2019/10/15

真っ白な紙、塗れば絵、綴れば詩。  




目次を並べ過ぎた人生が血の混じる呼気をする午後に、極彩色の蝶の群れが辺りを飛び惑う―もっとも実感的な幻によって世界が塗り潰される、緩やかな、けれどどことなく不穏な旋律が死体を食らう蛆虫のように爪先から身体を這い上がってくる、レクイエムの乱打される中を、毒々しいほどに赤い飴を舐めている、そうすることで足りないもののことを忘れようとしているみたいに―どこかで、そうさ、騙すことばかりを考えて生きてきた―誰かを?それとも自分をか―?問いかける事ばかりのモノローグは誰にとってもなんの足しにもなりはしない、そしてそれは、思考によって羅列されるすべてのものに当てはまる…要、不要で語るなら、こんなもののすべてはきっと不要に違いないのだ―ではなぜ書くのか?生まれてからこれまでに目にした、手にしたものの中で、これが一番しっくりくる不要だったからだ…俺がなにを言おうとしているのか、もうわかるだろう…そうさ、意味ある事、価値ある事なんて、本当はこの世にはなにひとつありはしない―考えてもみなよ、俺たちが定義することがすべての真理だとしたら、それ以外の生きもののすべては嘘だということになってしまう、まさか、彼らが自分たちと同じ言語を用いないからといって、君は彼らを見下していたりはしないだろうね?俺が言いたいのはつまりそういうことさ、俺たちはなにも、特別な命題を抱えた生きものだというわけじゃない、彼らと同じように、ここにただ生れ落ちて、本能のままに生きてるだけのものなんだよ、そして、そんな中でそれぞれの種が、自分だけの言葉を見つけ、自分だけの向かうべき方向を見つけて歩いて行く、まるでなにかに誘われるようにね―それを神だなんて言うつもりはない、それに凄く近いニュアンスを持ったなにかには違いないけれどね…自分の身体を構成しているものが、どんな成り立ちによって築き上げられたのか、不思議に思ったことくらいあるだろう?そう、本当は、生きものには無理なことなんだ、「知る」という芸当はね…生涯、わけもわからずあちらこちらをひっくり返して、その時その時の現象の辻褄を合わせていくだけなんだよ、だって俺にも君にも、期限が区切られているわけだから―人生なんて瞬きの間のことだ、長く生きれば生きるほどそのことははっきりとわかってくるだろう、みんな少しずつ過去を取りこぼしていく…その中で、なにがいったい手の中に残っているのか、それを確かめるためにこうした手段を用いるわけさ―もうわかっただろう?こんな小理屈は、生きものとしちゃまるで無意味な戯言に過ぎないんだ、そのことだけは決して忘れちゃいけない、思考はするべきだ、どんなことについてだって、ある程度の成果が得られるまでは何度だってしつこく繰り返すべきだ、だけどそれによって得たものを信じ過ぎてはいけない、道路標識ぐらいのつもりでとらえておくべきだ、思考によって得たものを信じ過ぎると生きものとしてはそこで止まってしまう、それを語り続けるためだけの自分になってしまう、いいかい、大切なのは結論じゃない、いまここでなにを手にしているのかということを洗いざらい語ることさ、そうやって誰かを、自分を上手く騙してやるのさ、俺たちは生きものとしては少々厄介なものを抱え過ぎているんだよ、なにしろ吠えるにせよ噛みつくにせよ、ある程度の手続きというものが必要になるんだからね―やり方を間違えたら笑われておしまいさ、本能を、野性を、その内に秘めたままどんなふうにして生きていくのか―きっとそんなもののためにこうした嘘が必要なのさ、獣のように生きることは出来ないけれど、獣のような誇りはまだ胸の中で赤々と燃え盛っているのだもの。










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