2019/7/14

知ろうとするそのときにだけ大きく見開けばいい  











過去はまやかしで現在は一瞬、未来は与太話で人生は蝶が見る夢、塵芥掻き回しながら汗みどろの俺はなにもかも知りながら徒労を繰り返す、滑稽だって?では教えろ、懸命さとはどのみち、そうしたことでしか先へ進めないのではないか?「こんなものは無駄だ」とこぼしながら、有り余るときにはなにもせず、結局はほとんどのものが水泡に帰していく、よれたサランラップみたいな水面に、ひとりごとのような弾ける音がする、ひとつ、ふたつ…まるで楽譜を忘れた楽団の早過ぎる終演だ、そのあとのメロディーは辿られることがなかった、では教えろ、懸命さとは所詮、後ろめたさの贖罪に過ぎないのか、なにかを選ばなかった、なにかを選んでしまったそのことで生まれたいくつもの軋轢への…理由など求めることに意味はない、そう、何度も言ってきたことだ、理由には意味はない、行動し続けることだ、けれど―理由をないがしろにしてしまうこともまた愚行だ、あやふや過ぎる動機には腑抜けた意思しか語ることは出来ないだろう、ふたつの極の間を絶え間なく行き来することだ、速度を変え、視点を変え、感情を変えて…あやふやな、曖昧なものでありながら、見失ってはならない線というのは必ずある、ヒトの骨格のように確かなもののことだけはきちんと感知していなければならない、俺たちは生きながら骸骨にはなり得ない、だから内側を剥き出しにしようとする、人生に食い込み過ぎた連中の末期症状だ、俺は震えている、全身を駆け巡る微弱な生体電流に感電している、そういうことは必ずある、探し過ぎた爪は痛みを感じるものだ、そうは思わないか?ある種の確信めいたものに到達するには途方もない時間がいる、おまけにそれは流動的に過ぎる、流れを失うな、けれどある時にはとどめなければならない、そんなものの扱い方など子供の内にわかるようなものじゃない、確信のある連中なんか捨て置いておくことだ、彼らは楽な手すりを掴んでよっと一度這い上がっただけなのだから…進んだのか?どこへ?上に登ったのか、前に進んだのか、後退したのか、地下へ潜ったか―本当にどこかへ行こうとしている連中にはそんなことまるで理解出来ない、なぜなら彼らの動力は懸命さだからだ、強迫観念とも呼べそうな羅列の欲望にさいなまれて、血眼になりながら吐き出している、どうだ、このリズムか、この旋律か、歌おうとしているもののことは、いつだって俺が一番知りたがっている、放電だと例えられたことがあった、それは俺はとても気に入っているよ、放電、まさにそれだ、言ったろ、震えているって―おそらくはそいつらの軌道を俺は書き写そうとしている、言葉による現象の模写だ、その目的により俺の思考は俺の全身をくまなく駆け回る、綴るのに必要なのは決して、頭と指先だけではない、己個人、それすべてが必要になる、そうでなければよく出来た嘘になってしまう、だから俺は、すべての糸が絡まることを悪いことだとは思わない、真理を端的に言い表せるのは、おそらく神と呼ばれる年寄りだけだろうさ、神はひとつの大きな概念に過ぎない、ヒトによって翻訳された神など俺は信じようと思わない、目を閉じてみろ、そのときお前を覗き込んでくるのが本当の神だ…俺は電流を化けさせながら、その神に祈り続けているのだ、お前の真実を晒せ、お前の真実を寄こせと―神は黙っている、どんなアクションも寄こすことはない、そうさ、いつだってそうなんだ、あれは俺たちをただ眺めているだけに過ぎない、ただそれが、俺たちよりもほんの少し長い時間そうしているってだけのことさ、つまりだ、それは思考であって思考ではない、意識的でありながら無意識の領域にあるもの、知覚出来ているのか出来ていないのか―そんなもののために俺は生きているんだ、お題目が必要なものじゃない、生まれたときに始まり死ぬときに終わる、なあ、一生遊ぶことが出来る代物さ、それがわかるから止めることが出来ないんだ、いまは二十二時過ぎで、カーテンで隠された窓の向こうでは静かな雨の音がしている、こんな夜が何度あっただろう、そして、これから何度訪れるのだろう、俺は指を止めてカーテンを眺める、答えは風の中、って、よくいったもんだよな…それは一瞬で通り過ぎてしまうってことさ、初めて聴いたときにはそんなことわからなかった、きっとディランは俺よりもずっと早くそのことに気づいていたんだろうな、なんて考えながら少し前から俺はずっと、このしたたりを終わらせてくれるものを探している、もう少しでそれはやってくるだろう、そうすれば俺はすべてをしまい込んで、なにかを成しとげたような顔をして眠ることが出来るだろう―もしかしたらそれは、俺自身よりもあんたのほうが、強く感じることが出来るかもしれないな。






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