ショー・マスト・ゴー・オン(脚本がすでに失われていても)  












アーモンドチョコレートとストレートティ
夜のストレンジャーとカム・ダンス・ウィズミー
バス停でその日最後の長距離便を待っていた僕らは
見すぼらしくも誇らしい二人の子鼠だった

丸一日、あれこれと乗り継いで
腰をおかしくしながら辿り着いた憧れの街は
妙な色のスーツを着たチンピラと
股が痛くなりそうなショートパンツを穿いた売春婦だらけの世界
安アパートに転がり込んで
皿洗いと給仕に精を出しながら
ミュージカルのオーディションをいくつも受けた
ぼくは早々に諦め
アルバイトから店長にまで昇りつめ
きみは幾つかの小さな舞台で
これまた小さな役をもらった
「きみなら大丈夫だ」と
ぼくは家賃や生活費を払いながら
「ぼくの分まで頑張れ」と
無責任な応援を続けた
役をもらえないまま二年がすぎたあと
きみは行方をくらました
書置きも電話もなにもなかった
(生まれた街に帰ったに違いない)と
ぼくは感づいたが
忙しさにかまけて追いかけなかった

やがて不況が来て
店が上手く行かなくなり
たたむことを決意したぼくは
ふいに
そこに帰ってみようと思ったんだ
いや、ずっとじゃない
ちょっと帰ってみようって
久しぶりに訪れた駅は綺麗になっていて
あれほどいろいろなものを乗り継いだ故郷は
一本の線路で繋がれていた
驚きだ
それでもやっぱり丸一日はかかったけれど

そうしてぼくは実家には帰らず駅前にホテルを取り
きみの家を訪ねてみたけど
がらんどうの荒れ果てた空家だった
さてね、と頭を掻いていると
だれかがぼくの名を呼んだ
子供のころ一緒に遊んだ男だった
子供のころとは似ても似つかぬなりをしていたけど
「彼女なら病院に居るよ」
そう言って病室の番号を教えてくれた
ぼくはささやかな花を買い
早速訪れてみると
きみは鼻に管を繋がれ
ぼんやりと天井を見つめていた
華奢だった身体は
目一杯詰め込まれたごみ袋のようだった
久しぶり、とぼくは言ったが
きみはまるで反応しなかった
ぼくはおかまいなしに
椅子に腰をおろしてきみが居なくなってからの話をした
きみに聞こえているのかどうかわからなかったけど
話したかったことはとにかく話した
それは二時間くらいはかかったと思う
それじゃあ、とぼくは立ち上がった
さようなら、と言ったけれど
やっぱりきみはぴくりとも動かなかった
ぼくが出て行くときに大きなおならをしただけだった

ぼくはそのまま駅に行って
いま住んでいる家に帰ることにした
ホテルには電話をして急用で帰ることになった、と説明した
金は払ってあったからそれでよかった
そのときの
妙にけたたましい車輪の音や
車体の軋みや
トンネルの中で感じた怖ろしい闇のことを
ぼくはしばらく忘れることはないだろう
かなしみと呼ぶにはあまりにも馬鹿らしかった
だからそれはコートの中でいつまでもざわついていたのだった

ぼくはもう生まれた街に帰ることはないだろう







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Stay Free  


















昆虫の呼吸器官は腹の横に空いた幾つかの穴、ラジオでそれだけを繰り返すキャスターの声は重く沈んでいて、何のための放送なのかはまったく理解出来なかった、そんな夢を見たんだ、寝床が焼け付くような朝に
朝食はいつも珈琲とトーストだけどいつものジャムを切らしてしまっていてグラニュー糖をばら撒いて食べた、飛びぬけて美味いというようなものではなかったけどそんなに悪くもなかったよ、少なくとも朝食としてなら申し分ないさ
痴呆症の母親と電話で少し話した、相変わらず電話じゃずいぶんしっかりしてるみたいに思える、離れて暮らしているとおいそれとは分からないことばっかりさ、だけど、だからってどうしろっていうんだ?こっちとしてもそれはどうしようもないことなんだ
洗い物は午後にでもやることにして、街へ買物に出かけた、なにかと進路を塞ぐような連中ばかりでイライラしたよ、銃でも持っていたら一度くらい引鉄を引いてしまったかもしれないな、もちろんバレないように気をつけはするけれど、ああいう時ってどんなに気をつけてもどこかから誰かに観られているとしたもんだよね
ちょっと思ったんだけど、通り魔が殺したがっているのは本当のところ自分自身なんじゃなないのかね、いや、別に弁護をしたいってわけじゃないんだけど、彼らが自分を殺せないのはきっと、語り部としての役割を捨てられないからさ
もちろん殺された連中をないがしろにする意図なんかないよ、彼らは生きている以上にその尊厳を守られなければならない、あまりある未来を奪われた場合なんかには余計さ
いったい死ぬまでに何本の缶コーヒーを飲むのだろうと思いながらマスクをずらして飲み干した、別になくて困るものじゃない、けれどそんなもののほうがもしかしたら、習慣としては定着しやすいのかもしれないな、些細なことにはリズムが生まれやすいからね、考えないという理由のみで
見慣れた街を歩いていても、ふとした拍子にそれが、まるで知らない街のように思えるときがある、それはずっと錯覚だと考えていた、でももしかしたらそこには明確な原因があって、こちらがそれを理解出来ていないのではないかと考えるようになってきた、たとえばそこを歩いている人間の質がまるで変ってしまったりしたせいなんじゃないかって
昔はこうだった、なんて話をするつもりはないよ、だけど、明らかに人間は少し駄目になってしまったように思える、何かを食べながら歩いているやつを見かけるようになったのは確かここ十年くらいのことだ
自分が思考するレンズのように思えるときがある、それは別に特性じゃない、居つくべき場所が対象の中にないだけのことさ、自己を失っていないものたちは、多かれ少なかれそんなふうにスライムみたいな社会を見つめているんじゃないのかな
好きだった喫茶店の空家が取り壊されて更地になっていた、なんて味気ないんだろうか、最後に残るものは雑草にまみれた砂地ばかりなんだ、いつだってどこだってそうだ、ずっと、ときの流れなどなかったみたいにその場所でいつもイライラしてしまう、使われていないからといって無意味なものでは決してないのに
質はどうあれ、主張さえすればなんとかなると考える連中がずいぶん増えた気がする、一四〇文字のマジックがそこいらで蔓延してるのかね、小さな枠でしか吠えられないような惨めな連中たちの文化
暑いからって窓を開けっぱなしにしておくのはやめた方がいい、覗き趣味の年寄なんて最近じゃ珍しくない、あいつら、暇さえあれば覗こうと鼻息を荒くしているんだぜ
ミノムシのように薄汚れた布を見に纏った老婆が駅前広場で訳の分からないことを叫んでいる、それはいつかには予言だったかもしれない、警告だったかもしれない、そうさ、神の言葉を伝える係はいつの時代にだって居たんだ、だけど、近頃じゃそういうのはみんな、鍵の掛かる病棟に連れて行かれてしまうのかもしれないな、ねえ、俺の弟に会ったらよろしく言っといてくれよ
夕方、湿気をたっぷりと含んだ熱が住処を床下からなぶって来る、イライラしながらエアコンの温度を一度下げる、やけに縦に長いこの家じゃ俺の部屋まではエアコンの風は満足に届かない
俺は懐かしい歌を口ずさむ、音楽はいつだって流れているじゃないか、人間はどんどん記号になろうとしている、そこにどんなものが隠れていても気にすることもない、街は清潔に薄汚れている、自我のないやつらが世論に操られてゾンビのようにフラフラしている
DVDを垂れ流しながらまるで違うことを考えていた、この世はまるでパニック映画さ―そんな映画の主役と、脇役と、モンスターの差ってどういうものか分かるかい?


それは、いつだって理性的に生きられるかどうかってことなんだ










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カウントを取るにはビートが染み込んでいなければならない  














指の強張りの理由は不明だった、時間は渦のように暴れながら不均一に流れ、少なくともここからでは確認することの出来ないどこかへ静かに落ちて行った、午後になってから隠れた太陽は結局そのまま今日の役目を終え、昨日までとはまるで違う少し肌寒い夜が訪れた、いつの間にか暮れていた空を見つめながら俺はひとつの啓示を得た、日常とは、覚悟を求めることのない変化―それが本当はどんなものについて話しているのか、俺自身にも釈然としなかった、日当たりは悪くないがカーテンを閉じたままのこの部屋では、一日中蛍光灯が明かりを落とし続けている、いつでもなにかペテンにあっているような気分が消えないのはもしかしたらそのせいなのかもしれない、あるいはそれはいまいちばん早く用意出来るもっとも安直な結論というものなのかもしれない、本当の理由はいつだって落とした硬貨を拾うようには手に入れられないというわけさ、朝からずっと同じ音楽が流れ続けていた、その日特別聴きたかったものというわけではなかった、ただ、それを何かと交換する理由がなかったというだけのことだ、特別なこだわり以外はだいたいそんなふうに進行していく、これは理解しておいて欲しい、時間は、基本的にはどぶに捨てられるためだけに歩みを止めないでいるのだ、二度と取り戻せないものだからって、すべてがかけがえのない時になりうるはずもない、言い換えればそれはつまり、俺たちは無駄の中に放り込まれているということになる、そしてそれには覚悟は要らない…けれどその流れの中でなにかしら、明日を迎えるための理由を手にしようと思ったら、覚悟がないことにはやっていけない、人生とは矛盾するものだ、整合性など自己満足に過ぎない、ぴったりと合う結合部位など世界中探しても見つからない、だから様々なギミックのもとにある程度の誤差は容認される、もう一度言う、整合性など自己満足に過ぎないよ、それは草ぼうぼうの空地を見て、「誰かがこれを刈らなきゃいけない」と結論しているようなものだ、それは何の解決にもならない、まるで正論のように思えるけどね―正解とは結果として成り立つものでなければならない、世界はだんだんとそのことを忘れ始めているみたいに見える、けれど俺はそのことを忘れることはないだろう、そうして無数の無駄の中を潜り抜けて来た、だからこそ人は何かを手にすることが出来る、俺はまだそれを手にすることは出来ない、けれど切符を手に入れるくらいのことは出来ているはずだ…勘違いして欲しくない、俺が欲しいのは現実的な、あるいは庶民的な成功のことではない、それは俺自身の新しい場所に過ぎない、俺自身が俺自身のままで、どこまで行くことが出来るのか、俺が知りたいのはいつだってそのことさ、訳も分からず手を付けたことが、訳も分からず惹きつけられた何かが、回を重ねるごとに見えてくる、回を重ねるごとに霧が晴れてくる―それは昔考えていたこととはずいぶん違うものだし、もしかしたら昔考えていたこととは段違いに大きくなっていて、そして見え辛くなっている、でも俺は確実にそれが何なのかを理解している、去年死んだパンクスがこんなこと言ってたよ、「抽象的なものに対する抽象的な断定でもいいわけ」俺の言ってることって要するにそんな風なことさ、北に向かう人間はそこに何があるのかは分からないまま北極星を見つめ続けるだろう、例えるならそんなふうなことさ…指の強張りは次第に薄れていき、俺の手は自由になった、そんなこと滅多にないんだけどね―眠る前に何かを書かなくちゃいけない、そんな衝動は不意にやって来る、一日のうちで何かが消化しきれていない、それを促すためには脳味噌を少し派手に動かす必要がある、普通のやり方じゃ駄目だぜ、だって普通の人間じゃないからね、それが電流なら圧を上げなければ、それがアンプならボリュームを上げなければ、それが炎なら油を注がなくちゃいけないのさ、トランスさせて、肉体的に正直なところから溢れ出るものをひたすらタイプするんだ、それが俺の覚えて来た芸当であり、真実さ、だから並べられる言葉に意味なんかあまりない、それよりも大事なものがいくつもある、ストリート・アートみたいなもんさ、そこに描かれてる内容よりも、そこに描かなければならなかった衝動自体がテーマなんだ、これはあくまで俺個人がそう思ってるっていうことで聞いて欲しいんだけどさ、表現っていうものは衝動でなければ有り得ない…インテリが机の上で理屈をこねくり回して作ったものには何の意味もないよ、だってそこには心を動かす素材なんかひとつもないからね―ああ、紳士淑女諸君、気を悪くしないでくれたまえ、俺は、知識に頼ることはない、俺は、経験に頼ることはない、俺は、主題や、心がけに頼ることはない―俺はいつだって、それを残そうとする俺自身であろうとするだけのことさ、それって凄く大事なことだぜ、だって、自分自身であって初めて、人は何かを語ろうとすることが出来るってもんじゃないか―?










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