ないものがあらゆるものを塗り潰す  




















見知らぬ駅に降り立つ夢、駅の名も、電信柱に括りつけられたスピーカーから流れているローカルラジオの内容も、その時電話していた相手の名前も、その内容も、駅側のモニュメントのところで出会った年配の男のことも、なにもうまく思い出せなかった、「よくない兆候だ」とサイコドクター、ああ、ドクター、せめて苦くない薬を持たせてくれ…エニシダの木が群生した庭で食らい殺される幻想、ブルース・ディッキンソンが居ないころのアイアン・メイデンが流れていた、おれは棒についたアイス・クリームを二本持って、舐めるでもなく溶けるのを眺めているところだった、天使は古臭いゼスチャーで去って行き、悪魔が最新の装備でしなやかに現れた、悪い香りは魅力的に脳天を突っつくものさ―駅員に切符を渡した、すぐそこに自動改札があったにも関わらずだ…駅員は不思議そうな顔をした、そりゃあそうだろう、だけど俺はそのとききっと自動改札のことが決して信用出来なかったんだろうな、あいつはただ食いたいものを食いたくてそこに居るように見えたんだ…駅の小さな待合室には近所の年寄りが持ってきたのかというような様々なクッションが壁の下部に余すところなく設えられた木のベンチに等間隔に投げ出されていた、それはスマホのパズル・ゲームの画面みたいだった、「ボーナス・ステージ」と俺は口にしてみた、でももちろんリアクションはどこからも返ってこなかった…アクションという概念がその駅にはなかったのだ、だから俺は気まずくなって駅舎の隣にある手洗いに逃げ込んだ、だけどそこは掃除はされてはいたけれど消臭剤のにおいが強烈過ぎてとても長居することは出来なかった、何度も唾を吐いて口の中のイメージを更新しなければならなかった、俺は自動販売機を探した、駅舎の中にはそれはなかったのだ、数メートル先のシャッターの降りた商店の前にあるのを見つけてそこへ歩き、小銭を入れて甘いジュースを買い、振り返ると駅は消滅していた―初めからそんなものは存在していなかった、というような鮮やかな更地がそこにはあるばかりだった、俺は狼狽えて買ったばかりのジュースをすべてこぼしてしまった、そのジュースはぼこぼこと泡立ってアスファルトに穴を空けた…飲まなくてよかったなと俺は思った、一三〇円でとんでもないものを売っている街だ…俺は武器を調達し役場に向かった、駅の(それはもうなくなっていたけれど)すぐ側でこんなものを売っているなんてとんでもない街だ、これは罰を与えなければならない!古い喫茶店みたいな馬鹿でかい取っ手のついた硝子戸を開けると、カウンターの向こうの事務机でかがんでいた子熊みたいな白髪の男が「どういった御用でしょうか」とにこやかに近づいてきた、俺はなにも言わずにマシンガンをぶっ放した、男の頭部はポップコーンのように弾け飛び、裏口からやって来た中年の掃除婦が悲鳴を上げた、俺はそいつの頭も吹っ飛ばした、そして、意気揚々と役場を後にした―街はとても静かだった、山間の街によくある、ゆるやかにカーブしたメインストリートのみの街だった、表には誰も居なかった、俺はマシンガンを捨てて散歩することにした、マシンガンは抗議するように勝手に弾切れまで乱射し続けて方々のガラス窓やらを粉々にした…街の終わりに巨大な河の方に降りるスロープがあった、俺はゆっくりとそこを下りて行った、渋谷区がそのまま乗っかったみたいな豪華客船がなんの音もたてずに通り過ぎた、河は津波の実験施設にあるプールみたいに味気なかった、百人あまりが一斉に放尿出来そうな巨大な公衆便所があり、俺はその中へと入って行った…特に小便をする気でもなかったけれど…中には誰も居なかった、博物館のように便器が配置されていた、個室のドアには番号が割り振られていた、それがなんのためなのかは俺には理解出来なかった、せっかくなので俺は小便をした、尿意がまったくなかったのにも関わらず、果てしなく小便が出た、それが済むと長いため息が出た、人生のすべてが排出されたような気がしていた―手を洗い外に出ると、幾つもの太陽がヒョウのように川面に降り注いでは物凄い湯気を立てて蒸発し続けていた、待てよ、と俺は独り言を言った…いまのいままで気づかなかったのだ、駅はもう失われてしまっている…。














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アラウンドアバウトミッドナイト  
















瞬きのように
古い明かりが
点滅を始めて
一日のおわりの
非常信号みたいに

すべての支度は終わった
あとは眠るだけ
眠りなどしないだろう
往生際は悪いほうが潔い
ほんとうに美徳と言えるのは貪欲さだけだ

犬歯を牙のように研ぎたい
ひとめで判るように
ひとを殺すための牙だって
けれど
歯のためのやすりなんて手に入らないし

言いかけてやめた言葉は
やめられたままであるべきだ
そんなやりくりに夢中になると
運命は捻じ曲げられると
信じることが出来るようになってしまうから

枕を引き裂いても夢は隠されていない
ソフトパイプと綿の群れが
はらわたを食い破った虫たちのように溢れ出してくるだけ
果てしなく白い内容物は
センシティブだなんて片付けられなくもないけれど

失われた電話番号をコールするのが好きだ
それは繋がりの化石だ
使われていませんと告げる機械の声は
破られたガラス窓みたいな振動の余韻を残す
枠だけの窓から出来る限り遠くを眺めている

購入して数日
包装紙にくるまれたままだった本を取り出して
最初のページをめくる
眠りたくない夜は
出来る限り有意義な真似をしなければ

夜の鳥はパンクロックを歌う
突き刺すようなけたたましい鳴声
今じゃパンクも死んでしまったよなんて
ぼくがもしも音楽評論家だったなら
そんな台詞をまことしやかに吐いてもみせるのだけど

受け入れられない連中はみんな
ごりごりと夜に突き刺さる
なにか気に入らないことがあったのか
それとも初めからなにもかも気に入れないのか
なにを考えようと勝手だけれどぼくにその質問はしないでくれたまえよ

床の埃が気になるのでガムテープで排除した
それは昔やってたアルバイトで覚えたやり方だった
手軽でなおかつそれなりに成果も得られる
専用の道具だけが効率を生むわけではない
大事なのはそれを知っているかどうかだ

比較的自由に選ぶことが出来る
比較的自由に手に取ることが出来るのに
誰もがそんなものはどこにもないんだという顔をして生きている
ぼくが時々愚かにも
比較的判りやすいやりかたでそれを示しているのにも関わらず

あーぼくは別にメッセンジャーなんかじゃない
アジテイターでもないし運動家でもない
えーとなんていうか趣味でやってるものです
趣味の定義なんてここでは大した問題じゃないからね
作品なんて比較的自由な存在なんだから

裏の窓を開けてみようか
明るくない景色ばかりの窓を
真っ暗な夜に駆け抜ける電気自動車
あれは最新型の人魂だよ
まったくどうにも目が追っつかないね

いちばん最初の理由ってなんだっただろう?
だいたいみんなそのことを忘れてしまう
頭で考えなくていいんだよ
やってきたことが染みついているなら
身体はだいたいそのために動き続けるものだから

風が暴れている
明日は太平洋側でも雪が降るところがあるって
唇の形を気にし過ぎている女が巨大な地図の前で話していた
雪の日には素敵な思い出がたくさんある
たとえぶるぶると凍えていたってね

幼いころ住んでいた天井の木板に浮き出た三つの染みが
苦しみをうたう人の顔に見えてしかたなかった
怖くはなかったけど目が離せなかった
あいつはいつ喋り出すんだろうとずっと見上げていたんだ
時々妙な音を立てることがあったけれどそれは天井裏に忍び込んだ蝙蝠の仕業だった

生きてきた限り現在は過去とないまぜになっている
それはおそらく未来と呼ばれるものよりもう多いだろう
ぼくは本を閉じて自分の手を開いたり閉じたりする
それはある日突然失われたりすることもあるかもしれない
それは間違いなく昔よりもリアルな予感になっている

誰に告げましょうか
誰に覚えておいてもらいましょうか
出来ればすべてを出来るだけきちんと理解してくれるひとがいい
そんなひとを見つけるのはとても難しいことだけれど
まるで居ないわけでもないことをぼくはもう知っている

思う存分に脳味噌をこき使って
誰も書いたことがないような新しいスタンダードを
限られたひとにしか使えない武器みたいなものを
取引をしようぜ
代金は知性だよ

夜の波打ち際で
起きたまま寝言を繰り返す
ハロー今夜も少し遊んでおかないと寝返りの数が増えるんだ
ゲームのルールが理解出来たらホイッスルを待ってください
それと同時にぶち壊してくださいって神様と名乗る年寄りが笑った











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あの娘は灰色の中に消えた  













波を押し返そうとするみたいに冷たい風がひっきりなしに吹き付ける二月の海岸には僕ら以外人っ子ひとり居なくて、そのせいで僕たちは足跡ひとつついていない砂の上を多少の引け目を感じながらずっと、アイロニカルなリズムで歩いていた、空は薄暗くて、もうすぐ真昼だというのにすでに夜の始まりみたいだった、どうしてこんな日に、なんて思ったりもしたけれどそれはしかたがない、こういう場面には自然と然るべきシチュエーションが設定されるものだ、僕らが初めに望んだみたいな限りなく美しい晴天だったとしたら鋭利な刃物のように胸に食い込んだ悲しみはなかなか癒えることはないだろう、これは救いなんだ、僕はそう思うことにした、そしてそれはきっと彼女だってそうだったはずだ、重いコートを着て、言葉を交わさず、視線を合わせることもなく、ただただ足元を見つめながら波打ち際をなぞるように歩く僕たちは、遊び相手に置き去りにされた自動人形のように見えたことだろう、置き去り、ぼんやりとした考え事から不意に吐き出されたそのフレーズはひどく僕の心を締め付けた、置き去り、いったいどちらがどちらをそうしようとしているのだろう、それはこれからいやというほどわかるのかもしれないし、すべてが終わったあとももしかしたら一生理解出来ない類の疑問符かもしれなかった、でもそんな事実の追及がいったい何になるというのだろう?僕らにとってお互いはこれからもうどんな意味も持たなくなる、理由やきっかけについてどんな考察を提出したところでそのことにはなんの違いもなくなるのだ、先を歩いている僕は立ち止まらずに、そうしていることに気づかれないように目だけを動かして遥か向こうの水平線を眺めた、海底の砂を集めているのだろうか、ずっと同じところで浮かんでいる大きな船の影がひとつあるだけで、他には灰色がかった空と海があるだけだった、ずっと歩いていると僕はそれをありがたい景色だと思うようになっていた、そんな景色だからこんな気分なんだ、すべてをそこに押し付けて納得することが出来た、だから僕はそれ以上何も考えないで歩くことにした、こんな時には思い出があれこれと浮かんでくるのかと思っていたのだけれど、そんな思い出はひとつも浮かんでこなかった、ないはずはなかった、でもそれは擦り切れたレコードみたいに雑に再生され過ぎていた、どこに針を落としても記録されているもののほとんどをノイズが打ち消した、とっくにそうなっていたのだ、いつからか、ずっと…ふと、僕は砂を踏む足音が自分のものだけになっている気がして振り返った、振り返るのは遅過ぎた、ひとつの小さな足跡は少し後ろの方で折れ曲がり、堤防のほうへと続いていた、その足跡の先、コンクリート製の堤防の向こうに、何度も見送った後ろ姿が遠くなっていくのが見えた、僕は立ち止まってそれがどこの誰なのかわからなくなるまでずっと見つめていた、それはとても感傷的な光景だったことは間違いないけれど、僕の胸には微かに針で突かれているような痛みがあるだけだった、すべては終わっていたのだ、もう、こんなに遠くなっていた、僕たちは何か歯切れの悪いものを抱えていて、それがすべてを遅らせていただけなのだ、置き去りにされたのは僕だった、少なくとも最後の最後は―僕は堤防を眺めるのをやめて砂浜を終わりまで歩くことにした、別に他にやることもなかったし、駅へ向かうにはかなり時間をずらした方が良かった、空と海はますます暗く、重たい印象へと変わっていった、雨が降らなければいいけどな、それだけが心配事だった、どれだけ歩いても砂浜が続いているみたいだった、こんなふうに海を歩いたことなんてなかった、スニーカーの中に沢山の砂が紛れ込んだけれど、いまはそれを気にするべきではなかった、波は子守歌のような静けさで近付いては遠ざかって行った、それから一時間と少し歩いた、砂浜は陸から迫り出した巨大な岩で終わりになった、僕はしばらくの間その巨大な岩を眺めていた、四階建てのビルくらいある岩だった、ピーナッツの入ったチョコレートみたいな形をしていた、右手を伸ばしてそっと触れてみると、僕ほどではなかったけれど確かに体温を持っていた、さようなら、と僕は岩に言った、岩はごつごつした肌の隙間からおう、とごう、の間みたいな声を出して答えた、僕は向きを変えて堤防へと歩いた、遠巻きに海を眺めるように設置された味気ない壁を境に世界が切り離されたみたいに思えた、砂の重さに耐えながらあの傾斜を上って、堤防の内側に植えつけられた階段を上ったら僕の世界はそこで終わりになるかもしれない、その先のことは考えなかった、起こったことと起こらなかったこと、どのみちそのふたつしかここにはありはしないのだ。








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