2019/3/8

オルタネイト・ピッキングの幻想  









歪んだ頭蓋骨は陳列され、天井のひと隅から滴る雨水は床に暗示的な不協和音を作り出す、お前の罪の名をその情景に添えよう、次に来た誰かが腐肉の臭いを飲み込まずに済むように…黒猫がひとつ、自分の毛並みを整えるたびにアドレス帳から誰かが削除されていく、その空白は夜とも明けがたともつかない時間に垣間見る夢のように覚束ない、飲料水の押しつけがましい潤い、まるで喉が蛍光ペンキで塗り潰されていくみたいだ、それでもきっと、それでもきっと―カラカラに渇いてしまうよりはマシに違いない、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの足音、ひとつ教えといてやろう、夢が覚めるときに自分を疑ってはいけない…雨降りと快晴が交互に訪れる今週、人々は傘と良くない遊びの予定を次々と持ち替えながら、いつかは希望だったそれを街路の片隅に嘔吐してゆく、悲しい…あまりにも悲しい慰安の光景だ、間抜け過ぎて笑う気にもならない―誰かがずっとポエトリーリーディングを繰り返している、ただのリズムになりたがっているような性急な言葉遊びからは、いつしか血痰が絡む音が混じり始める、おお、誰某ともわからないあいつは今初めて詩になろうとしているのだ、木の幹に齧りついた幼虫が生命力のほとんどをつぎ込んで脱皮を目論むかのように…痛みや、苦しみや、悲しみがなければ、喜びも訪れない、逆もまた然りだ、どちらかを取ろうとするやつらが多過ぎる、その境界線すらどこなのか定かではないというのに!それが果たしていつも、たったひとつのものなのかすらわからないというのに―!結論は重要ではない、結論は決して重要ではない、躍起になって求めてきた昔がお前にもしもあるのなら俺の言っていることは容易く理解出来るだろう、俺はそれについて口にすることを億劫には思わない、何度だって繰り返してみせよう、お前がそれをはっきりと理解することが出来るまで…飾り棚には埃によって白く変色した実験器具がある、ビーカーにフラスコ―底には僅かながら、いつかに試された薬品の名残がある、薄暗いガラスの中で、彼らはなにがしかの結論の欠片を抱いたまま、そんなことには何の意味もなかったと誰かが口にするまで静かに待っているだろう、この世に生まれたものたちはそれが人であろうが物であろうが、みんなそれぞれのやりかたで終わりを待っているのだ、記される文章は死ぬまでの暇潰しだ、頭蓋骨がカラカラと笑う、俺はそのリズムを譜面に書き起こす、いまではあまり見かけることもなくなった濁ったガラスの窓から差し込む光が、空気中に漂う塵をぴんと張られた糸のように照らしている、ポエトリーリーディングはもう内臓を吐き散らす音のみになって、通ぶった何人かの連中がそれに喝采を送っている、アドレセンス!俺はタチの悪い冗談を言う、でも誰もそんなことは気にしたりしない、もしかしたら理解出来ないのかもしれない、俺は脚を組みなおして、天井の雨垂れを眺める、もう止んだのだろうか、光が少し強くなった気がする、でも例えば窓を開けて、それを確かめるようなことはしない、それがどちらかなんていまの俺にはまるで関係がないことだ、ふと、天井の雨漏りの原因を確かめてみようかなんていう気になって、ストールを持ち出して雨漏りのする辺りを押してみる、長いことそれは続いていたのか、すっかり脆くなっていた、泣き言のような音を立てながらそれは少しずつ床に降りそそいだ、そうして…ほんの少し明かりが差し込んだ天井裏には、頭蓋骨がひとつ転がっていた、誰かが天井裏に忍び込んで、そこで尽き果てたのだろうか、俺にはなぜかそうとは思えなかった、だとしてもそんなことで死んだ理由にはならないし、第一その頭蓋骨には妙な親近感を感じた…俺は頭蓋骨を手に取ってストールを下り、机の上のスタンドをつけてまじまじと眺めてみた―その歯の並びには見覚えがあった、頭の形にも…眼窩の奥に潜んでいる結晶化した薄暗い感情にも…「これは俺のものだ」俺は両手でそれを捧げ上げてそう叫んだ、陳列されている頭蓋骨がカタカタと笑った、俺は頭蓋骨を机に置き、床に寝転んだ、運動場の砂のように埃が舞い上がり、しばらくの間咽込んだ、あれは俺のものだ、と、俺はもう一度繰り返した、理由はわからないが、それはそういうことになっていたのだ、そうとしか思えなかった、俺はいろいろなことが楽になったような気がした、天井の雨漏りはいまやあらゆる場所へと広がっていた、あらゆる場所から雨が落ちて来ていた、でも雨の音なんかもう聞こえていなかった、唇の端に落ちたそれをなめると、錆びた鉄のような味がした、頭蓋骨は笑うことを止めて、俺の動向を注意深く見つめている。






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