2007/9/29

千葉を走った列車の記録Vol.5  鉄道
千葉管内で最後まで残っていた気動車急行が水郷と犬吠。
総武線の東京乗り入れが始まっても、複々線を全力で走る姿を見ることができました。

後に北総電化を向かえ、急行用の153系を東海道筋から転入させ、千葉管内の急行は全て電車に置き換わってしまった。
この時点で千葉気動車区も過去の物となる。
今では稲毛、西千葉間も高架になり気動車区の面影も見当たらないでしょう。

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キハ28系列で組成された急行犬吠。

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新宿を出る急行水郷。

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新検見川、稲毛間を走る水郷。
今じゃ高架なので、この写真を見てもどこだか分からないでしょう。
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2007/9/28

最近は商品撮影もやってます  仕事のこと
デジタル一眼を使い始めてから、印刷用の画像データも簡単に撮影できるようになり、今までプロカメラマンに依頼していた仕事の一部を内製できるようになった。
もっともクライアントがブローニーで欲しいなどの要求がある場合は、プロに頼まなくてはならない。

私も古くから付き合いのあるカメラマンがいるのですが、それほど仕事が出せる状態ではなくなりつつあります。
今では、餅は餅屋のごとくデザイン屋はデザインだけでは世の中渡っていけない時代なんです。

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自前カメラで商品撮影した画像です。
600万画素クラスでA4全面印刷ぐらいは楽々こなせます。
手タレがいないのでうちの奥さんで代用したが大丈夫だろうか。月曜日に初校出しなのだ。
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2007/9/25

千葉を走った列車の記録Vol.4  鉄道
アーカイブスの中で私的に外せないのが、このC571号機のさよなら運転でしょう。
総武線は比較的遅くまで蒸気運転が残っていましたが、カメラを持ち始めた頃には完全無煙化されていました。
羽越線で最後の活躍をしていたC571が営業運転を終えて梅小路で動態保存される前に、古巣の千葉に戻ってくる。そんな話が学校でうわさになっていた。
当時、小学生の頃は学校に行けば鉄道話で盛り上がっていたのです。今はどうなんでしょうか?
これは乗らねばと、10数人で千葉駅の旅行センターに徹夜で並んだ(もちろん保護者代表もいました)のを思い出す。

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千葉気動車区で出発を待つC571号機。

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"佐"の区名札も誇らしげ。ピカピカに磨かれて最後の本線走行に望む。

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テールマークは掲出していたが、ヘッドマークはなし。
この辺がにくいねぇー。

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銚子での折り返し時間に。
まだ転車台も給水管も残っていた。

C571号機は東日本管内で一生を終えた機関車なのに、梅小路に持っていかれたため、JR西日本代表機関車になってしまい、煙突も切られて不細工な集煙装置が付いてしまった。
それでも現役として今も山口線を走っていること事態、奇跡に近いのかもしれない。
これからも末永く走ってもらいたい。
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2007/9/23

千葉を走った列車の記録Vol.3  鉄道
やっと秋らしい陽気になり、快適に過ごせる日々がやってきた。
来週から展示会も始まり、また出掛けがちになるので社内仕事がたまるだろう。そうなるとまた土日がなくなる。ああ気が重い。

房総西線が電化完成し電車が走り始めましたが、千葉管内はまだまだ気動車や客車が主力でした。

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客車列車はDE10かDD51が牽引。
この後、成田線電化により千葉管内の客車列車は全廃になり、最後の銚子行きに乗りに行った思い出があります。

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キハ28系列で組成されていた。急行そと房。
千葉気動車区内で撮影した写真ですが、当時は撮影させてくださいと言えば断られることもなく、注意して歩けと言われるぐらいで気動車区内を見て回れた。そんな時代でした。
今ではとても無理っぽいでしょう。

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キハ35のステンレス車は千葉にしかいなかった車両で特に好きな車両。
たまに、北国仕様(スノープロウ付き)が転属になったりすると勇んで見に行った。
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2007/9/21

千葉を走った列車の記録Vol.2  鉄道
今週も3連休。と言いつつも土曜日は税理士先生が来るので連休かな。
仕事も一段落しているので、どっか出掛けるか。

千葉が急行王国と呼ばれていた頃の写真を紹介します。
もともと総武快速線が完成するまでは、千葉県内は常磐線を除いて急行列車しか走っていなかった。
新宿か両国が都心のターミナルで、両国は急行専用(一部臨時快速が使用)ホームがそびえていました。今でも面影を残しています。

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房総西線(内房線)の夏臨は急行のオンパレード。車両不足に113系も"うち房"として指定席を連結して走っていた。

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津田沼所属の車両だけではまかなえなかった時は、高崎や東北の115系も応援に来ていた。

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本来の"うち房"用165系。この"うち房"のみ冷房付きだったが、冷房なしの臨時と急行券の価格差はなかったように思う。
今の時代では、当然価格差が生まれないと納得しないであろう。
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2007/9/18

旅行博はすごい人であった  海外
こないだの日曜日に旅行博に行ったのだが、なんという入場者数だ。
特に仕事での絡みもない展示会だが、うらやましい限りである。
うちが絡んでいる展示会であれだけ人が入ってくれれば、クライアントも文句もでまい。

愚痴はさておき、ビッグサイトの西ホール全部を使っているので、見て回るにも結構大変。
航空会社ブースでは、新型シートの実物を展示して、いかに楽して行けるかをデモンストレーション(体験)していたが、ほとんどといっていいほどファーストクラスシートばかり。座った人の何人がファーストクラスに乗るのか?
もっとエコノミーシートの紹介でもした方が有効的ではないか。
キャセイのブースで聞いたのだが、ドラゴンが成田線を撤退してキャセイ便に統合されるらしい。また1社、就航会社が成田からなくなるのは残念。

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韓国のウオーカーヒルとセブンラックもブースを出していた。
どちらも何度かお世話になっていますが、勝ってません。
現地では写真も撮れないし、テーブルの後ろに回ることも出来ないので、この時とばかりに後ろから見させていただいた。

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さすがにカードの手さばきは早い。
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2007/9/17

千葉を走った列車の記録Vol.1  鉄道
小中高と千葉で鉄活動をしていたので、その頃のネガが結構たまっている。
デジタル化にあたり少しずつ紹介してみたいのですが、なにしろ今のように撮影日時がデータとして残るようなハイテクカメラは存在しない時代。
ネガだけ残っていても果たしていつ撮ったものやら。調べるのも大変だ。

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まだ房総西線(今の内房線)と呼ばれていた頃だと思う。
夏臨で両国と館山を結んでいた快速「さざなみ」101系。今や千葉を代表する特急なのでかなりの出世列車かな。しかし、トイレなしのロングシート4扉車が長距離を走るのもサービス面からしては遠慮願いたいかも。
この時、同時に房総東線(外房線)に快速「わかしお」も設定されていた。こちらは千葉から安房鴨川までDD51が旧客を引っ張っていた。しかもヘッドマークが付いていた記憶があるが、残念ながら撮影していなかった。

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中央線の101系快速「かっぱ」。この列車も夏臨で中央線から津田沼か船橋あたりまでやってきた列車だと思うが?詳しくは良くわからない。
当時、津田沼電車区によく撮影に行ったが、断られることもなく見学させてくれた職員の皆様には感謝しています。

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津田沼電車区に113系が配置された頃運転された「奥多摩わかば」急行が快速かは?です。
千葉鉄道管理局は何にせよ、愛称名の付く列車にはヘッドマークという鉄心をくすぐる演出が多く、鉄ヲタ排出に拍車がかかったかも。
さてこの写真の駅はどこでしょう。現在ではまったく面影が残っていないほど変わってしまった。

いい加減なコメントになっている部分もあると思いますので、間違いがありましたらご指摘お願いします。
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2007/9/12

年末年始の国際線航空券事情  海外
今日は事務所のエアコンも必要なし。
扇風機だけで十分な陽気になった。

年末休暇は海外でグタグタ過ごすのが一番。
今年も近場までの航空券を手配するため、後輩のいる旅行会社へTEL。
やっぱり満席ばかり。毎度のことながらいやになる。
他の人はいつから計画しているのでしょうか。
セブ島に行こうと思っているのだが、安いフィリピン航空はキャンセル待ちも入らないと言われる始末。ホテルは押さえているのだが、飛行機が取れなければお手上げ。
いろいろ調べるとキャセイ利用で、行きに香港1泊すればなんとかセブまで行けることが判明。とりあえずこのルートで予約を入れたが、料金も解からないし、まだ確約していないブロックもある。
金額に有無を言わせなければ、正規運賃で全てOKが出るらしいが、そんなにリッチな旅はちょっと無理なので少し待つしかないようだ。

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早くグタグタしたい。
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2007/9/10

大鉄道博、最終日  鉄道
日曜日に江戸東京博物館でやっていた大鉄道博に行ってきた。
さすがに最終日とあって、チケット購入に長い列。

自動改札を模したゲートを入ると人だらけ。
幅広い年齢層が訪れている感じ。
内容的には現代よりも、戦後から近代までの展示が主のようで、特に10系B寝台(3段式)の現物を組立たモデルに懐かしさをさそわれた。
客車の車体は木工で再現している優れものである。

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151系こだまの2等車(現グリーン車)のポスターだが、全ての座席のリクライニングが倒されている。
右のトランプをやっている人は結構辛いのでは?
当時は座席が倒れることがステータスだったのか、時代を反映した力作だったに違いない。

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博物館の3階から総武線を撮影。
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2007/9/8

鉄道アーカイブスを作成中  鉄道
台風一過でまた夏が戻ってきた。

少し前から、昔撮ったネガやポジをデジタル化する作業をしているが、これがまたまた時間がかかること。
特にフィルムがカビに侵されていてレタッチ修正の時間が馬鹿にならない。
モノクロは簡単だが、ネガに関しては経年劣化もひどく色調整から始めて、レタッチまで、ひどい物だと15分程度かかってしまう。
まあ気長にやるしかないか。

そんな中からデジタル化の済んだ写真を載せてみよう。

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最後の旅客列車を引いたC57135。鉄道博物館でも合える。

まだ若かった頃、煙を追いかけ東京から各駅停車で北海道まで行っていた。
当時、上野を始発で出ると東北線の1区間のみ急行を利用すると、最終の各停で同日に青森まで到着できたと思う。そのまま青函連絡船で北海道に渡り、また各停で各地に向かうという信じられないことをやっていた。
ただ、帰りは急行を使ったかも。

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岩見沢を出るD511118牽引の貨物列車。
やっぱり現役の頃の姿は最高ですなあ。
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