そして鍵の形はいつも同じではない  










無数の砂鉄が強烈な磁力に引かれある一点に群がるみたいに闇がひしめき合っていた、密度は増し続け、それは完全なる黒とでも呼べそうな、もはや重力と呼んでもかまわないようなそんな黒だった、俺は緩慢な瞬きのようにゆっくりと目を開いては閉じてを繰り返していた、闇はもう怖くなくなった、なにも見えていないわけではない、暗闇がはっきりと見えているのだー詭弁だというならそうかもしれない、でもそんなことを突き詰めてみたところでなんの意味もない、矢を射るのなら的に当てることを目標としなければいけない、無意味な逡巡はしない、ずいぶん前にそう決めていた、音楽が流れていた、コンピレーションアルバムだ、過去の音楽に最新型の衣装を着せて、広いカフェで流すために作られた耳障りがいいだけの…眠るのに最適といえば最適な音楽、もちろん、そんなものでかまわない夜に限りということだがー音楽、そう、コンポシステムが稼働しているのだ、小さなディスプレイのライトがどこかに見えていないといけない、でもそんなものはどこにもなかった、オーケー、現実的な闇ではない、と俺は認識した、闇の中で考え事をしてはいけないというのはよく耳にする話だ、けれど俺にはそんなことどうでもいい、むしろ、気を散らされることがない分、闇の中での思考というのは自由に動きやすい、ポジティビティは時折自分たちが望む真実以外には目隠しをする、闇の中でおかしなことを考えてしまうというのは、所詮悩みでもしない限り頭を使うことがないような人間にだけ相応しいフレーズだ…ところがその夜俺にはなにも考えることがなかった、四六時中何かを考えているとそういう夜はよくある、よう、少しは休ませろよと思考回路がだんまりを決め込んでしまうーだから俺は必要最小限の動作だけを残して、木のようなものになろうとして横たわっていた、表通りを走る車のエンジン音や、近所で営業しているカラオケバーの、排水溝を流れていく汚水が立てる音みたいな雑音が聞こえてこなければいけないはずだったが、そんなものはまるで聞こえてこなかった、現実的な闇ではない、と、俺は意識的に再認識をした、おかしなことなんて初めてじゃなかった、それは俺の気をふれさせようとしているものではない、俺を保とうとして仕組まれたプログラムだと、そう考えていた、現実にそんな出来事が俺を危ういところに連れて行ったことなど一度もなかった、そこに身をゆだねればなにかしらの気づきがある、と、この闇程度には濃密に求めてきた人生の中で俺はそういう実感を得ていた、言葉が何かを伝えるというのは幻想だ、だから繰り返される、すべての現象にはそういうからくりがある、だから更新され、繋げられていくのだ、そこにもしも最終到達点があったとしたら、人間などもう生まれてくる必要はないはずだ、いや、もしかしたら、今現在そうした、間引きのような作業が行われているのかもしれないけれどねー進化はゆっくりと行われる、目に見える進化などない、すべては素知らぬ顔をして、摺り足で少しずつ移動している、見ていないうちだけ動ける子供の遊びみたいにさ…闇の中に居るのは明るい中に居る時ほど退屈ではない、見えないもののことを考えよう、と、俺は突然思いつく、見えないものとはなんだ?まるで禅問答のようだ、見えないものとは俺たちのような人間のためにある、俺たちのような人間が世界と言うとき、そこにはそいつが持っているすべてのものが含まれている、俺たち、俺は世界のために生き、世界のために死んでいく、上手くいこうが上手くいくまいが、そこから離れることは出来ない、そこに居なければ意味がない、それだけは誰に言われるでもなくはっきりとわかっている、だからこうしている、だからーこうしている、本当の意味でそこに何があるのかを知るには印象に頼ってはいけない、印象は始まりに過ぎない、それを足掛かりに、様々な分岐や、可能性について考える、あらゆる方向への思考が一段落ついたときに、初めておさまりのいい真実というのが生まれてくる、それが誰にとってどうかなんて考える必要はない、他人なんてすべて幻想に過ぎない、そうじゃなくては、器を持って生まれてくる意味などないはずじゃないか…勘違いしないでほしい、俺にはなにも遮断するつもりはない、そうした幻想共有して、面白がれる相手なら歓迎するよ、まあ、目に見えるものだけを見て悦に入ってる人間はご遠慮願うけどね…二、三時間話してみたって、こちらが得るものはなにもないからさーおや、と俺は気が付く、闇は次第に薄まり、見慣れた部屋の景色が薄明りの中にぼんやりと浮かんでいる、やれやれだ、と俺は毛布をかぶり直す、明日は下らない真似をしに出掛けなけりゃいけない、少し寝不足になるかもしれないが、だからって取り立てて困るようなことも別にないだろうー。














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