口元の汚れた八方詩人のしわがれたバラッド  











運命のやつがどうしても無様に俺を殺すというのなら、最後までみっともなくそれに抗うだけだ、早々と安全圏に腰を落ち着けた連中がそんなことは無意味だと俺に忠告する、世界のすべてを知っているとでも言いたげなしたり顔で…お前には何が出来る、何が出来るっていうんだい、その薄汚いしたり顔の他に?早いうちに落ち着いてしまえば御の字には違いないさ、それ以上どんなことも考える必要はないからな―だけど俺はこんな風に思うぜ…お前のその後の人生は、そこに留まった自分をひたすら肯定し続けるためだけのものになるって―いや、俺はお前の人生の是非を問いたいわけじゃない、お前はお前の好きにすればいい、ただ、俺の人生にどうこう言ってくるべきじゃない、俺にとってお前と関わることには何の得もありはしない、御免被るよ…胡散臭い価値観を押し付けられることには俺はいつだってノーと言うぜ、それは根っ子のない木のようなものだ、いいかい、しっかり立っていられるのはお前の功績じゃない、どんなやつでもそれなりに立っていられるようにきっちりと仕上げられた地盤があるだけのことさ、勘違いしちゃいけないよ、お前が偉そうに話している幾つかの事柄は、交通標語みたいに街中に張り出されていることさ―それは蛇のようにのたうちながらお前の耳に入り込んで意識の層を食い破り、やがて脳髄に到達し、支配するんだ、お前が話していることは、さほど人生を生きていないやつでももっともらしく喋れるテンプレートに過ぎないさ、俺にはそんなもの聞く必要はない、俺が欲しいのは、俺自身が生きるべき人生を確かに生きたという証さ、それ以外のものはなにも必要としていない、それ以外の事柄はみんな、北風に煽られて足元を転がっていくぼろぼろの落葉みたいなものだ―俺はいつだって自分自身の奥底にあるものを知ろうとしている、深層意識下の、おそらくは見るもおぞましい階層の下に隠れている何か、それはまだ言葉に出来たことがない、こういうものだとはっきりと悟ることが出来たこともない、ただひとつだけはっきりと言えることは、それこそがこの俺をいままで生かしてきた、それこそがこの俺をこの世界に立たせている…人間として生きることに興味はない、だから俺は詩人として生きている、この先に在るはずだ、この下に在るはずだ、運命のやつがどうしても無様に俺を殺すというのなら最後までみっともなくそれに抗うだけさ、俺はずっとそうして生きてきた、そしてそれはこれからもなにひとつ変わることがないだろう、そしてどこか失われた場所で人生の終わりを迎えるとき、人生でもっとも冴えた詩文を書くことが出来るだろう―俺は八方詩人、賢いやつにだけ見える棘を身体中に生やして胡散臭い街を歩く、人間や、運命や、人生そのものにはあらためて語るような価値などありはしない、ならばその中を自由に泳ぐのみさ、人生の価値や意味は、自分で築き上げる以外にない、お前には俺の言葉の意味など理解出来ないよ、だってそれはお前の世界にあるものとはまるで違うもの、俺は八方詩人、どこに居ようと何をしようと、ポエジーを見つけ出して齧りつき、その血肉を貪るだけさ、その光景はあまり見栄えのいいものじゃないかもしれない、だけど真実ってすべてを掻っ捌いたあとにしか出てこないものかもしれないぜ、肉に食い込む牙の感触が、喉元を通過する粘っこい感覚が、その記憶が血液のリズムとなり、そのリズムが俺にこうして詩を書かせるんだ、俺は本能に突き動かされている、でも支配されてはいない…いつだってそれを正しく解き放つための手段を求めているんだ、世界でもっとも静かに打ち出される弾丸だ、それはとても理性的な武器だが、同時に野性を滴らせている、思考によって咆哮するんだ、この先も俺として生きていくために―それは俺の脳内で反響を繰り返す、それが識別出来ないほどのうねりになった時、また俺は指先の中で牙を剥くだろう。






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頭のいい子が幸せになるのは難しい  
















四番街の真っ赤なシトロエンの中の焼死体は一七歳の娘だった、その車がいつからそこに止められていたのかということについては誰もはっきりと思い出すことは出来なかった、そこは居住区の端っこにある不便な地区で、家はあれど住人など居なかった、遺体はきちんとした工程で焼かれたものではなく、お粗末なシェフの居るレストランで出てくるステーキみたいな有様だった、まあ、そのおかげで彼女が誰かを知ることが出来たのだから良しとするべきなのかもしれない、身元不明の黒焦げの焼死体など哀れ過ぎて目も当てられない…身元がわかってもそれ以上のことはなにもわからなかった、天涯孤独の身のようで、両親は事故で死別していて、親戚や友達の存在、プライベートなどはどんなに探っても明らかにならなかった、名前はドロシーといった―家は見すぼらしい一軒家で、窓と鍵がきちんとしている廃墟といって差し支えないものだった、刑事はその家の前の狭い庭に駐車されている真っ赤なシトロエンを想像して首を横に振った、騙し絵を見せられてるような気分だったことだろう…私もそうだった―彼女はあのシトロエンを自分で買ったのだ、両親が死んだときに入ってきた金、それから父親と母親がそれぞれ隠していたへそくりに、何年も働いて貯めた金を足して…真っ赤なシトロエンは彼女の夢だった、たったひとつの夢だった―給料日のたびに彼女は嬉しそうにそのことを話した、その話はいつも、誰にも言わないでくれ、という言葉で終わるのだった、夢のことも、仕事のことも、という意味だ、彼女は自分のことを誰にも知られたくなかった、いまとなってはそれがなぜなのかわかることはない…両親が死んだとき彼女は十歳だった、もっとも、両親はあまり家に居なかったし、居てもあまり彼女に構うことはなかったから、彼女もあまり彼らをあてにせず、必要最小限の生活は自分で回すことが出来た、だから、両親が居なくなってもそれほど不便なことはなかった、ただ彼らが永遠に帰ってこなくなっただけだった、そしてそれは彼女の生活にとってどちらかと言えばプラスだった、ドロシーは背が高かったからすぐに自分で仕事を探して働き始めた、もちろん年齢は偽っていたけれどそのへんは事情が事情だから考慮してもらえた、人前に出ない、ある店の倉庫の整理の仕事だった、仕事自体は簡単なことだったから、幼い彼女にもきちんとこなすことが出来た、いや、そこらへんの大人よりも彼女の仕事はよほどちゃんとしていた、そうして働きながら彼女は、生活のために必要なこと―ライフラインの支払いとか、そういうことをひとつひとつ学んでいった、ドロシーはとても賢い子だった、一度教えたことはきちんとこなすことが出来たし、場合によってはよりよい状態になるようにアレンジが加えられていた、すべてにおいてそうだった、仕事にしても、生活にしても―セックスについても―私は彼女と過ごした長い時間の中で、彼女のことを賢過ぎて気持ちが悪いと思ったことが何度かあった、それはきっと彼女にも伝わっていたのだろう、時々とても変な顔をしてわたしを見るわね、と私に言ったことがあった、そして彼女はそういうたびに言動を少しずつ控え目にするのだった…頭のいい子が幸せになるのは難しい、頭の悪い人間が考えていることまですべて見えてしまうから―私のこともそうだった、初めはきっと、頭のどこかで描いていた理想的な父親像を見るような熱烈な憧れでもって私を見つめていただろう、賢い子だってひとつやふたつ致命的な間違いをすることはあるのだ―私にだってそのことはわかっていた、彼女がいつか私を見限るだろうことは…いつかあの真っ赤なシトロエンで、私をここに置き去りにしてどこか、本当に居心地のいい場所を求めて走り去ってしまうだろうことは―私がそんな思いにとらわれるようになってすぐ、彼女は仕事を辞めたいと言った、お金がある程度溜まったので都会に出ていろいろなことを知りたいのだと…それは同時に私との関係もここでお終いにしたいと言っているのだった―彼女は少し怯えていたように思う、私が怯えさせてしまったのかもしれない―自分が何と答えたのか私には思い出せない、嘘をつくな、嘘をつくなと、頭の中ではそればかりが繰り返されていた、私はドロシーを愛していた、彼女が自分のもとを去ってしまうなんて信じたくなかった、私は、だから…








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真っ白な紙、塗れば絵、綴れば詩。  




目次を並べ過ぎた人生が血の混じる呼気をする午後に、極彩色の蝶の群れが辺りを飛び惑う―もっとも実感的な幻によって世界が塗り潰される、緩やかな、けれどどことなく不穏な旋律が死体を食らう蛆虫のように爪先から身体を這い上がってくる、レクイエムの乱打される中を、毒々しいほどに赤い飴を舐めている、そうすることで足りないもののことを忘れようとしているみたいに―どこかで、そうさ、騙すことばかりを考えて生きてきた―誰かを?それとも自分をか―?問いかける事ばかりのモノローグは誰にとってもなんの足しにもなりはしない、そしてそれは、思考によって羅列されるすべてのものに当てはまる…要、不要で語るなら、こんなもののすべてはきっと不要に違いないのだ―ではなぜ書くのか?生まれてからこれまでに目にした、手にしたものの中で、これが一番しっくりくる不要だったからだ…俺がなにを言おうとしているのか、もうわかるだろう…そうさ、意味ある事、価値ある事なんて、本当はこの世にはなにひとつありはしない―考えてもみなよ、俺たちが定義することがすべての真理だとしたら、それ以外の生きもののすべては嘘だということになってしまう、まさか、彼らが自分たちと同じ言語を用いないからといって、君は彼らを見下していたりはしないだろうね?俺が言いたいのはつまりそういうことさ、俺たちはなにも、特別な命題を抱えた生きものだというわけじゃない、彼らと同じように、ここにただ生れ落ちて、本能のままに生きてるだけのものなんだよ、そして、そんな中でそれぞれの種が、自分だけの言葉を見つけ、自分だけの向かうべき方向を見つけて歩いて行く、まるでなにかに誘われるようにね―それを神だなんて言うつもりはない、それに凄く近いニュアンスを持ったなにかには違いないけれどね…自分の身体を構成しているものが、どんな成り立ちによって築き上げられたのか、不思議に思ったことくらいあるだろう?そう、本当は、生きものには無理なことなんだ、「知る」という芸当はね…生涯、わけもわからずあちらこちらをひっくり返して、その時その時の現象の辻褄を合わせていくだけなんだよ、だって俺にも君にも、期限が区切られているわけだから―人生なんて瞬きの間のことだ、長く生きれば生きるほどそのことははっきりとわかってくるだろう、みんな少しずつ過去を取りこぼしていく…その中で、なにがいったい手の中に残っているのか、それを確かめるためにこうした手段を用いるわけさ―もうわかっただろう?こんな小理屈は、生きものとしちゃまるで無意味な戯言に過ぎないんだ、そのことだけは決して忘れちゃいけない、思考はするべきだ、どんなことについてだって、ある程度の成果が得られるまでは何度だってしつこく繰り返すべきだ、だけどそれによって得たものを信じ過ぎてはいけない、道路標識ぐらいのつもりでとらえておくべきだ、思考によって得たものを信じ過ぎると生きものとしてはそこで止まってしまう、それを語り続けるためだけの自分になってしまう、いいかい、大切なのは結論じゃない、いまここでなにを手にしているのかということを洗いざらい語ることさ、そうやって誰かを、自分を上手く騙してやるのさ、俺たちは生きものとしては少々厄介なものを抱え過ぎているんだよ、なにしろ吠えるにせよ噛みつくにせよ、ある程度の手続きというものが必要になるんだからね―やり方を間違えたら笑われておしまいさ、本能を、野性を、その内に秘めたままどんなふうにして生きていくのか―きっとそんなもののためにこうした嘘が必要なのさ、獣のように生きることは出来ないけれど、獣のような誇りはまだ胸の中で赤々と燃え盛っているのだもの。










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