2008/3/30

千葉を走った列車の記録Vol.11  鉄道
連続ネタの久しぶりの更新です。
千葉シリーズの183系特急編なんですが、どうも文字マークの頃しか見当たりませんでした。どうもこの後が空白状態みたいですね。

昭和47年総武快速線完成と同時に千葉方面初の電車特急が誕生しました。千葉方面は多層立て列車が多かったため、当初から分割併合を睨んだ183系新形式が充当されました。
結局この貫通扉は編成中で使用された程度で、列車別の併結運転は実現されませんでした。

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船橋〜津田沼間を走るさざなみ。総武快速線開業と同時に内房線に改名された東京湾沿いを走ってました。グリーン車は東京寄り2両目で急行と連結位置が合わされています。

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津田沼〜幕張間を走るわかしお。同じく外房線に改名された太平洋沿いを走ります。
両特急とも共通運用の9両編成です。さざなみ同様末端付近に来ると列車ごとに停車駅が異なる複雑な運転形態でしたね。

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物井〜佐倉間を走るしおさい。こちらは北総電化時に誕生した新系統です。
総武本線を全線走破する列車ですね。

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同じく物井〜佐倉間を走るあやめ。千葉を経由して唯一茨城県まで顔を出してました。
末端区間は普通列車に変わる乗り得列車でもありましたね。

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四街道〜物井間を走るすいごう。この列車だけは後発で、確か急行全廃時に誕生した特急で、文字マーク時代は無かったと思われます。編成も既にモノクラスになってますね。

この後、他系統から非貫通の1000番台等が投入され、貫通型の基本番台は早々に姿を消してしまったのです。
幕張区の183系は車両に余裕があったのか、あずさや新雪、白根などにも運用され、関東周辺の各線でもお目にかかる機会も多かったと思います。
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2008/3/29

お召し予備機と言えば  鉄道
また仕事の方がどっと入ってきたのですが、忙しい割には実入りが無いんですなー。
4月に入れば少し楽になるかなと期待してます。
そう言えば、年金特別便が来てしまったのです。なんとサラリーマン時代の分が歯抜けになっていたというお粗末な結果。まあ、発覚して良かったけど、いったい何やってんでしょうかね。皆さんも確認した方が良いですよ。

ロイヤルエンジンEF5861号機の引退について先日記事にしたのですが、61号機の予備機ということでEF5860号機が東京機関区に配置されていました。
外観上は61号機と同様の茶色塗装でシルバーの帯を巻いていましたが、ステー類等は塗装されていたようです。

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荷物列車を牽くEF5860号機。田町にて。
外見は61号機にそっくりです。側面フィルターは改造されてますが、原型大窓機の美しさは保ってますね。

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上の写真と順序が逆ですが、DD13を引き連れて汐留貨物駅に向かい、荷物列車を引き出してきました。
この60号機は一般運用に混ざってましたから、運がよければ的なところがあったので結局このカットしか残ってませんてした。

この写真は昭和51年頃撮ったのですが、その後にHゴム改造をされて形状的には一般機と同様の姿になってしまったは残念な出来事でした。
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2008/3/25

昭和の面影を残す駅舎  海外鉄道
最近の駅舎は余りに機能的になりすぎて、どこも似たり寄ったりなところを感じませんか。
それでも近年、回顧的な外観を融合したような新しいデザインを取り入れた駅舎も増えつつありますね。ただ本来の歴史的建造駅舎については、次々と取り壊されているのが実情なんですかね。

そんな中、台鉄には堂々とした日本の古き良き面影を残す駅舎が多数残っているのです。

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台鉄の台中駅本屋です。尖塔を中心にシンメトリの構造はよく見かけましたね。
赤レンガ積みは東京駅を思わせます。

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台中駅プラットフォームの光景。昔見た国鉄駅を思い出しますねぇー。装飾柱に鉄骨屋根。遠くに黒の有蓋貨車が連なってるあたりが懐かしいです。

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台南駅です。鉄でしたら発着表示の内容はおおよそ理解できると思いますよ。
月台が何番線と同じ意味です。

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新竹駅です。基本的なデザインは台中駅に似ていますが、石積み構造ですから更に重厚な感じがしますね。

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こちらは旧高雄駅です。日本統治時代に作られた駅舎で瓦屋根が採用されてます。
本来の高雄駅は左側にそびえているのですが、文化財として本屋部分が保存されているのです。

この他にも日本時代の駅舎がローカル線内に多数残っているようです。今年からCK12の定期運転も開始されたようですから、一昔前の高森線や明知線の風景にタイムスリップして見るのも良いんじゃないでしょうか。
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2008/3/24

関門の主は銀ギラでした  鉄道
今年のさくらは早そうですね。開花して1週間で満開となると、今週末が一番の見ごろになるのかな。
ただ個人的には散り始めが好きなんですね。花びらが雪のように舞うところが綺麗ですし、川面が薄いピンクに染まる景色なんか捨てがたいです。

今や電車と言えばステンレスの無塗装が主体となってますが、電機の世界ではまだまだ塗装機だらけですね。多分ボディの剛性等の問題でコスト高になってしまうのでしょう。
そんな中で、関門トンネルを通過する電機は塩害などからボディの腐食を減少させるため、ステンレス無塗装車体で登場しました。
最初はEF10がその任にあたりましたが、九州内が交流電化されたのを機に初の交直両用機としてEF30が登場したのです。

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EF304号機。関門間はこのEF30の独壇場で全ての機関車牽引の通過列車に充当されていました。もちろんブルトレも全てEF30が牽引してました。

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正面の感じはED71やED60系列とそっくりですね。ナンバープレートは緑地が使われていました。

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下関駅にてEF30牽引の重連貨物。走行区間がトンネルと言うこともあり、走行写真は難しかったと思われます。門司区の手入れが行き届いていたのか、どの機関車もピカピカでしたね。カラーで撮ってないのが残念です。

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その後、増備されたのはEF81でしたが、同様にステンレス機として登場しています。
EF30に敬意を払ったのか緑ナンバープレートは継承されてますね。このEF81303は現役ですが、今も同じ姿なんでしょうかね。

今のところステンレス無塗装機はこのEF81が電機としては最後の形式となってますが、最近の塗装技術の向上により、それ程塩害対策としてどうこうと言うことは無くなってしまったので、車両製作コストを考えると最後となってしまう可能性が大ですね。
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2008/3/23

ロイヤルエンジンついに引退みたいですね  鉄道
受け売りネタ見たいですけど、今月の鉄道雑誌に61号機の処遇についていろいろ書いてありました。どうやら、今年初めに田端に向かった単機運転が最後の花道だったようです。

ゴハチの中でも特別な存在でした61号機は臨時運用が多くて、狙いに行かないと中々キャッチできないやつでしたね。そんなんで、何故か写真が全然残っていなかったのです。
丁度、臨時踊り子やそよかぜが走っている頃は鉄から遠ざかっていた事もあり、記録に残せなかったのが非常に残念な結果となってしまいました。

そんな中で1枚だけ撮ってたのがこの臨時平和です。

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大井町〜品川間にて。この頃はリバイバル列車がブームとなっていて、この他にもつばめ等も運転されてたと思います。大阪から東京か品川行きで往復設定があったかどうかも記憶がさだかでないんですね。
写真を見ると14系座席車の中に丸屋根が2両入ってますが、リバイバルと言いつつも500km以上の距離が走りますから、きっと食堂車だったのでしょうね。ただ、本格営業をしていたのかはわかりません。

今後の話として61号機の処遇は未定となっていましたが、これだけの知名度を誇る機関車ですから、鉄博等に保存されることとなるでしょう。
実際は今一度本線走行を望んではいるのですが、それこそパニックになってしまうのでやむを得ないところですかねぇー。
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2008/3/21

在りし日の保津峡  鉄道のある風景
山陰線で京都を出ると嵐山の竹林を抜け、トンネルをくぐると保津川沿いの保津峡駅に着きます。
今では新線で短絡されて風光明媚な景色をバックに撮影が出来なくなってしまいました。そんな在りし日の山陰線風景を紹介してみます。

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保津峡駅全景。82系あさしおと普通列車が交換中です。
改札を出るとすぐ保津川を渡る吊り橋に出ます。鉄道が通ってる側は何処へも行けませんでしたから、対岸に渡るしかないですね。

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対岸から山陰線がいい感じで撮れましたね。DD51牽引のレッドトレイン。9両も連なってるのも贅沢な感じに見えません?

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貸しボートもあったので、川面からも撮影できたりしました。ただ川の流れが早かったのでボーっとしてると流されますよ。

現在は、嵯峨野観光鉄道のDE10がトロッコ列車を引いてやってくるだけですが、旧保津峡駅が現役で残っていることは喜ばしいことですね。
時間ができたらまた訪問してみたい場所の一つです。
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2008/3/20

サンランダーって知ってますか  海外鉄道
思いのほかカタログやらパネルやらの仕事が入ってきて、このところ疲れ気味ですな。
朝から晩までパソコン仕事だと目が疲れること。追い討ちをかけるように花粉攻撃で死にそうだ。

久しぶりの海外ネタですが、かれこれ10年前に撮ったサンランダーの写真です。
オーストラリアの鉄道は国土が広い分、線路延長はあるのですが、人口が少ないので列車密度に関しては大都市以外では数本程度がほとんどですね。
サンランダーは日本から空路で一番近いケアンズから1680km先のブリスベンまで約33時間かけて走る列車です。今ではどうなっているのか判りませんが、この頃は週5便運行でその他に1便をクイーンズランダーとして自家用車積載車両を連結して運転されていました。

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当時のケアンズ駅は駅らしい風格がありました。今では巨大ショッピングセンターの中にのみこまれてしまいました。

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ブリスベン行きサンランダー。ディーゼル機関車重連で22両の客車を引っ張ります。
これだけの長大編成は日本ではまずお目にかかれませんね。後部はホームから外れてカーブに掛かってます。
左の更地がショッピングセンター予定地だったみたいです。

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定刻の7:15にケアンズを出発。ブリスベン到着は翌日の夕刻です。ほんと時間がなければ中々乗る機会は無さそうですな。
駅前の踏み切りも警報器すらありません。もっとも一日2本しか通らないですけど。

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巨体をくねらせながら目の前を通過していきました。クイーンズランド鉄道のカラーリングで揃ってますね。

オーストラリアの長距離列車と言えば、シドニー〜パース間のインディアンパシフィックや最近開通したアデレード〜ダーウィン間のザ・ガンなどが有名ですが、その他にも愛称名のついた長距離列車が結構あります。当面は乗車するのは夢物語になっちゃうので、列車撮影だけでも行って見たいですねえ。
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2008/3/16

続・・ダイヤ改正の日  鉄道
昨日のダイヤ改正でその他の動きもチェック入れて来ました。
まずは小田急線ですが、ご存知の通りメトロ特急MSEの運転が始まりました。
これについては沿線居住者にとってはいつでも撮れる対象なので目もくれませんでした。

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逆にメトロ直通用だった4000系に新宿行き急行なんてのが見られました。10両貫通編成も新宿急行に使われるようになったのですね。

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旧塗装のさがみです。代々木八幡の踏み切りから。
この改正でLSEがさがみに使用されるケースが増えましたので、さがみ幕でも撮れそうですね。しかし、えのしま運用からは残念ながら撤退となりました。

銀河撮影後、御茶ノ水にて新宿さざなみと新宿わかしおを撮影。
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新宿わかしお。秋葉原〜御茶ノ水間。

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新宿さざなみ。御茶ノ水〜水道橋間。どちらも183系運用は無くなってしまったのね。
この待ち時間内に201系は無しでした。

続いて北斗星2号を鶯谷に撮り、すぐさま有楽町へ。
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こちらには好かれているのか、何の問題もなく撮れちゃいますね。

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筋的には消滅する北斗星4号。回送を鶯谷で。鉄の数も少ないですな。
右のおっちゃんがこれに乗ってきた鉄なんですが、最後の列車にしてはあまりにもガラガラだったと撮影画像を見せてくれた。食堂車など誰もいないと嘆いていましたね。

やはり寝台列車を取り巻く環境は厳しそうですね。次の改正ではさらなる廃止が考えられそうなので早めの撮影が望ましいと思います。今年の初夏頃が狙い目ですかね。
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2008/3/15

3月15日の奇跡  鉄道
ちょっと凄いタイトルを付けてしまいましたが、私的にこれはと言う事が起こったのです。
今日からJRのダイヤ改正が行われ、TVニュース等でも放映されてる通り、急行銀河が最後の旅路についてました。勿論14日の夜、大阪を出ていますので15日と言えど臨時筋として東京まで走ってきます。
前回の失敗にもめげず最終列車を撮ろうと再び有楽町内回りホームに参上したのです。

さすがに最終日とあって、5〜6人は既に待機中でした。ただ有楽町はホームに沿って並べるので楽々という感じですかな。
前回、銀河が定刻に到着できれば被らないというダイヤでしたから大丈夫と思ってたんですが、定時には姿を見せません。いゃーな予感が的中。
定時より3分程度遅れて、外回り山手とクロスしたー。

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前回同様また、ちこっと顔を出した所で切るしかなかったのです。アー本当に相性が悪いなぁー。
結局山手と目の前でクロスして行っちゃいました。このホームの皆さん全滅です。

もう残されたチャンスは回送だけです。
ここで奇跡的な組み合わせが実現したのです。まずは見てください。

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なんと、500系との並びが実現したのです。
15日のダイヤ改正で500系のぞみの東京発時刻が20分前倒しになったんですね。つまり14日まではこの組み合わせは有り得なかった事になります。
15日だけの組み合わせじゃないですか。やはり見捨てられてはなかったのね。

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この写真が撮れたのはホーム中程にいた人だけです。東京寄りは黒山でしたから、それを避けたおかげなんです。感謝感謝ですな。

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これもパソコンで開いてから気が付いたことなんですが、A寝台車の手前の窓に一面のステッカーらしき物が貼ってありました。シャッター速度が遅いのでブレブレなんですが、さよならの案内のような? 回送の幕が出るのもほんとの終焉を物語っていますね。

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そして最後の銀河を見送りました。

東京〜大阪間を数々の列車が走ってきましたが、ついに最後の牙城も崩れ、鉄道の大阪行きの列車は封印されてしまったのです。
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2008/3/14

伊東線撮影は初めてです  鉄道
今晩出発する最終列車を見送る方々もたくさんいるでしょうね。
明朝、終着駅に着くと長年の歴史に終止符を打ってしまうのですな。無事の到着を願ってます。そう言えば今日は結婚記念日だったな。もう21年になるか。

東戸塚を後にしたFe4は、ロケハンしつつ伊東線に向かいます。
伊東線もほんとに久しぶりです。熱海からは元東急車に乗り3駅目の網代駅で下車。
改札に係員の姿もなく、まったくのフリーパス状態。こんなんでいいのかよ。

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東急時代と同じ8000系を名乗ってます。運転室側にパンタが増設されたので、ユニットクーラーが機関車用の物に変わったのでしょう。
この編成は外装が違うのでなんらかの特別編成なんでしょうね。

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こちらの早咲き桜はもう散り始めです。桜吹雪の中で撮れれば良かったのですが。
今日は185踊り子には何度出合ったかな。伊東線ほど平日と土休日の運転需要が違うのも観光路線たる所以なのでしょう。

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これは昔、伊豆急線、川奈〜伊豆高原間で撮ったEF65牽引の臨時踊り子です。
真横アングルですが相模湾をバックに撮れます。18切符だと行けないのですが、やはり伊豆急行線内の方がポイントは見つけられそうですね。

この後ゆとり撮影に突入するのですが、先出ししてしまったのでお遊び写真にて締めくくりたいと思います。

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最近よく見かけるジオラマ風写真に処理して見ました。まだまだ技術が足りないな。

あっと忘れてた。
最後の締めは新幹線のガード下でジョイントの音を聞きながら、やきとんつついて鉄話。おっさん世代の話題は古き良き国鉄時代で盛り上がりますね。若き精鋭の鉄人は付いて来れない話題ですかな。
やはり締めは飲みですよ皆さん。
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