかっていうとね、つまりさ、俺は君の写真を未練がましく飾ったりはしないけれど、きっと長いこと覚えているだろうねっていう…そういうこと。














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