陽炎のような真実の重さを  























苦しみの記憶のように手のひらは赤く血走っている、毛細血管のなかを歪みが駆け巡っている、おれは繭のようになにかを抱えようとした姿勢で横たわっている、脳裏には真っ白い壁を放射状に散らばっていく亀裂のイメージが張り付いている、狂気の音譜は枝分かれするとしたものだ、トタン壁を遺言のような雨が打ち付けている、それなのに喉は渇ききっていて無理矢理に唾を飲み込むと軽い痛みを覚える、夜には人々の本性が芽吹かなかった種のように転がっている、それは遺失物のように存在していてどれがだれのものなのかまるで判別出来ない、なに、べつに珍しいことじゃない、吐き出されるもののほとんどは無記名としたものさ、でもおれはあるときそこに名前を刻むことにした、はじめは呟きのようなささやかなものだったが、だんだんとそいつは覚えてきた、いきもののように成長してきた、自分が求める場所へおれを誘うようになった、おれは手を引かれるままに歩き、さまざまな現象を目にした、こんな遊びを覚えることがなければおそらくは無自覚に見過ごしていただろうさまざまな現象を、開かれたもうひとつの目で見つめ続けてきたのだ、それはおれに真実の在り方というものを教えた、真実とはつまり、そこにそのまま存在している現象そのもののことだ、それ以外のものは妄想や想像や勘違いや後付けに過ぎない、けれど、真実とはそのとき目に映っているもののことではない、形状ではない、存在を受け止めるということだ、成り立ちを理解出来るかどうか、ということなのだ、おれはその遊びに夢中になった、中毒者のようにのめり込んできた、歩を進めれば進めるほど、真実は無数の言語を、感覚を秘めるようになってきた、おれはすべてを受け止めながら、すべてを理解しようとはしなかった、それは多過ぎて、いちどきに飲み込むのは到底不可能だった、だから気になるものから飲み込むことにして、少しずつ理解していった、ひとつを理解するとその次のなにかが理解出来ることもあったし、ひとつの理解が少し前に飲み込んだ理解の質を変えることもあった、おれは理解の種類には戸惑わないことにした、大事なのは自分で余計な道を引こうとしないことだ、おれには初めからそれが判っていた、とはいえ、それを証明する手立てはなにひとつないけれど、もしかしたらおれがこうして並べるものすべてに、その理解の片鱗は現れているかもしれない、おれはそのことにあまり興味はないから、自分でそれを探してみようとは思わない、決定は決定ではない、でもそれは確かに感知されている、大事なのはそこにピリオドを打たないことだ、次に何かを書き足せるように、あるいはそこから軌道を修正できるように、そこでお終いにしないことなのだ、おれが羅列を繰り返すとき、そこには出来るだけ真実を模倣しようとする試みがある、もちろんそれとてこのおれの推測に過ぎないのだけれど、少なくともそうしたことを試みている、理解の話と同じように、ひとつの文にはその前後の文のための意味を含んでいる、スタンドアローンではないのだ、それならこんなにたくさんの言葉を必要とはしない、それは海を語るのに似ている、青色の美しさや、珊瑚や魚のフォルムの美しさだけを語っても、海を語ったことにはならない、海の一部を切り出しただけのことだ、そいつののぞむかたちで、見栄え良く取り出して見ただけのことなのだ、本当に海を語るなら、深海の暗闇や、そこに棲むおぞましい容姿の連中のこと、海底に沈む白骨や難破船の破片のことまで語らなければ、本当に海を語ったことにはならないだろう、美しさのなかに美だけしかないなんて、そんな都合のいい話はまさかありはしないだろう、もちろん物量的にも感覚的にもそのすべてを書くことなんて出来はしない、出来るだけたくさんの要素を含まなければならないということだ、たくさんの物事を知ろうとすると、あらゆる種類の感情が渦巻くなかを潜り抜けていかなければならない、それはときおりおれを狂気の範疇へと連れて行く、生命として分不相応な真似をしているのではないかという気にさせられることがある、けれどそれはおそらく未知に対する恐怖のようなものなのだ、この先に踏み込んでいいのか、とんでもないことが起きるのではないか、そんな思いが心を躊躇わせるのだ、けれどそこには必ず足を踏み入れなければならない、おれは確かにそうして知り続けてきたのだ、ねえ、ちょっとしたしあわせのことや、優しい心のことなどおれはうたうつもりはない、もちろん、気まぐれにそんなものに手を付けることもあるけれど、おれの行きたい場所はいつだって決まっているし、そっちに居る連中も腕組みをしておれのことを眺めている、余裕の笑みを浮かべてね…癪だから、ムキにならざるを得ないんだ、こう見えておれは負けず嫌いだからね。











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Spring Can Really Hang You Up The Most  






さようなら、うつくしい雨が消えていく
冬の破片があちこちできらめく街
ささやかに風の模様が刻まれた傘をたたんで
きみはアーケードの中へ姿をくらませた

九十日垂れ流されたクリスマスキャロルが口をつぐんで
ニューイヤーの装いが忙しなくさしだされる
ひとごみはやれやれと
ただそうしてきたからというだけの理由で年の瀬を執行する

おれはときどきそんな街のなかで
信じるものがあったころを思い返す
いまにして思えばそれは
残り時間が暇潰しに描いている希望のようなものだった

もう、そうさ、おれたちは
これからどんな気をつかうこともない
洗濯もののように横たわって
字幕つきの夢を見続けることだって出来る

凍てつくような週末のはじまり
コートのポケットに突っ込んだ両手は
どんなに握りしめてもあたたかくなることはなかった




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その気になって、浮かれてないで。  














あの…あれよ、こうやってさ、ワードの前でガッツリ集中して、己の理想とするスタイルとスピリッツをコンコンと追及して見たところで大半の感想は「読みづらいです」みたいなもんだしさ、本当何やってんだかと思うことだってそりゃあるわな。けれど、それはそれこれはこれ、でしょ?俺は俺のやるべきことをきちんとやる、それに変わりはないけどね…あの、あれ、尾崎のプロデューサーがさ、「彼は難しい方へ難しい方へ行こうとしてた」って言ってるわけ、尾崎の死後に出た本のインタビューでね。「外気が肉体を冷苞する」とか。「寒くて凍えそうだ」でいいんですよ、みたいな…でもさ、それって正しい姿勢だと思わん?難しいっつうかさ、より深いところに潜ろう、より奥の暗闇へ入ろうっていうのはさ、プロだろがアマだろが表現に手を染めたもんには当然訪れる欲求だと思うんだよね。まあ、あの、プロだのアマだのっていう線引きがすでに甘ちゃんなんだけどね、甘ちゃんの発想。まあそんなことはいいんだけど―「外気が肉体を―」って言わなきゃ通じない部分を言いたくなるのは当然のことなんだよね、俺ぁそう思うよ…まあ、いきなり自己肯定みたいなこと言い始めてなんだって思われるだろうけどさ、スタンスなんてそういうもんでしょ。主義として主観だろうが客観だろうが主観に過ぎないんだからさ、それが判んないやつは浅いよ、そう思わない?とにかくね、なにかにつけ標準レベルみたいなのを設定するの、好きだよね、みんな。下は論外だけどさ、それ以上上行っちゃ駄目だよみたいなことを本気の目で言うわけ、コワーイ。そんなもん気にして書くくらいならもうやめちまえって思うけどね、個人的には―個人的にはね。そんなライン気にするんだったらサラリーマンしてればいいの。はぁ?サラリーマン舐めんなって?いや、舐めるよ俺は。だって俺嫌いだもん、そういう努力(笑)いや、そこで一生懸命やってきちんと結果出すやつは凄いと思うのよ、でも人間として好きになれるかっつったらなれんもんね。(あ、こいつとは仲良くなれないな)って五分二十秒ぐらいで気づくよね。まあ、もちろん、その直感は間違いだったって、そんなこともあるよね。でも、そこで仲良くなれるやつっていうのはさ、やっぱりサラリーマン以外の自分ってもんをちゃんと持ってるやつなのよ。あ、待って、「そんなのみんな持ってるよ」って言うのやめて。そんなレベルの話じゃないのよ。実はネトゲで英雄とか、ユーチューバーで本業より稼いでるとか、そういう話じゃ無いの。ハァ?って思うかもしれないけど。ああ、こんなこと書くから現実社会で変なのに目つけられたりするんだよな。いやこっちの話。まあ、なによ、ややこしいことばっか書いてるとやっぱりややこしいことになるのはまあ当然だよね。そうなるとさ、「意を汲む」って作業を知らない人間は簡単なとこばっかりピックアップするわけ。全部読まない。判るとこだけ読んで判ったような顔するの。批判めいたこと言われることとかもあるわけ。だけどさ、そういうこというやつってなんか、「無難な小品」でたまにお茶を濁してるようなさ…ツイッターでめちゃくちゃ呟くの止めて少し真面目に書いてみたらどうなんだ、みたいなね、そんなヤツ。意気込みとかスタンスについて語るほうが余程長くて無駄に熱いっていう…(笑)いや、まあ、いいんだけどね。それがそいつの真面目さならさ。欲しくないよね、俺はそういうの。得にならないもん。なんの話してたっけ?そう、やっぱりあれ、ツイッターとかの弊害なのかね?なんかこう、適当に断罪してオレエライみたいなのさ…それがまた、いろんな人が言ってるみたいなことでニュースになったりするじゃん?どうでもいいような発言上げ連ねてさ―「下品だ」「不謹慎だ」って言うんだよね。そんなことに躍起になってるお前が一番下品だからね?って思うんだけどね、ふふ。そう、あのね、何が言いたいかっていうと、テメエに目を向けろよってことだよね。余所見してる間に自分はどんどん退化していくよ、って。俺だっていろんなこと言われるんだよ、まったく身に覚えもないようなこととかもね。だけどそういう時に、「しゃらくせえ」ってこう、バンと書くわけ。「知らねえ、俺はこうだ、ずっとこうだ」ってね。で、「さあ来い」って。でも来ないよね、誰も(笑)ちゃんとはね。あのー、時々勘違いされるんだけどさ、俺別に怒っても嘆いてもないんだよね。感情真っ白で書いてるからさ、自分でなに書いてんのかもよく判ってないのよ、実際。なんていや良いんだろうねぇ…「集中を楽しむ」っていうかさ、そういう目的だけで書いてるから。言葉ほじくるよりテンション感じてもらった方が判りやすいかもしれないなー。詩って、自分を解体する作業だと思ってるから。解剖って言った方が俺っぽい?ガハハ。だからね、書くときにネタ漁ったりとかもしないよ、どっかの人みたいにね。コンスタントにこの物量出せる人間にそんな作業必要だと思う?俺が欲しいもんは俺の中にしか無い、そういうことよ―まあしかしあれだ。クリスマスイブになに書いてんだって俺。いや、ぼっちじゃないけどね。ちゃんとカノジョとディナー食ってケーキ食ってプレゼント交換してきたよ。どうよ?クリスってる?いや、下ネタじゃねえよ、考え過ぎだよ…。ここまで読んでなにこれ?って思う人居るだろうけど(その前にここまで読まねえか)、いいじゃん、別に。イブなんだしさ。








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