2008/2/29

凸凹混色なんでもありの時代  鉄道
もう10月の展示会の予定が入ってきた。まあ仕事の確約があれば安心できるので嬉しい知らせかな。日曜日からまた建て込みだ。大変だ。

まだ普通列車として気動車が数々走っていた頃の話です。
特急用気動車を除いて基本的に1両単位で運転が出来るように考えられていたので、かなりフレキシブルな運用を組めるのか、電化区間であろうと気動車を使った普通列車設定が多く見られました。
さらに、形式が同じでなくとも連結運転が可能な特性を生かし、いろんなやつを連結した編成が仕立て上げられてました。
そんな凸凹(車両寸法が違う)、混色(急行色、一般色、首都圏色)で組成されたものがそこら中に走っていたのです。

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奥羽線、羽前中山〜中川間。先頭からキハ17、22、55の3種混同編成。
北海道型のキハ22は東北でも見かける機会が多かったです。塗装もネガ、ポジ編成ですねぇー。

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続いて予讃線の凄い混成編成。先頭からキハ20、55、58、65。カラーでないのが残念ですが、急行色、一般色、首都圏色の編成ですな。四国はこんな普通列車が多かったですね。

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東北線、岩沼〜槻木間。キハ17とキハ48の新旧編成。製造年代が相当違うのですが、なんなく連結してますね。

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常磐線の荷物列車。こちらも新旧編成ですね。有る意味、親子編成なんて言っても良いのかな。

今では線区別に同一形式が集中配置されてますので、このような雑多な列車を見ることは出来ません。
この頃は乗る車両によって座席が違ってたりと中々楽しめる時代でしたね。
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2008/2/28

1枚しか撮ってなかったEF10  鉄道
EF10は製造台数の割には早期引退してしまった機関車でしたから、東北線で撮った1枚しか所有していません。
いつも伺ってるつばささんのブログにEF10についての非常に興味深い記事が載っていましたので、参考にして頂けると解かりやすいと思います。

同形式の中でも外観形状が異なる珍しい機関車でした。初期、中期、後期の3タイプに大別できる様です。その中でも関門用にステンレスボディをまとった車両などバリエーションが豊富な様です。

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EF1036号機牽引の貨物。昭和52年1月頃、王子駅付近にて撮影。
後にも先にもこの1枚しかフィルムに残せませんでした。後期型でツララ切り付き、先台車の形状も山型ですから、後に登場するEF12や13にかなり近い印象を与えます。
側面はEF10独特の窓、フィルター配置になってます。

つばささんの記事でも触れている通り、外観上の異差が謎めいている機関車の様ですね。
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2008/2/26

東北線電化の立役者ED71  鉄道
東北線黒磯以北の交流電化にあわせて登場したED71。新製時から最後まで東北線のみの運用でした。
貨物から客車までオールマイティにこなし、ED75と共に小牛田以南の区間を単機、重連を組み活躍していた頃の写真です。昭和53年から55年頃ですかね。

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ED7123牽引の雑貨物列車。槻木〜船岡間。
運転席窓の白黒Hゴムが特長のカマでした。

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ED7126牽引の普通旧客。船岡〜大河原間。
側面のエアフィルターが8個もありインパクトの強い機関車です。
実は私と同い年なんです。

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ED7147を先頭に雑貨物を重連で牽引。次位の機関車とエアフィルターの数が変わっているのが判るでしょうか。45号機以降は横一列の6個に変更されています。
形状的にはこの2種類に分類されると思います。この後期型はより直流機のED60系列と兄弟のような外観になってきましたね。
参考までにED60の写真も載せときます。

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ED608号機。色は直流色で屋根はすっきりしてますが、顔はまったく一緒ですねえ。
勿論両機ともすでに引退しています。

ED71は優等列車の先頭に立つような派手な運用は無かったのですが、東北電化の立役者として50Hz交流機の基盤を創った機関車なのです。
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2008/2/25

上海はまだ正月気分  写真
先週の土曜から仕事絡みで上海に行ってきました。
羽田〜上海虹橋線に初搭乗したのですが、羽田国際ターミナルのキャパも限界に来ている感じです。チェックイン、セキュリティとも長蛇の列。

上海航空816便B767は悲鳴飛び交うタービュランスの中上昇を続ける。この時の揺れは今までで一番凄かったな。丁度天気の変わり目だった頃に当たってしまった。

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日曜日は時間が空いたので、近郊の水郷へ出掛けてみました。市内からタクシーで1時間くらいで行けます。
上海は莫大な扇状地形なので、水路を利用した水運が今でも盛んなところなんです。古い町並みは保存の対象になってます。

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中国は旧正月に新年のお祝いをするので、派手なねずみの張りぼてがまだまだ健在ですね。どこもねずみだらけに見えますが何故だか象も混ざってるな。

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土産物屋のウインドウをパチリ。

帰りのフライトは、天候も安定していて長崎から東京まで雲も少なく日本列島全部丸見え状態。珍しいことですな。

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富士山もご覧通り麓まですっきり見えます。駿河湾上空あたりから。

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伊豆半島を抜けて、相模湾上空で旋回を始めた辺り。伊豆半島のくぼみが良く見えますね。

上海も再来年の万博に向けて、街中の再開発で古い長屋住宅が取り壊され、更地ばかりが目立ってました。単なる旅行者が如何こう言えませんが、中国らしさがどんどん無くなっていく姿も寂しい気がしますね。
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2008/2/22

昼のバイトは北陸路だよ  鉄道
今も不動の人気を誇る583系ですが、元祖は60サイクル用の581系です。
このあたりの区別が難しく、東北筋は全て583系で組成されていますが、末期の西日本地区で走っていたのは、混合された編成も存在していました。
ただ先頭車の側面において、運転席扉と乗客用扉の間に機器室の有る無しにおいて大別できたと思います。583系はこれが無く定員の増加が図られています。

その中で昼間の北陸線を走っていたアルバイト列車が雷鳥としらさぎでした。

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すでに絵入りマークになってる時です。湖西線の駅撮りですが、どこで撮ったかは思い出せず。西日本の581は連結器カバーが付いていませんでしたね。

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完全なサイドビューなんで愛称名は解からないですが、湖西線で琵琶湖を入れて撮れるポイントでしたので、必然的に雷鳥です。
先頭車の側面形状が良く分かりますねえ。

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湖西線の大半は高架になってましたから、本当に撮りにくい線区でした。

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581しらさぎ、敦賀〜南今庄間。雷鳥に比べてしらさぎは本数が少なかったのでこれ1枚しかありません。西日本の581、583は九州から北陸まで運用範囲が広く昼夜無く走り続けていたのですねぇー。

世界的に見ても昼夜兼用の電車タイプはこの581系列が唯一の存在でしたから、この形式が消滅するとともに鉄道史の1ページも閉じられることを意味します。是非このページが閉じられる日が伸びることを願いたいですね。
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2008/2/21

鉄橋を渡る  鉄道のある風景
本当に暖かくなりましたねえ。今週末はあんまり行きたくない上海出張なんで気が重いです。寒くないと良いのですが。

列車撮影で足回りがすっきり撮れるポイントとして鉄橋が上げられます。その中の幾つかを紹介して見たいと思います。時代的にちょっと古いので今でもこの姿かどうかは保障しませんけど。

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鹿島線、十二橋〜潮来間の霞ヶ浦にかかる鉄橋。列車は183あやめです。
単線で、非常にすっきりした景観です。距離も長く対岸も霞んでますねえー。ここまであっさりとした鉄橋も珍しいですな。

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中央線、鳥沢〜猿橋間。列車は幕張区の183あずさ。
中央線の場合、川を渡る鉄橋というより谷を跨ぐために造られたケースが多いのではなかろうか。

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上越線、水上〜湯檜曽間。列車は同じく幕張区の183新雪。
利根川もこの辺りまで来ると細まってますね。今やこの区間は閑散としてるので、列車を待つのも大変そうですな。まあ、日帰り温泉宿がいっぱいありますから、温泉につかりつつ列車待ちなんてのもおつですね。

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東北線、豊原〜白坂間。ED75牽引の旧客普通列車。
この鉄橋が関東と東北の境界になってます。大パノラマで撮影できるのですが、山沿いが晴れないとあまり良くないですね。ここも列車本数が少なくなってしまったのかな。
獣道を登るので一人で行くときは気をつけないといけません。

最近は遠距離撮影もしてないので、またゆっくり再訪して見たいとろです。
ただ走ってる車両は撮れないやつばかりですな。
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2008/2/19

鉄道写真と肖像権の関係  写真
仕事で雑誌広告など良く製作しているのですが、最近肖像権がかなり厳格になり始めて、ちょっとしたスナップをバックグラウンド写真として使用する場合、人が入っているものを使わない傾向が著しくなってきました。
商用目的であれば、それも一理あるとは思ってます。

普段私たちが鉄道を撮影する時であっても、ホームの人が写ったり、当然ながら運転士が写ることがあるでしょう。この場合商用目的は別ですが、自分のブログや写真コンテストに応募するとなると線引きが非常に曖昧になってきます。
人があっての鉄道ですから、その写真の大切な要素として成り立つ事も多いと思います。
勿論、撮影の際に写る人全てに了解を取れれば問題ないと思いますが、実際問題不可能に近いことだと思うのです。

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先日、東急世田谷線を久しぶりに撮りに行きました。
山下に向かって勾配を下ってくる車両を撮った写真です。これは肖像権的には問題なさそうですね。

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山下駅に停車中の旧玉電色を模した300系。これも同様に問題なさそうです。

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山下駅で電車を待つ女性をサイドショットで撮ったもの。この写真からは個人を殆んど特定できないと思いますので範囲内であると思ってます。

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唯一問題となりそうな写真ですが、踏み切りを通過する電車を撮っていたら自転車に乗った人が入ってしまった。という言い訳がましいことも言えるのですが、実際は狙ってたんです。
この写真でも、人が入らなければつまらない写真になってしまいますね。
完全に個人的感覚ですが、公の場での写真ということで掲載可能と考えています。ただ、この写真を不快と感じられれば、そく削除することは当然の事です。

長々と書いてしまいましたが、皆様はどう考えられますか?
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2008/2/18

伝統の特快マークの行く末は  鉄道
3月改正以降も201系が残るらしいのですが、中央線伝統の快速マークはついに終焉を迎えそうな感じです。
101系投入後に特別快速が設定され、正面にはデカデカとした特快ヘッドマークを掲げた列車が走り始めました。それ以来形状は変化しましたが、常にマークだけは掲出していたのです。201系になって一時的にマーク無しになったと思いますが、すぐ復活したと記憶しています。

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101系時代の特快東京行き。冷房改造途中のため、ナンチャッテ冷房車が多く見られました。

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同時期に103系低窓、シールドビーム2灯車も走っていました。こちらは本物の冷房車ですね。東中野〜中野間にて。

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103系高運転台車の特快。この3種類は同時期に中央線で見られた車両です。
通勤型車両のヘッドマークはこの形が標準的な形状となっていました。

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総武快速線が出来る以前には、カナリアの101系快速もヘッドマークを掲出して中野まで快速線を走っていて、特快との並びも見られたのでしょう。

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車両が201系に変わり少しするとヘッドマークも小型の差込み式に変わりました。
単なる文字マークになってしまいましたが、特快の表示は誇らしげですね。
この辺りから記憶が曖昧なんですが、青特表示もあったのかが不明なんです。

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そしてついに、この電照式に変更された時点で特快の表示が無くなり、中特、青特、通特などの複数の種別に分かれてしまい、特快表示は封印されてしまいました。

E233系にはヘッドマークステーも見当たりませんから、伝統の快速ヘッドマークが復活することは無いに等しいと思えます。
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2008/2/16

もう20年も経ったのね  鉄道
昨日夜からの展示建て込みも終わり、明日にはもう取り壊し、本当に勿体ないですね。
大半の木材は廃棄処理になるので、少し考えねばならないのですが。ただこれで食ってる業界もあるので、我々が如何こうできる話ではないのも実情なんです。

青函トンネルが開通して丁度20年になります。
この開業に合わせて函館本線にC623号機が復活運転を始めたのです。これは撮りに行かなくてはと5月の連休に山線を訪れました。
当時会社員だったので、会社で使っていた最寄駅に顔が利くとのことで、プラチナチケットだった北斗星の切符もゲットできました。もちろん殆んど寝てませんでしたけど。
長万部で下車して朝一の普通で銀山へ向う。迂闊にもこの列車で熟睡してしまった。

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然別〜銀山間を走るC623ニセコ。天気も良く最高のシチュエーションですね。
もちろん、C62の実車を見たのも初めてです。客車5両程度でしたら軽いものでしょう、猛烈なスピードで勾配を駆け上がって行きました。

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往復運転があったので、上りは蘭島〜塩谷間で撮影。
逆光の中、突進してくる姿は迫力満点ですな。

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倶知安〜小沢間。バックは羊蹄山です。天気がイマイチなので、黒い森に蒸気の黒が溶け込んでしまった。やっぱり黒ボディは曇りでは難しいな。

この後、再訪する機会をなくしているうちに運転終了してしまい、もう2度とC62は本線に戻ってくることは無かったのです。
もう少し早く生まれてれば、山線の重連ニセコを見ることが出来たのに、なんて思っちゃいますよ。
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2008/2/13

駅も数々あれど・・・  海外鉄道
今週から週末は連続仕事になります。ということは休みなしです。
夜中設営もあるし最悪の雰囲気ですな。

ニューヨーク、マンハッタンには主要鉄道駅が二つあります。
グランドセントラル駅とペンシルバニア駅です。両駅ともホームは地下ですが、上屋を見ると近代的なペンシルバニア駅に対し昔の風格を讃えたグランドセントラル駅は対象的に見えますね。一時期グランドセントラルも建替えの話が上ったそうですが、歴史的遺産ということで、取り壊しの難は逃れたようです。

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マンハッタンのミッドタウンに位置するグランドセントラル駅。
周りを高いビルに囲まれていますから、殆んど日が当たりません。右に見えるのがクライスラービルでバックにあるのがメットライフビル。おじさん世代にはパンナムビルと言った方が分かるかな。

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正面の時計台。彫刻も時代を感じさせます。ただ大気汚染からか、煤けた感じがもったいない。

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正面に見えるインフォメーションカウンターがドームの中央。この光景は映画にもよく登場しますね。大半が大理石で作られた壁で囲まれこれが駅かと思える程です。

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天井の壁画も一見の価値ありです。結婚写真の撮影場所としても有名なんですね。
これだけ豪華な造りに対して、アメリカでの鉄道の役目は完全に貨物列車に移行してしまいましたので、本来の駅舎としての機能は?かな。
アムトラックを含めた東回廊を走る高速列車は全てペンステーションを発着しますので、今となっては駅と言うより美術館的な感覚なのかも知れませんね。
構内にあるオイスターバーが旨くていいんです。

9.11以降ニューヨークには行ってないんですが、あのツインタワーにも数度入ってます。
自分の中ではツインタワーがあるニューヨークで時間が止まってます。だからグランドゼロはあまり見たくないんです。あの惨状があったのは事実ですが、やはり元気なマンハッタンであって欲しいので新たなビルが完成してから行くつもりです。
それまではお預けにしてます。
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