2008/9/30

タイ国鉄  海外鉄道
タイはかれこれ5年以上ご無沙汰。まだドンムアン空港が稼動中の話です。
昨今、JRから廃車車両が譲渡されてるので、鉄的にも魅力が有るのですが、中々足が向かないんですよね。

タイは東南アジアの中では比較的鉄道網も充実していますし、ある程度の運行本数も望めるので、ちょこっと撮り鉄でも十分満足できる国だと思います。
国鉄路線は全線非電化のメーターゲージなので、JRの車両でもそれ程改造しなくてもすんなり導入できそうです。
列車種別も、寝台から昼行の特急気動車、普通気動車、普通客車とバリエーションも充実してます。核となるのがバンコクのフォアラムポーン駅で、ここを基点に南部のマレーシア方面、北部のチェンマイ、東北部のラオス方面とに路線を広げてます。
私が乗車したのは、世界遺産のアユタヤ遺跡最寄駅のアユタヤまでです。この区間は本数も多く、日帰りコースとして鉄道を使うのも一般的じゃないでしょうかね。
普通客車列車の3等でしたから、木製のクロスシート車でした。もちろんクッション無しですよ。

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フォアラムポーン駅に停車中の普通気動車。これは日本製ですね。台湾にも同様の車両がいましたな。

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普通客車が到着です。現在も同様な塗装かは分かりません。

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GE製の箱型ディーゼル機牽引の寝台列車。荷物車を次位に連結してる所なんかは、一昔前の日本を思い起こさせますね。

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メコンデルタをのんびり走ります。延々と平地が続きます。

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一年中暑いので、ねこも日陰の象の上がお気に入りですかな。

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見た目はゴッツイですが、剥くと白い果実が出てきます。これが美味しいんだ。
ランプータンと言います。

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タイ国鉄で一番目にする機関車。欧州系の車両ですね。赤く塗ればDD54を彷彿するスタイルです。アユタヤ駅を通過する貨物列車。

これらの写真は10年以上前に撮ったやつなので、車両も多少変わっていると思われますが、日本のように次々新車を投入するようなことも無さそうですから、現在でも塗装変更程度と考えても間違いないでしょう。
ブルトレ車両もタイに渡ってますから、この辺りの機関車との組み合わせも見られるのも魅力の一つですかな。結構似合うと思いませんか。
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2008/9/28

ロール式ヘッドマークの元祖  鉄道
ここ数日グッと涼しくなりましたね。紅葉前線も早まるのかな。
今日も天気がイマイチですが、先日新しく望遠系のズームレンズを購入したので、これから試し撮りにでも出かけて見ますか。

旧来からの特急車両は愛称名が変わる際に、ヘッドマークを人力により取替えて対応していました。特にボンネットタイプの車両に使われている大型のマークは2人がかり取替えていたと思われます。鉄道博物館でもこの交換作業の雰囲気が見られますね。
その後、貫通型の新しいタイプの先頭車両の登場により始めてロール式のヘッドマークが登場しました。これが581系です。
微妙なんですが、これと同じ頃に向日町電車区所属のボンネットタイプに、取替えの手間を省く目的でロール式ヘッドマークに改造された車両が登場しているのです。
どちらが元祖か良く分かりませんが、このボンネット用ロール式ヘッドマークを付けた写真が有りましたので、紹介してみたいと思います。昭和40年代の話ですし向日町車限定ということで、たった2枚しかありませんでした。

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昭和44年頃、富山駅で撮った雷鳥。いかにもロール式らしく幕が曲がってますね。

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唯一向日町車を東京圏で見られるはくたか。昭和46年頃の上野駅で。
ロール式なので表面の汚れがひどかったですね。愛称名も読みづらいこと。
その後はくたかを数度撮ってますが、このロールタイプには出会ってませんから、40年代末期には不評の判断で消滅したのではないでしょうかね。

ヘッドマークの回転には、マーク右側のネジ穴を手動で回す事でも対応できたようです。
そんなんで、このネジ穴が残ってるやつは以前ロール式を使っていたという目印にもなりました。

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新幹線開業で多くの481系が九州に転属しました。ヘッドマークの右に突起がありますから、元ロール式車と言うことが分かりますよね。

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直流車にもロール式があったようです。向日町から転属して、ときに使用された181系ロングスカート車。同様にマーク右に突起が見られます。

構造上、幕の位置がかなり奥まったところにあったようで、斜め前から見ると非常に見えにくかったようです。今やLEDがあたり前になってますが、当時は少しでも負担を減らそうと四苦八苦していた苦労が読み取れる出来事ですよね。
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2008/9/25

上野地平ホーム  鉄道
都心の西部に住んでると、JRの上野駅を使う機会も殆んど無くて、大分ご無沙汰してしまってました。
そんなところで先日、上野駅に行く機会があり、昔とどれくらい変わっちゃったのかなと思い、地平ホームをぶらぶら歩いて見ました。
やはり、優等列車が来ない上野駅とあって、ファンの姿も見えませんな。
私が子供の頃に高架から地上ホームへと子供鉄が右往左往してた光景が懐かしいです。今や昼間は常磐線の特急のみが16、17番線に出入りしてるだけと言う感じですね。
昼過ぎだったので、普通列車さえホームにいないという寂しさです。

昭和46年頃の上野地平ホームの光景と対比してみました。30数年の時代差が見えますよ。

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一番上野駅らしさをかもし出してた13番線へのエントランス。いくら待てど列車は来ない。

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EF5713牽引の津軽が13番線に入ってきます。当時たいしたカメラも無かったので、茶色い車体は真っ黒になってしまってます。EF57は13番線発着が多かったですよね。
この写真と見比べても、13番線の雰囲気は今でも健在という感じがしますな。

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続いて15、16番線付近の現在の感じです。車止めの位置が移動してしまってます。

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ほぼ同じような位置から撮った写真です。16番線の上は空が見えていますね。
常磐線の鉄骨筐体は今でも健在ですな。
コンコースが広がったのも一目瞭然で見て取れます。

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線路脇の給水ホースも懐かしいですね。今も一部残ってました。
この頃は東京発着の上信越、東北特急が有りましたので、上野発着の特急は高架、地平と住み分けがなく、ホームも一段と賑わってましたな。

まだお子様運賃で撮りに行けた時ですから、週末になると上野駅まで足を伸ばしてました。当時は、まだそんなにワーワー言われることも無く、少しぐらい線路に下りて撮っても平気な時代でしたな。
そう思うと今は大分行儀が良くなったと思える感じがしますが、どうでしょう。
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2008/9/23

JR開業1周年ヘッドマーク  鉄道
本日もなんだかんだと出勤してしまいました。天気も良かったし、のんびりしたい所なんですが。

また、昔話なんですけど、国鉄が民営化されてJRになったのが1987年の4月でしたね。もう20年以上前の話なんですねぇー。いやー早いものだこと。
この切り替わりの時期には、いろんなイベント列車が走ったようですが、丁度鉄離れしてた時期だったもので何にも撮ってなかったんですよ。今思えば残念なことしましたな。

翌88年の桜の時期に撮ってた写真にJR開業1周年のマーク付き列車が写っていたので、紹介してみたいと思います。
この時は特に気にせず撮っていたのですが、関東の通勤型に丸型タイプのヘッドマークが付くのも珍しい感じなんですよね。

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総武線201系に付いた記念マーク。市ヶ谷〜四谷間。
遠景でしか撮ってなかったもので、中身がよく分からないのが残念ですな。確か新幹線のイラストが入っていたような・・。

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同区間で。雑居ビルの階段を拝借して撮った写真ですな。
総武線に201系が導入され始めた頃です。まだまだ103系が大多数を占めてました。

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中央線の201系にも取り付けられてました。特快運用に付かない車両だけだったのかな。
飯田橋〜市ヶ谷間。

通勤型はあんまり撮らなかったのですが、桜の時期には良くこの辺りに出没してたようです。フィルムをひっくり返してたら出てきた代物ですな。
多分、中央・総武以外の線区でも取り付けられていたのでしょうけど、他は全然撮ってなかったので分かりません。どなたか撮ってました?
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2008/9/21

東横線渋谷界隈  写真
今日は撮影仕事の関係上カメラを持って出社だったもので、ちょこっと寄り道してきました。

東横線の副都心線乗り入れが4年後に計画されています。代官山を出ると地下に潜って渋谷に向かうルートが完成すると、高架の渋谷駅はもちろん山手線とのオーバークロスも過去のものとなってしまいますね。まだ時間的に余裕はあるのですが、早めに記録しとこうかなと思い代官山から渋谷までぶらぶら歩いて見ました。

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山手線とのオーバークロスを隣接の歩道橋から。この歩道橋は古いので下の方はスリット状になってますから、レンズはどこでも出せます。
もう少し踊り子を引きつければ良かったな。

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子供連れで電車を見に来る人も多いようです。スリットがあるので子供目線でも見られる所が良いのでしょうね。

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3本同時に取り込めました。都会の電車はクールですから、手を振ってくれる人は中々いないでしょうな。

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並木橋の交差点から。人、車が写ってないですが11時頃なんですよ。
なんかウルトラマンのヘッドマーク付けてますね。

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高架下を歩けるのですが、いかんせん高い位置から撮ることが出来ない場所なんですよ。

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こんなとこに川が流れてたんだ。渋谷らしからぬ光景です。

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東横渋谷駅を隣接する歩道橋から撮ってみました。

この辺り歩くのも初めてだったのですが、人がわんさかいる渋谷とは違ってやけに静かな雰囲気だなって感じでした。地下化までまだ時間があるので、この辺りの写真を少し突き詰めて見たいなって思ってます。
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2008/9/20

北陸の主だったFE70  鉄道
全然休めない。見積り出しまくってもスカばかり、細かい仕事に追いまくられて休めないよー。
かといって人を雇える状況でもないし、当面は馬車馬のように働き続けるしかないか。

EF70は交流機初のF級機として北陸線の田村から糸魚川間の客車、貨物列車を牽引していました。一連の写真は湖西線が開業して1〜3年後の姿です。
EF70は初期型と後期型があり、初期型は正面1灯で同時期に製造されたのかEF61基本番台とそっくりです。後期型はEF60と同様な変化をして、一般的な正面2灯の車体となってます。ただ交流機なので、屋根上はゴタゴタしてますけど。
後に大半の列車はEF81に置き換わり、一部のEF70は九州に転属して行ったようですが、九州で活躍する姿は見る機会を逸してしまいました。

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まずは初期型のEF703号機。単機なのが残念ですが、若番が撮れると嬉しいですよね。

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交直のデッドセクションを通過するため、北陸線の客車列車は米原、田村間はDE10が牽引していました。奥に田村駅が見えます。
手前が初期型のEF7011、奥が後期型のEF7048で、顔つきが違うのが良く分かりますね。

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木ノ本〜余呉間を走るEF7039牽引の普通列車。まだまだ旧客全盛の頃です。

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EF7057牽引の貨物列車。この区間は全てEF70牽引でした。

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最後は高速列車対応に改造された1000番台です。ナンバーがプレート化されています。
既に共通運用化されてしまった頃なのでタンカー貨物を牽いています。
EF701005号機。敦賀〜南今庄間にて。

昭和50年頃は多くの形式の電気機関車が在籍していた時代でしたから、丁度その時に数多くの線区を撮影できたのは、鉄冥利に尽きますな。
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2008/9/17

スケート臨って珍しかった?  鉄道
昭和の話なんですが、まだまだマイカーでウインタースポーツなどと言う時代ではなかった頃、国鉄はスキー、スケート臨時列車を数多く走らせていました。
特にスキー客用の臨時急行は東京から頻発してました。まだ、宅急便など一般的でなかった頃ですから、誰しもスキー板持参で乗ってましたねぇー。
我が家も例に漏れず、石打銀嶺や野沢スキーなどを利用してスキーなど行ってましたね。夜行列車で乗客はスキー客しかいませんでしたから、酒やたばこの煙が充満していて、子供がてらにも強烈だったのを覚えています。とても今では考えられない情景なんですよ。

スキー臨は多々有りましたが、スケート臨と言うとあんまりと言うか、関東だとこのハイランドスケートぐらいしか思い当たりません。
当時から富士急ハイランドのスケートリンクは有名でしたから、それ目指して列車が設定されてました。
土曜の夜に千葉を出て、翌日未明に河口湖着という、半夜行列車のような形態で、復路は日曜日の夕方に千葉に戻ってくるダイヤだったと思います。
団体ではなく臨時急行でしたから、一般客でも乗れない訳ではなかったです。

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千葉を22時頃発車。幕張の165系モノクラス6連です。

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戻りの千葉行を津田沼〜幕張間で。千葉管内は臨時もマーク付きでしたから、撮る方は楽しかったですね。

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唯一カラーで撮ってたやつです。御茶ノ水橋から。

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ハイランドスケートが赤富士マークで、富士わかばが緑富士マークでしたね。
そこそこの乗車率ですな。

この列車も何時まで運転されてたかは判りませんが、他の臨時列車に比べると長々と続いていたように思えます。
時代の流れと共に鉄道でスキー、スケートに出かけるなんてことは減ってきて、夜行を絡めた列車も過去の物となってしまいましたね。それでも、昼行快速としては同等の臨時設定が残ってますから、それなりの需要は残っているのですかね。

最近AOLの接続状態が非常に悪い、特に夜間はひどすぎる。
コメント欄開くのに延々と時間を費やし大変ご迷惑をかけてると思います。申し訳ございません。こんな状態で書き込んで頂ける皆様に感謝感謝です。
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2008/9/14

祐天寺のナイアガラ  分類無
東横線沿線に引っ越したので、前々から一度行ってみようと思ってたカレー屋にカミさんと昨日行ってきました。
ナイヤガラと言うとその筋の人達には有名なお店なんですよ。
祐天寺の改札を出てすぐのところにあります。入り口から既に数々のコレクションが並んでいますから分かりやすいと思います。
時間的にも丁度良かったのか、クロスシートに座れました。

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壁面にはナンバープレートやサボ、ゆうづるのヘッドマークまであります。
サボの手前のOゲージがカレーを運んでくるという凝ったつくりです。

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色紙は全て駅長のサイン。国鉄色満載ですな。ご夫婦2人で切り盛りしているようでしたから、満卓状態の今、話し込むのは遠慮しときました。

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座席は80系のクロスシートが使われてます。これは帰りがけにちょこっと聞いてみました。今では中々座れる機会も無い代物ですよ。

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帰りには、硬券入場券と駅のスタンプのお土産付き。凝ってますねぇー。

私はカツカレーの特急、カミさんは野菜カレーの急行を食べましたが、純日本風カレーという感じで美味しかったです。
次回は少し空いている時間帯を選んで、鉄話でも聞いてみたい所ですね。
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2008/9/13

続々、18きっぷ最後の1枚旅  鉄道
この連休は展示会の建て込みもあって休めそうに無いです。
来週の飛び石連休は休むぞー。

ぶつ切りになった記事の続きです。
今回の大きな目的は数少なくなった500系のぞみを撮ると言うことだったので、これを逃してはなんの意味も無くなってしまう。そんなんで昼飯もお預けで炎天下の中、金網穴越しにカメラを構えていました。

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陸橋の上で見通しも良いので、在来線の場合下り列車のヘッドライトが遠くに見えてから、陸橋の端まで動いてもこのように間に合います。
117系の普通列車。元新快速用の車両もローカル運用になってしまいましたね。残念ながら乗ることは出来ませんでした。

新幹線撮影に特化して出かけたことは初めての事ですな。
それでは東海道新幹線を走る全車種をご覧くださいませ。

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まずは300系。一番車歴の長いやつですね。徐々に本数が減ってくるのは間違いないでしょう。

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700系。ボディが白なんで背景に露出を合わせるとどうしても白トビしちゃうのね。

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N700系。上り列車は後追いになるので、フルスピードでやって来る列車を上手く押さえるのは大変でした。特にワイドレンズで撮るのは感に頼ってます。

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お目当ての500系。すでに定期では2往復しかないので、ここで狙える唯一の1本です。

これにて撮影終了。駅前の食堂でギョッキ生の祝杯。乾いたノドに美味しいこと。
さて、これから遠路来た道を普通列車で東京へ向かいます。
早速、浜松でトラブル発生。次の列車が55分遅延の表示。何処かで事故があったらしく行先も静岡に変更されてます。私一人だったら間違いなく新幹線に乗っちゃったでしょうね。
満員でしたが座ることが出来たので、先ほどのビールもまわってすぐ船漕いじゃいました。
静岡、沼津と乗り継いで、やっと日も落ちたグリーン車で祝杯の続きが始まります。
既に晩飯の時間も過ぎていたので、シービーさんを川崎で途中下車させて連続宴席へと突入させてしまいました。
焼き鳥屋で乾杯した頃には、かなり調子が上がってたので、次回Fe4の鉄旅の連絡をスワローさんに連絡。深夜にtelしてご迷惑をおかけしました。
これで終わらないのが、この酔っ払いオヤジ組。近くのカラオケスナックになだれ込むのでした。
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もう半分記憶が飛んでしまったので、熱唱するシービーさんの曲名も分かりません。
次の日、もちろん二日酔いでした。
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2008/9/11

続、18きっぷ最後の1枚旅  鉄道
函南駅で無事撮影を終えたオヤジ組は、さらに西を目指して沼津行きに飛び乗るのでした。
沼津で乗り換え、続けざまに普通島田行へ。この辺りの東海道線の乗り継ぎは非常に上手く連絡してますね。
更に西へ行く列車は興津発、浜松行なので、この混み具合を考えるとこのまま島田まで行くより始発駅から座った方が得策ということで、興津で途中下車。

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東日本の211系とは外観も微妙に違うんです。クーラー形状の違いが一番分かりやすいとこですな。

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EF210牽引のトヨタトレイン。沼津で追い抜いてここでまた抜かれた。この後も抜きつ抜かれつのデットヒートなんです。

興津から浜松までが非常に長く感じられる区間。同年代のシービーさんと話してたんですが、新たな駅がそこかしこに出来ていて、昔覚えた駅名暗記も役に立たないなってことになってしまったような。
天竜川を渡ってやっと浜松到着。続けて豊橋行に乗り継ぎ。浜松ではついに酒類解禁となりました。
浜名湖の鉄橋を渡って、やっと本日の目的地新居町駅に到着です。
前々から来たいと思ってた場所なんで、嬉しさも一入なんですよ。早速、弁天島方向に歩き出してベストロケーションを探します。この区間は新幹線と在来線が併走してますから、どちらも狙えるんです。
歩くこと15分ぐらい、両線を跨ぐ道路に上がって見ます。そこには誰が開けたかわからないレンズ穴が3個。これは使わない手は無いとレンズを通して見ます。

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浜名湖を望むアングル中々でしょー。
穴が3個ということはFe4できた場合、誰かが溢れるな何て話してました。

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折角なんで少し先の鉄橋まで行ってみます。浜松から西ではクロスシートの311系も運転されてます。この手の車両に乗りたかったですよね。

AOLのレスポンスが悪すぎ、またぶっ飛んだら嫌なのでここで止めときます。 続く・・
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