2019/9/26

嘲笑的な薄闇の中で強制的に見開かれた目を  


















神経のからくりは解かれたのか、夜は沈殿する記憶のように膨大で心許ない、砂地に潜む蛇のように寝床に伏せて、閉じない瞼が見せる退屈な夢を見る、ハードロックと雨の音、時計を気にしなければ時間は自由軸だ、円環を歩き続けるような毎日、水晶体は日常のすべてに飽きている、首に出来た奇妙なデキモノが揶揄うような痛みを時折、トライアングルの乱打みたいに打ち鳴らす、明かりはすべて消えて、路面電車の仕事ももう終わるころ、安普請の窓から忍び込む湿気だけが、外界をそれとなく教えてくれている、砂男は俺の番を飛ばし、といって起き出す気もない、バグのような時の中で、性急な化石みたいな気分でとりあえず生きている、鎖骨の下あたりに奇妙な痺れがある、耐えられないほどではないがなにか煩わしい、人生なんてそんな堆積の繰り返しさ、捨て鉢な冗談は虚無の薄闇で迷子になる、見知らぬ番号から電話がかかってきたのは午後の早い時間だった、それは二度鳴らされたが応答する気にはなれなかった、ただの間違いなのか、それともすでに途切れてしまったどこかへのアクセスなのか、あるいはいたずらか―いずれにしても関わりたいとは思わなかった、素知らぬ顔ですれ違うことばかり、俺はそれを誇らしいと感じて生きてきた、無駄な枝葉はどこかで摘まれるだけさ、必要でない通路には分かり易く看板を立てておくか路面を崩落させたままにしておけばいい、連中はそうしたものでしか判断しないから―寝返りを何度か打つと、時々今居る場所がわからなくなる、気まぐれな旅行者のようにきょろきょろして見覚えのあるものを探すのだ、マップアプリの矢印を探すみたいにね…OK、俺は南に枕を置いて、北に向いて寝ている、現実が落ち着けば考え事に耽るだけだ…暗がりで考え事をするべきじゃない、と昔とある本で読んだことがある、なるほどと思うやつも居るのだろうが俺にはそれがどういうことなのかわからない、明かりのあるなしに左右される程度の考え事なら考えるほどのことではない、いいかい、時間、場所、天候、そんなものは本当の思考になんら影響を及ぼしはしない、なんのために考えるのか?それはほんの少し自分を先へ連れて行こうという欲望のためのはずだ、わかるだろう、それはいかなる条件下でも自ずと結論に向かって突き進んでいくべきもののはずだ―昔から、子供のころから、朧げに決めていることがあった、誰かの旗のもとには集まらない、誰かが用意した道の上をそのまま歩くような真似だけはしないと…それはより思考を必要とする道だ、あてがわれるものは変化しない、あてがわれる方がそちらへ形を合わせていく、そうしてその形が適当な場所にしか行けなくなる、思考はそうした間違いを起こさないように様々な現象に対していくつもの答えを持とうとする、それは一見すればどっちつかずの、曖昧なだけのものかもしれない、だけど逆に言えば、この世の出来事などすべてただ起こっているだけのものなのだ、それがどういったものなのか決めたいやつが、あれこれともっともらしい意見を並べ立てているだけのことだ―そんなことをしてなんの意味がある?ひとつの式だけを選べば、あとの式は目に入らなくなる、結論なんてものはこの世には在り得ない、断定に頼るのはそいつが間抜けだからさ―夜は薄布をだんだんと重ねるように深くなる、表通りを行く人も車も途切れがちになり始めた、明日から天気は崩れるとウェザーニュースは告げている、雨粒は見つめ続ける夜に、見つめ続ける闇に、いくつもの銃創を開けていく、水のイメージ―夜が血を流しているようだ、俺は血にこだわり過ぎる、おそらくはそれを見つめようとしているからに違いない、詩を書いていると鎖骨の痺れは少し酷くなる、ジャマをするな、くたばるまでに出来る限りのことはすると決めたんだ、人生は自分の誇りのためにある、自分に噛みつけば詩人で他人に噛みつけば野良犬さ、誰かの虚栄心を鼻で笑いながら、俺は俺だけに伝わる言葉を、俺だけに伝わる文脈を探して内的世界へ潜り込む、そこで見つけたもののことは誰にも語ることは出来ないだろう、でもさ―言葉がただ意味のために連ねられるものであるのなら、少々味気ないんじゃないかって、俺、思うのさ…じめついたシャツが身体にへばりつく、忌々しいけどいつまでも我慢しなくちゃいけないようなものでもない、水を一杯飲んで、少しでも気分を変えてからもう一度横になるべきだ…三倍速で流れるフェリーニの映画みたいな夢を見るために。










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2019/9/19

メディシン・ボトルの中の動脈の色彩  













自家中毒の記憶が熱をもって現れるとそのまま今ともつれ合って連なり転がって床に触れたところから声も出さずに死んでいくひとつひとつの細胞の悲鳴を拾ってコードを記録していく中で生まれてくる音はノイズと名付けられる、それは内臓の内壁に刻まれた擦り傷からも湧き上がってくる、存在とは概念的な吐瀉物に過ぎない、ノイズ、切り刻んで、肉体はまるで統率者を失った集団のごとくに無軌道と不安だけを与えられて狼狽え続けているうちにどんなものにも変換出来ない疲労だけを抱えていく、それはまるでボタン雪のように降り積もっていく、体温は冷えていくついでに思考を削ぎ落して気体へと放り出す、意思はいつでも床の上に散乱して過程すらもう定かではない、なだらかな空虚が蔓延している空間、その中で生まれる音はノイズと名付けられる、絶えず聞こえてくる激しさはやがて静けさと同化する、もともとそんなにかけ離れたものではない、両極は必ず同じ要素を隠している、問題なのはグレイ・ゾーンしか理解出来ないことだ、そうは思わないか?あらゆる現象や思考や詩情なんてものを解体して細分化していくと直接性というものの性格がより理解出来る、要するに噛み砕いて話すことになんか何の意味もないということさ、混沌は混沌のまま語られるのがいちばん正しい、整頓出来るのならそれは混沌ではないということだ、もとよりもうこんなところまで来てしまった、いまさらスタートラインに居る連中に向かって語り掛ける言葉などない、正直さは多様化している、地層の一階層だけを抜き出して歴史などと呼ぶのは不自然な気がしないか?それはすべての成り立ちを見極めて初めて使われるべき言葉だろう、言葉は思考の地層なのだ、言葉を使い続けたものは次第に積み上げられ色分かれしたそれをなるだけ正確に語ろうとする、当然一言でなど片付けられはしない、それは幾つかの詩篇になるかもしれない、もしかしたらある時点から語られたことのすべてが、そのことについて話しているかもしれない、何度も言ってきたことだが真実は追い求められるべきではない、語られるべきではない、語ることが出来る真実は本当のことではない、それは僅かなグラデーションやニュアンスによって微かに感じられるもののなかにある、そんなふうに語られるべきということではない、それはそんなふうに語られることでしかきちんとした意味を持たない、それを語るためだけに並べられた無数の言葉はまるで鋭い先端を上に向けて並べられた無数の針のようだ、少しずつ触れる、激しい痛みに貫かれないように、注意深く、そうして覚え込まされた言葉は自ずと次の階層を求めるだろう、あるいはそこが新しい階層になっていくのかもしれない、たった一つの言葉で、たった一篇の言葉で語ることなど出来ない、そうして今用意出来るなにもかもをテーブルに並べ終えたら朧げに輪郭くらいは感じることが出来るかもしれない、そしてそこから受け取るものは、特別形になっていなくても構わないものだ、短い夜の中に長い痕跡を残そうとしている、ツクツクボウシが死の予感を巻き取るみたいに鳴いている、その作業には終わりがない、同じフレーズを使っても同じ意味にはならない、なぜなら一度使われたものをもう一度持ってくる時点でそこには別の意図が含まれているからだ、そうして一つの言葉がたくさんの含みを得て行く、言葉は太り、伸び、その身に様々なものをまとわりつかせる、そして吸収していく、ここに並べられているものの中にはそうしてまるで違うニュアンスを含んでいるというものが確かにいくつも転がっている、脳内にはそうした言葉を育てるプラントがあり、そいつらはいつでも呼び出せるように一番出口に近いところに並べられている、特別これといったシステムは存在しないが、インプットとアウトプットを繰り返したその場所は、俺自身よりも確かにそうした性質を把握している、プラントの奥には広大な地層帯があり、かつて使用してきた言葉たちが蠢いている、中には埋められてしまったものもある、こだわり続けた言葉の中にはそうやって死んでいくものも居る、彼らは弔われることも祈られることもなくそうして死体になってやがて溶ける、そしてそんな言葉があったことは忘れ去られてしまう、俺は意識を放牧するジプシーであり、同時に脳下垂体のギャングだ、移動し続け、銃口をちらつかせ、刺激を求め続けている、動物と違って言葉たちには、過度な養分という概念はない、それは確実に吸収されていくし、何度でも更新出来る、増え続ける、増え続ける、増え続ける…俺は蠢いているそいつらを掻き分け一番しっくりくるものを探す、日付変更線が変わるまでにはその輪郭を掴むくらいのことは出来るだろう、そして明日になればもう一度それは繰り返されるだろう―肥え太ったプラントの言葉たちを眺め、まんざらじゃない気分で俺は少しだけ笑うだろう。







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2019/9/15

あの灰が零時になるとき  


















溶鉱炉の
中で
どろどろに溶けた
灰色の自我を
化粧水の
ように
皮膚の上に
塗りたくる
熱さというよりは
痛みの連なりで
焼けていく
おれの上面

度を超えた衝撃は
幻覚を
引き起こす
だけどそれは
いつかしら見たことがある
どうしようもない現実の
一場面によく似ている

なにかを書くということは
自分自身を
ひどくいたぶるということだ
傷口から流れた血液を
壁に塗り付けていくような行為だ
ときどき
血を止めてくれと思うこともある
それほどに激しい血が
どくどくと流れ出してとまらないことがある
だけど
おれは思うのだ
恐怖があるということは
それが
いくつかの真実を含んでいるという
なによりの証拠だと
おぞましい映画を
終わりまで観てしまうのときっと同じことだ

おれは
どろどろになって落ちた
おれの表面を搔き集め
なんて頼りないものだろう

考える
それに語ることが出来るものなど
たかが知れている
おまけに
余計な誤解だって
そこには
含みがちだ
たとえば
あるときおれの前に立つものが
言葉をどう読むかもわからない田舎者だったりしたら
そんなやつと話すための言葉などおれは持ち合わせていない
おれは
自分が築き上げてきた
おれなりの言葉でしかすべてを話せない

蝉が
七日しか生きられないというのは
どうやら嘘らしい
ラジオで言ってた
とても重要な出来事みたいに
ディスクジョッキーは
感じ入っていた
そうかい

おれは
コーヒーを口にした
知らない誰かの
訃報を
何度も聞かされた時みたいに

ひとは
歳を取るようで
たぶん取らない
したり顔で
これまでの人生を語っても
そこからなにかを学んでいなければ
どこかで見つけてきたみたいな
安っぽいことしか語れない
どこかの商店街を
看板だけ見ながら歩いて
すべてを知った気になっているような
そんな間抜けさしか残らない
おれは
搔き集めたおれの表面を
庭へと掃き出してまとめ
ライターで火をつける
そいつは
有り余る断片を吐きながら
すべてが煙になって消えて行く

鈴虫が鳴くのは
きっと喉が痒いせいだ

秋になるたびに話していた女は
この街でいちばん高い橋から
カゲロウのように飛び降りて散った
あとになって遺書が届いたけれど
それは
遺書どころか文章かどうかもあやしいようなものだった
それを読んだとき
おれにはわかったのだ
鈴虫が鳴くのは
喉が痒いせいなんだって
すべてのいきものになにもなければ
すべてのいきものは
生まれて死ぬまでただ黙っているだけだろう

おれは焼けただれたまま
彼女に手紙を書いた
どこに送ればいいのかもわからなかったけれど
そうしたくてたまらなくなったのだ
それで
いろいろな鳴声に
しっくりくる症状をあれこれと書き出した
春に死んだ
パンクロッカーの名前もそこに入れておいた
おまえは
向こうで彼に会ったかな?

天気予報は雨は降らないというが
空気はイラつくほどに湿気ている
眠るたびに居心地の悪い夢を見る
それは悪夢ということではなくて
なにかとても悪いものが隠れている
そんな予感に満ちているような何気ない風景というか
夢のあとの朝に立ち尽くして
おれはおれの現実に
腹を立てながら窓を開けるのだ

嘘や真実は
これという形を持たない
それが真実という場所に居れば真実だし
嘘という場所に居れば嘘になる
おれは眉間にしわを寄せながら
そんな目くらましの裏側にあるものを知ろうと躍起になっている
一言で片づけるのは容易いさ
深く考えなければいいだけのことなのだから
簡潔な言葉を信じるな
そういうやつらは
安くて脆いマイホームに手を出しがちだ
手段や手法にこだわればこだわるほど
そのほかのすべてが見落とされてしまうことを忘れてはならない

ある日突然脳がぶっ壊れた父親は
痛みを自覚してもそのことを思い出せないまま
癌細胞の漬物みたいになって死んだ
歯の検診をしているみたいに
ぽかんと口を開けて
あんたは幸せだったのか
あんなに懸命に働いたのに
ろくな子供を残せなかったね
置き土産の安っぽい二階建てで
母親はやせ細って生きている

なぜ
どうして
なんのために
なんて
しなくてもいい自問自答を
繰り返すそんな時はとうに過ぎたけれど
それでも時々
ふとした瞬間に
そんな青臭さが
くすぐることがある
言ったろ
ひとは
歳を取るようでたぶん取らないって

結局のところ
ノウハウが増えるだけ
使える言葉が増えるだけ
嘘のように本当のことを喋ったり
あるいはその逆のことが
平然と出来るようになるだけ
なにかをわかっているようで
結局はなにもわかってはいない
年老いてやせ細ったりぶくぶく肥えたりした醜い身体で
どうにか恰好をつけようと目論むばかりなのさ

おれはイカサマ野郎だから
歳を取らないみたいに生きる
それはつまり
年輪に囚われないで生きるということだ
人生という大きなくくりで言えば
生まれてから死ぬまでは
生きるということだけなのだから

新しい夜が始まり
新しい朝が近付いてくる
だけど知ってるかい
地球は
ただ
くるくる回っているだけなんだ

一日の終わりに鏡を覗いてみると
燃え落ちたはずの俺の表面は
何事もなかったみたいにすっかり元通りだった
あの激しい痛みはなんだったのか
でもおれは
それが初めてではないことを知っている









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