オカルトとゴシップとビジネス、我が物顔のコミック  












豪雨の窓辺で蝋細工の悪魔が猛り嗤っている気がしたハリケーンの夜、あれはいくつの時の記憶だったのか、脳の片隅で日付を失くしていた、スマートフォンのお前のデータをダイヤルしていた、深い眠りも覚ますほどコールし続けたけれど、いまはこの世界には存在していないらしかった、デジタルの電話は糸のように切れる…思考の中でバラバラと小石が落下し続けていた、そのせいか俺は自分がアフリカンパーカッションか何かになってしまったような気がした、悪い予感だ、それは限りなく鳴らされてしまうだけのものだーキッチンで水を飲んだ、蛇口から溢れ出る乱雑な流れの水からはちゃんと真夜中の味がした、俺は少しずつグラスを傾けて、冷たさで消化器官をマーキングした、胃袋まで降りたところでそれは行方不明になった…ひどい不調の後、脂汗の滲んだシャツを脱いで、食肉の保存庫のような浴室で呆れるほどの湯を浴びた、そうしながら少しの間眠っていた、気絶していたのかもしれない、「本当は誰も居ない世界に雨が降り続いているだけなのかもしれないんだ」目覚めたときにそんな、アニメーションの一説を思い出した、そのセリフを口にしたものもとっくに居なくなってしまっていた、冬はいつだってどこかしら、親しい死を懐に忍ばせてやって来る―それを昔よりも愛しいと思えるようになったのは歳を取ったせいだ…そうだよね?ずぶ濡れのまま洗面所で鏡像に話しかける、彼は見覚えのあるぎこちない笑顔でずっと笑っていた、震え始めてようやく身体を拭く、何が大事なんだ、どうしてそんな風に体温を維持しようとするんだ、着替えを身に着けると途端に虚しくなる、活動と消耗がどこまでも付きまとってくる、人生は蛇のプールでゴールを探すようなものだ、最悪なのは最期には必ず溺れてしまうことさー蛇のやつらにゃ難しい話なんか通じないからね…覚えておくといいよ、愚かしい連中は必ず、脚を引っ張ってくるものだ、足首をつかんで、身体をよじ登ってこようとするのさ…そんなもの相手にしない方がいい、振り払ったら、知らない顔で立ち位置を変えることさー飲み込んだ夜は小便に変わる、そして排水溝へ飲み込まれていく、夜だって時にはそうやって溺れてしまう…海底に辿り着こうとする、水圧や、酸素の問題をクリアして…時々そんなことを目論んでいるような気がする時がある、黙って背中を押してくるもののことは正直なところよくわからない、ただ衝動に任せて向きを変えてしまうだけだ、でも知ろうとすればするほど、それはより遠いものになってしまうだろう、そもそもわからないものだからこそ、そうして求め続けることが出来るというものだ、真夜中の街を歩こうと思った、今夜は多分上手く眠ることが出来ないに違いない、もう酒を飲ませる店だって明かりを消す時間だ、下らない人間はタクシーに乗って素晴らしい我が家へ帰っていくー働いて、酒を飲む、そんな暮らしを幸せと呼べる人間のなんて多いことか!澱んだ目玉が見つめる日常には誇るほどの意味はない、そんな誰かの幸せは俺をひどく憂鬱にする…玄関に鍵をかけて、小さなエントランスを通り抜け、街路に出る、冷気がパレードを始めている、耳の中できいんとなっているのは、なんていう楽器の音色だろう?パレードに沿って歩く、そんな風に歩いていると、モノクロの懐かしい映画を思い出す、イギー・ポップの音楽が印象的だったなーコンビニエンスストアにはひとりの、小柄な若い女と、ひとりの中年の男が居て、それからひとりの俺が居た、誰もがひとりだった、ひとりは生理用品の前でどちらにしようかと悩み、ひとりはカップラーメンを超機密任務のように吟味していた、俺は窓ガラスに映るそいつらを見ながら、同時に並べられた雑誌の見出しをぼんやりと眺めていた、オカルトとゴシップとビジネス、我が物顔のコミック、肩身の狭くなったアダルト…あらゆる種類の欲望がまとめられていた、俺は週刊の漫画雑誌を立ち読みした、巻頭では若い女が不自然なほどの大きな乳房を小さな水着で隠して海沿いのカフェで果物を挿したグラスにストローを突っ込んでジュースを飲んでいた、十二月の雑誌のグラビアがどうしてそんなコンセプトなのかどんなに考えても理解出来なかった、やたらと下着を見せびらかす同じ顔の女がたくさん出てくるものと、とりあえず強い敵に立ち向かっていく友情を売りにするものと、昔の少女漫画みたいな純情なラブコメを読んでやめにした、結局どのページを読んでもその本のことは理解出来なかったーでも一番目立つところに平積みされていた、そういうものなのだ、理解出来ないものばかりが飛ぶように売れている、ふと、「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」のメロディが頭に浮かぶ、そして、馬鹿みたいだと思った、温かい飲み物を買ってコンビニを出た、飲み干してゴミ箱に捨ててしまうと、こんなことのために外に出たのかという後悔にとらわれた…すぐに家に帰ろうと思ったけれど、コンビニ前の信号は投げやりに点滅を続けていて、そしてどれだけ待っても明けそうにない夜が幾重にも下ろされた暗幕のように揺れながら立ち込めていた。











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遺失の痣  











蜥蜴が乾涸びて鮮やかな炭になってた、それは現実に路上で起きたことだった、だが俺は、どうしてもそれが真実だと信じられなかった、時に真実はあまりにも単調で、ウンザリするほど単調に過ぎる、踏みつぶせばそれは、形を失くすだろう、踏みつぶせばそれは、灰になるのだろう、小蝿が人に集り続けるのはきっと劣等感からさ、数珠を左手に巻いた老婆とすれ違う外れの国道、笙の音色に似た声の鳥が鳴いている、空は治りきらない蕁麻疹みたいにじくじくとして、信号待ちで左の鎖骨のあたりを掻いてしまう、斜めに刻まれただろう幾筋かの爪傷が語りたがるのは上昇か、それとも落下だろうか?風が吹き抜けるたびに誰かの囁きが聞こえる気がする、俺は時計を見ただろうか、安物の腕時計は午前遅くを示していた、時刻なんてアナログの文字盤程度に知るのが一番いい、靴底は人生とともに擦り切れる、でも靴を変えるたびに新しい世界が始まったりなどしない、時々は比喩にすべてを頼り過ぎる、わかるだろう、色を付けない限り白か黒しかない、ゴム底はあまり音を立てない、でもリズムを生むことは出来る、聞こえる音だけが音ではない、海の方へと曲がる緩いカーブを曲がると堤防沿いの小道は銀杏の葉で埋め尽くされていた、幾つかの葉が助けを求めるみたいに、あるいは何かを企んでいるかのように、俺を手招きしていた、道に落ちたものばかりが語りかけてくる、ヘリの音がして空を見上げる、はっきりとはわからないがドクターヘリのようだった、そういえばこの近くにヘリポートのある病院が建ってたか、友達はその病院をやたらと嫌っていた、そういえば蕁麻疹持ちのやつだったな、体調不良で退職したらすっかり良くなったって笑ってた、このまま海を見に行くのはよくない気がする、俺は踵を返した、元来た道を帰ろうとして、いままで気にしたこともない小道が気になった、迷子になるのもいいかもしれない、あるいは、長く歩いた挙句行き止まりになって引き返すようなありさまでもいい、それは街中で言うなら、古い住宅地には必ずある路地裏のような道だった、両側には背の高い雑草がただただ生えているばかりだった、もともとは何かがあったのか、それともずっと昔からそのままだったのか、ほんの少し草を搔き分けてみてもそれを教えてくれるものはまるで見つからなかった、そんな道が四十分近く続いた、一本の枝がこれ以上通るなという風に脛の高さに横に渡されていた、両端がどうなっているのかと探してみたら束ねた草に縛りつけられていた、誰かの土地なのだろうか?でも訪れるたびにこの枝を解くのは相当な手間だろう、少し迷ったが跨いで先に行くことにした、ただの行き止まりの印だろうか?それならそれで、どこで終わっているのか見てみるだけだ、それからまた半時間は同じ景色の中をただ歩いているだけだった、そして、朽ちかけた一軒の廃屋に辿り着いた、おそらくは小さな畑だったのだろう草塗れのスペースの後ろに、古民家を改装したみたいな平屋の一軒家だった、家の中心にあたる部分の屋根が陥没しかけていた、その家からどこに続く道もなかった、新しい造りなのに、とてつもなく古いもののように見えた、そして、孤独を守るためだけに建てられたようなものに見えた、玄関は開いていた、あまり広くない、二人並べばいっぱいになりそうなその玄関に、女が座ってこっちを見ていた、俺が会釈をすると、女もそうした、俺は近づいていった、女は一昔前に流行った膝までのゴツゴツしたブーツを履いて、身体をすっぽりと覆うようなグレイのコートを着ていた、そしてなぜか、雨も降っていないのに全身がほんの少し濡れていた、君の家?と俺は訊いた、女は黙って首を横に振った、口にするような言葉は持っていないの、と話しているような仕草だった、次は、雨宿り?と訊いてみた、どうかしら、というように女は首を傾げた、少し中を見て歩いてもかまわないだろうか、と俺は訊いてみた、なんなりと、ご自由に、というふうに女は左手を、手のひらを上に向けて屋内を示して見せた、俺は靴のまま上がって、家じゅうを歩いた、特別何もない家だった、ただ浴室だけが、不思議なほど汚れていた、まるでそこだけで誰かが生活していたみたいに、俺は薄気味悪くなって玄関に戻った、楽しかったか、というふうに女が俺の顔を見た、俺は女の真似をして黙って肩をすくめた、「君は見なかったのか?」うん、「ひとつだけおかしなことがあったよ」俺は浴室のことを話した、女は黙って聞いていたが、俺を見たまま急に目を大きく見開き、途方もない悲鳴を上げた、目一杯歪ませたギターの高音弦のような声だった、俺は唖然として、悲鳴を上げる女とただ見つめ合っていた、永遠に続くのだろうかと思われた悲鳴は電源を切るみたいに途切れ、女は立ち上がり、唯一の道へ向かって駆け出した、追うべきだろうか、と考えているうちに別の世界に吸い込まれるみたいに消えた、俺はしばらく目の前の景色を眺めていたが、それ以上もう何も起こらないだろうと悟ると、立ち上がり帰ることにした、玄関を出て、少し歩いたころに、背中で何か小さな音を聞いたような気がした、振り返るとさっきの女がさっきと同じように玄関に腰を下ろして、俺を見て微笑み、さよならという風に右手を振っていた、俺は右手を振り返して、そのまま国道へと戻った、自動販売機で飲物を買い、自分がまだ生きていることを確かめた




道に落ちたものばかりが語りかけてくる。













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過去の歌、散らばる道  













昨日の雨が水たまりのまま凍りついた海沿いの二車線は
曇り空の下で果てしなく寒々しく
わたしはブーツの滑り止めの具合を確かめてから
葬列の最後尾に着くみたいに歩いた
水平線は薄明りと虚無に飲み込まれていて
どれだけ歩いてもそんな曖昧な世界が
確かにずっと続いているだけだった
数十年前に潰れたコンビニの建物が
いまでもそのまま佇んでいる
何度かそこで買物をしたことがあった
ずっと煌めいていた
晴れの日が何日も続いていた頃に
こんな日には
堤防拡張工事の砂を運ぶダンプも
あまり砂を巻き上げずに通り過ぎていく

イヤホンで聞いているのはラジオ番組だった
どうしてみんな夏の終わる頃にだけ
狂ったように海の歌をうたうのだろう?
穏やかな春にも
縮み上がる冬にも
波はこうして砂浜をなめているのに

もう少ししたら
雨が少しだけ降るかもしれない
それはもしかしたら
雪に変わるかもしれない
川と海が交わるところ
河口大橋のあたりまで歩こうと思った
人生を
いろいろな風に迎え入れようとした時代のことを思いながら
つかむ、見つける、待つ、追いかける
だけど結局それは
滑らかに流れるべきいろいろなところを
無理やり堰き止めていたに過ぎなかった
人生はパンではない
それ相応の対価と、ともに
引き換えられるような甘いものではない

砂浜を三本脚の犬が歩いていた
歩いている理由は多分わたしと同じだった
やがて霧雨が降り始めた
雨の中に居ると
ほんの少し生きている気がするのはなぜだろう
目を覚ませ、目を覚ませと
優しい誰かに身体を揺さぶられているような
そんな気になるのはいったいどうしてなんだろう
折り畳み傘がバッグの中にあったけれど
取り出すことはしなかった
誰に会う予定もなかったし
きっと
困るほど濡れることはないに違いない
堤防の先端に居る釣り人も
知らん顔をして糸を垂れたままでいる

テレビのカメラマンらしき人が河口大橋の下で
とても真剣な様子で波を撮影していた
夕方のニュースででも使うのだろうか
もしかしたらわたしの思い違いかもしれないけれど
静かにカメラを動かしている体格のいい年老いた男は
まるで自分がもうすぐ死ぬと思っているみたいな感じがした
わたしは橋を渡ることにした
歩いて渡るのは初めてだったけれど
そこでおしまいにするのは躊躇われたのだ
ごうごうと下品なまでの自意識で車が行きかう端っこを
舞台袖を移動する演者のように歩いた
橋もやはり少し凍っていたけれど
歩くのに苦労するほどではなかった
水平線には眩しい光が少しだけ見えた
けれど



今日あれがここに届くことは多分ないだろう














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