2019/9/5

ただ真夜中が流れ落ちていくだけの  




















とある感触はおそらくは動脈からの血液を不規則に浴びるシャワーのようなものだった、だから俺はおとなしくしてそれを浴び続けていた、だってそれは俺の血以外には在り得なかったし、その中途半端な温度は浴び続けることにどんな苦労もなかった、これは惰性なのか、それとも好奇心なのか、それとも安住の地なのか…いくら考えても答えは出なかった、たぶんそのどれでもないなにかだろうがいざ言葉として表現しようとするとその程度のフレーズにしかなり得ない、しいて言うならそんな種類の暗喩だけが思考の端々を突っついていた―床に血だまりは出来ていなかった、だからそれは俺の中に戻っていっているのだろうと俺は思った、では出処はどこなのかというと、どれだけ目を凝らしてみても見つけることが出来なかった、確かに灯りはもう消していた、けれど、まるで目を閉じてでもいるかのような暗闇がそこにあるわけではなかった、夜行性のアナログ時計の針や、確実にどこかに接続されていることを知らせるルーターの小さなランプにより、部屋には瀕死の希望程度の光源が常にあった、でも俺は、その出処を決して見つけることが出来なかった、不可能である、という現実が示すものは、その式を解こうとする行為は必要ないということだ、だから俺はおとなしくそれを浴び続けていた、特別そうすることによってなんらかの変化があるわけではなかった、なにかに目覚めるとか、なにかを思い出すとか、安易な悟りを開くとか…そんなことはいっさいなかった、ただ一番早い記憶のような感触が連続し続けているだけだった、でも不思議なことに、俺はその場所を離れる気にはならなかった、いかさまな催眠術師にかけられた術がたまたま効いたかのようなぼんやりとした気分で、あるのかないのかわからない自我を楽しみながらずっとそうしていた、閉じたノートパソコンからはコステロのベストが延々流れていた、つけっぱなしのエアコンのせいで部屋はよく冷えていた、消してしまうとこの部屋はたちまちのうちに異様なほどの湿気に支配されてしまうのだ…血、俺は血について考えることにした、状況としては妥当な選択だろうと思える―詩を綴るということは、自分自身の血に縛られるということだ、そこを流れているすべての遺伝子を分解して、核を半分に割った時に転がり落ちてきたものを真実であるかのようにうたうことだ、俺はこれまでもそんなことを書いてきたし、またこれからも書いていくことだろう、そうすることによって俺は自分がどんなものであるか知ってきた、それはおおむね退屈と呼んで差し支えない人生において、その行程を繰り返すことはこの上ない喜びだった、快楽と言ってもいい…そうした行為が導いていくこの俺自身の心情のようなものは、俺自身の真実なのかあるいは妄想なのか、個人的にはどっちであろうとたいした違いはないのだが…その繰り返しがここまでの俺を調律してきたと言っていい、だから俺は自分の為のうただけはとりわけ上等に歌うことが出来る―感覚にフォーカスを当てることだ、それは間違いがないが、そうすることでどうなることを望んでいるのか?いわゆる解脱のようなものか?肉体を飛び越え、魂だけの世界を垣間見ようとしているのか?以前はそう考えていたこともあった、けれどいまは必ずしもそうとは言い切れない、それは非常にフィジカルなことでもあるからだ、だってそれは肉体のビートなのだ、肉体のビートを書きつけようとするときに肉体を忘れてしまったら…それはただの垂れ流される水のようなものだ、閉め忘れた蛇口から流れる水のような、単調でつまらないだけのものになってしまうだろう―はっ、と俺は思考の渦を逃れる、俺がそれを俺の血液だと間違いなく認識していた理由…シャワーから溢れ出してくる不規則なそれは、間違いなく俺の肉体が奏でているビートそのものだったのだ、だから俺は浴び続けることが出来た、当然のことだ…俺はひとつの奇異な現象として、俺自身の詩を吾身に浴びていたのだ、それは例えば言葉を音符に変換して、メロディーとして体感するようなそんなものだった、どうしてそんなことが起きるのだろう?気づけばそこにはいつもとなにも変わらない夜だけがあった、今夜は眠ることが出来るだろうか、と俺は考える、眠りなどまやかしだ、目覚めているこの時がそうであるのと同じように―俺の話していることなんてすべて嘘かもしれない、だけどそれがもしも記憶の奥底で目を出したなら、まやかしとしてはそいつは極上の真実となるのだ。







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