無波動の寝床  

















本当のことはとても静かにやって来る
俺がそうだと声高に叫んだりなどしない
気づいたらいつの間にかそこにいる
迷うヒマなど与えてもくれない

ハーフムーンに見下げられながら
凍えて帰った遅い夜
くだらない動きと記憶の連続で
シャワーの湯気の中で少しの間目を閉じていた
ずぶ濡れの身体を拭きながら
ふと零れたのは古い日本語のブルース
ベイビー、ベイビーって
使ったこともない言葉だけど
自然に歌えるならそれでいいじゃないか

詩集や小説のページをめくり
目についた音楽を流していると
あっという間に日付変更線が来る
悪足掻きなどさせてもくれない
下手すりゃ机で眠ってしまいそうだ
暖かいベッドで
暖かい夢を見せてよ
悪夢になるなら
せめて目覚めさせて

明け方に目覚めて
薄暗い部屋を見ている
まだ眠れるはずなのに
気の早い光が
波のように天井を流れるのを見ている

夢は暖かくも冷たくもなく
日頃の虚無から辻褄を抜いただけの
落丁本のような仕上がり
色がないのに不吉な
幾つかの場面を思い出す
それが見たかったものかもしれない
ほんの一瞬だけ
そんなことを考える

幸福や不幸なんて
思えばそんな尺度を持ったことがなかった
生きられるか生きられないか
動けるか動けないか
得られるか得られないか
そればかりで
そのどちらかばかりで
いらだちや反動で
いつも次へと懸命に飛んでいた
俺になれるか
お前は俺に
無波動の寝床は
指を突き付けてくる
俺は目を剝いて
そいつに齧りつくのさ
おはようございます
朝のラジオが言う

うるせえ
もう少し



寝かせろ








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揺るぎ無いイズム  











俺の脳味噌を取り出して、バラバラに解して、床に真直ぐに並べていく、ベルトコンベアーの上で、次の処理を待っている食肉みたいに…どうしてそんなことを思いついたのか分からない、ただただ退屈で仕方がなかったけれど、そんなことのせいだとは思えない、行為に及んだ以上、そこにはなにか動機が必要なものだとは思うけれど…だけど、だけど、そんなことって、言葉でこうだって説明出来ることばかりでもないじゃないか、無理矢理近いニュアンスのフレーズを捻り出してみたところで、なんだか嘘をついているみたいな気分になるのがオチさ、もう俺はそんなことしたくないんだ、言葉の限界を知っているからこそ、こんなことを続けているわけだからね…誤解して欲しくない、俺は、絶望も、失望も、諦めもしていない、限界は、だからこそだ、それがあるからこそ、その先へ行こうとするものだろう、言葉そのものにもうなにを語る力もないのなら、言葉を利用して別の新しいなにかを築き上げればいいだけのことなんだ、言葉は記号さ、組み合わせれば手の込んだ暗号だって作ることが出来る…俺はこうしてその先へと飛び込んでいるんだ、だけど、これは一見至極真っ当な理屈であり理由だけれど、てめえの脳味噌で遊ぶ理由にはならないね…俺は並べた脳味噌の前で胡坐をかいて腕を組む、それがなんのためなのか?ここではそれを考えなければならない、考えなくていい場合だってたくさんある、流れに任せて、好きなように動かしていくだけでおのずと見えてくるような…けれど今回は違った、俺はそれを理解することが出来たー並べるー整理する、というのはそういった作業を欲しているのではないか?まあ、それが正しい認識だろうと間違ったものだろうと構いはしない、俺は解かれ、延ばされて並べられた脳味噌を前に、なにかしらの答えを求めなければならない、もうそんな時代じゃない、そんな風に言われることもある、そんな風に突き詰める時代はもうとっくに終わってしまったんだって…なんにも考えずに、SNSでテレビ番組やタレントの悪口を呟いてればいいんだって、そんな現実を引き合いに出されて笑われることだってある、取るに足らないことだ、総意めいた意見など全部でたらめだ、そんなものをイズムとして成り立たせることが可能なのは、新興宗教か資本主義国家ぐらいでしかありえないだろう、安全な価値、確固たる、揺るぎ無いイズム、それさえ押さえておけば、他のどんなことも考える必要はないー、なぁ、総意ってなんだ?時代ってなんだ?そんなもの俺には関係がない、俺は生まれた時から俺でしかない、固有名詞のような真実を持たなければならない、つまりそれがイズムと呼ばれて差支えないものだろう…人生において、誰かの意見などまったくなんの役にも立たない、それを見落としている連中は、必ず俺みたいな人間を目の敵にするのさ、笑わせんなよ、小僧…本当の意味で乳離れをしてから俺の正面に立ってみせるんだな、急いでくれよ、俺にはたぶん昔ほど時間は残されてはいない…下らないことを考えていると脳味噌はすっかり萎えてしまった、俺は慌てて彼らを搔き集め、頭蓋骨へと放り込んだ、少しの間、骨の中で脳味噌が再生されるぼんやりとした時間だけがあって、それから突然思考がクリアになった、ああ、なるほど、必要なのは動機じゃなくて行動そのものだったのか…ふむ、と俺はメモを探し出してペンでこう書きつけた、「身体の欲求に心は気付けない」ーこれになにか問題のようなものはあるだろうか?特別ないような気がした、むしろそれで普通なのだ、そうだろ?動作のたびに確認作業が必要なら、人間はきっとどこにも行けなくなるに違いない…面倒臭いのはさ、すべてが同じ結論にはならないということだ、経験、コンディション、状況、睡眠の有無、そんなもののせいでひとつの同じ動作にいくつもの理由が生まれてしまう、そしてそのどれもが、こぞって真実のような顔をしてやがるのさーたとえば、考えてみたことがあるか?「死」という一文字で、どれだけのことが想像出来るかー?それは、文字通りの死かもしれない、それは、感覚や、感情の死かもしれない、自分の死かもしれないし、友人や恋人や親の死かもしれない、縁もゆかりもない赤の他人の死かもしれない、ひとつの社会の死かもしれない、幽霊の死かもしれない、あるいは過去に死んだ偉人の、誰かの死かもしれない…俺がなにを言いたいか分かるか?これはとても気の長い話だ、追いかけても追いかけても捕らえることが出来ない陽炎みたいなものだ、けれど、どちらかと言えばそんなものばかりを俺たちは追いかけてしまうものだとは思わないか…それが、誰のためのまぼろしなのかっていう、それだけの話に過ぎないさー俺は一杯の水を一気に飲み干した、それは体内へと滑り降り、あらゆる役目を果たしたあとで、いつか小便となって下水管を流れ落ちていくだろう。








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仄かなノスタルジーの監獄  










古いジャムの香り
おれたちの
もう二度と出せない声
無知ゆえの
喜びに
満ちた…

鎮魂歌は鳴りっぱなし
奏者には
もうどんな思いもない
ただ
指揮者がタクトを下すまで
手を止めてはならない

いうことだけ

型紙みたいなパンを齧りながら
午後の日差しを浴びていた
あたりは静かで
不自然なくらい静かで
まるで
世界と
切り離された気がした

木々が揺れるように
きみがそばに居れば
暖かい冬のように
もしきみがそばに居れば

こう思わないか
小鳥たちは
目的を持たないから
囀っていられるのだ

不意におれは
身体を失くした気がした
薄く
軽い布のような心だけになって
誰も居ない地面で
風に
弄ばれているような…

いつかこんな時間に
もう一度おれは何かを書こうとするだろう
けれど、モチーフは
指先に伝わる頃には
もう
ほんの少しニュアンスを変えているだろう
おれは首を横に振る、いや、そんなことは

産声を上げた頃から
全部わかっているんだ

おれも
おれが書きつけるものも
おそらくは
きっと
一枚の薄っぺらい布に過ぎなくて
風に煽られて片隅を浮かせたり
苛立たしげに
裏返ったりを繰り返しているのだ

身体についた
パンのかけらを払い落とし
量が多いだけが取り柄の
コーヒーを飲み干す
ひとつ小さなゲップをする
口もとを指で拭う

長い夜が始まる
きみがそばに居れば










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