2018/10/28

混沌をまんべんなく敷き詰めた小さなベッドに(そして窓の外にやって来る思慮深い友達に)  















アルフレッド・ヒッチコックの夕暮れのような空のなかで今日が竦み上がりながら死んでゆく、その悲鳴は、その悲鳴は…昨夜俺を悪夢から叩き出したその声とまるで同じで―なにを見ていたのか、なにを知っていたのか、あの夜の悪夢のなかに生きていた俺は―思い出そうとしても穏やかな記憶喪失に阻まれるばかりで…鼻腔の中のできものが終始不快感をばら撒いている、まるで、いけ好かないやつと一日を共にしなければならない日に、心にやってくるものと同じような具合さ―ディランはゴスペルを歌っている、そして俺は机に齧りついている、路面電車はろくに客も乗せないまま週末を消化し、はるか沖ではいまだに台風が産声を上げている…夏のさなかや終わりに生まれるやつらはみんな、産まれてすぐに死んでいく、そんな気がしないか―?もう今年の夏も死体になってしまった、暖かい昼間だって半袖のシャツではもう居られない、街を歩く連中はみんな、どこか解放されたみたいな表情を浮かべている、だけどそれも束の間のことで、程なく寒さに縮み上がりながら歩くことになるだろう―毎日に記録するべきことなんてなにもない、無理に書いたってわざとらしくなるばかりさ―俺は日記なんてつけることはない、もちろん鍵の掛かる、純粋な意味での日記ということだけど…なにを食べたとか、どんなやつにあったとか、どんな出来事があったとか―そんなものを和やかに思い返す未来など俺にはたぶん訪れない、俺はこうして時たま、幾日かのなかで産まれたごみを殴り書きして捨てるだけさ―新しいものを求める、いつだって…そうさ、俺が求めているのはいつだって、自分のなかに流れ込んでくる新しい血液の温度さ、だからこれは日記にはなり得ない…いや、もしかしたら、最初に書かれたいくつかのものは、そんなものだったかもしれない、だけどそういった要素はいつの間にかどこかへ消え失せてしまった―俺は記憶を排除し、感情を排除し、出来事を排除してその奥に含まれていたいくつもの形にならないものをごたまぜにしてここに書きつけている、いつからかそういうふうに書くことが俺の命題となっていった、たとえば、それが写真であるならおぞましいほどの逆光が焼きつけられたようなものだろう、たとえば、それが小説であるなら関連付けられるのかどうかもよくわからないような有象無象が意図も感じられないまま章分けされてぎっしりと詰め込まれたようなものになるだろう―それは、たいていの人間にとってはまるで意味がわからないというものになるだろう、だけど、カンのいいやつには、それはそういうものでなければいけないのだということだけは理解出来るかもしれない―つまり俺が言いたいのは、「根源的なもの」でなければいけないということなのさ…とかくこの世は悪質なシンプルに支配されていて、ひとめ見ればわかるもの、ひとくち食べれば受け入れられるもの―そんなものばかりがそこら中から溢れ出してくる、だけど、いいかい、そんなものは、何年経っても、何十年経ったところで、そういうものでしかないというたぐいのものなんだ…ヒット・チャートの歴史を紐解いてみるだけでもそういうことはすぐにわかるはずさ…音楽、詩、小説、そのほかのあらゆる表現形態は、一見してもすぐにそれとはわからないようなものたちがその命を繋いできたんだ、アンダーグラウンドで―地下室の暗闇で錆びついた弦に油を塗りながらね…その数は圧倒的に少ない、だけど、それは本当に心を救ってくれるものなんだ、慰めや優しさじゃない、あらゆることを真っ向から突きつけてくれるものさ…俺はずっとそういうものを信じて生きてきた、だからずっとこうしていることがやめられないのさ、どこかに、どこかに…どこかにこいつを投げ捨ててから寝床に潜り込まなければ、きっと満足に眠ることさえままならないだろう―俺にはこんなことに関するあらゆる理由は理解出来ない、だけど、それについて理解しようとすることはもう、とっくの昔にやめたんだ―頭で考えて理解出来ることなんて、所詮それだけのものに過ぎないということさ…ただひとつこれについて言えることは、これこそが俺の新しい血肉となり、眠ってまた目覚めるだけの理由になるということだ―ディランがゴスペルを歌っている―太陽はいつしか姿をくらまして、そいつよりもずっと人々を考え込ませる夜といういきものが窓の外に宿命のように張りついている、ねぇ、どうだいと俺は夜に問いかける、あんたと太陽が繰り返し訪れるその意味について、こうして日々が絶え間なく訪れる、その―根源に―ついて…。















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2018/10/25

穴だらけの心は破れたフィルムの夢を見る  




















踏ん切りのつかない弱い雨は中空で折り返して黒雲へと戻って行った、とうに濡れる覚悟が出来ていた俺は拍子抜けを食らってゲーム・センターで結構な金を無駄にしてしまう、どこをどんな風に波立ててみたところで結局は同じことだ、水面は穏やかな凪に戻るとしたものさ…激しい言葉や、強い言葉でなんとかなるだろうなんて考えているうちはまだまだ青二才だ、カーニバルでもないのに路上でステップを踏むダンサーは邪魔にされるのがオチさ、下手すりゃ殴られる…真実はいつだって静かな顔をしている、もちろん俺はそれこそが俺だなんていうつもりもない、静かな顔をしている―それは静か過ぎて俺たちのようなものにははっきりと見ることが出来ないんだ、どんなに目を凝らしても…そんな領域に存在するようなものではない、どうやらこのあたりにそんなものがあるらしい―そう認識するのが関の山さ…うん、難しく考えてもらわなくたって構わないよ、俺にしたってこれはすんなりと眠りたくない夜の与太話に過ぎないんだ、わからないならわからないまま読み飛ばしてくれりゃあいい、いや、眠った方がいいだろうことは重々承知しているんだけどね…セオリーだけじゃうまく起動できないものもこの世の中にはたくさんあるじゃないか?もちろんそういったものをひとつも理解出来ないまま死んでいく連中だって少なくはないけれど…まあそれにしてもさ、今夜はずいぶん暖かい夜だよね?眠りたくないのはそんなもののせいだってことにしておくよ、妙な意地のせいだなんて、考えたくもないしね―毎日道化を演じ過ぎて、ウソ笑いが顔から離れなくなってしまった、おかげで本来なら一生関わることもないような程度のやつらの相手までしてやらなくちゃいけない…神様の仕業は地味に神経をざわつかせるよ…すぐに髪が汚れてしまう、すぐに顔が汚れてしまう、すぐに声が枯れてしまう、すぐに指が汚れてしまう、時にはちょっとした擦り傷なんかも出来てしまう、いつも大量の汗を掻いて―おまけにたいして報われることもない…ホルマリンの瓶から這い出て来たみたいな連中の鈍重なレースを、数合わせに無理矢理押し込まれた観客のような目をしてずっと眺めているだけさ―酷く咽喉が渇いて、何度も水を飲んでしまう、そいつらが身体に留まっているという実感がないんだ、胃袋の中で予定外のどこかへ消失しているような気がする、どこかに穴でも開いているのか?なんて、下らない冗談を言ってひとりで笑う―穴が開いているのはそっちじゃないはずさ―表通りに面したこの窓から感じられる外界は今夜は驚くほど静かで、俺は戸惑ったままこれを書いている、きっと、そんな様々な小さな誤差が、俺にこんなことを書かせているのに違いないさ…ずっと、やり足りない気分が続いているんだ、阿呆の真似をしたまま眠るわけにはいかない、でないとここに腰かけている肉体には何の意味もないということになってしまいかねない、それはだれかに見せるためのものじゃない、それは自分だけのために存在するものだ、コマーシャルを打って大声で呼び込んだりするようなものじゃない、道端の石の配列を変えるみたいに差し出せばいい、それ以上のことは受け取った誰かが適当に付け足してくれるさ―そしてそれはことらからコントロール出来るようなものじゃない、だから俺は知らないふりを決め込むだけなのさ、溝だって上手く生まれなければ円滑に水を流すことだって出来ないだろう?―なあ、ところで俺、近頃はこれまでにないくらいぐっすりと眠ることが出来るんだ、明け方近くまで一度も目覚めることなく、ぐっすりとね…そして筋書きのおかしい夢を毎日延々と見ているんだ、きちんと覚えていたら短編小説のひとつでも書けるかもしれないけれど―あいにくいくつかの場面を断片的に記憶しているくらいなんだ、なぁ、そういえばさ…夢の内容をきちんと覚えてばかりいると、現実との区別がつかなくなって頭がおかしくなっちまうって話だぜ、そういう意味では俺は少し覚え過ぎたのかもしれないな…?もう少し書いたら眠るつもりだよ、俺は最後のフレーズを探さなくっちゃいけない、それはここまで書いてきた言葉の中にはないけれど、ここまで書いてきたものに非常に似ているのは確かだろう―そしてそれそのものには大した意味はない、俺は言葉に意味を持たせたりしない、パズルのピースはそれ単体だとなにが書いてあるのかわからないだろう―?全部繋いでみて初めてなにが書いてあるのか知ることが出来るんだ…誰かが前に歌ったみたいに言葉が本当に窮屈だというのなら、俺はこれをごみ箱に投げ入れてそれきり何も書かないのが正解なんだろうな―読み違えるなよ、言葉尻を拾ってるだけじゃたぶんこいつは理解出来ないぜ…。









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2018/10/21

運命のまばたきのしかた  





















三二年前に閉鎖された農場の入口、丸太と有刺鉄線の簡素な門の前で、余所者の娘がぼんやりと空を見上げていた、マーゴ・ヘミングウェイみたいな髪型で、痩せぎすののっぽだった、ちょっと引くぐらいどぎつい赤色のスタジアム・ジャンバーを着て、タイトなデニムのミニスカートがほとんど隠れるくらい長いシャツを着ていた、新しいウッドストックのものらしかったが、はっきりとは分らなかった、ナマ脚かと思ったけれど、時おり覗く心許ない太陽の光を鈍く反射させているので、肌色に近いストッキングを穿いているのだと分った、足元にはスプリングスティーンみたいなショートブーツ―まあボスは、ピンク色なんて履かないだろうけど―を、履いていた、まだ夏の名残は少し風のなかに残っているとはいえ、彼女のそんないでたちは少し寒そうに見えた―痩せぎすだったせいもあるのかもしれない、それから、ろくに陽も出てこないような薄ら寒い天気だったのも、原因のひとつだろう、そうでなければ、俺は物好きを見るような目で一瞥して、それきり彼女のことなんか忘れてしまっただろう―ただそんなことのほかに、その女が、もうなにもすることがなくてそこに立っているような気がして、そんないろいろな些細な理由で、俺はのんびりと彼女に近付いて話しかけた「やぁ」「ハイ」彼女はここで言葉を喋れる人間に出会えるなんて思ってもいなかった、というような顔をして俺を見つめた、俺があまりにぎこちなかったせいかもしれない、そんなふうに若い娘に話しかけるなんて真似はこれまでにしたことがなかったから…「どこから来たんだい」「東のほうよ」「東の、どのあたり?」「なかほどよ」東のなかほどのことなんて俺にはさっぱり分らなかった、だから俺はふぅんとだけ言った「どうしてこんなところに居るんだい」女は肩をすくめた「バスに飽きたから…お尻も痛くなっちゃったし」「でもここは、バスよりも退屈だろう?」女はまた肩をすくめながら遠慮がちにそれを肯定した、少なくともそういう配慮くらいは身に着けている娘らしかった「もう少し乗ってれば良かったかなとは思ってるわ、それは確かね」「おかしな男は寄って来るしね」「そうね」女はにやにやしながら俺の顔を見た、それであなたはこんな退屈を壊してくれるようななにかを持っているのかしら、とでも言いたげに…好奇心と、挑戦心が入り混じったようなそんな目の色をして「この農場はさ」「ここらへんで唯一の殺人事件があった場所なんだ」あんたは運が良かったよ、と思いながら俺は話し始めた「この農場の主がね、旅行客を撃ち殺した、狩猟用のライフルでね」穏やかじゃないわね、と女が眉をひそめた「でもそれはさ、仇討ちだったんだ―その旅行客はそのときよりもずっと以前にもここを訪れたことがあって、そのときにある娘にいたずらをした…この農場の娘にさ…そのせいでここの一家はひどく傷ついてしまった―そいつがどうしてまたここに来たのかは分らないけれど、皮肉にもその時にこの農場に世話になることになったんだな、嵐の夜だったよ」「運命ってやつね…」俺は頷いた、それから、門から見える一番奥の母屋を指さした「あそこの二階だ、事件が起こった場所はそのままになってる―当の主がそのあと自殺してしまったからね」「で、この門の鍵は俺が持ってる」女が目を丸くした「―どうして?」「農場はここの亡霊のもんだが、土地は俺の親父のものなのさ、土地貸しってやつだよ」「で、親父が死んで、俺がこの土地を受け継いだ、曰くのある土地だからね、どうにもしようがなかった…俺は別の仕事をしていたんだが、この不況で首になってね…気は進まないが、この農場を再建して、ちょっとした畑でもやって暮らそうかな、なんて考えながらここに来たわけさ」「あんた宿は?」女はかぶりを振った「いろいろあってね…なんのあてもなく旅をしてたの、もう何ヶ月にもなるわ―バスにも、あてのない旅にも飽きてしまってるの」旅なんて、あてがあってこそ楽しいもんだよな、と俺は言った、女はこれまでの思いを込めて深く頷いた―「最初の掃除を手伝ってくれるなら宿代は取らないが、どうだい?」女はあまり悩まなかった、なにかしら新しいことを求めていたのだろう「乗るわ」俺は農場の門の鍵を開けた「ドラム缶の風呂に入ったことは」「ないわ…でも楽しそうね」「じゃあ問題ない、電気もガスもないが薪と油はたっぷりある」「アナログって時々魔法みたいに思えるわ」それから俺たちは件の現場を見て生々しい痕跡に震え上がり、ベッドをバラして窓から投げ捨てた、それからあらゆるところを掃いて拭いて、時々は釘も打って、どうにか住める状態までこぎつけた、それからドラム缶を転がして井戸水を汲み上げ、火の番をしながら交代で風呂に入った、見ず知らずの人間の前で裸になることも厭わぬほど疲れ果てていた、そしてそのせいで俺たちは見ず知らずの間柄ではなくなった、女の名はアンジーと言った、アンジーは旅支度を解き、どこかの畑でくすねたというジャガイモを使って簡単な煮物を作った、それから一階の埃臭いベッドで寄り添って眠った、あまりにも無計画で、あまりにも突発的な出来事だった、だけども二人には、時間だけは腐るほどあったんだ。













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